遊☆戯☆王ーデュエルモンスターズー BattleCity 作:NONAME0195
朝日を受けた東京湾が、穏やかな波をきらきらと輝かせている。
その海に浮かぶ巨大な人工島――デュエルシティ。
世界中のデュエリストが憧れるこの街は、新しい一日の始まりとともに、ゆっくりと目を覚ましていた。
街の中心にそびえ立つ海馬コーポレーション本社。
朝日に照らされたガラス張りの外壁は、まるで街全体を見守る塔のような存在感を放っている。
最上階の社長室。
広い室内には時計の秒針だけが静かに時を刻み、窓の向こうにはデュエルシティの景色がどこまでも広がっていた。
その静寂を破るように、一通のメールの受信音が響く。
デスクに腰掛けていた海馬瀬人は、視線だけを画面へ向けた。
件名は短い。
『WORLD Duel Monsters Championshipについて』
「……ふん」
わずかに口元が緩む。
その反応だけで、この知らせを待っていたことが伝わってくる。
海馬はゆっくりと立ち上がり、大きな窓の前へ歩いた。
眼下には、自らが築き上げたデュエルシティが広がっている。
世界最高峰のデュエリストを育てる街。
そして、これから世界へ向けて羽ばたく舞台。
「ついにプロジェクトが動き出したようだ」
腕を組み、街を見下ろす。
その鋭い瞳は、すでに数手先――いや、数年先の未来を見据えていた。
「……俺も少しは動かねばなるまい」
その呟きだけを残し、社長室は再び静寂に包まれた。
◇
その頃。
海馬コーポレーションから少し離れた住宅街では、まったく違う朝の空気が流れていた。
神崎家。
キッチンからは焼き鮭の香ばしい香りが漂い、味噌汁の湯気が朝の食卓を優しく包んでいる。
窓から差し込む柔らかな陽射し。
テレビでは朝のニュース番組が静かに流れ、どこにでもある穏やかな朝が始まっていた。
食卓を囲むのは、神崎雄輝と神崎小町。
昨日、教師として初めて生徒たちの前へ立った兄。
そして、その兄が教師になったことを始業式で初めて知った妹。
まだ一日しか経っていない。
それなのに、昨日の出来事がずいぶん昔のことのようにも感じられた。
ふと、小町は箸を止める。
昨日のデュエルフィールドが頭に浮かんだ。
黒機大河とのデュエル。
世界で戦ってきた兄の実力。
そして、勝敗が決まった瞬間。
あれほど騒いでいたクラスメイトたちが、一斉に雄輝へ尊敬の眼差しを向けていた光景。
(昨日までは、みんな半信半疑だった)
(でも……)
(今は違う)
(みんな、お兄ちゃんを”先生”として見てた)
思い返すと、少しだけ誇らしい。
それと同時に、少し照れくさい。
(……なんか私まで嬉しかったな)
そんなことを考えながら、ご飯を一口頬張る。
「お兄ちゃん、今日初授業じゃん! 何するか決まってるの?」
箸を置き、にこっと笑いながら問い掛ける。
雄輝はご飯を飲み込むと、小さく首をひねった。
「うーん……どうすっかなぁ」
湯呑みに手を伸ばし、お茶を一口飲む。
その何気ない返事に、小町は首をかしげた。
「この間のデュエルの反省とか?」
「えぇーっ! 復習みたいなもんじゃん! もっと先生らしいことするのかと思った!」
頬を膨らませる小町を見て、雄輝は思わず笑みを浮かべる。
「大事だろうが、復習は。強くなる奴ほど、自分のデュエルをちゃんと見直すもんだ」
湯呑みを机へ置くと、雄輝は昨日のデュエルを思い返した。
(……とはいえ)
(黒機大河、学年ランキング十八位)
(実力は申し分ない)
(だが、勝ち負けだけを追い過ぎている)
昨日の授業。
生徒たちの表情。
九条凛だけが、デュエルの”流れ”を見ていた。
小町も朝比奈も、そして黒機も。
ほとんどの生徒は結果だけを見ていた。
(強くなるには)
(勝つだけじゃ足りない)
(勝った理由も、負けた理由も理解しなきゃ意味がない)
教師になってまだ二日目。
それでも、生徒たちが成長していく姿を想像すると、不思議と心が躍る。
「デュエリストは常に研究するも――」
言い掛けた、その時だった。
テレビから聞き覚えのある低い声が響く。
雄輝の視線が自然と画面へ向いた。
映し出されていたのは、海馬コーポレーション社長・海馬瀬人だった――。
テレビから流れる海馬の声に、食卓の空気が少しだけ引き締まる。
画面の中央では、海馬瀬人が淡々と演説を続けていた。
「デュエリスト諸君」
力強く、それでいて無駄のない口調。
デュエルシティ全体へ語り掛けるように言葉を紡ぐ。
「今年開催されるバトルシティトーナメントより、新たなルールを採用する」
小町は思わずテレビへ身体を向けた。
海馬の発言は、この街ではニュース以上の意味を持つ。
それは、新しい時代の始まりを告げる合図でもあるからだ。
「ライフポイントは4000。今年より、この数値を正式ルールとする」
部屋の空気が一瞬静まり返る。
小町は思わず目を瞬かせた。
「ライフ4000……?」
幼い頃から慣れ親しんできたライフ8000。
それが半分になるという発表は驚きだった。
だが、その驚き以上に疑問が浮かぶ。
「でも、ライフが半分になるだけなんでしょ?」
首をかしげながら、雄輝へ視線を向ける。
「試合時間が短くなるとか……そんな感じ?」
その言葉を聞いた瞬間。
雄輝の表情がわずかに変わった。
(……なるほど)
心の中で静かに頷く。
(小町でも、そう考えるか)
昨日の三年A組の顔が脳裏をよぎる。
黒機。
朝比奈。
そして、クラスメイトたち。
蛇口から流れる水の音が静かに響く。
皿を洗いながら、雄輝は続けた。
「たぶん、生徒たちはまだ気付いてない。デュエルそのものが変わるってことに」
小町はますます首をかしげる。
「そんなに変わるの?」
雄輝は振り返り、教師用の赤いジャケットへ手を伸ばした。
「だから教える」
赤いジャケットに袖を通し、小さく微笑む。
「先生ってのは、答えを教える仕事じゃない」
一拍置き、小町をまっすぐ見つめる。
「考え方を教える仕事だからな」
その言葉に、小町は思わず口を閉じた。
家では優しい兄。
でも今、目の前にいるのは教師・神崎雄輝だった。
「……ずるい」
小町は少し頬を膨らませる。
「また気になることだけ言って、学校で話す気なんでしょ?」
雄輝は玄関へ向かいながら笑った。
「だったら授業で聞け」
「もぉ~!」
頬を膨らませたまま、小町は兄の背中を見送る。
(……やっぱり)
(家ではお兄ちゃんだけど)
赤いジャケットを羽織ったその背中は、もう昨日までの兄とは少し違って見えた。
(学校じゃ、本当に先生なんだ)
そんなことを考えながら、小町も制服のリボンを整える。
今日もまた、新しい一日が始まる。
そして三年A組では――
教師・神崎雄輝、最初の授業が幕を開けようとしていた。