「――わからない、まだ、誰か」
「試す、別の言葉」
(よし来たっ。これならカタコトレベルでいける。システムの翻訳部分は正常に機能しているってわけだ!!)
心の中で快哉を上げた。こんなに嬉しい事は無い。
言葉が成立するなら次に来るのは場所・時代・武具防具、文化や歴史まで記録できる。
そうすれば何らかの手がかりを得てアクセスしてきた存在を暴き、転移方法を解析すれば帰れる可能性も十分あり得る。
実現可能性にある程度以上、色々な部分に両目をガッツリと瞑れば完璧といってもそれは過言。
流石に過言。
気を取り直し、深呼吸を一つ、咳払いを二つ。
「あー、改めまして。俺の名前は怜司、神薙怜司。そこのノクタリエの女戦士はヴァルナ=ナイトランタン。そんでもってそっちのエルヴァリエの黒いローブの君は……エリシエル・ジャディエル・アルボリス・クストーディア……で良いかな?」
「言葉、貴方……?」
「テメェ……!?」
(人の名前、噛まずに言えて良かった……いやそうではなく。感情による言語補正処理も働いている。二人称まで処理できているということはシステム負荷がかかっているにも関わらず、実用的な時間で言語解析の実証ができたってことか。こいつはグッド)
ほっと一息といったところか。
ご満悦な怜司だったが、ヴァルナの警戒心が一気に引き上げられた事に疑問符を浮かべる。
(あれ……ここは素直にお互い喜ぶべきところじゃあないのか? いや待て、一旦相手の立場になって考えてみよう)
仮に怜司が研究室でシステムの研究をしているとする。
突然の転移反応にまずやるべきことは迎撃装置の起動と死体処理だろう。
少なくともこのシステムは機密情報の塊だし、当然の帰結だ。
(……いやコレ例えが良くない上に、翻訳システム有りきの俺と比べても仕方がないパターンだ。方向性を変えてみよう)
ある朝突然、自室に転移反応があり、慌てて起きてみれば知らない美少女がいた。
当然警備を呼んで丁寧に処理をして貰う。
悪態をつきながら自分は職場へ向かう筈。
(……いや、この例えも違う。正しく考えないとダメなやつだ……とすると会話を試みるパターンだな)
身振り手振り、英語や日本語、ドイツ語、果てはラテン語や宇宙歴で作られた共通言語を試しても反応が芳しくない。
諦めて通報しようとしたその時、美少女がカタコトながら喋れるようになった!!
これは凄い、翻訳システムではなく自力であるならば、是非一度解剖させて欲しい!!
(……違う違う違う。これは所長の行動パターンだ、毒されすぎだろ……いやともかく意思疎通ができるようになったのなら喜ぶべきでは?)
考えても埒が明かない。
言葉が通じるようになったのだからストレートに聞いてみればよろしい、ハズだ。
「あー、ええとだな、何で俺、警戒されてるの?」
「話が通じなかった、すぐ通じるようになった、テメェは危険だ」
「お、おぉ……成程そういう価値観か。これはそういう技術だからさ、俺にとってはこれは当たり前ってやつで」
技術という言葉に対し、ヴァルナは酷く驚いた表情を浮かべた。横手にいるエリシエルも似た声を上げている。
【解析深度上昇。言語習得最終段階】
(流石に早い。基礎学習から仮説までのルートがドンピシャで当たったようで何よりだ……となると地球言語か或いは人型にはある程度共通点があるかもしれないってことか。これは中々面白い発見だ)
「テメェ、技術者か」
「お、通じるのか良かった。そう、単なる技術者だ」
「どこのだ。エンブレア家か、それとも皇帝派か?」
まーたぞろわけわからん単語が飛んできたぞ。
尋問タイムってやつになるのは何となく察してはいたが派閥なんてものもあるのか。
そうそう派閥といえばうちの研究所にも大量にあって滅茶苦茶シンドイ想いしたなぁ。
権力闘争って物理も有りえたからなぁ……いやいや今は振り返る時ではないんだが、と早速現実逃避したい気分にはなってきている怜司が言葉を選ぼうと、時間稼ぎをする。
「ええとだな、非常に申し上げにくいことなんだが」
「なんだよ」
「そのーエンブレアとか皇帝とか、じゃなくてだな……」
コレどこまで言えば良いんだ、と怜司は内心で頭を抱えた。
事実を要約すると地球からお前が住んでる世界に転移させられてきたんだよ、早く元の世界に戻せ。となる。
迂闊に言えるはずもない。恐らく言っても意味がない。
ヴァルナの装備を見る限り、ライブラリで娯楽がてら読んだことのあるファンタジー世界に準ずるのだろう。
そこに技術力を期待するのは土台無理な話だ。
特にヴァルナの見た目からして
これで学があったらパスタを鼻から食べてやるレベルである。
まぁ一応、技術で反応している事と家と皇帝の派閥があることからどちらかが黒幕でヴァルナ達が手先という可能性も捨てきれない。
少なくとも廃村に二人しかいないということは何らかの調査で来ているのだろう。
自分もフィールドワークでやった事があるのでそう当たりをつけていた。いや本当に面倒くさかったんだな、アレは。
このまま黙っていればマズイ方向に転がる可能性もあるので、怜司はその前に確認したいことがあると切り出した。
「その前に、転移ってできるもんなのか?」
「できるが?」
「えっ」
「あ?」
何も期待せず、ただ確認する意図で投げた言葉に対して即答したヴァルナ。
怜司の思考は混乱の渦に叩き込まれた。
これはパスタによる鼻がピンチで危険が危ない。
それはともかくとして、想定とは全く違うことになる。
技術的には可能という意味合いではなく、普及していると受け取った方が良さそうだ。
とすればリスクを取って事情を話すことをするべきか。
ふむ、と腕組みをして一旦空を眺める。
どこまでも雲一つなく、蒼い空だ。太陽らしい恒星も一つしかなく、距離感的にも同じくらいか。
この嫌な音がする風と異常な真っ白さを持つ大地と建物さえなければ地球といっても通じるだろう。本当に何なのココ。
「で、どっちなんだよ」
ヴァルナの見た目とは裏腹に、辛抱強さと理性を感じさせる態度。
現実逃避を阻止された怜司は溜息を一つ、足元に転がした。
もうそろそろコイツとは親友かもしれないと考えながら、覚悟を決める。
「どっちでもない。強いて言えば
「はぁ?」
予想通り、頭おかしいのかコイツという反応ありがとさんよ。
こっちも頭おかしくなりそうだ。
張り付けた曖昧な笑顔の裏で、怜司は心の底からこのイカれた状況に叩き込んできた何者かを全力で罵倒する。
実質的な正当ギレというやつだ。あと少し、負荷試験が通れば完成だったのだ。
このシステムを作るのにどれだけの労力と犠牲を出したと思っているんだと、そりゃもう胸倉掴んで一発殴りたくなるくらいには。
「埒が明かねぇな」
「ヴァルナ」
ガシガシと右手で頭を掻いてどうするべきかを悩んでいるヴァルナに、エリシエルが声をかける。
その響きにヴァルナは手を止め、物言いたげな視線を送った。
「大丈夫よ。貴女はあちらを」
「まぁ、そりゃそうだけどさぁ」
高く一本に結い上げた深紺の長髪を尻尾のように振った後、ヴァルナは立ち去った。
方向的には自分が出てきた家屋だ。調査をする為に向かったのだろう。
怜司の思考とヴァルナが立っていた隙間にエリシエルは滑らかな動きでするりと入った。
コツンという足音と杖が地を叩く音がなければ気づかないかもしれない。
そんな感想を持つほど静かな動きだ。
(全身黒尽くめのローブに宝石を嵌め込んだ杖……杖、ねぇ……見た目からして魔法が使えそうな長い杖だ。あまり認めたくはないが魔法が発達した世界、のほうが十分に説得力がある。“言語解析が完了したら彼女たちの装備解析を始め――”)
静かに分析し、システムに命令しようとした怜司。
杖を持っていない左手でフードを上げたエリシエルを見て、思わず思考が上書きされる。
(これはまた、傾国って言葉がドンピシャな……)
風に揺れる銀の前髪。
その奥にある透明感の強い蒼い瞳。
病的ではない真っ白な肌。
そしてノクタリエとは違うが、柔らかで縦長の耳、エルヴァリエとはエルフの事だったようだ。
怜司の記憶にも記録にも存在しない完成された美女で、そういう専用のアンドロイドより上だと言い切っても良い。
怖気が来るほどの美を前にして、しかし怜司の思考は急速に冷えていった。
(なんだその眼は……覇気どころか光が無い)
確かに造形として完璧な瞳をしている癖に、感じたイメージは孤独と冷淡さをない交ぜにした虚無だ。
きっとこの美女は何かに対する期待を一切持っていない。
そういう眼をした奴を、怜司は知っている。
経験上ロクな事にあっていないし、ロクなこともしないのだ。
そしてシステムは彼女の瞳孔径や虹彩の色素密度などの形を記録しているが、あの虚無が何であるかは表示されず。
感情をある程度読み取る機能があるはずなのに、そこに映るものが何であるかを証明できない。
美に茹っていた思考が強制的に冷え始めると同時。
その唇が滑らかに弧を描き、彼女の手が自身の左目を隠している髪をそっと一房掴み。
怜司は、そこに紅を視た。
「――<
【ERR-SEC-1001:精神へ不正なアクセスを検知】