【ERR-NET-10111:転移元に酷似した通信を検知。通信強度、基準外。接続に失敗。】
(嘘だろ、これは白紙領の……“アクセス元はどこから?”)
【ジェス宅内部】
(微弱過ぎてどこにあるかはわからないか……この行方不明、果たして偶然なのか? “アクセス元がこの家から離れたらアラートを流してくれ”)
持ち出す者がいるとは限らないが、念の為に指令を投げ、慎重に入る。
まだ生活感のある空気だ。居なくなった時間を考えれば当然ではあるか。
木製の床は丁寧に磨かれているようだが、三つの足跡のせいで台無しだ。
一つ一つ解析をしてみれば、一度後ろ歩きで戻ったような小細工を仕掛けているものもあれば、靴底についた土をこそぎ落とすような動きをしているものもあった。
統一感の無い動きは一体何を示しているのか。パッと考えられるのは偽装もあるのだろう。怜司もシステムがなければ苦慮するところだった。
壁にはヴァルナと同じランタンが等間隔に打ち付けられているが、魔力切れか、全て消えている。
ヴァルナが腰からランタンを取り出し、炎を最大限に調整した。バッと燃えた炎が周囲を不気味に照らし出す。
「――気配は無ぇな。怜司、そっちはどうだ? もう何かわかったか?」
「あぁ、細工をしているようだが真っすぐ二階に上がっている。恐らくあの窓がある部屋だろう」
「上は研究所です、案内します」
「いや、アタシが前でコンラートは怜司の後ろだ。もし誰かが戻ってきていたら面倒だ」
「それは……そうですね。お願いします」
三人は木製の階段を軋ませながら、ゆっくり上へとあがっていく。
先頭を歩くヴァルナはいつの間にか片手半剣を抜いていた。システムがもたらす情報の吟味に集中していた怜司はそれに今気づいたせいで、体をびくっと揺らす。
「んだよ?」
「いや、いつのまに剣を抜いたのかわからなくってさ」
「んなことでビビんなよ……」
呆れ顔でボヤいたヴァルナはそのまま真正面を索敵しつつ、階段を上がりきる。
目の前にある扉を押し開けた瞬間、怜司は眼を細めた。血の匂いはしない、あるのは薬品や工具などの人工的な匂いが目立つ。
研究室は荒れてはいないが、散らかってはいるというレベルだった。
解析越しの視界に映るものとして目立つのはまず机の上だ。
魔導工具、魔力測定器、何かの回路板、用途の解析は後回しとして、そこまでは読み取れた。
壁にはメモが幾つも貼られている。
足元を見れば足跡が複数あり、偽装はされているものの四つある。新たな痕跡は一つ、ジェスのものだろう。
偽装の仕方は同じだが、少なくとも窓側に至るまでの足跡が複雑すぎる。一歩間違えればそのまま扉から出たと間違えるような偽装をしている。
「なぁヴァルナ、この足跡を追跡する事はできるか? いやコンラートさんでも良いですけど」
「――無理だな。ここまで乱されてちゃ、わかるものもわからねぇ。ただもう三人だってわかっていて外に脱出しているってんなら話は早ぇだろ」
「待ってください。下にあった足跡は三つでした。だとしたらジェスはどうやって下に?」
疑問を呈したコンラートに対し、言葉を詰まらせたヴァルナは横目で何とか答えろと怜司に促す。
本当に全部俺任せかよ、という言葉をぐっと呑み込み、小さく頷いて部屋を見渡し、僅かな埃の厚みの差や何か擦った跡が無いかを調べる。
人の眼で読み解く事が難しい事も、システム越しならば解る事がある。それは時間軸に合わせた行動順だ。
仮想現実を呼び出し、足跡から動きを再現させてみれば、結果はこうなった。
三人がジェスを囲み、二人は窓側へ移動。
その後、一番足跡が薄かった痕跡が急に重みを増して窓側へと移動する。この瞬間からジェスの足跡が時間軸から消え去っている。
(これは、ジェスさんを担いだのか? だから足跡が無い)
その後二人は足跡の偽装工作を経て、二種類の縄梯子を下と壁の向こう側へ投げ、一人が先に降りる。
次に重みを増した足跡がよろめきもせずに軽々と縄梯子を降り、最後の一人が降りる瞬間に器用にも窓を下ろす。
縄梯子だけ残ったが、一定の角度をつけた瞬間に一瞬で外れて回収すると同時、窓が完全に締め切られた。
ここで仮想現実は一旦終わりを告げた。
「……これは俺の推理になるが、良いかな?」
「あぁ、頼む」
「お願いします」
「足跡を見る限り、まずジェスさんは三人に囲まれた。そこに三つの足跡があるだろう? そこで一人に担がれ、もう二人は足跡の偽装工作をしてから窓側、つまり足場の確保へ向かっている」
足跡をなるべく避けて進みながら窓際へと移動したその時。
ログが視界上に表示された。
【通信元を検知。机内部に存在】
「――ここから。二人のどちらかが窓を、開けた」
動揺しながらそう言って怜司は窓を開けた。今は警報も響かないように設定されている為、何の音も発さない。
そして動揺した表情も見えない故に、二人には淡々と事実を告げる探偵のように見えているのだろう。聞き入っており、怜司の変化に気づいていない。
「あー、次に。二種類の縄梯子を下と壁の向こう側へ投げ込んだ。この後、一人は先に降り、ジェスさんを抱えた奴が降りる。最後に残った奴が降りる直前でこの窓を閉めて、下から縄梯子を引っ張って回収した。ほら、ここに跡がある。一定の角度から引っ張ると回収できるタイプなんじゃないかな?」
そう言って閉めた窓の縁に縄梯子があったような痕跡を指し示すと、ヴァルナ達は感心したように頷いた。
「どうだコンラート、こいつの推理力は凄いだろ?」
「素晴らしいですね。確かに足跡の偽装や縄梯子に関して完璧といっても良い。これなら納得して父上に報告が出来ます」
「あー、まぁ、まだジェスさんが見つかっていないから油断はできないが、現時点では下に降りた後、壁から逃走したんだろう。だから向こう側に行って調査をする必要は出てくるんだが……ちょっとこの部屋で確認したいことがある」
「ん? この部屋にはもう用は無いだろ?」
腕を組んで聞いていたヴァルナが首を傾げる。
コンラートも怪訝そうな顔で怜司を見つめてくる。
「いや、まだだ。確かに外に出るのは解った。けど動機については何もわかっていない。何故ジェスさんは誘拐されなければならなかったのか。日記やメモ、ここにある研究は少なくとも洗い出した方が良い」
「お言葉ですが怜司さん、ここの調査はもう終わっておりまして、日記や手記の類は無かったのです。実験の記録帳はありましたがそれくらいです」
「その記録帳はどこに?」
「ええと、その机の中ですね」
怜司は息を呑んだ。奇しくもそれは、ログが示した場所だったのだ。
失礼と呟いて机の引き出しを開けると、人間の肋骨の一部を漂白したような素材と、真新しい記録帳が傍にあった。
素材について、どこかで見たと記憶を辿れば、最初にギルドに到着した際、中央のリフトにダース単位で置かれていたものと酷似している事に気づく。
だがアレらには何の反応も無かったのに、これに反応するとは一体何が違うのか。
それをひっくり返した瞬間、理解した。
(これは、野盗がゾンビ化した時の結晶と同じものか……?)
ほんの一部だが、あの時の結晶と殆ど同じ輝きをしたものがそこに付着していたのだ。
暫しの間逡巡し、だがここが白紙領の近くではない事を思い出し、記録帳を手に取りながら解析を始める。
対象は勿論、結晶の方だ。
恐らくこれが小骨と言われたものだろう。小骨にしてはデカすぎる気がするが一旦は脇に置いておく。
(“可能なら通信元との接続確立を”)
【接続開始】
【情報密度の不足により全パターン検証による接続確立までの予想時間、七十二時間以上】
長い。圧倒的に長過ぎる。焦燥感に苛まれながら時間稼ぎをしようとコンラートへ話しかけた。
「コンラートさん、これがジェスさんの研究材料と資料ですか?」
「はい。ジェスは最近、領内で出土した小骨の解析を任されていました。父も言っていましたが、特に珍しいものではなかったはずですが……それが、何か?」
「いや……何か、変な気がして」
怜司は記録帳を手に取り、システム越しにざっと目を通した。
魔力反応の推移。
骨の密度測定。
そして、魔力波形の記録。それらがビッシリと書き込まれているが、今、怜司にとって注目すべきは波形だ。
(魔力波形が、あの光で見た情報の津波と似ている、となれば……“この調査書を元にパターンの再構成を行ってくれ。その上で掌握完了時間はどうだ?”)
【再定義完了。再接続開始……結晶に中度の反応検知】
【転移痕跡と照合…99.8%同一体と予測】
【結晶との接続確立までの予想時間、二時間】
クリティカルだ。
失敗なら時間は増減しないが、少なくとも結晶に反応してより強度のある接続が出来るという事、そこから情報を抜き出せば元の世界に戻る第一歩になるだろう。
「怜司さん?」
訝し気な声に意識が引っ張られた。
だが時間切れだ。いくら何でもそこまで引き延ばすのは難しいし、ジェスを追跡しなければならないのだ。
「一応、本当に一応で確認したいんだけど、この小骨って持って帰っちゃダメ?」
「ダメに決まってるだろ。お前その窃盗癖やめろよマジで」
「いや流石に窃盗は……」
「おいっ窃盗してないだろっ。ヴァルナは誤解されるような事を言うんじゃあない!!」
「へーい」
今はやむをえないとして、この依頼が終わった報酬にもう一度ここに来させて欲しいとでも願おう。
妥協案を浮かべながら渋々と接続を切り、小骨と記録帳を引き出しの中へ戻そうとした。
【未知の情報パターンを検知、精神防壁展開】
【処理負荷が上昇、解析システムに軽度の損害発生、自動修復開始】
ほんの一瞬、視界の端がちらつき、次いで明滅する。
情報解析を切る瞬間に不具合が発生したのだ。
(危なかった、精神防壁は作用しているようだが、まだ何か隠されていたのか……)
あの時は不意打ちだったが今回は違う。それに情報量が桁違いに少ない事が幸いした。
システムが即座に反応し、修復していくのが感じ取れる。
ゆっくりとした速度で処理が安定していくが、元通りになるのは時間がかかりそうだ。
(……問題ないとは思うが、暫くは精密解析を控えた方が良いか?)
一抹の不安を抱えながら、怜司はその場を後にした。