個人的には、俺って、ラガーマンだったっけな。
と愚痴を勢い良く投げつけた位には重たい扉をどうにか開けて、怜司は警戒しながら歩んでくる二人をきちんと見た。
見て。
いやいや、そんな馬鹿なと絶句した。
「おいおい、確かダークエルフ……だってのか?」
見事なまでに黒い肌、刃物のような鋭さを持つ長い耳。
怜司よりも頭二つ位高い身長と筋骨隆々でありながら豊満な体型。
ほぼほぼファンタジー世界を題材にした物語で見たことがあるダークエルフだ。
ライブラリに格納されていた文献やアニメーションで出てくるものよりも大分パワー寄りではあるが、恐らくはそういう種族だろう。
エルフと冠する名前がつけば美人である、というイメージを全く損なっていない、むしろ人によっては完璧と賞賛するハズだ。
だが率直に言えば、物凄い怖い。
橙色に煌めく瞳がこちらを睨みつけている。
実際「これからお前を殴りにいくところだ」と言われようものなら「だろうな」と納得できるレベルで目つきが悪い。
目つきに関して人の事をあまり言えない怜司でも、あんな暴力的な目をしていない。
精々「眠いのか睨んでいるのかハッキリしろ」と所長に怒られたくらいだ。
ごつい剣と短い槍を腰に佩いており、黒光りしている頑丈そうで重量感たっぷりの全身鎧をガシャガシャと音を立てながらドッシリとした歩みで向かって来ている暫定ダークエルフの女。
右腕だけ小手をつけていない理由は、背中から伸びている弓を引く為だとすぐに理解した。
あぁ合理的だ。つまり前衛も後衛もこなせるタイプだということだろう。
それにしても弓もでかい。背丈と合わせて考えれば大弓と呼ばれるジャンルじゃなかったか。
あんなものを軽々と使えるならこの防護服、あまり意味がないのでは?
むしろあの小手越しに顔面殴られただけで終わるのでは?
そう益体もないことを考えつつ、いつも通り……よりは若干引きつった愛想笑いとも皮肉気にも取れる曖昧な笑みを浮かべて辛抱強く待つ。
実際怖いし帰りたいが帰れる方法がないのだ、現地住民をそれとなく探るしかない。うっかり独り言を漏らしかけるが笑みで封殺した。
笑っていないと、きっと逃げ出していたのだから。
「――グラ・ヴォル・シェン!!」
「お、おぉ。やっぱり言葉は通じないんだな……こんにちは、初めまして、わたし、言葉、わからない」
(“音素抽出による言語解析を開始。中途解析による学習・翻訳を同時並行で脳に保存。翻訳ミスを一旦全て許容とする”)
祈りにも似た命令を下し、意識を切り替えた怜司は面食らった表情をしているダークエルフに対して、辛抱強く笑顔を浮かべながら言葉を重ねていく。
「ドラン・ガ・ルォッ!」
「子音が多い言語、ねぇ……ロシアやドイツのように聞こえるが、また違う音の出し方だ」
少なくともいきなり殴られたり胸倉掴んで脅されるような事は無いようだ。
ほぼ怒鳴っている気はしないでもないが、一旦そこは気のせいか言語がそういうものなのだとしておこう。
これ以上の深掘りは精神上良くない。
「エイラ・シェル、ヴァルナ。エイラ・シェル」
横手から柔らかく、だがどこか妖艶な女の声が上がったことに気づき、そちらに視線を向ける。
こちらはこちらで全身に光を吸収する素材を使っているのか、塗りつぶしたような黒のフード付きローブを纏った女だった。少なくとも絶対に女である事は理解した。
ゆったりとしたローブ越しにもわかる程、胸部と臀部に特徴がある。
これで声が高い男なら一体全体どういった理由で何を詰めているのか見当もつかない。
【未知の言語を検知。同時解析開始】
「おっと? 正気かそれは」
思わずドン引きする怜司。
今のエイラシェルで終わる言葉は明らかに自分に向けた言葉ではない。
にも関わらずダークエルフは反応して何かしら言い争いをしている。
言語を試しているのか、それとも全く別の理由か。
「シェル・ドゥン……ア・ヒューマ?」
こちらに振り向いて静かに、だが凄むような口調で話しかけてくるダークエルフの最後の言葉に怜司は反応した。
何と言っているかはわからないが、ここは一旦乗ることにする。
何も反応しないよりは何かしらの反応を返した方が良いと過去の経験から学んでいる怜司は自分を指して、
「ヒューマ……? ヒューマン、人間ってことか?」
と返してみる。
二人から感嘆とも取れる「oh……」という言葉が口から零れたのを確認して、この状況にも関わらず思わず吹き出しかける。
少なくとも感情や仕草はどうやらこちらと同じレベルで持っているようだ。
だが吹き出そうものならほぼほぼ人生が終わりを迎える事が確定しそうな状況、ここは腹筋に力を込めて我慢しきった。
(もしや異世界でも感嘆符はohっていうのかよ……偶然で笑わせようとすんな)
【固有名詞を検知。基礎音素による言語解析の仮想理論構築開始】
「なるほど……あー……レイジ。レイジ・カムナギ」
自分をもう一度指差し、ゆっくりと自分のフルネームを言う。
そして自身の黒パーカーの左胸あたりに付けていたネームプレートを指差し、まるでフリガナを振るように紹介して見せた。
「レイ、ジ……」
「カム、ギ?」
首を傾げてネームプレートを覗き込みながら名前を呟くフードの女。
こちらの顔からは一切目を離さずに、だが同じように苗字を言いにくそうに吐き出すダークエルフ。
「そう、レイジ。俺の名は怜司」
顔を見合わせてまた何事か話し合う二人を尻目に、怜司は視界に記述されているシステムの結果を視る。
(さて、そろそろ解析の状態は……お、暫定解析率44%? 早い早い、そいつはグレート)
解析率があがっているのは彼女達が言い争いをしているからだ。もっと仲良く喧嘩して欲しい。
そんな余裕を持った思考が出てくるのは、危害を加えない可能性が高くなっていると実感したからだ。普通の人間ならこうもなろう。
ダークエルフの女は親指で自身を指差し、
「ヴァルナ。ヴァルナ・ナイトランタン」
とまるで自己紹介をするように短く言葉を切ったのを聞いて、冷静に怜司は行儀が悪いと思いつつ、人差し指で、
「君がヴァルナ・ナイトランタン?」
と聞いた。一瞬体を大きく揺らした後、大きく頷くダークエルフはどうやらヴァルナ・ナイトランタンと呼ぶらしい。
妙に英語っぽい響きだ、覚えやすくて助かる。
そしてランタンという言葉で気付いた。ヴァルナの腰に小さな灯がついた文字通りのランタンがあることを。
陽光が降り注いでいる中、火をつけている意味は一体何なのか――
「エリシエル。エリシエル・ジャディエル・アルボリス・クストーディア」
(うおっと長い!! エリシエルが名前ってことで、ミドルネームが二つってことか……?)
これは横合いから長文で思い切り殴りつけて来られたような衝撃だ。
エリシエルと呼ばれた女へ向き直り、脳に保存された記憶を自信無さげに諳んじてみせる。
「あー、エリシエル・ジャディエル……アルボリス・クストーディア?」
小さくフードが前後に動いた。
フードから出ている一房の綺麗な銀髪も揺れた事で肯定されたことを認識した怜司はほっとしつつ次の段階に進むべきだと認識した。
自分を指さして自分がヒューマであることを確認。次にヴァルナを指さしてヒューマ?と聞いたのだ。
頭痛を堪えるような表情で、まるで子供に言い聞かせるように、彼女は言葉を伝えた。
「ノクタァリエ」
「ノクタリエ……」
少なくとも聞いたことがない言葉だ。
恐らくこちらで言うダークエルフのことを指しているのはわかるだけ御の字である。
「ありがとう」
と頭を下げた。まぁ通じないだろうが少なくとも悪い事にはならないだろう。
……万が一だが「首を出しているから切っても良い」という掟を持つ蛮族だったら死亡確定、という恐ろしい可能性に気づいたが即時で思考から叩き出した。
神薙家のモットーは、やらない後悔よりやって大後悔であるからして。
頭を上げてまだ首があることに安堵しつつ、視線を横に向けると、エリシエルがゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「エルヴァリエ」
「エルヴァリエ……」
「エルナ・リーエ」
どこかほっとしたような響きで呟いたエリシエル。
恐らく合っているとか正解とか、そういう言葉の可能性があるなと踏んだ怜司は、ヴァルナへしたように礼をする。
何となく動揺している気配を感じるが、殺されないなら安い安いと気軽に下げていた頭をあげて、今度はヴァルナと目を合わせる。
ヴァルナからは敵意というよりも毒気を抜かれたような、そんな雰囲気が表情から伝わってきている。
また何事か二人で話しているのを呑気に眺めていると、視界のシステムメッセージが変わっている事に気づいた。
【暫定ノクタリエ言語、暫定エルヴァリエ言語、基礎音素解析完了】
【理解深度の引き上げ開始】
【言語反映、暫定対応中】