DEAF:PROLOGUE −THE EARLESS GHOST−   作:Str4y_Sh3ep

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Chapter 01 Dive in the sky
1. 英雄談義


 窓から注ぎ込む斜光が照らし出す室内は、どうも色味に欠けている。モノクロームの視界に寂寥感が喉を締め付けて、もはや咽せるような覚えがした。

 

 端から端まで見渡しても、色味に欠けて面白くない。冷たい白みのミーティングテーブル、グレーの壁面と壁ばりの地図、ステンレス枠の窓ガラス、ライトグリーンのカーテン、そして黒い斑点が散らばる蛍光灯。

 

 そんな、物寂しさの拭えない部屋で、光沢も淡く傷が満遍なくついているパイプ椅子に腰掛け、手元に視線を落として文字の羅列をなぞっていた男。

 

 男は名をリアム・ニールスと言った。RDEAF(レーベランド連邦航空独立執行軍)、第44戦闘飛行隊の隊長を務めるパイロットだ。

 

 突然、キィ…と音を立てた扉に耳だけをそば立てると、そこから現れたのは無精髭をたくわえ、これといった意志の感じられない眼光を帯び、総じてくたびれた印象を抱かせる中年の男だった。彼はパイプ椅子に座る男のそばに歩み寄ると、そのまま壁に背中を預けるように腰掛けた。

 

「リアムお前さん、またここにいたのか」

 

「…デイブか。…うるさいのはあまり好きじゃない」

 

「けっ、うちの隊長殿の人嫌いは筋金入りだな。しかしなんてったってこんな面白みもねぇ部屋に入り浸ってんだいあんたは?」

 

「…静かだ」

 

「それだけじゃねぇんだろう?」

 

「…落ち着く」

 

「本当のところはどうなんだ?」

 

「…部屋に色味が足りないな」

 

「なんだ、お前さん天邪鬼か。あれか、落ち着くのはいいが閉塞感が拭えんって話か?」

 

 リアムは、その普段は頑として動かない表情筋を珍しく働かせ、わずかながら眉を顰めた。

 

「わがままと言いたいか」

 

「いんや、悪かねぇさ。そういう細けぇこだわりってのは大事だと思うぜ。それがお前さんらしさなのさ、その本だってそうだ」

 

「ただの暇つぶしだ」

 

「それでもだぜリアム、暇は大事だ。暇つぶしや自分時間みてぇなのこそが、テメェの人となりを映し出すのさ」

 

 そう口にするなり中年男、もといデイブ・J・アーウィンダルム。この隊において3番機を務める彼は、リアムが読んでいる小説の表紙を覗き込んだ。

 

「ほ〜う、これまた面白ぇもんを読むんだな。「英雄、あるいは殺戮者」か。お前さんやっぱ碌な人生送ってねぇだろ」

 

「こんなご時世に碌な人生なんて送れる人間がいると思うか?」

 

「ハハッ、言えてるね」

 

 『英雄、あるいは殺戮者』…。およそ100年前、レシプロ機の時代、世界規模の大戦となった東岸戦争にて撃墜王として名を馳せた伝説的パイロット、ディミトリー・ヴォルコフが晩年、床に臥せて過ごす中で著したエッセイ作品だ。

 

 冷徹な目線によって語られる戦場のリアルや、英雄として語られた作者の等身大の人間としての苦悩がありありと綴られており、軍に志願した頃からのリアムの愛読書となっていた。

 

「爺さんによく聞かせてもらってたもんだ」

 

「徴兵か」

 

「ああ、そして曰く、そこで見たんだとさ。冷たい翼の射手、イーストエンドの英雄ディミトリー・ヴォルコフの姿をな」

 

「…あまりそういうのは好きじゃない」

 

 本から目を移すことなく耳をそば立てていたリアムだった。しかし一抹の不機嫌さを滲ませて静かにそう言い放つ彼を尻目に見て、デイブは豪快に笑った。

 

「ハハッ、まあそうだろうさ。ディミトリーは騙るべきじゃない。爺さんは言ってた。狩人のように鋭い視線、迷いの欠片も感じられない足取り、ぐっと張った胸元。それはひどく模範的な軍人然としていて、だが…」

 

 デイブはそこまで言って、もったいぶるように一度口を止めて静かに、深く息を吸い、かと思いきや唐突になんの感慨もないように唇を動かしてこう口にした。

 

ーーどこか怯えているようで、俺はえも言われぬ虚脱感と、物悲しさに襲われたんだ。

 

 リアムは思い出した。『私は引き金を引くのを逡巡した。まだ真人間でいられると思っていたのだ。』それは先ほどの本に綴られていた一文だった。ディミトリー・ヴォルコフは、英雄に相応しくなかったのだと、彼は紙の上で自嘲していた。彼は退役する最後の瞬間まで、心まで英雄にはなれなかったのだ。

 

「たまげたもんだよな。西と東の全面戦争、その最前線で西の矛、そして盾になったんだ。そりゃあ数え切れねぇほどの人間を手にかけてきたはずだ。それでも人の心を落っことさなかった。もはや奇跡だと言えるんじゃねぇか」

 

 ひとしきり話し終えたのか、よっこらせとじじ臭い掛け声を伴って立ち上がったデイブを尻目にリアムは再び眼前の本へと視線を戻した。

 

 文字の羅列を目で追いつつも、頭の中では先ほどまでのデイブの話を反芻して、そして是非とも彼の体験した戦争の全てを本にして欲しいものだなんて呑気なことを考えていた。できれば幼デイブの感想を添えて。

 

 面白い話を聞けたなぁ、と動かぬ表情の奥でしめしめと感慨に耽っていると、不意に気だるげなデイブの声がリアムの鼓膜を揺らした。

 

「…ときにリアム、お前さんーー」

 

 しかし、刹那のうちに何か言いたげな語気を含んでいたデイブの声は止まってしまった。リアムは辟易した。リアムの向いている先に、構えるドアの向こう側から聞こえる2つの声と足音。ああきっと、これは…うちの新星二人組のものだ。

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