あと、基本的に幕間は短いので、幕間がある日は大抵二日連続投稿としてます。
風が鳴っていた。
喉の奥で何かが呻くような、不吉な音色で。
「――いつ来ても厭な場所だ」
真っ白な大地へ吐き捨てるように呟いた女は、少なくとも地球上の人間とは違う特徴を宿していた。
黒灰色の肌、大の男と並ぶ長身に女と一目でわかる豊かな体つき。
だが女性特有のたおやかさとは無縁の分厚い筋肉とそれに見合う黒色の重鎧を全身に纏った、いわゆる戦士の類だ。
そしてその瞳に煌めく橙色が瞬く度にバサリと音がたつ位の睫毛はいっそ威圧を感じさせるような豪奢さ。
何よりもその耳。人間にしては長く尖り、女が持つ相貌からしてまるで片刃の短剣のような印象をもたらすほどだった。
ノクタリエと呼ばれる種族の中でも一際目立つ美しさと獰猛さを兼ね揃えている彼女は、今しがた白紙領と呼ばれる禁忌地の最外縁部にある廃村の調査を半分ほど終えて、ちょうど中央にある噴水場の前に佇んでいた。
「お待たせ」
聞く者全てを蕩かすような柔らかさと妖艶さを湛えた声が左手側から聞こえた。
振り返ると漆黒に染め上げられたローブを纏った女が、長杖を右手に歩み寄ってきていた。
その裾は雪を払うように静かに揺れ、長杖の石突きと靴音が規則正しく硬質な音を立てている。
ノクタリエの女は、高く一本に結い上げた深紺の長髪を尻尾のように振りながら浅く返した。
「遅かったじゃねぇか、エリシエル」
「探知を唱えていればこれくらいかかるものでしょう?」
淡々と返す言葉に対し、鼻を鳴らすノクタリエの女。
二人の視線が自然と廃村の中心にある噴水跡へ向いた。かつて水があったであろう場所は、今はただの白い穴だ。
「結果は?」
「生活痕があったわ。野盗のヒューマがいることは確かね」
その言葉にノクタリエの女は肩を竦めて見せた。
それは住む住人以外、変わったことが無いということだ。
「別にそこは気にしちゃいねぇ。どこにいるかだけ分かれば一旦は解決だ」
数の答え合わせもしない、いっそ過剰とも言える自信に満ちた、強い声。
言外に皆殺しにすれば良いという好戦的な響きもあり、エリシエルが被っているフードが微かに下を向いた。
一房、艶やかな銀色の髪が溜息と共に零れ落ちる。
「……貴方、本当に百年以上生きているの?」
「お前よりは年上なの知ってんだろ」
ぶっきらぼうな即答。
木と落雷から生まれた伝承を持つノクタリエらしい直情さだ。
「待つ事は無いわ、戻りましょう」
「ここまで来てか?」
野盗云々関係なく、この場から離れて報告して終わりにすれば良いとエリシエルは考えていた。
納得がいかないと言わんばかりの返答が飛んでくることは織り込み済みだ。
「依頼は白紙領外縁部の定期調査。私たちが受けたのはここまで。それにわかっているでしょう? この淀んだ魔力がある以上、長く生きられない流刑地なのだから」
事実だ。
別に彼女が慈悲深いわけではない。
外縁部の調査は定期的に依頼されるもの。
長居と交戦する意義は全く無く、むしろデメリットだと言外に伝える。
ノクタリエの女は鼻白むが否定はしなかった。好戦的だがそこは履き違えない。
そこを知っているが故に、エリシエルは説得を重ねる。
「どの道、報酬は貰えるのだから――」
ギシ、ギシギシ――。
重い扉が軋む音、そして男の呻き声。
二人は緊張の色を露わにし、振り返る。
蝶番が外れかかった木製の扉が、ゆっくりと押し出されていた。
あそこは確かエリシエルの調査範囲だと気づいて、半眼で見た。
殺気や害意がないだけのただ睨みだが、圧は凄まじい。
「探知してたんじゃねぇのかよ?」
「あそこは範囲に入っているわ。けれど、さっきまであんな反応はなかったのに……」
柔らかな声は困惑に満ちている。ただエリシエルだけではなくノクタリエの女も似た感情を抱いていた。
あんなに雑で自身よりも遥かな格下の気配を感じ取れないのは、戦士として沽券に関わる。
それにも関わらず、まるで唐突に
そして何よりも気に入らないのは、扉を開けるのにわざとらしく呻き声をあげているところだ。命乞いの準備か?
「いつも通りにいく」
「えぇ、そうして」
素手で十分だと短槍と片手半剣の柄を撫ぜ、背負っている弓矢を微かに揺らして、ノクタリエの女は堂々と真正面から歩み寄っていく。
エリシエルもまた、静かに杖を握り直して硬質な足音と杖音を刻みながら進み出す。
そうして扉が完全に開き切って何事か小さな悪態をつきながら姿を現した、ヒューマの青年と視線が合った。
これが三百年、誰一人として中枢部に踏み込む事すらできなかった白紙領の謎を解明する三人の、最初の始まりである。