DEAF:PROLOGUE −THE EARLESS GHOST− 作:Str4y_Sh3ep
ゲートの隙間から漏れ出る光芒は黄金色に染まっていた。天使の梯子に照らされた戦闘機はどこか美しさや上品さ以上に、得も言われぬ郷愁のようなものを醸し出していた。
"コントロールタワーよりアウトバーン1。滑走路へタキシングしろ"
「コピー(了解)」
言うが早いが、スロットルをゆっくりと押し込む。鋼鉄の巨鳥は開かれた扉を潜り抜け、ついに黄金色の陽光を全身に浴びた。コックピット内が淡い光に満たされる。リアムはこれから戦いに出るのだと言うのに、どこか心は平静で、何やら幸福感に満たされているような感覚さえ抱いていた。
コンクリートの地面を力強く踏み締め、ゆっくりゆっくりと地上を進んでいく。リアム機の後ろからも3機の飛行機が間隔を保って追従する。人工物然として角張った基地、さわさわと風に揺れる草の群れ、その体に纏った深緑の木の葉を大袈裟に、しかしゆっくりと揺らす木々。
その中で大きく無機質で猛々しい見た目に反して、どこかで人間的で、英雄譚、あるいは叙事詩の一場面のような、荘厳でいて、同時にどこか日常の一片のような普遍さを感じさせた。
滑走路への移動を終えたところで、リアムは再び管制塔へ無線を入れる。
「アウトバーン1よりコントロールタワー。滑走路へ進入した。離陸許可願う」
"こちらコントロールタワー。アウトバーン1、離陸を許可する。ロックンロール"
無線を聞き届けたリアムはスロットルをさらに少しずつ押し込んでいく。エンジンの出力が上がり、さらに一段と低い咆哮をあげる。アフターバーナー点火。
エンジンノズルがガパァと一際大きく円柱状の口を広がって炎を吹き、しかしそれは揺らめくことなく薄く、それでいて凄まじいエネルギーを伴って空中に轟く。
みるみるうちに機体はその速度を早め、目にも止まらぬ速度で地上を滑走していく。風を弾き、あらゆる景色を後ろに置き去りにしていく。
背中がシートへ押し付けられる。コンクリート、サイドの白線、赤い滑走路灯、草花や木々。全てが間延びした残像を残して後ろに消えていくようで、それは正に風になったかのようだった。
速度計の数字は徐々に上昇する。
「ローテート(機首上げ開始)」
コールを伴い、操縦桿を引くリアム。キャノピーの外に映る景色がゆるりと下に落ちていく。空を向いた機体はそのまま風に乗り、リアムは浮遊感に包まれた。タイヤは地面を離れ、やがて鋼鉄の巨体は空中を滑り出した。
「ギアアップ、フラップアップ」
空に駆け出した鳥には、翼があればそれでよかった。ランディングギアが上がり、機体の中に収納されて見えなくなった。主翼後縁のフラップが収まり、機体は高速巡航状態に移っていく。
尖頭に終端する流線形のフォルムが陽光に身を晒し、ぐんぐんと高度を上げ、ついに群雲の中を突っ切った。雲の上に昇った機体のコックピットの中、リアムの目にはキャノピー越しにごま粒ほどにまで小さくなってしまった地表の建造物や木々の様子が窺える。ここは人の手の及ばぬ異界、並んで浮かぶ白い綿雲の切れ間から差す光芒が神秘的だった。
リアムの周囲へ、自然と他の3機が集まり出し、キャノピー越しにそれを観察したリアムが他3機へ無線を入れる。
「アウトバーンリーダーより各機、隊列を組め」
「ウィルコ(了解、実行する)」
無線を聞き入れた3機はリアムを先頭の基準として菱形の隊形を組む。
「こちらAWACSエンジェルラダー。アウトバーン各機聞こえるかい?このまま作戦空域、アムレト上空まで巡航する。方位224、巡航高度に到達し次第、巡航開始しな」
「コピー(了解)」
指示に従い、方位を合わせつつ高度を上げていくアウトバーン4機。綿雲を先程までよりもさらに下に見据え、機種を下げた。そのまま戦域に向けて巡航を始める。
「巡航高度到達、オートパイロット」
「ふい〜、これで一旦落ち着けるな」
「やっぱ何回やっても慣れないっすね、離陸ってのは」
「おや?あんたが弱音を吐くなんて、珍しいじゃないのさニックス」
「失礼な。オレにだって辛いことの一つや二つあるっすよ。そういう姐さんだって少し前に『いい男捕まえてこんな仕事辞めてやるっ!』とか息巻いてたくせになんだかんだで未だにAWACSに乗ってんじゃないっすか」
離陸を無事に終え、ウェストエンドに到達するまで手持ち無沙汰となってしまった一行は、基地の時よろしく再び他愛もない会話を始める。
普通空の上という滅多に人の飛ぶことのできない場所での会話にしてはいささか面白みにかけるが、日常的に空を飛ぶパイロットという生き物の生態を考えれば、ある意味ではそれらしいとも言えるのかも知れなかった。
「アンタ人の心ってもんがないんじゃないかい?なんなら一発殴って赤ん坊からやり直す手助けでもしてやろうか?」
「へ?」
「いいですね、お手伝いします」
「ちょっ、ミア!?」
早くも何やら不穏な方向に転がり出した話題に、流石のニックスも状況が飲み込めず混乱し始める。因果応報というか、普段ニックスの被害者となりがちな女性2人が徒党を組めば、流石のニックスも同様を隠せないというものだった。
「ほら嬢ちゃんもこう言ってる。アンタも罪な男だね、可憐だった女の子も今や立派な拷問官さ」
「いやそんな罪作りたくな…、親父さん助けてください!今度なんでも奢るっすから!」
「よ〜しおじさん頑張っちゃうぞ〜」
「デイブ、アンタの秘蔵っ子のタバコはこっちで預かってるよ。返して欲しけりゃ基地に帰ってから作戦室に来るんだね、もちろん1人でだ」
「若造、苦労は若いうちに存分にしておくもんだぜ」
「オヤジさん!?…クソッ、これは裏切りだぁ!」
「…全く騒がしくて敵わん」
一瞬でデイブを抱き込んだかと思えば、光の速さで裏切られるニックス。なおも途切れることなく会話が続き、それをASMR同然に耳にするリアムは軽く辟易していた。しかし同時に、そんなあまりにもいつも通りなアウトバーン一行の会話にどこか居心地の良さも感じたリアムであった。