そうして待っていれば、いよいよ順番が回ってきた。
まずヴァルナが蒼白い結晶柱の間を通る。
怜司の解析越しに見た結果としては。
結晶柱の中にある液体が螺旋状に回転するたびに不可視の光が柱を繋ぎ、そこを通った者を測定しているように見えた。
付け加えれば通り過ぎた後、液体の回転速度というか勢いが強くなっている事も見て取れた。
更には反射する際の光。システム上では紫と青と緑色の反射が返ってきている。
(“波形が三種類って何を示しているんだ? 解析結果を寄こしてくれ”)
【結晶体の魔力照射による個体の記録及び魔導具の検知】
【結晶体内部の液体による魔力量の測定】
【対象の精神状態の調査】
(ただ通っただけで、そこまで識別するのか。洗練された技術だ。これが魔力を魔導に加工した技術ってやつか……)
怜司が技術力の高さに戦慄しているさなか、門番の一人が通り過ぎたヴァルナに意外そうに声をかけた。
幼く緊張感が無い顔つきだが、その鎧についている細かい傷を見るに、一端の兵士ということが怜司でも何となくわかった。
更に言えば鎧には他の人が纏っているそれとは全く違う飾りがいくつかあることから、ここの隊長格あるいは監督者に近い者かもしれないという予測も立った。
「あれ、ヴァルナさんとエリシエルさんじゃないですか。転移石で戻らないなんて珍しいですね」
「あぁ、ギルド登録者を連れてきたからな」
「それは……もっと珍しいじゃないですか。お二人の眼鏡に叶うなんて、明日は流星でも降りますかね?」
「言ってろ」
軽いじゃれ合い――にしてはヴァルナの容赦ない背中叩きで咳き込んでいる――をしている傍で、次いでエリシエルがすっと通過した。
当然ながら何も起こらない。
ただ二人が通った結果、差分は理解できた。
(ヴァルナはともかくとして、エリシエルの魔力量が尋常じゃないって事か? とんでもない勢いで液体が回転していたから多分そういう事なんだと思うが。ヴァルナとエリシエルじゃ照射から返ってきた波形が全く違うのは種族差か? それに反射色が紫の時はどうやら魔導具の検知もしているようだ。エリシエルの杖と括りつけてる鞄にローブ、ヴァルナの鎧と槍と剣か……つまり殆どが魔導具。もしや彼女達相当エリートなのでは?)
脳内で推論を組み立てながら眺めていると、ヴァルナに絡まれていた門番がこちらに来る。
「ええと」
「あぁ、エリシエルさんから事情を少し聞きました。もしかしたら妙な反応が出るとか、記憶喪失だとか」
「え。あ、そうかも……しれないですね」
思わず門番に対して敬語を使う怜司。それを緊張と受け取ったのか、門番は苦笑して大丈夫と勇気づける。
意を決して一歩、柱を超えるように前に踏み出す。
【LOG-PSY-012:精神操作を検知。精神防壁による遮断に成功】
(ちょ、ばっ)
緊張と油断で忘れていた。そういえばエリシエルの精神操作を弾いた防壁は自動発動状態のまま維持していたのだ。
切り忘れてしまっている事に気づいた瞬間、結晶柱が赤く濁った。
「あれ? ちょっと待ってくださいね」
おかしいなと首を傾げながら門番は結晶柱に書かれている言葉を読み上げていく。
「周波装置による精神状態、検知不可? 故障か? 魔導演算核による魔導具検知、無し……液状魔導媒体層による魔力……反応無し……」
最後のあたりになると声は絶句に近くなっていった。
怜司は心の中で頭を抱えた。これは絶対よくない。トラブル確定だ。
ヴァルナは唖然とした顔でこちらを見ていた。エリシエルはフードで顔は見えないが、よくみると杖を握る力がやや強くなっているようだ。
申し訳なさそうな姿勢を見せながらも警戒の色を滲ませた門番が異常時の対応を行う為、怜司を横に誘導する。
「まず、追加調査を行うにあたりお名前を伺っても?」
「怜司、神薙怜司です――ちょっと聞きたいんですが、全部該当無しというのはどういう意味になるんです?」
「いや、こっちが聞きたい位ですよ。記憶喪失でもこんな結果、見たことがないです」
まぁ当然だろうなぁ、魔導具反応が無いのは科学だし。という謎の納得を得る怜司だが、さてコレ一体どうしたもんかと頭を悩ませる。
精神防壁をどこかのタイミングで一度解除をするべきだとは思うが、タイミングを逸している。流石にここからもう一度やってみますなんて言う事は出来ないだろう。
「なので、より探知強度の高い結晶柱を用いて再検査になるかと」
おっとなるほど再検査。それならまぁ一度切っておけば済みそうだと考えてシステムに指令を送る。
(“類似の機材、波形については精神防壁を解除しておいてくれ”)
【設定完了】
「わかりました、ではそちらに行きます……ちょっとヴァルナさん達とお話しても?」
「えぇ、構いません。終わったらこちらに戻ってきてください。案内します」
にこやかに頷き、背を向ける。
ヴァルナというよりも、正確にはエリシエルの元へと歩み寄り。
「流石にもうちょっと説明あっても良かったのでは?」
「――ごめんなさい」
「まぁ、こっちも説明してなかったけどさ……今のうちに身元の保証、やっといてくれよ」
「えぇ、勿論……」
心なしかフードが垂れ下がっている。もうちょっと報・連・相きっちりやっても良かったと思っているのだろう。
次いでヴァルナを見やると苦笑していた。そりゃそうもなろう。あんだけ説明やらなんやらをしていた方がかっ飛ばしていたのだ。
もっともヴァルナも何がここにあるかは解っていただろうから、時間があったのにも関わらず留意事項として話し合っていない為、怜司にとっては自分を含めて同罪である。
「悪ぃな」
ヴァルナらしい謝罪に、怜司は肩を竦めて気にするなと意思表示だけはしておく。
「多分魔力と魔導具は反応しない。けど精神状態については防壁を解除することで対応できる。後はそっちでなんとかしてくれよ」
「りょーかいりょーかい」
ヒラヒラと手を振るヴァルナ。どういう説得をするかはわからないが、どうにも話を聞いている限りヴァルナとエリシエルはギルドの中でも有名人なのだろう。ある程度なら何とでもなるハズだ。
溜息をついて門番の元に戻り、奥の部屋へと案内される。
柱は同じ型のようだが四本ある。
「真ん中に立っていただけますか?」
だろうなぁという思いを胸に、軽く頷いて立ってみる。
すると、先とは違う反応が出た。勿論精神部分のみだ。
「精神位相、正常。魔導具反応なし……問題ありません。ですが魔力反応がほぼ反応していない。もしかして貴方は事故にあったのかもしれません、それで記憶喪失になったのかも」
事故と魔力と記憶がどう紐づくかわからなかった怜司は、情報を集めるべく質問を口にした。
「お聞きしたいのですが、そもそも魔力反応というのはそんなに大事な事なんですか?」
「それは勿論……いえ記憶喪失でしたね。魔力というのは人体と大体の物質に宿っているものです。なので無いことが他の異常に繋がります。記憶喪失もその一例としてあるのでそれかと」
成程、エリシエルの体に魔力の生成器官があったのはそういうことかと納得する。
ヴァルナにもあるし、ヒューマにもあるのだろう。そして言葉通りなら何らかの素材にもあるということ。そう考えると確かにおかしくはなる。
これが地球と異世界の差、というものか。しかし気になる事がある。魔力と記憶の関係だ。
「魔力を失うと記憶も失う……或いは逆もあると?」
「そうですね、例えば魔法制御に致命的な失敗があれば魔力が逆流します。その過程で前後の記憶が無くなることも人によりますが――あぁ安心してください。今は魔導省直下の病院で適切な治療が受けられますからね。ただ予約状況次第では後回しにされると思います」
とにかく兵士とギルド所属者が優先ですから、と付け加えてくる門番。
成程、戦えるものから優先して治すのは当然だろうし、もしかしたら訓練中に発生することもあるのかもしれない。
そう認識した怜司が推論として語ってみれば、門番は多少の感銘を受けたようだ。
「エリシエルさん達が言った通り、貴方は呑み込みが早い人ですね。仰る通りで、魔導訓練や模擬戦で稀にですが発生して、っと……ちょっと待ってください」
門番が胸元から何かを取り出して耳に当てた。透明の結晶に金属フレームをつけた平たい箱のようなものだ。
一体何をしているのかと咄嗟に解析を回してみれば、
【魔導具による通信を検知】
(――いやまぁ、流石に通信手段くらいあるか。しかし耳に当てて通話するとは、まるで西暦時代の遺物のようだ。通信範囲はどれくらい……いや万が一の逆探知のリスクはありそうか……?)
「えぇ、はい……了解です。ええと怜司さん、問題無しで良いそうです」
「あぁ、もしかして?」
「はい。ヴァルナさん達のパーティメンバーとして仮登録したことが確認できましたので、一旦は彼女達の保護下に置かれます。我々の管轄ではなくなったのでこれで検査は終了します。ご協力ありがとうございました」
そう言って先導する門番に、こちらこそ、と呟いて後を追う。
ヴァルナ達がやってくれたようだ。
しかし彼女達はやはりエリートである事、或いはギルド自体が力を持っている事くらいは解った。
記憶喪失の男をパーティに入れる、となると普通に怪しい案件だろう。
だがそれでもギルド所属である二人の保護下に入るなら問題ではなくなる。これはギルドの権力が帝国に食い込んでいる可能性を指し示しているのではないか。
ガイドブックにはそこまで記載はなかったが、その役割自体に影響力があるような記述は確かにあった。
まぁ確かにエリシエルの戦闘力はとんでもないものだったと思うし、ヴァルナの装備や立ち居振る舞いを見ても強者であることはよくわかる。
そして今回の騒動で、彼女達が持つ装備全てが魔導具であることもわかった。
現時点での結論として、ほぼほぼエリートで間違いはないだろう。
そう推測しながらついていくと、噂に影ともいうべきか、二人が外で待っていた。
「最後ですが、帝都についたらまずギルドで本登録を行ってください。ギルド証を渡されますから、必ず携帯してくださいね。他の関所やギルドにはこちらから連絡しておきますので以後は問題なく通れるでしょう」
「何から何まで、お世話になりました。そういえば、その、聞き忘れていたのですが君の名は?」
「あぁ、そういえば。申し遅れました。私、コンラート・アルンハイムと申します。私も丁度戻る時期ではあるので、もしかしたらどこかでお会いする事になるかもしれませんね」
そういって手を差し出してくる門番ことコンラート。じっと見つめた後、ふっと笑みを零して握手をする怜司。
対するコンラートは奇異なものを見るような目で怜司を見つめた。
だがすぐに納得したようで、握られていた手をやんわりと外して怜司の手首を掴んだ。
ぎょっとする怜司にコンラートは穏やかな口調で、
「友好の証は手首を握るんです。初対面は握手で良いですが、どちらかというと敵意が無いという事を指し示す所作です」
「え。あー成程、それは失礼。あぁそうだ、今度再会できたらどこかで食事でも行きますか」
「良いですね。帝都で腸詰の美味しいお店があるんですよ。今度紹介しますね」
そういって解放された怜司は、一つ疑問が生まれた。
(今度って、そもそも何かのタイミングで会えるってことか?)
帝都の大きさは広大だという事を観光本で覚えていたのだ。
通信機も無い怜司が一体どうやって会うというのか。
いや、単なる社交辞令の可能性が高い。
偶然会う事もあるかもしれないし、ヴァルナ達と知り合いだからそこから線を辿って来るのかもしれない。
一旦は気にしなくてもよいだろう。
そう判断して怜司はヴァルナ達と合流する。
「待たせたな」
「いえ、こちらこそ余計な手間を使わせてしまったわ」
「つっても後はあの馬車に乗れば終点だ。ざっと半日もかからないさ。乗るぜ……っと、その前にトイレは?」
ヴァルナが見回すと、怜司もエリシエルも行きたそうにしていた。まぁ当然ではある。
通常の馬車内で簡易式トイレは無いものが普通だ。となると外か、乗り継いだ村や町にある公衆トイレに向かう必要がある。
意外に女性二人とも限界はさほど来ないタイプのようで、休憩中にトイレに立つのは怜司が一番多かった位だ。尚一番少ないのはエリシエルだった。
「じゃあ、アタシはコレで話つけとくから、後で乗る時にアタシの名前を出しな」
胸元から金色に輝く冒険者の証を怜司達に見せつけた。文字通りカード状で名前とランク:金と銘打たれている。
何度か聞いているがこの手の乗り物に対してフリーパスになる位の権力があるという。うむ、やはりエリートだと軽く頷いて、怜司はトイレの方に向かった。
その後、当然のように何のトラブルも起きずに帝都アークランドブルクに到着した。