八人の集団とエリシエル達、互いが視界に入った時まで時計の針は少しだけ進む。
横幅にして六人は余裕で通れる程の広さを持つ通りで、怜司達は下卑た笑みを浮かべる男達と相対していた。だがどこか眼は虚ろで、理性的な感じがしない。
野盗といっていたが、怜司から見るとどうもおかしく見える。
この土地のせいなのか、それとも怜司が神経質になっているのか、この時点では判断がつかなかった。
「女だ」「術師か」「構う事はねぇ、囲んで抑えつけりゃ良い」
「男もいるぞ」「男はいらねぇ」
「二人は女だ」「ハハハ、ツイてるなぁ」
「奴隷商人にでも売りつけるかぁ」
ヴァルナは白けたような眼で、怜司はこれはまた凄いテンプレ台詞だと逆に感嘆した。
いつのまにかフードを被りなおしていたエリシエルは欠片の反応も見せない。
そのままコツコツと杖をつく音と靴音を交えながらエリシエルは距離七メートルまで歩み寄り、そして測ったかのようにピタリと止まった。
「ここまで近づくなんて馬鹿な奴だ」「囲もうぜ」
「いや弓で」「馬鹿野郎、ありゃ女だ、傷つけんじゃねぇ」「弓は近すぎるだろうが」
「多少傷物にしたって構う事はねぇ、やっちまおうぜ」
怜司から野盗達までの距離は十メートル程度だ。
そしてこの不吉な声のような風は未だやむことがないというのに、妙にはっきりと相手の声が聞こえる。
この距離なら声を張り上げないと明瞭とは言えない声量の筈だというのに。
疑問が脳裏を掠めるが、ここはそういうところなのかもしれないと一旦納得する。
するついでに、隣にいる欠片のやる気も無いヴァルナに質問を投げかけた。
「見た感じ、エリシエルは後衛じゃないのか? 魔法とかあるなら距離が近すぎだと思うんだが?」
「良いんだよ、あんなのにかすり傷一つつけられるわけねぇんだから。単純にだ、お前に見せたいんだろう」
「見せたいって……何を?」
「絶対的な戦力差ってやつ」
そう返したヴァルナから首を傾げながら視線を戻した時、怜司はあっと小さな声を上げた。
何もせず、答えもしないエリシエルに対し、武器も抜かずに飛び掛かる男がいた。抜け駆けかと殺気立つ残りの野盗。
あのままでは抱きすくめられ、重量差で押し倒される未来が怜司には見えていた。故に咄嗟に駆け出そうとして――
次の瞬間、血しぶきが舞った。
エリシエルがしたことは、一歩前に出て右手で持っている長杖の石突を男の着地地点に置いただけだ。ヴァルナ以外が検知できない滑らかさと素早さを以て。
良く見ればその石突は細長い捻じれた刃であることに怜司と飛び掛かった男が気づいた時には手遅れだった。
バターに対して焼けた刃を通すよりも簡単に、鋭利な杖が男の喉を深く貫通する。
水の中から水泡がでるような音、抱きしめようとした腕が溺れるかのような振り回しを経て、やがて力無く落ち、痙攣。
アレは……即死だ。
怜司にとって、ある種の予感はあった。だがいくらなんでも早すぎた。
覚悟が決まる前に見た血しぶき、そして死の痙攣と音と錆臭さに吐き気を催し、たまらずその場にしゃがみ込み、えずいた。
(クソが……“一時的に出血色をモノクロに変更、臭気の制限。この廃村から出るまでで良い”)
【環境適応完了】
色と匂いは消せた。だが腹の底から這い上がってくるものは、システムの管轄外だ。
あの一瞬の光景が目と脳に焼き付く。
人の死は全く、これっぽっちも初めてではない。だがあんな原始的な殺しを見るのは初めてだった。
「おいマジかテメェ。見たことないのか?」
「おぇ……技術者を、一体なんだと思っているんだ」
杖で貫かれた男を片手一つでより高く持ち上げ、軽く振るような動作で杖から抜き飛ばす。
強かに壁に打ち付けられた死体。
とんでもない怪力だと、吐き気の中で怜司は冷静に観察し続ける。
見た目どころか質量保存の法則さえも無視した強さだ。種族差、或いは肉体強化の類だろう。
エリシエルは動揺している残党に対して、歩みながら詠唱を紡いでいく。
「<水よ、我が僕となりて>」
(“魔法か? 解析を”)
【LOG-MAG-1:解析開始、解析中の未知の器官を使用したエネルギーを検知】
(“未知の器官の名前は魔力とする”)
予想した通りではあった。
魔力を通す器官があり、それを杖経由で射出しているのだろう。
属性、とでも呼べば良いのか。とにかく彼女は水の魔法を使った。
杖から放たれた水は音を一切立てずにまるで鞭のようにしなり、先端が二つに割れて二人の心臓を貫通する。
それと同時に杖から切り離された水が、野盗の体と勢いよく抱き合うようにして混じり合い、共に地面へと派手に転がり散った。
(血の色がなくなるだけで、こんなにもリアリティってのは無くなるのか……)
怜司がライブラリで血の表現について段階があったことに納得をし、同時に精神の安定が施された直後。
恐慌状態に陥った野盗がそれぞれ獲物を構えて突き進む事を選択するが、一人だけ後ろにジリジリと下がり、すぐに悲鳴を上げながら踵を返した。
それら一連の動きを見て取ったエリシエルは杖を右に捻り込む。
「<氷よ、矢となりて><水よ、沼となりて>」
まず氷が矢の形を成して斜め上に静かに、そしてゆっくりと跳ね上げられた。物理法則を無視した遅さだ。
着弾点は丁度男が逃げ出した場所からかなり先のようだが、当たるかは怜司にはわからなかった。
先ほどの鞭と比較すれば比べるまでもないほど遅く射出した意図が掴めない。
その次に水はエリシエルの杖から自身の足元へ薄いカーテンのように広がり、そこから迫りくる野盗達の足元へと繋がる。
次の瞬間、男たちは派手に転倒した。
得物で自身を傷つけたものもいるのだろう、悲鳴がいくつも聞こえる。
放たれた水が粘性の高い沼と化したのだ。ただの水なら無視して正解だったかもしれないが、急に沼となるなら感覚と慣性の違いで絶対に転倒するだろう。
そうしてもがきながら顔をあげた野盗達は――女神を視た。
フードを払ったエリシエルの紅眼が冷たい輝きを放つ。
「<私を視て、止まりなさい>」
身動き一つせず、呼吸音すら消えて、まるで彫像のように固まった男達。握り込む力が強かった
悠然と歩み、次々と喉か心臓を突いては抜き、突いては抜きを淡々と繰り返す。
透明な水に混じったモノクロの色が地面に広がるが、その行為を行うエリシエルの姿に迷いはなかった。
処刑というよりもまるで屠殺するかのような、作業めいたそれ。
確かにヴァルナが言っていた通り、圧倒的な戦力差だ。ここまで来ると残酷というレベルを通り越している。
野盗達の命運はエリシエルが来ると決まった時から既に尽きていたと、そう確信させるものがあった。
「……ヴァルナ、エリシエルの眼ってなんなんだ? あんな力があるもの、普通なら法で制限されるだろう?」
あまりにも無情な運命から眼を逸らし、怜司は気になっていることを訪ねた。
するとヴァルナは顔を
「本当に、何も知らないんだな?」
「それはもうずっとさっきから言ってるわけなんだな、コレが」
「……アタシから言えるとしたら呪いみてぇなモンだ、アレは。殆どの奴は知ったら不味い」
そこで言葉を切ってこちらを見下ろしたヴァルナ。ようやくそこで怜司はきちんと理解した。
エリシエルの眼は殆ど知られていないと仮定するのならば、アレには何の規制も無い事をだ。
そして何の理由があったかはわからないが、少なくとも怜司だけは秘密を抱えながら命の危機は脱したのだろう。
実感すると同時に、どっと冷たい汗が背中から出るのを止められなかった。
「ん、終わったようだぜ」
ヴァルナがヒューマの屠殺が終わったことに気付いた。
幸運なことに怜司はその光景を直接見ることはほぼかなわなかった。杖から伸びていた水のベールが彼女の行為を影絵のように遮っていたからだ。
そして怜司本人も眼を逸らしてヴァルナと会話したのもある。この世界の残酷さは人類と同じくらいだが衝撃が比じゃない。これは単なる処刑方法の違いだと判断している。
恐怖で体の芯から震えそうになる。だが怜司は歯を食いしばって耐えた。
それはとんでもなく失礼なんじゃないかと考えたのだ。
だってそうだろう。
もしヴァルナとエリシエルが調査に来なかったら、犠牲になっていたのはきっと自分だ。
恐怖を覚えるのは仕方ない。
けれど、それを表に出すのは技術者としての矜持と、人としての意地が許さなかった。
だから会話中も歯を食いしばって、手を握り込んで耐えていたのだ。
そしてその余計なタスクをこなし、ようやく遅れて気付く。
逃げ出した男は?
そいつは曲がり角に辿り着く直前だった。魔法を警戒してか、壁に自身をこすりつける勢いで逃げていた。
弾かれたように視線をエリシエルへ向ける。
視線に気づいたエリシエルが顔を上げて視線を合わせてきた。
精神防壁で守られている現状は、ただ目が合っただけに過ぎない。
エリシエルの表情は僅かに変わる。それが曇ったものであるのか、苛立ちか、もしかしたら喜びであるのかさえわからない、誤差とも呼べる変化。
「あと一人、逃げたがどうする気だ?」
「もう終わった事よ」
いっそ幼子をあやすような響きでエリシエルが怜司に言葉をそっと渡した。
曲がり角を曲がる男、あと少しで逃げられると判断している愚か者の頭上に、氷の矢は静かな慈悲を伴って降り立った。
後はただ、全力で転んだ音だけが虚ろに響き渡るだけ。
(……“解析結果は?”)
【解析一次成功。魔力の属性変化後、意思による射出と仮定】
【精神力変換による疑似的再現、情報不足により現時点では不可】
情報収集を重ねれば疑似的にでも再現ができる可能性を示唆された怜司は、驚きと共に喉元まで出かけた言葉を辛うじて俯いて飲み込む。
吐きそうになっていると勘違いしたのか、ヴァルナが背中をさすった。
思いのほか慎重で優しい手つきに思わず顔を上げてマジマジと見つめる怜司。
「んだよ?」
「いや、なんというか……大人、なんだなって」
怜司が言葉を選ぼうとして盛大に失敗したことを悟られ、ヴァルナが吹き出した。
「フックックックック……百五十年以上生きてるんだ、それくらい当たり前だろ」
「ひゃくご!?」
心底驚く。エルフと同じで本当にこの種族は年を取らないのか。
もしやエリシエルもそうなのだろうか。そう聞くと、当たり前だろうと返される。
「おい、マジで何も知らねぇのか」
「だから何度も言ってただろう? ここがどこなのかも分かってないって」
「嘘かと思ってたんだよ。一応言っておくがアタシは火か雷があればずっと年を取らねぇよ。エリシエルは水か氷だな」
さらっと告げられる事実に二の句が告げられない怜司。同時に納得する。ヴァルナが腰につけているランタン、あれはつまり不老の為だ。
エリシエルに至ってはただ水を飲んでいれば、或いは氷上で生活するだけで不老ということか。
いやそれは反則だろう。人類の夢の一つである不老が自然現象か食生活いずれかで叶うのだ。
うちの所長が聞いたら「是非一度解剖させてくれ!!」と叫ぶこと請け合いだ。
黙認してそこから派生すれば最悪の可能性として
なら少なくともこのログは封印する必要があるって事で、つまりこれはとんでもない厄ネタだ。
「……それも帰れたら、なんだがなぁ」
「なんかいったか?」
「いんや……普通のヒューマなら羨ましがりそうだなってさ」
「なんだ、テメェは羨ましくねぇのかよ」
「人生を全力で邁進するのがうちの家訓なんだよ、一々そんなこと気にしてられるかってハナシ」
手をヒラヒラとさせながら肩を竦めて見せる。
たった今作った家訓ではあるが嘘ではない。自分の人生哲学でもある故。
そう嘯いた怜司を感心するような、羨むような視線を向けた後。ヴァルナはどこか優しく、子供に諭すように言葉を落とした。
「ほれ。エリシエルに礼、言っとけよ」
「え、何で?」
聞き返した時、あちゃーという風に手で顔を覆う。
初対面の時より大分態度が軟化したというか、コミカルになったというか、そんな印象をのほほんと抱いていた怜司であったが、
「テメェが戦場慣れしていないの、すぐ気付いたからな」
そう言われてようやっと気付いた。
あの水の鞭も、ヴェールで見えなくさせたのも、そして矢が壁越しに刺さるようにタイミングをずらしたことも。
全てエリシエルの配慮だったのだと。
「ヴァルナ」
「良いじゃねぇか、コイツ気づいてなかったんだぜ?」
「必要ないわ。私が勝手にやった事で礼を言われる筋合いは――」
「勝手に施したんなら勝手に礼を言われてろ。オラ」
背中をバチンと叩かれ、思わずむせながら怜司はエリシエルと視線を合わせる。
エリシエルは一瞬だけ視線を逸らし、すぐに眼を合わせに来た。それが照れから来るモノなのか、後悔から来たモノなのか。
怜司にはわからなかったが、正直どうでも良かった。
こういうお膳立てって凄い迷惑なもんだな、そう的外れな感想を抱きながら怜司は頭を下げる。
「ありがとう。少なくとも俺は、こういう争い……というか流血沙汰には殆ど慣れていない。だから、そういう配慮は凄い嬉しい」
感謝は形で示す。
それも神薙家の家訓であるし、怜司の人柄としてもそこを無視することは許容できないことだった。
「……やっぱり、おかしなヒューマね」
「あぁ、良く言われる。あーいや、俺が居たところで良く言われるって意味でさ」
「そうね、貴方みたいなヒューマはどこにもいないと思うわ」
顔をあげてみれば、唇が僅かに弧を描いていた。苦笑といったところか。
あまり感情を出したくないタイプなのか、と推察して、まぁ人それぞれだしなと放り投げる。
伝わったのならそれで良い。そう考えて怜司は切り替えた。
「あー、で、この後どうすればいいんだ? 戦利品を取得するとかそういうやつ、あるの?」
「やるわけないわ」
「マジで何言ってんだテメェ……」
何でこんなドン引きされないといけないのか。いくらなんでも極端すぎてなんだか泣きたくなってくる。
いや実際は論理的には間違っていたとしても、食料や武具を奪うのって定番じゃないのか?
ライブラリで視たり遊んだりしたものだとそんなのばっかりだったが。
「……貴方、やっていたわけではないのよね?」
「技術者を何だと思ってるんだ」
盛大に失敗したことを悟り、もうこの手の発言は絶対にしないと怜司は固く誓った。
咳ばらいを一つ。
「そんな事は置いといて、だ。結局俺は付いて行っていいのか?」
「あぁ、着いて来な。ここから北西の――」
ヴァルナがそう返そうとした時。
ドチャリ。
湿った音が死体の方向からあがった。