「着いたぞ」
ヴァルナがそう声をかけて来たことで怜司の意識は浮上した。気疲れしたのかいつの間にか眠りについていたようだ。
システム越しに時間を確認すればもう陽が落ちかけている時間で、意外と眠っていた事に気づく。
頭を軽く振って立ち上がる。
周囲にはもう誰もおらず、馬車の扉は既に開いており、冷涼な空気が流れ込んできている。
さて、どういう風景なのか。そう思いながら一歩、地面に降りた瞬間――
視界に飛び込んできたそれらは怜司にとってあまりにも鮮烈であった。
まず目の前に広がる城門についてだが、関所にあった門とは全く違うタイプのものだ。
巨大な機械仕掛けの門。
表面には細い溝が無数に走り、その溝の奥で淡い光が脈打っている。
構造的には関所の門と同じ魔力を用いているようだ。
だがそこに無数の機材と歯車がそこかしこに取り付けられ、都市全体と連動しているように見えた。
視線を横に動かして壁も見れば関所であったものと全く同じで、防壁としての機能を強化しているものだ。
また兵士たちの駐屯地が外壁沿いに連なり、街全体が外敵や災害に備えている都市であることが見て取れた。
そして城門から見える街の景色。
帝都外郭と呼ばれる平民街と工業区が混ざり合う雑多な街並みだ。
建物の高さはほぼ一律同じで、解析情報を見るに建築物の素材全てに魔力を通しており、まるで毛細血管のように巡っていた。
大通りの両脇は昼間なのに淡く光る街灯が立ち並び、その根元には白い靄を吐き出す箱状の装置が置かれている。
視線の奥で一段と目を引いたのは空に向かって真っ直ぐ伸びる白い塔がいくつも立っていること。
それはどれも同じ高さで、同じ間隔で、まるで都市全体を測量するための杭のように整然と並んでいる。
ガイドブックに書いていた通りだとするならば、あれが魔導塔と呼ばれるもので、帝都全体に魔力を安定して供給する為の炉心がある……と書かれていた事を怜司は思い出す。
最後に地面を見れば魔力を通す素材で敷き詰められており、そこかしこから心地良い熱気を感じた。
どうやら魔力を用いて熱を発生させる機構のようだ。流石に顔付近までは温まらないのか、二の腕くらいまでではあるが、それでも放熱の範囲が広い。
馬車から降りた怜司が見たアークランドブルクは、一つの誇張も無くガイドブックに記載されている通りの荘厳で、とても白紙領付近の村と同じ国家とは思えないほどの魔導都市だった。
【地面、壁面、城門、建築物全てに共通した魔力の伝導路を検知、電力の送電システムと類似】
【白色の靄、魔力による排熱と推定】
【光源、関所の魔導灯と類似。魔力による常時発光の機能のみ確認】
【平均気温、十八度】
【解析許容上限に到達。解析距離を直線距離半径二百メートルへ限定】
初見では余りの情報量だということか。
確かに全部見たことが無いもので動いているのと、現状の性能ではこれが限界となるのも仕方がない。
(“一旦全て記録しておいてくれ。取捨選択は夜に行う”……しかしこれは凄い、都市全体が電力やガスではなく魔力で動いているということか。この都市の設計者は一体どういう思想でこれを作り上げることが出来たんだ。見た感じ合理性の塊だぞ、コレ)
遠くからは金属同士が正確なリズムで叩かれる音、何かの駆動音、そして人々のざわめきが重なり合い、帝都全体が生きていることを声高に主張していた。
(これが帝国の文明か。全く、帰らなければならないってのに、こうまで未知なものが出てくると俄然興味が湧いてくるな。こんなワクワクするの、何年ぶりだ?)
怜司は立ち止まり、無意識に深く息を吸い込んでいた。
金属と蒸気と、知らない香辛料の匂いが混ざった空気。それは地球のどの都市とも違う、異質だが悪い感じはしないもの。
「ようこそ、
とからかい混じりの声がすぐ横から飛んできた。余りに集中して周囲を見ていたのだ、おのぼりさんにはそういう反応にもなろう。
弾かれたようにそっちを見ると、ニッと笑うヴァルナとは対照的に、コツコツと足音を響かせてさっさと入っていくエリシエルが見えた。
(わかっていたが何とも対照的な二人だなぁ……一体どこをどうしたらパーティなんて組めるんだ? エルフ系って実は仲良いとかそういう?)
ふんわりとした疑問が浮かぶが、どこかで聞けば良い話だと切って捨てて、怜司も帝都内へと歩み出す。
(まぁ……いずれにせよどうやって帰るかの算段を立てなければなぁ。ここに何かのヒントがあれば良いんだが)
早歩きでエリシエルに追い付く。ヴァルナも鎧の音を響かせているが、街の住人は一向に気にしていない。
そういえばと住人の服装に注視してみれば、怜司が着ているパーカーとは系統が違うが、そこまで外れていないという事に気づく。
ジャケットや薄手のコートが多いが、フード付きの服装も案外いる。似たブーツもあればシューズタイプとホットパンツを組み合わせたような恰好をする薄着の女性もいるし、逆にガチガチに着こむ男性も見つけられる。
この中で浮いているのは帝国兵とは違う系統の重鎧を纏っているヴァルナでも、住人にいそうな怜司でもなく、顔をフードで隠し、全身ローブでシルエットすら秘匿しているエリシエルだ。
服装もだが先端に括りつけられた鞄があるにも関わらず、ビタイチ不安定さを感じさせずに杖を持っている本人の怪力と体幹が原因のような気がしないでもない。
「……俺よりも目立っているの、エリシエルの方なんだな」
「言ったろ、帝都につけばどうにでもなるってさ」
「まぁ、確かに……」
生返事に近い返答を返す怜司。
ガイドブックで書かれている文字の情報と実際に見る情報を照合しようと、ついキョロキョロと周囲を見てしまう。
その様子にヴァルナはエリシエルを呼び止めた。
「――何?」
「案内してやれよ、アタシよりはちゃんと説明できるだろ?」
「……貴方、本当に百年以上生きているの?」
もはや小言のように繰り返される言葉をあっさりとヴァルナは無視し、怜司に二カっと笑いかけた。
こんな雑な投げ方って有りなのかとエリシエルの方に視線を向けると、フードから覗く顔はどこか疲れた表情になっていた。むしろ慣れから来る諦めとも取れるなコレ。
「……ここは帝都外郭区の平民街にあたる場所よ。外向けの食堂や魔導具店、住宅地が混在している――そうガイドブックに書いていたでしょう? それと最縁区に行けばより大型の工場と軍の駐屯地に辿り着くわ。もっとも私達はそこに行くことはないけれども」
そりゃあまあ、工場や駐屯地なんて見学しにいかない限りはそうだろう。
遠目からでも何らかの蒸気を吹き出す工場群や大砲が遠目から見て取れる。
技術者としてちょっと、いや物凄く行ってみたい気持ちを何とか抑えながら案内を受ける怜司。
あちらこちらを見渡せば、大雑把に分けて人の流れは商業区への出入りをしている住民か、工場労働者か、或いは馬車群に荷物を載せて門から出入りしている商人や冒険者達の三種類に分類されているようだ。
成程、だから此処が大通りとしてガイドブックに書かれていたのかと納得する。
真っすぐに突き進んでいくと、様相がガラっと変わる箇所がある事に怜司は気づく。
同時にエリシエルの声が
「ここからが内郭の入り口にある商業区と呼ばれる場所よ。見ての通り、帝国中の物資がここで取引されているから一番人口が多いところね。真っすぐ行けば行政区や貴族院がある中央区、左手に行けば冒険者ギルドや高級宿がある冒険者区。右手には技術者達が所属している技術区へ繋がっている。今回、私たちの目的地は左手ね」
確かに外郭より整然としており、建物の装飾も一段階洗練されている印象を受けた。
特に印象的になのは
商業区よりも奥に視線を向ければ大抵は同じような高さを維持しており、例外は城などの象徴的な箇所くらいだと見て取れた。
後で聞けばよいかと頭を振って左右を見渡せば、帝国中の物資が集まるだけあって、人の密度も桁違いだ。
ただ、気になる言葉があったのでそれは確認するべきだと判断し、怜司は口を開く。
「――冒険者ギルドがある冒険者区って、そんなに区分けできるほど大きいのか?」
「他の区と比較するとそこまで大きくないけど、冒険者に必要な装備や工房、魔導具店や宿場がそこに集まっているわ。そこで各地から持ち帰った素材や武具を別の区画へ輸送されるようになっている。ほら、あそこに魔導車があるでしょう? あれに積み込んで輸送しているの」
「魔導車、って……」
エリシエルが杖を上に掲げたことで、怜司は天に視線を向ける。
向けて、思わず怜司は眼を瞬かせた。
地球で言う所の、サンタクロースが乗っていそうな真っ赤なソリだった。違いは荷台部分が大きくなっている事とトナカイを繋いでいない事だ。
「お、おぉマジでか……あれ、どうやって動いているんだ?」
「御者台に座って魔力を通せば浮遊するから、後は決められた航路で空から配送しているわ」
確かに、ソリが規定されたような動きであちらこちらに移動しているのが見える。
(“あのソリの構造と距離は?”)
【浮遊高度、建築物から三メートル以上浮遊で安定状態を維持】
【建築物からソリへの魔力送信を確認】
(移動経路は建築物によって限定されている、つまり高さを統一している理由がコレか。こいつは全くもって合理的だが……)
「アレって、落下することないのか?」
「落下しても問題ないわ。例え御者が居眠りをしても安全に着陸できるのは実証されている――その事についてはガイドブックの五十七ページに書いているから、気になったのなら後で読み直して頂戴」
「おぉ、流石完全記憶能力……」
エリシエルに対してどう反応して良いかはわからないが、少なくともほぼ安全であるということが解ったのは大きい。
床と建築材は基本的に同じもので構成されている事は解析で確認済みだ、故に落下しても何らかの仕掛けが発動する事で課題をクリアしたのだろう。
自身が知っている科学とはまるで違う進歩をしている事に、怜司は大きな興奮と興味を覚えているようで、何やらキラキラとした目線をあちこちに送っては小さな感嘆をあげている。
それをヴァルナは微笑ましいものを見るような笑みを浮かべ、歩みが遅くなったおのぼりさんを追い越す。
先に歩いているエリシエルに追い付くと同時に口を開く。
「今なら技術者って言われてもすぐ納得できるよなぁ」
「そうね、あれだけ勘に障るような笑顔が、今はまるで子供のよう」
様々な建物や人を一生懸命観察している本人は全く聞こえていない事を確信してか、散々な言い草である。
怜司が笑顔の事を指摘されたら、この世界でもかと凹むだろう。本人的には愛想笑いのつもりなのだ。
街灯を三十程超えた辺りで様相は更に変わっていく。
暫くの間、左右へフラフラと視線を揺らめかせて人間観察を行っていた怜司だったが、商業区の喧騒を抜けて左手の通りへ入ると、空気感から全て変わった事に気づく。
それに合わせてヴァルナの歩き方も普段よりも肩の力が抜け、鎧の音がどこか軽くなっているように見聞きできる。
要は
内郭で武具・魔導具・素材・宿場が密集する準軍事区画とも言い換えられる、第一区である。
出発するもの、帰還してきたもの、或いは街での任務を請け負っているもの、羽を伸ばしているもの、怪我人、或いは素材を抱えて走る者。
その大半はヒューマだった。
ノクタリエは余り数がいないようだが、それでもチラホラと見かけるレベルではあった。
もっとも、女性でヴァルナのような恵まれた体躯を持つものはおらず、男性でもヴァルナに身長では負けるものもいる。
流石に見た目の筋力量などからみると大半は彼女に勝ってはいるが、それでも彼女自体が特異であることに異論はない。
また、よくよく見ると全体的に薄着だ。腕や足、胸元等に多種多様な紋様があり、そこが規則的に薄く明滅している。
怜司が解析の手を伸ばせば、アレは魔力器官の一種だという仮説が出来上がった。
成程、紋様の多寡で魔力の強さがわかる可能性があるのかと一人頷く。
それよりも気になるのはエルヴァリエの少なさだ。
今のところエリシエルしかいないのは確認できている。
フードで顔を隠している人はほぼ皆無で、背丈や恰好で類似しているものはヒューマの女性のみだ。
エリシエルが持つ美貌を差し引いたとしても、似た風貌は見つけられなかった。
文化の差なのか、それともエリシエルの眼が原因なのかは解らないが、一旦そういう種族なのだろうと棚上げしつつ、ヴァルナ達の後を追う。
それらの人々を追い越し、或いはすれ違う度に金属と薬草、怪我人ならばそれに加えて微かな血の匂いが入り混じった香りがした。
これは帝都の中でも良い意味で物騒な場所なんだろうとアタリをつけながら目線を奥へと移動させ――
怜司の目と口の形が円となった。
正面にそびえるのは、十二階建ての石造りの超巨大な館だ。
外壁は淡い灰色の大理石に似た物質で覆われており、魔力を通した建築材が幾筋も走っているように建築されている。
また補強部分として、筋のように走っている金属部分には細かな魔導刻印がびっしりと刻まれており、淡い緑光が脈打つように流れていた。
まるで建物そのものが呼吸しているかのような、言い換えれば他の建物よりもより生きていると錯覚しそうだ。
本館の背後には、入り口から遠目で見えていた魔導塔が高くそびえ立っている。
外壁と同様の淡い灰色の塗装に、塔の表面を走る緑光のラインが遠目からでも目を引く。
その塔の頂からは細い緑光の糸が周囲の魔導塔へ伸び、連結しているのが見えた。
ガイドブックに書かれている通りならば、この建物自体が行政区の官庁街にも匹敵する巨大さだという。
帝都における第二の心臓と呼ばれているのも頷ける存在感だった。
(ここが、冒険者ギルド本部……)
自然と怜司の足が止まった。続く言葉も一つたりとも出てこない。
城門から此処まで、見るもの全てを分析してきた頭脳が、初めて黙った証左だ。
徐々に近づいている本館の正面に眼を向けると、巨大な両開きの大扉が一つと脇に六人程度が同時に入れる位の小扉が二つ、構えられている。
それぞれの扉の表面には魔導刻印が幾重にも重ねられ、その中心にはギルドの紋章である、赤い本の上に直剣と黒い羽根ペンを交差させた意匠が刻まれている。
ガイドブックによれば大扉の役目は魔物の素材や魔導兵器等の大型の物質を搬入・搬出する際に使われ、人の出入りは小扉を用いると書いていたな、とようやく怜司は知識として思い出していた。
そこから冒険者がひっきりなしに出入りし、怒号や笑い声がざわめきとなって扉の開閉と共に溢れており、活気があることを知らせてくれた。
本館の横を見れば先ほどのソリが定期的に離着陸しており、そこから荷物のやり取りがされていることがわかる。
また、左右には怜司が入ってきた門と全く同じデザインのそれが設置されていることから、四方も同じような造りになっているということが何となく理解できた。
(――少なくとも大きさから考えて、四桁人は余裕で出入りしてそうだ)
「大丈夫?」
横手からの声で、ようやく意識と視線がエリシエルに繋がる。
歩みが自然と遅くなっていたようだ。気づくとヴァルナだけ扉の前で待っている状態だった。
「あー、ちょっと圧倒されただけさ」
「そうね。最初は誰だってそうなるわ」
「というと、君も?」
「勿論。ここまで大きな建物だとは知らなかったから。今の貴方とほぼ同じ反応をしたものよ」
意外だと思ったが、初見ならそれはそうなるか。
ギルドという言葉に対してのイメージが木っ端微塵にされたのだ。こんなに大きな建物で魔力を高効率で使う場所なんて思ってもみなかった。
少なくとも規模感だけで言えば自分が在籍していた研究所とさほど変わらないのだ、建築技術も一定以上の水準を誇っているのだろう。
否、帝都の整然とした街並みの構築力に限って言えば怜司がいた世界よりも精緻であるかもしれない。
そう思わせる説得力が超短距離限定での解析から、より強く実感できる材料となっている。
首を振って、意識を切り替えた怜司はヴァルナが待つ扉へと足早に進んだ。
ちなみに街の初期案として、縦に重ねる構造を考えていました。
下層が貧民街とか入り口にして、中層は平民街やギルド関連、上層は貴族などの為政でと考えたあたりで、
これだとFF7のミッドガルじゃん……となったので没にした経緯があります。
なので帝国編、凄い勢いで書き直してます。