異界カルナ=ガイアの解析者   作:K@zuKY

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第9話:野営の夜にて、現状共有と提案

 パチパチ。枯れ木が焚火によって水分や樹脂が膨張し、爆ぜる音。

 

 優しく暖かい火の光と音、そして熱で、怜司は緩やかに覚醒した。

 ぼやけた視界には綺麗な星空。瞬きがいくつもあり、何処か地球を思い出す。決定的に違うのは月が二つある事位か。

 

「よぉ、お目覚めか」

 

 野性味溢れる声は焚火の音と同じ方角から聞こえた。首を横に向ける。

 そこには火で何かを串焼きしているヴァルナと、座って杖から出した水の腕がペンを持って本に何かしら書き込ませているエリシエル。

 そして白くない大地と林が見えた。

 

 瞳を強く瞑って刺激を与えながらシステムを起動させる。

 廃村の外縁部から丁度北西に一キロメートル、白紙化の影響が無い林の中で六時間が経過している、という事をシステム越しに認知した怜司はゆっくりと起き上がり、尋ねた。

 

「あー、ここがキャンプ地?」

「あぁ。あの光はとっくに消えた。今は野営中だよ」

「そうか……悪い、重かったろ」

「いえ、貴方位なら大丈夫」

 

 苦労なんて一つもなかったという風に返された言葉で、エリシエルが自身を軽々と俵抱きして重鎧のヴァルナと同じ速度で走っていた事を思い出した。

 エルヴァリエもノクタリエも、どちらも筋力はその姿と合わないレベルで持っているか、魔力を使って補助しているのだろうと予測を立てる。

 丁度良いと言わんばかりにヴァルナは立ち上がって串焼きと水が入ったカップを二人に配る。

 

「……これは?」

「蛇肉と野菜の串焼きと、こっちは水。どちらも味は保証できるぜ」

「大丈夫よ、ヴァルナは料理上手だもの」

「んで水はエリシエルが担当した、旨ぇぞ」

 

 そう言われて、怜司はじっと渡された串焼きとカップを交互に見る。

 既存の毒物が無い事をシステム越しに確認した後、持ちながら軽く手を合わせて「いただきます」と呟き、ゆっくりと口に運ぶ。

 

 火傷しない位の熱さに肉汁と絶妙な塩加減と香草が舌と鼻孔を楽しませる。

 歯ごたえも適度にあり、噛めば噛むほど肉の旨味も口内に広がる。

 カップの水を飲んでみればレモン果汁が僅かにはいっているような酸味と水本来の甘味を感じた。

 肉に合わせて魔法で水を調整したものだろうか。

 朝から何も食べておらず、空腹だということも手伝ってあっという間に完食した。

 

 その様子を眼で追っていたヴァルナがすっと、お代わりを差し出したので礼を告げて受け取る。

 考えるのは後回しで、今は食べることに集中する。

 何事もながらでやると効率が悪くなるタイプなのだ。

 

 だから、エリシエルが杖から伸びた水に羽ペンと串とカップを握らせて、何かしら書きながら静かに咀嚼していることも。

 ヴァルナが食べる串焼きの串だけ熱を持っている金属製であり、小手を付けていない右手で持っているにも関わらず、火傷一つ負わずに平然としていることも。

 全て一旦思考の大外枠へ無理矢理追放する。

 

 やがて全員が食事を終えた。

 金属串と木串を纏めて水に漬けた後、エリシエルが木串だけ土の中に埋めて、ヴァルナは油を塗り込んだ布を金属串に丁寧に巻き付けて腰袋へ収納する。

 役割分担がはっきりしていることと、手慣れた様子であることから長い付き合いなのだろう、と怜司は推察した。

 それぞれのカップに水が注がれたのを見てとった怜司は頃合いだと感じ、改めてカップを両手で持って咳ばらいをしようとして、一旦止める。

 その前に、気絶直前のシステムログに一つだけ確認したいものがあったのだ。

 

【LOG-PSY-012:精神への再アクセスを検知。精神防壁により鎮静化を阻止】

 

 やはり、あの時。

 エリシエルは怜司の精神に再び触れようとしていた。

 首を掴んで光から引き離し、「落ち着いて」と声をかけた。

 その声には、初対面の時と同じ力が乗っていた。それは、より確実に助けようとしていたからだろう。そこには善意しか無かった筈だ。

 あのまま光を見続けていたら身動きが取れないまま死んでいた。感謝している。それは疑いようがない。

 

 だが同時に、システムが防壁を張らなければどうなっていたのかは想像に難くない。

 鎮静化を阻止、とログは示している。

 つまり防壁がなければ、怜司の精神は彼女の手の中で自在に書き換えられていたということでもあるのだ。

 

 怜司はカップの水面に映る自分の目をじっと見た。静かに。

 感謝と警戒。

 相反するこの感覚に、今すぐには名前をつけることができそうになかった。

 

 まぁ今は呑み込むしかないと割り切り、溜息交じりの咳ばらいを一つ。

 エリシエルは羽ペンの動きは止めずにだが、二人とも興味の光を湛えて怜司へ向き直る。

 

「あー……さっきは助かった。野盗もだが、あの光……二人がいなかったら俺は確実に死んでいた」

「ハッ、気にすんな。こっちは恩を売っただけだ」

「そうね。調査対象に貴方が含まれていると感じたのもあるわ」

 

 二人が聞きたいことがあるという事を悟り、昼間とは逆の構図だと笑みを浮かべる怜司。

 

「今言えることは……さっきも言ったが俺は、この世界のことを何も知らない。概念的には別の大陸から来たと思ってくれて良い。言葉については俺のシステムで解析して解るようになった――そう思って欲しい。ズレはあるが一番理解が早いハズだ」

「あぁ、それについては異論ねぇよ。エルヴァリエもノクタリエも知らねぇヒューマなんてマジモンの田舎暮らしならともかく、技術者を名乗る奴が知ら無いわけがねぇ。んでもって白紙領にいるなんざ自殺行為だ。遅かれ早かれ魔力中毒か精神崩壊でくたばってるだろうさ」

「精神崩壊……あの光を視た時に感じたのはそれか……」

 

 ある種の納得感を持つ怜司。

 あの光の柱にあったのは解析できない情報の津波だった。

 アレがシステム関係なく作用するのだとしたら、発狂するのも理解できる。

 もし光の出現地帯があんなもので埋め尽くされていたとしたら、入っただけで終わりだ。

 視線をカップに落としていた怜司が、乾いた口内を潤すために傾けて、

 

「なぁ二人とも。あの光は一体なんだ? あんなモノが普通にあるのか?」

「いえ……白紙領については謎が多いわ。あそこはどの種族も交流していた自由都市だったけれど、三百年以上前に光の柱が天へ昇った。それ以来誰も立ち入れない廃墟になっている。そして、中枢部の生存者は誰もいない事まではわかっている位」

「んで、テメェを拾って野盗を始末したら、出る筈もない結晶体が現れた挙句、アレが三百年ぶりに出たってわけだ。少なくともギルドの調査書には今まであんなのは出てねぇ」

 

 薪を放り込みながら、ヴァルナは肩を竦めて答えた。

 状況的には怜司が何かした可能性があると考えられているようだ。

 思い当たることは……まぁ、十中八九だが怜司のシステムが結晶へ干渉した事と、それを呼び水にしてシステムに干渉してきた何か、或いは誰かだろう。

 

「怜司。貴方はあの時『呼んだ奴が』と言っていたわ。つまり誰かと話したということかしら?」

 

 柔らかい声。だがその表情は無表情をしても硬度が高く感じられる。

 ヴァルナも眼を細めて怜司を見ており、何かしらの探りを入れたいのだろう。

 それを察知した怜司はゆるゆると首を横に振って、家族となった溜息と共に答えた。

 

「いや、声は聞いていない。けどアレは間違いなく俺への呼びかけ、みたいなものだった。エリシエルの精神操作と似た……あー違うな、全く別だと思うがそういう何かは感じた」

 

 システム周りの説明を省いたその言葉にエリシエルは俯いて自身の顎に細く綺麗な指を這わせた。考え事をする時の癖なのだろう。

 カリカリとエリシエルの羽ペンが動く。杖から出る水でペンを動かし、ページを捲ってはペンが動く。ある種のシステムみたいなものか。

 ここまでくれば魔法も科学も似たようなものだと感心する怜司。

 

 ピタリ、と羽ペンが止まる。

 怜司は記述が終わったのかと思って見やると、まだ杖から水が出ている事でそうではない事に気づいた。

 どうやら考えを纏めているようだ。

 

 怜司が若干の居心地の悪さを感じてカップに残っていた水を飲み干すぐらいの時間が経過した後、エリシエルはペンを動かし始めた。

 同時に空になった怜司のカップにさりげなく水を道のように伸ばしてサックリと補充し、ヴァルナへと視線を向ける。

 

「――ヴァルナ。私の結論として、怜司は帝国の冒険者ギルドに登録させた上で、パーティを組んだ方が良いと考えている」

「保護じゃなくてか?」

「えぇ。私達で。彼が別の大陸の技術者であることも絶対に隠した方が良く、白紙領についても情報は絞るべきよ」

 

 エリシエルの言葉に、ヴァルナは眼を閉じて口を開く。

 

「確認だ。そいつを庇う価値、テメェはどこに置いた?」

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