DEAF:PROLOGUE −THE EARLESS GHOST− 作:Str4y_Sh3ep
資料を見る限り連合軍側はかなり押されている様子だった。
特に航空優勢を確保し、アムレト奪還の要となる地上部隊の侵入経路の構築を担うはずのレーベランド、ウァルキア両国のDEAF航空機が、アムレトに辿り着けずに上手く敵に進路を封じられているところを見ればその惨状は明らかだろう。
「今回の作戦において、やはりネックとなるのは城塞アムレトの存在。強固な地対地兵器による防衛網が地上部隊の侵入を阻んでいる。…本題はここからさ。
反乱軍に属する奴らの大半が、ウァルキア共和国防衛の要、ウェストエンドの防衛を担っていた奴ら。つまりは精鋭揃いだ」
「はぁ、全く悪い夢でも見てる気分だぜ」
「残念ながらデイブ、これは現実だ。そうなれば、やはり先遣のDEAF飛行隊も苦しい戦いを強いられているのだろう」
「ああ、場所が場所だからね。なんならキャバルリーが参戦する、あるいはすでに参戦している可能性も十二分にあり得るだろうさ」
リアムの読みは大方当たっていたようだ。領土西側の岸向かいからの大規模侵攻を受けて以来、ウァルキア・レーベランド両国は東岸地域に睨みを利かせてきた。結果的に東岸には軍事力が集中し、国の中でも精鋭の軍人達が揃うようになったのだ。
故に優れた軍人の反乱軍に対して、数的優位のみの連合軍の戦況は苦しいものとなっていたようだ。
「うわぁ…わかってはいたっすけどいざ言葉にすると結構な魔境っすね…」
「刻一刻と悪化する戦況にキャバルリーのパイロットですか…」
先程までの威勢はどこへやら。ニックスは辟易した表情で、ミアは顔を引き攣らせながらこれからの我が身を思って肩が重くなる思いをしていた。
「とはいえ伝令があった以上、出撃しないわけにもいかんさね。恨むなら、ここに残った自分を恨めってのさ。まあ、そんなこと言わなくたってここには初めっからやる気のやつしかいないだろうけどね」
「そうだな。いつも通り、各自部隊間での情報共有を怠るな。その一言が生死を分つのやも知れんのだからな。…では各員、時計注意。これよりタイムハックを行う。17時で合わせよ」
リアムの呼びかけに、その場にいた全員が一斉に壁にかけられた電波時計に注意を向け、腕に装着しているミリタリーウォッチを胸の前に構え、リューズを引いて針を止め、竜頭を回して素早く午後5時に時針を合わせた。
「1分前…30…10秒前…5…4…3…2…1…ナウッ!」
リアムの掛け声のみを残して静閑の落ちた部屋に、カチリッ…とリューズを押し込んだ音が響く。そのあまりにも小さく、しかし壮観な音の重なりが、アウトバーンの戦いの始まりを告げていた。
「タイムハック終わり。解散」
いよいよアウトバーンの基地に所属する各員は、過去に類を見ない厳しい作戦を無事完遂するために、各々の役割に務め始めた。
◆◇◆◇◆
黄色と黒のストライプが入ったハザードテープがあちこちに走る冷たいコンクリートの上を縦横無尽に走る数多のケーブル。それらは鉄骨が支える暗く高い天井の下に悠然と佇む鋼鉄の鳥を、地上へ繋ぎ止めているかのようだった。
アウトバーン隊の基地に配備されているF-15戦闘機が4機、そこには見受けられる。
鼻にツンとくる燃料のキツい匂いがハンガー内を満たしている。あちこちから飛び交う整備士達の怒号。せかせかと右往左往し、主翼やキャノピー、各種兵装やオイルタンクの点検をテキパキと進めていく。
しばらくの後、ある程度点検がひと段落ついたのか整備士の声も鳴り顰めた頃。人間が出入りする用の2平方m弱の扉が開き、そこから四つの人影が現れる。
飛行服の上から耐Gスーツを身に纏い、パラシュートを固定するためのハーネスが、まるで装着手をがんじがらめにするようにも見える。彼らの腕に抱えられているのはバイザーを下ろしたヘルメット、そして酸素マスク。心なしか彼らの体は普通の人間のそれよりやや大きく、しかしどこか人間らしさを欠如しているようにも見える。
カチャリ、カチャリと一定のテンポを伴って辺りへ響き渡る金属音。しかしてその全ては生きるため。空を飛ぶ人間は、誰もが人の歩めるはずのなかった不可侵の領域を踏み締める歓喜とともに生への執着を、あるいは人一倍強く、抱くのかも知れなかった。
「全機点検完了。隊長、いつでもOKです」
「ご苦労」
それだけ言うと、アウトバーン隊はそれぞれ自分の機体の前へ歩いていき、タラップに手をかけ、一歩、また一歩とよじ登って行く。そして機体の縁に手をかけ、自らの体をコックピットに埋(うず)めた。
ベルトを装着し、続いて腕に抱えていたヘルメットを被り、酸素マスクを顔に押し当ててカチリ、カチリとストラップで固定する。
すると後追いでタラップを登ってきた整備士が外側からコックピット内に身を乗り出しベルトの点検を手早く、しかし的確に行う。最後に機体から伸びる酸素供給のホースをリアムの酸素マスクの接続口に繋ぎ…
「グッドラック、隊長」
「ああ」
整備士はカンカンと軽快な金属音を鳴らしながらその姿を機体の縁の下に消していった。
ヘルメットを装着したリアムはカチリとスイッチを下ろし、電源を入れた。
>>:[System Activated]:
中央のディスプレイに起動プロトコルが表示され、コックピットに複数あるディスプレイに一斉にメーターやグリッドが灯る。そしてHUDとディスプレイに現れる2つの8が絡み合うようなアニメーションシンボルと『EIGHTY-EIGHT ELECTRONICS(エイティーエイト・エレクトロニクス)』の文字。
「補助電源、接続確認。油圧正常、燃料の残量問題なし、火器管制待機…」
コックピットに緑色の光が灯るのを確認したリアムは素早く計器の各項目を参照して起動前の機体の状態を確認していく。いよいよ日通り目を通したリアムはジェットエンジンを始動する。
「各種項目異常なし、エンジンスタート」
スターターを引くと、機体が低く唸り声をあげ始める。次第にそこにキィィィィンと甲高い音が混じり始めたタイミングで、エンジンの状態が安定したことを確認した整備士たちが外部電源と機体を接続していたケーブルを取り外す。
煩わしいものの一切を取り除かれたかのように、冷たい体が天井灯に照らされて強く輝いていく。機体後方の円柱状のエンジンノズルから放たれる熱が空気を揺らめかせている。それは、飛べなかった鳥が、独りでも飛べるようになった正にその瞬間であった。
キャノピー閉鎖スイッチを押し込むと、視界の上から至る所に浅い傷の見受けられるガラスの天蓋が、ゆっくりと降りてくる。やがて黒い縁がコックピットの縁に覆い被さり、外との繋がりが、断たれた。
「回転数、油圧ともに安定…」
甲高い唸りを上げるエンジンの音がくぐもり、ついぞ外界の音は耳に届かなくなった。それでもリアムはそれを微塵も気に留めず、スタートアップ時の最後のチェックを行い、ついに各項目にチェックマークがついた。
「アウトバーン1、ソーティ・レディ(準備完了)」
リアム、もといコールサイン・アウトバーン1は無線のチャンネルを合わせ、管制塔へ向けて出撃準備が完了した旨を伝える。するとリアムの眼前、格納庫の戦闘機が出入りする用の巨大なゲートが重々しく、ゆっくりと左右に展開し始める。