帝国街道を馬車で四回乗り継ぎ、馬車での旅が八日の時を刻んだ頃。
想像していたような盗賊や山賊などの強襲もなく、馬車の車輪が外れるなどのトラブルらしいトラブルも無く。
乗り合わせた人々とヴァルナ達が繰り広げる他愛ない会話から、どういう話が良いかを学んだ時に怜司は気付いた。
この服装、ちょっとまずいのではないかと。
北西に行けば行くほど極寒の地だという。つまり何らかの外套は必要不可欠だ。
確かにヴァルナから実質無断で借りた寝袋代わりのマントが暖かかったのは、そういうことでもあるのだろう。
とはいえ、怜司の服装にも極低温・高温地帯にも容易に耐えうる調整はされている。
温度だけでなく衝撃エネルギーの吸収効率に特化した黒のフード付きパーカーと濃紺のカーゴパンツ。
靴底は高周波振動剣でも切り裂けない素材で作った灰色のショートブーツ。
対外環境に特化した上下セットのインナーのお陰で体温調節機能も万全。
ついでに火災発生時にも酸欠以外は問題ないレベルで活動できる位の性能を誇っている。
対テロ兼災害特化の普段着としては最高級の服装である。
下手をすれば二世代前のアーマーよりも頑丈だ。所長のプレゼント兼実験には感謝しかない。
だが問題はそこではない。
視界の隅に映っているシステム越しの外気温は昼にも関わらず既に八度。比較して見た目からしてまぁまぁ寒そうである。
次に自分と似た服装をここまで来て見たことが無い。
つまり物凄く目立っているのだ、現在進行形で。
白紙領の外縁部に近い場所で同乗してきた人達はジャケット姿が多かったが、北西の帝都へ進むにつれ、ロングコートやマフラーをつけている人々が多くなった。
馬車の中も魔力石を使ったストーブがあるが、それでも厚着している人々が乗って来ては、怜司の服装に対して大なり小なり好奇の視線を寄こしていた。
流石に居心地が悪くなった怜司は、右隣でぼんやりと虚空を見つめているヴァルナの裾をちょいちょいと詰まんで、
「なぁ……服装からして絶対おかしいことになると思うんだが、これどうにかしなくて良いのか?」
「あぁ? 帝都につけば関係ないだろ。そこまで気になるなら着くまでアタシのマント貸してやる」
「それは、有難いが……ヴァルナは寒くないのか?」
どう見ても重鎧に打ち付けられている金属のせいで、震えが止まらなくなるのではないか……という疑問が残る。
目線で気づいたのか、鬱陶しそうにヴァルナは手首を軽く振った。
「あのな、コレに仕掛けが施されていないわけないだろ。何の仕掛けも無ければマントあっても凍傷どころか凍死だ凍死」
と言われてもと怜司はヴァルナの鎧をしげしげと見つめた。
見た目からして緑色の重鎧だが、それ以外に何があるのか気になった怜司はシステムで装備の解析を行う。
すると、鎧の内側に薄い熱源を検出した。
範囲も鎧関係なく全身に満遍なく広がるように設計されているようだ。もしかしたら温度の上下も自動で調整できるかもしれない。
「……これ、つまり全身カイロみたいなものか」
「カイロぉ? 知らねぇけど、凍えはしねぇよ」
「凄いなこれ、どうやって長時間起動してるんだ?」
「んなの着れば魔力が通るだろ……もういいか?」
着た人の魔力を使って凍えないようにする、ということか。とんでもない構造だ。
ジロジロと見つめているとヴァルナはガシっと肩を掴み、怜司の耳元にそっと囁いた。
「これ以上見るなら見物料かキス、どっちか寄こしな」
「は!?」
この世界の金を持たない為、実質一択の言葉に面食らう怜司に対し、意地悪そうにくつくつと笑って怜司を解放するヴァルナ。
溜息を一つ。まぁ一旦情報の保存はできたのだ、後で構造を深く知れば良いと頭を切り替える。
左隣にいるエリシエルの方を見れば、話を聞いていたようでヴァルナのマントを取り出して差し出していた。
礼を言って受け取る怜司だったが、エリシエルに呼び止められる。
「そろそろ関所につくわ。準備は良い?」
一つ頷く。
ガタン、と馬車が止まった。
ぞろぞろと旅人達が下りていき、最後に怜司達は立ち上がって降りた。
「――これは、また……」
馬車から降りて向かう先へ視線を送れば、城壁が見えた。
外界を一切を遮断するような巨大な壁。それは狭い山間に蓋をするような形で築かれていた。
地球にあるような石積み形式に近いが決定的に違う点としては、石材と光る鉱石がミルフィーユのように重ね合わされている、いわゆる複合構造であることか。
陽光を受けて青白く淡く光る鉱石の筋が、壁面を縦横に規則正しく、脈打つように走っている。まるで血管のようにも思えた。
解析してみると、どうやら魔力を通す鉱石のようだ。
(構造そのものが魔力を循環させている。防壁自体が結界の役割を果たしているタイプ、といったところか。見た目の威圧感もそうだが、頑丈さも相当ありそうだ)
見上げれば城壁の高さは二十メートル、そして城壁の天辺には等間隔で設置されている街灯があった。
おかしいと感じたのはその街灯は昼であるというのに今もついており、規則的に回転しているように見える。
単なる照明ではないと気付いた怜司は解析の手を延ばす。
(一定周期で魔力の波が不規則に射出している……つまりレーダーか。やっていることはうちの研究所にあった監視網と同じだ。中々器用な使い方をしている)
となると飛行物体や野生生物を無差別に撃ち落とす機構もあるのだろう。ぞっとしないなと息を小さく丸めた。
「なぁヴァルナ、あの城壁の天辺にあるアレって何て言うんだ?」
「魔導灯だ。アレで不法侵入者を検知できるし、明かりの役目を兼ねてる。便利だろ」
それは合理的だという感想を伝え、次いで城壁の中央に開いた巨大な金属の大門を見つめる。
これもまた大きい。
巨大な荷馬車でも二騎、問題なく通過できるくらいの広さもある。
現に商隊がゾロゾロと門からこちらに出てきているし、入っていくのも見えた。
開いている大門にも城壁同様に魔力による何らかの措置が取られているようで、解析を進める。
どうやら純粋に強度を上げる効果と、地面と設置している面に対して摩擦を失くす効果があるようだ。
つまりアレは高速で開閉が出来るという事になる。
守勢に回るにせよ、そこから反撃するにせよ、タイムラグを極限まで消し込める。
また開門の速さ次第では武器としても使えそうだ。
これは帝国という言葉のイメージと、怜司が読んだガイドブックに書いてあった通りの、正しく魔導軍事国家の一端だろう。
視線を巡らすと、門の両脇に行列ができているようだ。
隙間から見えるのは蒼白い結晶の柱でその中には液状の何かが螺旋を描いている。
それが二本ずつ立っていた。
その視線に気づいたのか、ヴァルナはがちゃりと肩を竦める。
「アレが検知装置だ。どういう奴か、どういう魔導具を持っているのか記録と照合をするのさ。アタシ達はすぐ通れるが……」
横目で怜司を見やる。
「まぁテメェは普通じゃねぇからな。気ぃ引き締めとけよ」
「そうね、私からも説明はするけど、くれぐれも妙な事を言わないように」
エリシエルも念を押しに来た。冷淡な響きは変わらず、緊張の色も無い。
わかったと頷いて列に並ぶ。先頭はヴァルナ、次いでエリシエル、最後尾は怜司だ。
荷馬車、旅人、商隊、冒険者。
それぞれが検査装置を通り、すぐ傍に立っている門番へ身分証を提示して質問に答えている。
検査装置が赤く光ると対象者と門番が一組となって列の脇にずれ、調査がその場で行われるようだ。
その流れは驚くほどスムーズだった。魔法と行政が完全に統合されている証拠とも言えるだろう。
(……ファンタジー世界ってこんなもんだっけ? もっと管理が雑だと思っていたが、どうにも違うようだ)
怜司は深呼吸を一つ。
目の前に広がるのは、魔法を独自の技術体系である魔導として発展させ、北西圏を統一した、魔導帝国アレクサンドリアークへと続く最初の関門だ。