エリシエルが「誘拐の線があるなら裏から探してみるわ」と申し出て、別行動を取った時間から暫くして。
「ここだ」
ヴァルナがアルンハイム卿から渡された地図の通りに進み、目的地へと辿り着いた。
怜司が持った感想は、監獄に近い豪華で大きな寮、というものだった。
アルンハイム家が囲っている技術者の数は定かではないが、恐らく建物の大きさからして五十は下らないだろう。
ざっと見渡して解析してみれば、それくらいの数の部屋があったのだ。
そして時間が昼前というのもあって早めに昼食を採る者、研究にふける者等、様々な様相を呈している。
壁は防音に特化したギルドや貴族で使われているものよりは簡素ではあるが、似たタイプのしっかりとした造りを採用しており、魔導灯に関してはギルドで見たものと同じ最新型をつけている。
建物中央に解析を伸ばせば、ちょっとした中庭があり、そこが運動場を兼ねている事がわかる。そこに備え付けられているベンチで昼食を採っているものもいるようだ。
外を見れば周辺は石畳ではなく、土と植物が植えこまれており一定間隔でスプリンクラーのような魔導具が水を撒いている。
土は常に湿っており、足跡が残りやすい状況を作り続けている。
(そして扉は外側からも固定できるタイプか……嫌になる程、脱走も進入も防げる構造をしている)
システムに全てを記録するモードへと切り替え、怜司はヴァルナに視線をやって確認した。
「この寮が?」
「いや、ジェスは別だな。家住まいなんだよ」
怜司は顔を顰めた。
この鳥籠の中に入れておけば管理は容易い。それなのに何故個人宅を与えたのかがわからない。
胸糞悪いハナシだが、仮に自分が為政者ならばそうするだろうと思っている。
アルンハイム邸で湧いた親近感が反転した悪感情、それがジリジリと胸を焦がす。
合理的だと理解した自分への嫌悪も含めて。
それを振り払うように、思考を切り替える。
部外者である自分がそう思ったのなら、何か別の理由があるハズだ。そうであって欲しい。
「家? この規模の寮があるのに?」
「あぁ。普通はここに押し込まれるんだが、ジェスは別格だ。魔導灯の発明でアルンハイム家の格を押し上げた功労者だからな。そういう技術者は個人宅を与えられて、研究も生活もある程度は融通が利くようになる」
「――成程、特別待遇ってことか」
「あぁ、対外的にも家の象徴となるからな。周りには警備も置いていたはずだけどなぁ」
ヴァルナは言葉を切る。
誘拐とも脱出とも取れる状態だ、迂闊な事を言いたくないのだと察した怜司は寮の巨大さと厳重さを見渡しながら、胸の奥に冷たいものが落ちるのを感じた。
(これだけの管理体制があるのに、個人宅の技術者が行方不明。嫌な予感しかしないな)
ヴァルナが顎で寮の奥を示す。
「ジェスの家はこの先だ。行くぞ」
怜司は深く息を吐き出して冷たいものを追い出し、二人の後を追った。
寮の敷地を抜けてさらに奥へ進むと、空気がわずかに変わった。湿った土の匂いが薄れ、代わりに手入れされた庭木の香りが漂う。
ヴァルナが指で前方を示す。
「――あれがジェスの家だ。っと、コンラートもいるな」
寮の無機質な外観とは対照的に、そこに建っていたのは小さな二階建ての家だった。
思ったよりは豪勢ではないが、質の良い真っ白な木材を用いているようで、丁寧に仕上げられている。
庭には低木が整然と植えられ、魔導灯が柔らかい光を落としていた。
玄関前を見て人がいない事で、アルンハイム卿が警備兵を引き上げさせていた事を思い出す。
代わりにというか、コンラートがそこにいた。
関所で出会った時とは違い、兜や鎧は無く、今はゆったりとしたロングコートを身に着けている。
その胸元にはやや大ぶりな金属製の留め具――記憶からシステムにアクセスしてみればアルンハイム家の紋章が煌めいている事を理解できた。
ざんばらとした金髪がどことなくアルンハイム卿に似ているように感じたのは、きっと親子であるという情報が脳に入っているからだろう。
「おぉい、コンラート」
「うん? あぁ、ヴァルナさんに怜司さん。話は父から聞いております。本日はよろしくお願いします」
そう言って敬礼をするコンラートに対し、怜司は複雑そうに頷き、ヴァルナはニヤリと笑って、
「ハッ、そっちこそ怜司の活躍を見逃すんじゃねぇぞ」
豪快にコンラートの肩をバシンと叩いた。顔を顰めながら苦笑したコンラートは、怜司に対して頭を一つ下げた。
「お願いします、怜司さん」
「じゃあ頼むぜ怜司」
「あぁ、精々やってみるさ」
寮と違い、地面は乾いた土と砂利が混ざった歩きやすい道だ。こちらには警備の邪魔になると判断されたのか、スプリンクラーはないようだ。
だが、地面に刻まれた足跡に引っ掛かりを覚える。
「早速だが足跡が、妙だ」
「あん?」
「足跡の深さがバラバラだ。それに、向かう方向も違う、いや途切れているものもある――五人、いや三人か? 偽装はしているが、これなら時間をかけて調べればわかるハズ」
靴の大きさが五種類。システムに記録を行うように指示をしながら解析を混ぜていく。
浮かび上がる足跡の痕跡から逆算すると、どうやら三名が扉に向かっていったようだ。
解析の手を家の周辺へと限定してみれば、家の奥側にまた似たような足跡があった。足跡が付き始めた箇所の直上には二階の窓がある。
とすれば、出口としてはそこからなのだろう。
試しにその場に向かってみれば、案の定だ。
ただ足跡の深さで窓から飛び降りたと仮定させて再現をすると、どうしても合わない。壁を削りながら降りたのかと見ても、一切の痕跡が無い。
そして気になるのは入り口付近では一番薄い足跡が、この場になって一番深くめり込んでいることだ。
「二階の窓の下に足跡が三つ。だが浅いし手をついていない……ヴァルナ、魔導具で軽量化や着地の衝撃を和らげるものはあるのか?」
「軽量化じゃこんな足跡にはならねぇ、いくらなんでも靴先か踵がめり込む。着地の衝撃吸収なら軍用品でいくつか心当たりはあるが、闇市でしか出回ってねぇ。或いは兵士そのものが怪しい可能性もあるが……」
「今から兵士を疑うのは筋が悪いですね。アルンハイム家はどちらにも着かない故、帝都での情報は入りにくい。今回の事件についてもエンブレア家と皇帝派、双方から断られています。それに時間も足りない」
だろうなと言わんばかりに肩を竦めてみせるヴァルナ。
兵士の数は多く、ローテーションについては機密だろう。流石にそこが漏れたら誘拐、暗殺なんでもござれだ。
アルンハイム家が入手できぬ情報なら、金級のヴァルナとて管轄外だと断られるハズ。
溜息をそっと土の上に乗せた怜司だが、更に周辺を見てみれば、外に通じる壁に一筋の縄跡と、それに付随して何かで削れている跡が見て取れた。
(こんなにわかりやすい跡、見逃したってのか? いや待て、ヴァルナ達が見逃すわけがない……まさか)
解析を一度解除してもう一度見ると、そこには跡が見えない。解析を使用していると逆に解り過ぎるということか。
これは思わぬ欠点だと苦笑して首を振った。
「あー、成程な。恐らくこの壁を伝って脱出した、ってことか」
「あ? 何も無いだろそこは」
「ヴァルナ、ちょっとここを触ってみてくれ。それで気づけないなら、より複雑な細工をしていることになるハズだ」
怜司の言葉に半信半疑になりながら、小手のついていない右手で覆い被せる様に触る。
すると、感心したと言わんばかりに一つ頷く。
「成程、視界をごまかす塗料を使ったわけだ」
ヴァルナの手のひらには何かの塗料が微かについており、壁をみれば触った個所だけ縄跡が表れていた。
「それは、盗賊ギルドが良く使う塗料ですね……そうだとしても、脱出を手伝ったのか、或いは誘拐したかはまだわかりませんが」
「確かに。技術者が逃げるにせよ、奪われるにせよ、盗賊ギルドが関与するのは常套手段だ」
その言葉に怜司は微かに顔を顰めながら、ここにはもう何も無さそうだと呟いて扉へと向かった。
コンラートが怜司を追い越して扉に手を載せると、認証が通った。
そのまま三つの足跡を踏まずにコンラートとヴァルナは軽く跳躍して奥へ入った事を見届けた怜司が、続いて入ろうとした矢先。
怜司は精神に衝撃を受けた。