こちら死神局総務課   作:朝凪小夜

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第十二話 拾う

 

 発生した揺らぎを見つけて自分の部署に入れる。

 これが近ごろの死神局の流行だった。若い者からの電話で私も知った。そのとき私は参加しますと答えた。席が一つ空いたからだ。

 参加すると言ったからには参加しなければならない。

 だが参加のしかたがわからなかった。

   

 我々は気づいたらそのへんにいる。

 これが死神の生まれ方だ。誰が作るのでもない。誰が決めるのでもない。ある日どこかに揺らぎが一つ増えている。それが新しい死神だ。

 生まれたばかりの揺らぎは何も知らない。言葉も知らない。自分が何なのかも知らない。ただそこにある。

 十年ほど放っておくと言葉を覚える。誰が教えるのでもない。まわりの揺らぎを見て勝手に覚える。三十年も経てば仕事のやり方も勝手に聞いて回るようになる。感心なものだ。

 つまり放っておいても育つ。

 だが放っておくと、どこの部署に入るかはその揺らぎの気分次第になる。

 そこで近ごろの流行が生まれた。生まれたばかりの揺らぎを早いうちに見つけて自分の部署に連れてくる。まだ何も知らないうちに、うちの部署はいいところだと吹き込んでおく。そうすればそのまま居着く。

 人間でいえばたぶんこれに近い言葉があるのだろう。

   

「青田買いというやつでしょうな」と回収課の古株は言った。

 

先輩が消えてから私はこの人によく聞くようになった。

 

「人間もやるんですか」

 

「やるとも」古株は少し可笑しそうだった。

 

「人間の若いのをまだ何も決まっていないうちにうちへ来いと言って囲い込む。うちはいいところだ給金も出る飯もうまいとな。……もっともあいつらの場合はもっとひどいのもあった」

 

「ひどいの」

 

「昔はな、船が人を集めるのに困った」と古株は言った。

 

「船乗りというのは危ない仕事だ。死ぬ。だからなかなか人が集まらん。集まらないからどうしたと思う」

 

「募集を増やした」

 

「さらったんだ」

 

 私は少し黙った。

 

「酒場で酔っ払っているのを担いでいく」と古株はあっさり言った。

 

「気がついたら船の上だ。もう陸は見えない。帰りようがない。……そうやって船は人を集めた。何十年もそうやっていた。人間の側でも、あれはまずいということになっていたらしいが、まずいと言いながら続けていた。人が足りなかったからな」

 

 人が足りなかったからな。

 どこかで聞いた話だった。うちも足りていない。神様局も足りていない、案内役も同じことを言っていた。人は増やそうと思って増えるものじゃない。気づいたらいる。気づいたらいなくなる。

 

「くじ引きもあった」と古株は続けた。

 

「戦のときにな。人間の男をくじで選んで連れていく。当たったら行かねばならん。行けば死ぬかもしれん。……くじだぞ。当人の都合も望みも関係ない。ただくじに当たったから行く。それで大勢死んだ」

 

「くじで死ぬんですか」

 

「くじで死ぬ」古株はうなずいた。

 

「人間というのはそういうことを平気でやる。……いや平気ではなかったかもしれんな。平気ではないがやった。人が足りなかったからだ」

   

 その日私は外に出た。

 総務課は現場に出ない。だが揺らぎを拾いに行くのは現場ではない。たぶん現場ではない。そういうことにして出た。

 揺らぎはどこに発生するかわからない。決まった場所はない。どこかにふと湧く。だから探すというより、歩き回って、たまたま行き当たるのを待つという形になる。

 我々の若い者は、このたまたまをずいぶん熱心にやっているらしかった。

 実際歩き回っているとあちこちで死神がうろうろしていた。みな目つきが少しおかしい。何かを探している目つきだ。すれ違うと露骨に警戒される。同業者だと思われているのだろう。同業者ではあった。

 半日ほど歩いて何も見つからなかった。

 夕方近くに回収課の若手とすれ違った。

 

「総務課さん」とその若手は言った。

 

「拾いに来たんですか」

 

「拾いに来ました」

 

「無駄ですよ」とその若手はあっさり言った。

 

「いま執行課が三人がかりで回ってます。あそこは人数が多いので網が広いんです。総務課さんが一人で歩いてもたぶん勝てません」

 

 私は少し黙った。

 

「勝てませんか」

 

「勝てないと思います」若手は悪気なく言った。

 

「それに拾えたとしても総務課って人気ないですし」

   

 人気がなかった。

 これは知ってはいたが面と向かって言われると応えるものがあった。

 総務課は現場に出ない。大鎌も持たない。刀もペストマスクも支給されない。若い者たちが憧れていた格好のいいものは何一つうちにはない。あるのは電話と書類と他部署の後始末だけだ。

 生まれたばかりの揺らぎに、うちはいいところだと吹き込もうにも吹き込む材料がない。

「執行課はなんて言ってるんですか」と私はその若手に聞いた。

 

「現場に出られるって」と若手は言った。

 

「人間に触れられる。仕事をしたという感じがすると。……あと格好いいと」

 

「回収課は」

 

「静かな仕事だって。人の最期を看取れる。尊い仕事だと」

 

 尊い仕事。

 

「うちは」と私は聞いた。

 

「うちはなんて言われてるんですか」

 若手は少し言いにくそうにした。

 

「……電話番と」

   

 その日はけっきょく何も拾えずに帰った。

 翌日も出た。翌々日も出た。三日目にようやく見つけた。

 路地の隅のあたりにうっすらと揺らぎが一つあった。生まれたばかりだった。何も知らない。言葉も知らない。ただそこにあった。

 私は近づいた。

 近づいて、何と言えばいいのかわからなくなった。

 言葉を知らないのだから、何を言っても通じない。通じないのに吹き込むというのはどういうことなのか。たぶん揺らぎで伝えるのだろう。あの、テレパシーを止めたときに先輩が最後に送ってきたあの言葉にならない何かのように。

 私は揺らぎを送ってみた。

 ――こちらへ来るか。

 そういう意味の何かを送った。うまく送れたかどうかはわからない。二百年こういうことをしたことがなかった。

 揺らぎは少し震えた。

 そしてそのとき後ろから声がした。

 

「あ、総務課さん」

 

 振り返ると執行課の者が三人立っていた。

   

「それ、うちが昨日から目をつけてたやつなんですよ」と執行課の一人が言った。

 

 悪びれる様子はなかった。ただ事実を述べていた。

 

「目をつけていたというのは」

 

「一昨日発生したんです。うちの若いのが見つけて。それで順番に来てるんです」とその者は言った。

 

「もう三回話しかけてます。うちはいいところだって。……今日で四回目です」

 

 私はその揺らぎを見た。

 揺らぎはまだ震えていた。何もわかっていないのだろう。四回話しかけられたことも、今二つの部署に取り合われていることも、たぶんわかっていない。

 わかっていないうちに決まる。

 古株が言っていたくじの話を思い出した。当人の都合も望みも関係ない。ただ当たったから行く。あるいは酒場で酔っ払っているところを担いでいかれる。気がついたら船の上だ。

 この揺らぎはいま担がれようとしている。

 我々はそれを拾うと呼んでいる。人間の言葉でいえばたぶんもう少し正確な呼び方があるのだろう。

 

「どうします」と執行課の者が言った。

 

「総務課さんがどうしてもというならこちらも引きますが」

 

 引きますが、と言いながら引く気はなさそうだった。三人がかりで立っている。

 私は少し考えた。

 そして揺らぎにもう一度何かを送った。

 ――好きにしなさい。

 そう送ったつもりだった。うまく送れたかはわからない。ただそう送りたかった。

   

 その揺らぎは執行課に行った。

 当たり前だ。執行課は四回も話しかけている。うちはいいところだ、現場に出られる格好いいと。私は一回来るかと言ってそのあとすぐに好きにしなさいと言った。

 これでは勝負にならない。

 

「負けましたね」と回収課の古株は言った。

 

「負けました」と私は言った。

 

「なぜあそこで引いたんだ」古株は少し不思議そうだった。

 

「あんた席が空いてるんだろう。取ればよかったじゃないか」

 

 私は少し考えてから言った。

 

「取ろうとして気づいたんです」

 

「何に」

 

「あれはまだ何も知らないんです」と私は言った。

 

「言葉も知らない。自分が何なのかも知らない。そこへ四人で寄ってたかって、うちへ来いと言っている。……あれは拾うというより」

 

 私は言葉を探した。

 

「さらうに近いです」

 

 古株は少し黙った。それから笑った。

 

「そりゃそうだ」と古株は言った。

 

「昔からそうだ。人が足りなければさらう。船もそうした。戦もそうした。我々もそうしている。……人が足りないというのはそういうことだ。足りないから選ばせない。選ばせていたら間に合わんからな」

 

「それでいいんでしょうか」

 

「よくはない」と古株はあっさり言った。

 

「だがそういうものだ。あんたもそのうちなりふり構わなくなる。席は埋まらんぞ。ずっと空いたままだ」

   

 総務課に戻ると隣の席は空いていた。

 当たり前だった。私は負けた。取り損ねた。取れたかもしれないのに途中で手を引いた。

 畳んだ新聞のようなものが机の上にまだ置いてある。

 この席は当分埋まらないだろう。うちは人気がない。電話番だ。大鎌もない。格好よくもない。そして私は、寄ってたかって揺らぎを囲い込むことがどうしてもできなかった。

 だから空いたままだ。

 空いたままで電話は鳴る。

 鳴った。三回一拍三回。相談だ。私は受話器を取った。

 

「はい死神局総務課」

 

「あのう」若い声だった。あの子だ。

 

「拾えましたか」

 

「逃しました」と私は言った。

 

「執行課に持っていかれました」

 

「そうですか」

 

「四人で囲んでいたので」と私は言った。

 

「勝てませんでした」

 

 電話の向こうは少し黙った。

 

「総務課って」とその子は言った。

 

「人気ないんですか」

 

「ないです」と私は言った。

 

「電話番と言われています」

 

「僕電話番嫌いじゃないですけど」

 

 私は少し受話器を持ち直した。

 

「そうですか」

 

「はい。……そのいつも電話に出てくれるので」その子は少し口ごもった。

 

「格好よくはないですけど。でも、こわいって言ったときに、こわがってていいって言ってくれたの、総務課さんだけだったので」

 

 私は何も言わなかった。

 言わないまま少し時間が経った。

 

「異動できますか」とその子は言った。

 

 私は隣の空いた席を見た。

 畳んだ新聞のようなものが置いてある。まだ捨てていない。捨てる気にならない。

 

「席は」と私は言った。

 

「一つ空いています」

 

 

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