「あーすまないエリシエル、さん。事故なんだ。これは決して君の胸を触ろうとしたわけじゃあない。つまり不可抗力ってやつ? 君は物凄い魅力的ではあると思うが、そこまで俺は常識外れじゃあないんだ」
ゆるゆるとした勢いで指を引きはがし、両手を挙げてそっと詫びを入れる怜司。
命の危険でもあるが、それよりも故意犯ではないことを証明するべきだと混乱した頭で結論を出していたのだ。
諸々の心証が悪くなるのは避けたい。
「答えろよヒューマ。テメェ何者だ? 解呪の魔導具でも持ってるってのか?」
「解呪の魔導具て……おいおい、マジで魔力とか魔法の世界だってのか」
「さっさと答えな。次は無ぇ」
先ほどとは一転して警戒ではなく、純粋な害意を向けられた怜司の体は勝手に震えだしていた。それは久方ぶりに感じる圧倒的な死の気配。
喉元に突きつけられた短槍はヴァルナの体格から推測するまでもなく、瞬時に貫通させる説得力を持っていた。
(“新たな定義の追加を頼む、魔法や魔力はMAGとして追加。PSYとは別種とするが精神作用系のみPSYで整理”)
視界上で分類分けが出来た事を受けて、怜司は挙げていた手を降ろしてから肩を竦めた。
「あー、信じられないかもしれないが、技術で打破したんだ」
「どこに持ってやがる?」
懐疑的なヴァルナに対し、怜司は右眉を器用にあげながら笑みを浮かべ、こめかみを人差し指でトントンと示した。
ヴァルナからみれば皮肉気とも取れる、なんとも癪に障るものだったが、怜司としては愛想笑いのつもりだった。
「ココに仕込んでいる」
「嘘だな、頭に入るほど魔導具が小さくできたなんて聞いたこともねぇ。精々指輪やネックレス止まりだ。仮にできたとしても頭ン中にどうやって仕込む?」
「さて、俺ならできるってだけさ。それにしても随分と魔導具ってやつに詳しいんだな、帝国に所属しているからかい?」
やけにあっさりとしたカマかけを放り込んだものだ。掛金は自分の命でもあるが、ヴァルナが暴発することは無いと読み切っての発言だった。
案の定、短槍と喉までの距離は縮まったが、それだけだ。
注意深く観察していれば動揺も見て取れたので十分、後は答え合わせと相成る。
「何故わかった、という質問が来ると思うから先に答えておこうか。技術者がいるのは帝国だと仮定した。それは『エンブレア家か、それとも皇帝派か』という言葉が出たことで想像できる。そして、少なくともある程度の事情通であることから所属先がそこら辺の可能性はあると踏んでいる。或いは情報が広まっていることも考えたが、この手のハナシってのは暗黙の了解か、それとも他国には秘匿される傾向にある……と思っている。尤も、俺は帝国なんざ知らないんでね、全部推測の上で話しているが」
暫くの間の後、短槍が離れていく。
ヴァルナは橙色の瞳を光らせてこちらを睨みつけていた。
だが何もしない。どう返答すれば良いかを考えているのだろう。
そこで怜司は今更になってヴァルナの瞳孔が縦に広がり、物理的に光っている事に気づく。
(おいおい、感情が昂ると変わるってのかよ。わかりやすいから楽ではあるが)
「合っているっぽいな。どう思う、エリシエル?」
水を向けられたエリシエルの表情は何も無い。左手であげていた髪は既に降ろされており、より表情が読めない状態になっている。
じっと怜司は言葉を待つ。
エリシエルは眼を伏せて、頷いた。
「――そうね、貴方が言っていることは正しい。私達は帝国の冒険者ギルドから派遣されたわ」
「おい?」
抗議と疑念の声をあげたヴァルナに首を振ることで返答とし、怜司へ尋ねた。
「貴方が知りたいことは話せる。ただ私と約束してほしいのだけれども」
「あー俺も約束してほしいことがあるから、交換条件になるな」
それはそうだろう、精神操作についての事だと言うのは想像に難くない。
あんなトンデモ強度を持つ催眠術を自在に扱うのなら相当厳しい法があるはず。それかその為の対策が魔導具とやらで作られているか。
いずれかの可能性であることは断言できる。技術者としてはどちらかが無ければ無法地帯になりえると考えているが故に。
「私のこの眼と力について、黙っていて欲しい」
体温が引き下げられるような雰囲気。重力が一段階引き上げられるような重みを持つ言葉。
流石に笑みが消えたが、間髪入れず答える。
ここで引き延ばすのは悪手であり、誠実ではないと直感で認識したが故に。
「そうだな。拷問されたらわからないが、少なくとも自分から口外はしない。それで良いなら約束できる」
疑念を含んだ視線をゆっくりと這わせるエリシエル。
一方でヴァルナは、殺気が消える位には動揺していた。
二人の対照的な変化に、何でだと首を傾げる怜司。
重大な秘密を知った者は口封じをするしかない。しかし彼女達はそれをしない選択を取っている。
少なくとも言葉での説得が最初にきている。
ならそれは怜司にとって善であり、ある意味では自身の命に対する恩でもある。そう怜司は感じていた。
だから即答したのだ。
それをきちんと伝えると、エリシエルは眼を伏せて考え込み、ヴァルナは意味が解らないという表情を浮かべる。
「あー、反応がさっぱわからないんだが?」
「……貴方みたいなヒューマ、初めてよ」
「いや気にしないで良い。俺も約束してほしいことがあるからな。交換条件って考えて貰った方が気が楽だ」
笑ってそう切り出す怜司に、エリシエルはこくりと頷いた。
「ある程度察していると思うが、俺は物凄く遠い所からここに転移してきた……んだと思う。記憶はあるし、自分がどこにいたのかもわかる。けどこんな世界があるとは思わなかったし、来る理由も無かった」
一旦言葉を区切る。
長々と話しても一気に理解できるはずがないという経験論が言葉を一度止めた。
浸透するまで待ち、質問が来れば物事の解像度が上がるまで答える。
それは怜司の経験から来る癖だ。
「――続けて」
「だから俺は知りたいんだ。ここに転移させられた理由と、転移を仕掛けてきた相手が誰なのか。この世界はどういう所なのか……そして俺は元の場所に戻れるか。その為には二人の力が必要だ。だから力を貸して欲しい。具体的に言えば……まぁその、お金と護衛とか……ええとできれば食料コミコミで」
「それ全部じゃねぇか」
完全に呆れかえっているヴァルナに対し、怜司は肩を竦めて答える。
「俺の取り柄は分析力と観察力、それとちょっとした荒事を収める位だよ。そもそも置いていかれたら餓死確定だと思っているからな。パーティっていえばいいのかな? それに加えて欲しいってハナシさ」
「ちょっといいかしら。何故貴方は餓死すると思っているの?」
何かしらの魔法を使ったのならエリシエル達は検知できていたが、その反応が無かったが故の疑問だ。
タイミング的にもその事実を知らないだろうし、この呪われた白紙領の事も知らない筈なのに、どうして食料が無いと気づいたのだろうか。
怜司は、あぁそうか、と呟いて手札を切る。
一瞬だけ切りすぎかもと思ったが、此処が出しどころだと考え直したが故に
「この村の調査をして廃村だとわかったからな。それに外に出てみればこんな不毛そうで、何やら逃げたくなるような感覚もある所に何か生えていたとしても、概ね毒だと思っただけさ」
「調査……魔法で?」
「多分俺に魔法は使えないよ。さっきまであることすら解っていなかったんだ。ここにあるシステムってやつで解析した」
人差し指で頭を指す。先ほどと同じような説明だが、どうやら二人ともある程度は信じることにしたようだ。
目線で会話し合った後、二人はほぼ同時に頷いた。
「一度、貴方を帝都まで護衛するわ。その前に確認したいこともあるけど」
「あー悪いが、このシステムは切り離せない。そんなことをしたら死んでしまうからな」
「呪いの魔導具か何かか? 随分とまぁ厄介なものを仕込まれているんだな」
まぁ確かに、本来はこれを完成させなければ、地球から出れなかったという点を加味すればそうとも言えよう。
ただ便利さと引き換えではあるし、専用の手術をすれば取り外せるのだが、この世界にそんなものは無いのは自明の理だ。
それよりも怜司は仕込まれたという言葉に引っ掛かりを覚えた。技術者という存在に対して致命的な矛盾を発している気がするからだ。
いや脱走者は死ぬのが常識ではあるんだが、そういう意味合いってことか、コレは。
【廃村部南西に八名のヒューマを検知。距離五百メートル】
弾かれたように自分の背後を視る怜司。確かにいくつもの建物越しに八人の生体反応があり、こちらに向かって歩いてきている。
何ともガラの悪そうな歩き方をしている。或いは疲れているのか。よくわからないがいずれにせよ嫌な予感が背筋を走った。
「おい、どうした?」
「あー、えーっとだな。一つ聞きたいんだが、お仲間って他にいる?」
「いや、アタシとエリシエルだけ……オイそういうことかよ。何人だ?」
「直線距離であっちに五百メートル、八人いる。別の調査隊ってことは?」
「あるかもしれねぇが、野盗だろうな」
行って確認して、野盗なら始末する。そうでないなら事情を説明して争いを回避すれば良い。
シンプルに考えていたヴァルナであったが、エリシエルの提案に眼を剝いた。
「私が前に出るわ。貴方は彼を守って」
「あぁ? なんでだよ」
「だって彼、私の力がもう効かないのよ。心の隙間が一切無いの」
その言葉に対し、ヴァルナは二つの意味で信じられねぇ、と額に手をやった。
エリシエルの能力は、一度でも眼を合わせれば声が届く範囲でいつでも精神操作をかけられるものだ。
抗う事は極めて難しい。
ヴァルナも過去に不意打ちでかけられたことがあるが、抗うのに相当消耗した。
このヒューマが耐えられるとは到底思えない。
故にどうせ後で記憶消去するから甘い姿勢を出して騙そうとしたのだと感じていたのだが、事実は違う。
エリシエルの能力が発動する隙間が無いレベルで精神に防壁を構築し、途中から遮断したということなのだろう。
理屈はわかる。
だがそれができる術者は稀で、怜司は技術でと返していた。
そして怜司のシステムとやらは剝がしたら死ぬという。となると頭に埋め込まれるような実験体兼技術者なのだ、人権なんて無いと見て良い。
エリシエルと怜司が持っている厄介性を天秤にかけて、ギリギリ怜司を始末した方が良いのではないかと考えたヴァルナであったが、エリシエルからはそんな事をするなと言わんばかりの視線と言葉が飛んできている。
仮に帝国に連れて行った後、その技術とエリシエルの精神操作が事実として拡散されたならば彼女自身に危険が及ぶというのに一体何を考えているのか。
だが今考えても詮無い事だと肩で息を大きく吐き出して、確認を取る。
「……
「えぇ。約束ですもの」
いつも通り表情を変えることなく、エリシエルは杖を握り直す。そして最短距離で歩み始める。
仕方ねぇな、と呟いてヴァルナは怜司に前を歩けと促す。
勿論万が一に備えて逃がさないようにだ。
意図を正確に汲み取った怜司は、竹馬の友となる予定の溜息さんと共にエリシエルの後についた。