天国には理想郷がありまして、その後   作:空飛ぶ鶏゜

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ワンス・アポン・ア・シャンプー

 どうやら銀さんと私は世間一般常識の枠組み内では付き合ってると表現される間柄らしい。

 けれど、お前の常識は世間の非常識という言葉が成立するなら、世間の常識は私たちにとって非常識である可能性も否定はできないはずだ。

 そういう結論を新八君に伝えたら、「脳みそごと溶け切ってしまえ」って真顔で酷いことをいわれた。

 

 神楽ちゃんは神楽ちゃんで、「うだうだやってないで、いいから早く子どもつくって私に見せろよ」と随分段階を飛ばしたことを言っていた。

 結局、最近新八君にも神楽ちゃんにも面倒くさい人間扱いをされている。

 

「定春ぅー、私の癒しはお前だけだ」

「きゃうきゃう、きゃうん!」

「ういやつめ、ういやつめ、このこの」

「きゃうん!」

 

 定春だけは私を嫌がらない。抱きつきもふもふしていると、顔をべろべろに舐められよだれまみれになる。

 

「こっちくるまえに、手と顔あらってこいよ、つか風呂入った方がいいんじゃね?」

「はしゃぎすぎたかも。うわ、髪まで……くさっ、たしかにその方がはやいかも」

 

 想定の範囲を超えて汚染は広がり、風呂を借りることにした。

 シャンプーのボトルをワンプッシュして、躊躇する。今まで意識したことはなかったが、銀さんもこれを使っているわけだ。

 いや、神楽ちゃんも新八君も使っているしという弁明はあるのだが、セクシャル的なものを意識してしまった自分がなんというか……だめだ。

 お湯の蛇口を切って水垢離をする。煩悩に苦悩するお坊さんというのはこういうことなのだろう。

 思考は空回りし、冷水が体を冷ましても頬が熱を帯びている。

 大体だ、この風呂は銀さんも使っているわけで、扉の向こうには銀さんがいてとシャンプーぐらいと思考が明後日の方向に行ってしまったところで、タイルに頭を打ち付ける。

 しゃがみ込み動けなくなる。思春期は新八君の仕事じゃない? もっとクレバーに、ワイルドにスピーディーに生きようぜ。

 

「はっくしゅん」

 

 その前に風邪を引きそうだ。蛇口を締めて、あがることにする。さむっ。

 

 温かい茶でも入れようと、台所でやかんにお湯を沸かしていると、銀さんが入ってきた。

 

「なに? 茶? 冷たい奴、冷蔵庫に入ってんだろ?」

 

 銀さんはそう言いながらがぽっと冷蔵庫を開け、麦茶のボトルを取り出し差し出してくる。

 

「温かいもの飲みたい気分なんだよね」

 

 視線をそらす私に疑問を覚えたのか、銀さんは首筋に手をやる。

 

「冷たっ、お前、風呂入ってたよな?」

「心頭滅却すれば火もまた涼し?」

「わけわかんねぇこと言ってないで、先、髪乾かしとけ。風邪引くぞ、茶ァ作ってやっから」

 

 滅却できなかったとは言えず、お言葉に甘えドライヤーを借りて髪を乾かすこととする。

 これは物理的な現象なので私は悪くないと三重にも訂正をしたいのだけれど、シャンプーの匂いというのは熱で広がるようにできているんだよ。ということはだ……と思考がまた不埒な方向へ行こうとするのを強引に止める。

 ドライヤーを置き、居間にいくと急須に温かいお茶が用意されていた。

 

「熱いから気をつけろよ」

「ありがとう」

 

 こぽこぽと鈍い音を立てながら、湯呑に薄緑色のお茶を入れてくれる。

 湯呑で暖を取るように持つと、冷えた手に心地よい熱を与えてくれた。

 

「つか……髪、生乾きじゃねぇか」

 

 こっちを見た銀さんが眉を寄せる。

 

「あー、なんというか面倒くさくて?」

「ドライヤー取ってきてやるから、そこで乾かせ。風邪引くぞ」

「いや、結構です」

 

 面倒臭いが放っておくのもなという感じで腰を浮かせた銀さんを片手で制止すると、憮然とした表情を浮かべられた。

 なぜ生乾きなのか言えないのが苦しいところだが、いまはちょっと遠慮したい。

 

「まあいいけどよ。そういや、さっき、風呂場でどこかぶつけなかったか?」

「ぶっ、けっほ……いや、大丈夫」

「……大丈夫か?」

 

 息を吹きかけ、丁度よくなったお茶を口に含んだタイミングで言うのを止めて欲しい。必死で吹くのをこらえる羽目になった。

 音がもれてたのだろうか……。

 視線の端で銀さんの様子を伺うと、なんだかこっちを見ている。

 

「なに?」

「なにつーか……。お前がなに? って感じなんだが」

「えーっと?」

 

 銀さんは両手で顔を覆って、深い溜息をついた。

 

「はぁ~……。こーいう時のお前に絡むと碌なことねぇってのは知ってんだが、どうせ碌なこと考えてねぇだろうし。けどほっといたらほっといたで一人で暴走すんのも知ってんだよ」

「失礼な!」

「じゃあ、何があったか言えんのか?」

「それとこれとは話が別というか!」

「やっぱ碌なことじゃねぇじゃないか」

 

 まだ何もいっていないのに決めつけるのはどうかと思う。いや、碌でもないことは確かなんだけど。

 けれど、それ以上無理に話を聞き出すのでもなく、銀さんは自分の湯呑をもって定位置へ戻っていく。

 

 それを見ながら思うのだ。

 銀さんは自分の中の感情に名前をまだ付けられない人で、恋人(仮)のBさんだ。

 恋人(仮)のAさんはまぁ、Bさんの事を好ましいと考えている。愛情を天秤にかける行為に意味があるとは思えないけど、アンバランスさは否めない。だからこそ、AさんはBさんに誠実でなければいけないのではないだろうか?

 

「俺の顔になにかついてんですか?」

 

 あまりにも見すぎてしまったせいで、ジャンプを読んでるはずの銀さんがそんなことをいう。

 

「銀さんの顔が」

「そりゃ、銀さんですからね」

 

 流石にと視線をそらす。

 謝罪するべきだろうか? 不埒な思いを抱いたことを。

 懺悔室で懺悔すべき案件だろうとは思うし、本人に言ったところで、困るだけだろう。

 立場が逆として、例えば銀さんが私に……。

 

「わっ……とっ……」

「おまえ……なにやってんの」

 

 お手玉をしてしまい、湯呑が机の上に転がる。幸い割れることなく、中身も飲み干してあり、被害は少ない。

 だが、銀さんの呆れた視線がちくちくと刺さる。

 

「気にしないで?」

「気にしてくれと言っているようにしかみえねぇよ……いいから話せよ。明日には忘れてやっから」

 

 インスタント懺悔室が整備されてしまった。

 謝罪は……まあ、必要だとは思うけど、悩んでいるのはそれ自体ではないのだ。

 きっと私は繰り返してしまうのだと思う。AさんはBさんの事を好きだから。

 

「さきに謝っておくね、不可抗力だから?」

「何に謝られてるのかはしらねぇが……まあ、受け取っておくよ」

 

 さりとて、状況を上手く説明できない。

 

「んー、例えば恋人(仮)のAさんが……」

「お前、まだ引きずってんのその設定」

「いや、設定というか、まぁ……。話は戻すけど、その恋人(仮)のAさんはBさんの事を好ましいと思ってるわけですよ」

「好きって素直にいえねぇのかよ。まあ、いいけど」

「それは置いておいて、話それるから。AさんはBさんと仲良く?させて頂いていて……」

「話なげーよ、結論だけいえ」

 

 結論。

 

「同じシャンプーを使うことにセクシャリティ的な? センシティブな? 感情を抱いてしまったわけで。そーいうのよくないなぁ。ごめんね? とまぁ」

 

 銀さんがなんか机の上へ崩れ落ちている。

 いや、銀さんの気持ちもなんか分かりはするのだけれど、でもでもだってなんですよ。

 

「おまえ、ここまで引っ張っておいて出てくるのがそれか……」

「いや、だって内容が内容だけにさぁ……?」

「つか、そんなくだらねぇ内容にどんだけ気ぃ使ってんだよ」

「でも、嫌……じゃない? そーいうのをさ……」

 

 口ごもってしまったことは許して欲しい。視線をそらし伝えた言葉だけれど、銀さんは笑い飛ばさなかった。

 

「はぁ……。お前が悩んでんのはそこか。別に嫌じゃねぇよ。歯ブラシ勝手に使われたとかじゃねぇなら気にしねぇよ」

「それは流石に……私が無理かな?」

「そーいうことで」

 

 再び銀さんはジャンプを開き、読み始める。

 でも、今のは程度の問題だという話であって、私が聞きたかったことへの答えになっているのだろうか。

 

「その、そーいう気持ちを向けられるのは嫌じゃないの」

 

 銀さんは紙面から目を上げなかった。

 

「気にしねぇよ」

「なんで?」

 

 間を置かずに尋ねてしまった。銀さんが面倒くさそうに頭を掻く。

 

「なんでつってもなぁ……。お前はさ、なんで今日曇りなんだろうとか、晴れなんだろうとか、いちいち理由求めるか?」

「求めない、かな?」

「気になんねぇことに理由を求めねぇよ」

 

 そういうものなのだろうか。いや、私が聞きたいのは天気の話ではない。

 

「あー、えっと、そうじゃなくて。一方的にそういう気持ちを向けられるのは、気持ち悪くないのかなと」

 

 ページを捲る手が止まる。

 

「一方的だと思うか?」

「えっと?」

 

 ジャンプの紙面越しに、銀さんと視線が合った。

 

「これ以上聞くか?」

「湯呑洗ってくるね」

 

 超高速で湯呑を洗った。茶渋も取れてスッキリぴかぴかだ。

 

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