DEAF:PROLOGUE −THE EARLESS GHOST− 作:Str4y_Sh3ep
6.地上にて
周囲に満ちる、胸を焼くような火薬の匂い。パンッ!と乾いたような爆発。それが攻撃の合図だと察するのに時間は要さなかった。幾重にも重なる銃声、バキッと木の枝が折れ、ひらひらと木の葉が落ちる。
「各員伏せろ、死にたくなければな…!」
冷たい風が頬を撫でる。まるで心臓を黒い何かに握られているような錯覚を覚える。耳元で雑音を立てる風音が、まるで死へ誘う悪魔の囁きのようだった。
凄まじい銃弾の雨を浴びる木々の声。ただされるがままに風に煽られるそれは、色褪せた緑の中に虚を内包して…。
木陰の隙間から振り注ぐ光は、視界に焼き付く全てを剥ぎ取らんかの如く果てしなく白い。
木の葉の隙間から辛うじて望む。雲底の黒ずんだ叢雲が空を濁す。すき間から差し込む光の梯子が、ここは永遠に火の絶えぬ墓場なのだと断じた。
中ほどで真っ直ぐにスパッと焼き切れた木の葉がひらひらと宙を舞う。もっとも、やはり背の高いの雑草の中に身を隠した状態では見えるものも見えないが。
そうこうするうちに、銃声は鳴りを潜めた。
「…攻撃は、止んだか」
このウェストエンド奪還作戦において、西国連合陸軍の前衛部隊の一部隊を任された男、コールサイン『ハンター6』、ダニエル・マーサーは一つ安堵した。
「ハンター6よりハンター小隊各位へ連絡。状況を報告せよ。オーバー」
「こちらハンター1-1、万全」
「こちらハンター2-1、問題無い」
「こちらハンター3-1、異常なし」
「よし、ハンター4-1、報告を…」
ハンター第三分隊までの安全を確認したところで無線のやり取りが途切れた。何か嫌な寒気を覚えたマーサー。
「ハンター6よりハンター第四分隊各位、応答せよ!」
今一度無線を入れ、鬼気迫る思いで第四分隊から応答が来ることを望んで待つ。無線に応答があったのはしばらくの後だった。
「…こちらハンター4-2よりハンター6。ハンター4-1が腕部、脚部、及びハンター4-4が肩部、同じく脚部を負傷。現在ハンター4-3が対応中。
…ハンター4-3の報告より、間も無く応急処置は終わるようです」
「ハンター6了解、あまり無理はさせるな」
「コピー」
「ハンター6よりハンター小隊各位。ここは一度引くぞ。ポイントB(ブラボー)で合流し、拠点まで移動する。森林内に敵が潜んでいる可能性がある。撤退の際も警戒を怠るなよ。アウト」
「ウィルコ」
無線を終えて、先程まで進行していた方向を望む。立ち並ぶ木々の群れ、乱雑に並ぶ縦線の向こうから差し込む白の向こうに目を凝らすと身の丈を超えた段差の上に並ぶ石塁、そしてその先に見える城壁を備えた堅牢な古城を睨みつけた。
城の影から姿を現し、空を滑っていく戦闘機の姿。城壁の上に頭を出した黒い影。マーサーは背に何か奇妙なものが伝う感覚を覚えた。
◆◇◆◇◆
森林を抜けて各分隊と合流し、それからまた暫く移動したハンター小隊。彼らの眼前に、黒いネットを被せられた装甲車や軍用車、立ち並ぶ淡い麻色のテント、そこを行き交う軍服を纏った兵士たちが見えた。
よく見ると、怪我をした兵士たちが担架に乗せられ、せかせかと運ばれていた。絶え間なく怒号が響き渡り、現状がどれほど緊迫しているのかをありありと示していた。
「ハンター小隊が帰還した!」
「衛生兵ーー!」
彼らの存在を確認した兵士が声を上げる。それから間もなく、少数の衛生兵がやってきた。
「要救護者は?」
「2名だ」
「新たに要救護者2名!繰り返す、新たに要救護者2名!」
「要救護者2名、了解!」
衛生兵が呼びかけた先には大きなテントが複数。そこから新たに二つの担架を運んで衛生兵がやってくる。
それから呼びかけに応じて、ハンター4-2、ハンター4-3が肩に乗せるように抱えていたハンター4-1とハンター4-4を担架に乗せると、「1・2・3!」とタイミングを合わせて2人の乗った担架を持ち上げた衛生兵たちはそれぞれの担架を3人一組で運んでいった。
運ばれていく2人の姿を見ていたハンター小隊員。マーサーもしばらくそれを目で追っていたが、すぐに小隊員のもとに振り返った。
「ハンター小隊各位。2人が心配なのはわかる。だが、今は次の行動に備えろ。俺はこれより中隊長へ状況を報告し、次の指示を受ける。僅かな時間だが、各員、休息を取れ」
「はっ!」
それだけ言うと、マーサーは彼らに背を向けて、中隊本部に向けて歩き出した。
「おい、血液はまだ届いてないのか!?」
「脈が拾えん、心臓マッサージを続けろ!」
「ダメだ、次が来た!こいつは奥へ回せ!」
消毒液と、鉄臭い血の匂いが鼻を突く。忙しなく出入りする衛生兵、中から漏れ出る軍医の叫び、そして痛みに耐えかね、悶絶する負傷兵の悲鳴が漏れ聞こえる。
「おい馬鹿野郎! 工兵用の高性能爆薬はそっちじゃない、右の工兵架へ運べ!」
「破砕用の爆破資材と導爆線だ、急げ! 実働班の出発に遅れるぞ!」
「追加弾薬もだ! 榴弾と機関銃弾帯、積めるだけ積み込め!」
鬼気迫る面持ちで爆薬や弾薬を抱えてせっせと行き交う補給兵たち。そしてその中をかき分けるように、大量の物資を積んだジープが走っていく。
「車が通るぞ、気をつけろ!」
拠点といえど前線に構えられたここはもちろんテントを立てて物資を持ち込んだ急造の拠点。足場は悪く、ジープはその車体を大きく揺らしながら土埃を立てて、マーサーの脇を速度を保ったまま駆け抜けていった。
そんな喧騒を掻き分け、マーサーはテントが一際多く集まった地点へと辿り着いた。中隊本部だ。
テントの前に立っている衛兵へ、身分証を示す。
「ハンター小隊、ただいま帰還。中隊長へ報告に上がりました」
「中で中隊長がお待ちです」
「はっ」
衛兵が手でテントへ入ることを促したので、天幕をめくって入る。
「ご苦労だった、マーサー。報告を聞こう」
中へ入ると、予め無線で帰還したことを知っていたのであろう中隊長、ロバート・ヘイル少佐が立っていた。胸を張り、真っ直ぐに背筋を伸ばした立ち姿。いかにも偏屈な上官といった出で立ちの男だった。
「はっ、森林内を奥へ向かって進んだところ、およそ500m先で2mほどの段差を確認しました。段差の上は石塁が横に連なった形となっております」
「報告ご苦労。他小隊長と共に並びたまえ」
「はっ」
報告を受けるなりマーサーから視線を外し、手近に置いていたリモコンを拾って操作しはじめたヘイル少佐に敬礼し、他小隊長と共に並んだ。
地面に敷かれた板の上に置かれた小さなプロジェクターが起動し、予め広げられていた投影膜へ映像を映し出す。画面上で回っている読み込み表示に背を向け、ヘイルは再び口を開いた。
「では諸君、司令部より作戦命令だ。我々はこれより、森林奥でアムレトへの行く手を阻んでいる石塁を突破する」
それは、彼の前に立つ小隊長たちにとって大方予想通りの内容だった。