DEAF:PROLOGUE −THE EARLESS GHOST− 作:Str4y_Sh3ep
「あ、やっと見つけた。こんなとこにいたんすか、隊長とオヤジさん」
「もしかしてお邪魔でしたか?」
無情にも開いてしまった扉から現れたのは、金髪の軽くてチャラチャラした印象の拭えない若い男性。続いて、その後ろから追従するようにして現れたのは、対照的に艶やかな黒髪の生真面目でまだあどけなさの残る様相の若い女性。
前者はアウトバーン隊の4番機を務めるパイロット、ニックス・ノーブリス。後者は5番機パイロットにして最年少のミア・F・バザードという。
2人ともこの隊に入ってまだ長くなく、若いパイロットだが、戦闘機を駆る腕は一級品で、アウトバーンの新星として名が通りつつある。
「いや構わん。どうしたノーブリス、今はこれといった予定も入ってないはずだが」
「いやぁ、ちょっと隊長に聞きたいことがあったんすよね」
聞きたいこと。一体それがなんなのかリアムにはわからなかったが、生意気とも言えるニックスの下卑た笑みを見たリアムは面倒事の予感が働いた。咄嗟に巻き込まれるわけには行くまいと舵を取る。
「すまないが今は手が離せーー」
「お、いいじゃねぇか聞いてやろうぜリアム」
「…」
しまった、とリアムは思った。ニックスの問いに対して、デイブが野次馬精神で便乗してしまえば、いよいよ振り向けば眼窩に波荒れ狂う断崖、背水の陣だ。
一時思案を巡らせた末、考えるだけ無駄だ。ちくしょう、もうなるようになれ。と流れに身を任せることにした。
「お、いいんすか?じゃあ単刀直入に聞くんすけど、隊長ってどんな女の子が好みっすか?」
「…む?」
「おうおうこりゃあ俺も気になるねぇ、なぁリアムの坊っちゃん?」
「デイブ、一言余計だ。そうだな、強いて言えば…、君みたいなのはあまり好ましく思わない」
おそらくミアと交わしていた話題を持ってきたのだろうと考え、ニックスの方を向きつつ、そう言い放つリアム。しかし単刀直入にも程があると思うが、この男にそれを求めたところで無駄足に終わるだろう。だがそれより何より、貴重な読書タイムを邪魔した罪は大きいとリアムは毒づいたのだった。
「こりゃこっぴどくフラれたなぁニックス」
「部下にこんなこと言うなんて酷いっすよね親父さん。モテないっすよ隊長?うわぁ〜血も涙もないなぁ」
「モテんで結構だとも。…それより離れてくれ、鬱陶しくて叶わん」
「ええ〜なんすか?色恋沙汰には目もくれないとでも言いたげっすね。この朴念仁っ!仙人っ!」
「ちょっとニックス、いくら冗談でも言い過ぎよ」
ニックスの言動に流石に目に余ると踏んだミアが、ニックスを諌めようと目を細めて睨んだ。しかし暴れ馬と化したニックスはもはや誰にも止められない。
「じゃあミアなんかどうすか?」
「ッ!」
悪戯心故に魔が差したか、あるいは反骨心故か。あろうことかこの男、ミアを引き合いに話題を継続した。不意打ちまがいのニックスの暴挙にミアは思わず目を見開き、頬を赤くして硬直してしまった。ニックスにとって格好の的である。
「どうしたんすかミア?顔なんか赤くしちゃって〜」
「別にッ、なんでも…」
「ほら隊長の名前が出た途端これっすよ」
「こりゃ青春だな。コイツらつまみに一杯グビッと行きてぇもんだ」
ミアに標的が移った結果、リアムはやっとニックスの注目を免れる事ができた。しかしミアに人柱になり続けてもらうわけにもいかない。そういう卑怯な真似は好きじゃないし、何より若手に苦労を強いるような畜生上司にはなりたくなかった。
「やめておけデイブ、いつ伝令が来るかわからん。…それとニックス、あまり特定個人を値踏みするようなことを言うものじゃない」
「さっき唐突にオレのことフッたの誰っすかね」
「…俺にこの話題を無理強いしたのは君だろう。皮肉の一つくらいは言わせてくれんと帳尻が合わない」
「はぁ…全く酷ぇ隊長様っすね。わかりました。…で、結局ミアはどうなんすか?」
「…何もわかっていないな、ノーブリス」
「すみません隊長…その…」
「バザード、君が負い目を感じることはない。ノーブリスが大人しくしてくれればいいのだ。この通りかなり難しいだろうがな」
どこか遠い目をしつつそう口にするリアム。その横で苦笑をこぼすミア。隊の中でニックスの獲物となりがちな2人は共感するところがあるのだろう。同時にニックスの標的とならないデイブを恨めしく思うリアムであった。
ともすれば突然、そうだな…と言いつつ静かで、冷たい目線をニックスに対して向け始めたリアムの横顔を見てミアは目を閉じ天を仰いだ。
「デイブ」
「おうよ!」
「え?なにどうしたんすか二人とも無言で近寄ってきて…待ってください、その縄とブルーシートは何に…てか、どこからか出たんすか?ちょっと、やめてください離して………ぷはっ助けて!誰か!オレはここに!……ンー!ンンー!ン"ーーー!!!」
あっという間に簀巻きニックスの出来上がり。止まるところを知らぬイタズラ暴れ馬が、ついに鞭打たれた瞬間であった。
「よし、しばらく反省しているといい」
「無事を祈るわ、アウトバーン4」
「良かったぜ、お前とは」
「ン"ョ"ーーーーーー!!!!!!!!!!」
パイプ椅子のずしりと軋む音。挟んでいた栞を抜き取り、リアムは再び文字の羅列をなぞって行く。デイブは壁際に寄りかかってスマホを弄び、ミアは缶コーヒー片手に、リアムの向かい側にパイプ椅子を引いて座る。そこに響き渡るニックスのくぐもった声は、無情にも空気に溶けてゆくだけだった。
しかし突如訪れた静寂も、儚くも破られることとなる。
「アウトバーン隊各位、直ちに作戦室へ集合せよ」
これまた一切の前触れなく響いた伝令。続いて響いたのは、パタンッと本を閉じて机に置く音。
「行くぞ皆。…お前もだノーブリス」
「了解。しゃあっ、仕事の時間だな」
「追従します、隊長」
瞬間的に本を閉じて席を立ち上がり、廊下に出ていくリアム。その後ろからデイブ、ミアも続いていく。先ほどまでの緩慢かつ混沌とした空気はどこへやら、そこにいるのは目を僅かに細め、鏃の如く鋭い眼光をその瞳に宿す4人の軍人の姿だった。
「ン"ン"ン"ン"ン"ン"ン"!!!!!!!」
喉を激しく揺らして抗議の意を表している。リアムの腕に、重荷同然にしなだれかかっているただ1人を除いて。
◆◇◆◇◆
「全員集まったか……なんだいそれは?」
「ン"ーーン"ーー!!!」
「恐らく思っての通りだ、ケラーマン」
ブリーフィングルームにて、スクリーンの前に立つ女性の前に椅子を縦横に連ねてフライトクルーなどが座っている。やはり、その中でブルーシートを片手にやってきたリアムが目立たない筈もなく、隊の航空管制官を務めるジェーン・ケラーマンから問われたリアムは、淀みなくそう応えた。
「なるほど…。ついにイモ虫状態でブリーフィングに連れられるとは…、日頃のツケか。まあこれを機に少しは反省するんだねノーブリス」
「ン"ーーー!!!」
やはりここでもニックスを擁護する声はなかった。結局ブリーフィングで集中を欠くといけないということでニックスの拘束は説かれたが。
「っぷは!簀巻きのままブリーフィングルームに連行は流石に酷くないっすか!?」
「早速だが作戦ブリーフィングを始める」
「ちょ!?」
ニックスの抗議の声をどこ吹く風とばかりに華麗に聞き流しつつ、PCを手早く操り、白一色の投影面に資料を投影する。
「作戦司令部から出撃の伝令が入った。
作戦目的は『反乱軍の航空戦力の排除、アムレトに設置された地上兵器や軍用機を破壊し、地上部隊の侵入経路を確保すること』だと。
連中、『イーストエンド奪還作戦』の一環と銘打ってはいるが…」
「要は司令部の尻拭いをしろってことっすよね?これまでと何ら変わりないじゃないっすか」
「役回りばかりは…ね。だが、これまでアタシたちが飛んできたどの空よりも、厳しい戦いになるだろうさ。コイツを見ればわかる」
辟易とした様子で彼女がスクリーンに映し出したのは作戦空域全体の地図。赤が反乱軍、青を西国連合軍。赤色が巨大な城塞を中心にして作戦空域のほとんどを占めており、青色が弾き出されて、それでも戻らんとして塊を成して赤の輪郭に群がっていた。