DEAF:PROLOGUE −THE EARLESS GHOST− 作:Str4y_Sh3ep
ヘイルは間を置かず話を続ける。
「これは司令部より送られてきた城塞アムレトの航空写真だ。もっとも、この戦いが始まる前のものだが。先刻のハンター小隊の報告を含めると、段差、そして石塁はこの城塞を取り囲んでいると見ていいだろう」
ヘイルが表示した航空写真には、確かにアムレトの周囲に影が捉えられた。
「故に、いずれにせよこの石塁を突破せねばなるまい。報告では、段差の高さ自体には地点によって多少の差異があることが判明した。故にこの拠点から近く、段差が比較的低いと思われるポイントデルタを突破地点とする。石塁を破壊し次第、全戦力を集中させ、一点突破を図る」
航空写真を閉じ、今回の偵察で明らかになった情報を加えた地図を開いたヘイル。彼の言葉に合わせて、画面に表示された地図上で石塁沿いの1つの点が明滅した。
「質問はあるかね?」
「…航空支援は?」
「それについては先ほど司令部より次陣の航空戦力出撃の報が入ったが、期待しないものとする。我々だけで作戦を完遂せねばならないと思え」
ヘイルは、その仏頂面をぴくりとも動かすことなく、極めて冷徹にそう言い放った。それでもなお反感の声が上がらなかったのは、ここにいる皆が、今なお彼らの背で落ち続ける鳥たちを目にしたからかも知れなかった。
「敵の戦力や状態を把握していない状態での爆破作業は、あまりにも危険すぎます」
「石塁近くの戦力を無力化するのは?」
それはこの作戦の要点となる者達、石塁の爆破を行う工兵によるものだった。ヘイルはそれを耳に受けて目を閉じ、しかし数秒の後に目を開け、こう言い放った。
「敵情は不明だ。なればこそ、敵に悟らせることなく大量の火力で一気に押しかける。石塁を破壊しての奇襲こそがもっとも高い戦術的効果を持つだろう」
やはりヘイルはその表情をぴくりとも動かさず、言葉少なにそう言い放った。つまり「あらかじめ敵戦力を除くことはしない」と。工兵は押し黙った。一瞬、何か言わんとしていたが、押し黙った。彼はその唇を噛んでいた。
「他に何かあるかね?」
「いえ、ありません」
もう誰も質問することはなく、ヘイルは「よろしい」と一言。
「これより、作戦班を編成する。班は3つ。警戒班と作業班、そして突入班だ。作業班は石塁まで移動し、石塁を破壊する。
警戒班は作業班の護衛、及びこの行動を秘匿するのが仕事だ。森林内に敵が潜んでいないとも言えん。作業班の動きを悟られる前に排除し、作業班を守るとともに、こちらの動きを知らせるな。
そして突入班は作業班の後方から追従し、石塁が破壊され次第、突入し、敵戦力を押し込め」
ヘイルがリモコンを操作すると、地図上に各班の配置と進行経路が、枠と矢印によって示された。
「では編成を伝えるが、ハンター小隊については本隊の他小隊とは本作戦における扱いが異なるため、先んじて伝えておく。ハンター小隊は作業班に編成される。工兵の前方について注意し、敵を見つけ次第、こちらの行動を察知される前に排除せよ。ハンターが前方を、警戒班が側面を、だ」
「はっ」
「ではその他部隊の編成を発表する」
短く返事をしたマーサー。それを耳にしたヘイルは、早速他の隊の編成を伝達する。
石塁突破作戦。この作戦において石塁を破壊し、状況打破のための扉をこじ開ける工兵達を「手」、破壊された石塁から猛攻を仕掛ける突入班を「牙」とするならば、視界の通らない森林の中で目を凝らし、道を見つめるハンター小隊は「目」と呼べるだろう。彼らにどれだけこの暗がりを見渡せるかが、この作戦の要となるのだ。
◆◇◆◇◆
ブリーフィングを終えたマーサーは、救護所での処置を終え、あるいは次の処置を待っている負傷兵が体を休めている野戦病院の収容テントへとやってきた。
「失礼、コール軍曹とヘイズ上等兵は?」
「ご案内しますハンター6」
「感謝する」
収容区画にいた衛生兵の案内に従って進む。ちょっとした小屋のような広さのテント内は薄暗く、天井からぶら下がるケーブルに繋がれた簡易照明がテント内を照らしていた。通路を挟んでベッドが両端にずらりと並んでおり、ベッド間はカーテンが仕切っている。
「…小隊長」
「お前達も来ていたか。リード、ベネット」
「はい、他のみんなも来てたんですが、大人数で長居するのは気が引けると言って出て行きました」
「…では、私はこれで」
「ああ、助かった」
案内を買ってくれた衛生兵に別れを告げ、再び視線を戻す。ハンター4-2、ハンター4-3もといマーカス・リードとノア・ベネットがベッド横に丸イスを置いて座っていた。
そしてベッドにはハンター4-1ことイーサン・コールと、ハンター4-4ことルーカス・ヘイズが上体を起こして座っていた。
「イスを用意しましょうか」
「いやいい、リード。少し様子を見に来ただけだ。すぐに出ていく」
テント内には未だ痛みに悶える兵士の呻き声がぽつぽつと聞こえてくる。マーサーはそれを聞いてコールとヘイズの身を案じた。
「調子は…、良くはないか。コール、ヘイズ、ご苦労だった」
「へへ。まあ、お陰様で割とピンピンしてますよ。ありがとなリード、重かったろ?」
「困った時はお互い様ですよ、コール」
「異常なしです、小隊長!」
「…もろに出血していただろうヘイズ、お前は」
ベネットが言うように、ヘイズの傷はそこそこ深いものだったはずだ。それこそコールも同じく。であるのに、思いの外2人はピンピンしていてマーサーは拍子抜けした。
「…まあ、問題ないのならいいが」
「小隊長、もしかして石塁を?」
「ああ、破壊し、侵攻せよとの伝令だ。それで、作戦伝達の前にお前達の見舞いでもと思ったんだ」
「相変わらず無茶言いますね、お偉方は。さあお前の出番だぞベネット、撃ちぃ方始め〜!」
「分隊長が人に悪口を言わせるのか?」
「ぐっ!お前はいつからそんな良い子に…」
「ベネットは少し無愛想なだけでずっと良い子ですよコール?」
「そんな…嘘だ…!ベネットはそんな動物番組のネコちゃん特集みたいなヤツじゃ…」
と、次の作戦の話からどういう経緯か、またしても炸裂するコールのおかしなノリが場を支配し始め、マーサーは眉を顰めて一つため息を吐いた。しかしすぐさま会話の輪から外れて神妙な面持ちで俯き気味になって黙っているヘイズに気づいた。
「…ヘイズ、どうしたーー」
「小隊長、僕も連れてってください!」
突然、予想外の言葉を受けたマーサーは酷く狼狽えた。
「ヘイズ、今のお前がやるべきことは、休むことだ」
「嫌です、ここでじっと休んでいるだけなんてできません!」
どうしたものかと声をかけようとすると、突然必死な声色でそう声にするヘイズ。すぐに諌めようとするも、ヘイズはまるで駄々を捏ねる子供のように、マーサーの言葉を聞き入れようとはしなかった。
「どうしたんだよヘイズ、お前らしくないじゃねぇか?」
「だって、壁ばっかり高くて、向こう側も見えないのに一方的に撃たれて…。隊長達は…、なのに自分だけ…」
「…ヘイズ」
「ッ!」
コールが聞いても、やはり聞こえていないかのように応えを返さず、うわごとのように肩を震わせて不安を吐露するヘイズ。もちろん、あまりそういうことを言うのは良くない。良くないが、いくら元気印といえどヘイズはまだ若い。
マーサーやコールは自らの若かりし頃を思い出した。そして、自分を気にかけてくれた、頼もしいリーダーの存在も。コールが静かにヘイズの名を呼んで、ヘイズは初めて口を止めた
「ヘイズ。お前の中のハンター6は、どんな隊長だ?」
「僕の中の…ハンター6…」
「そうだ」
ヘイズは俯き、再び沈黙した。今度は余裕の感じられる、落ち着いた表情で。そしてしばしの後、ポツリポツリと呟き始めた。
「…強くて、頼りがいがあって」
「ああ」
「いつも冷静で、だけどみんなを大切に思ってる」
「そう、俺たちの誇りだ」
コールは先ほどと打って変わって、とても慈愛に満ちて、それでいてどこか少年じみた真っ直ぐな眼差しでそう言った。マーサーも、そしてベネットとリードも、口を開くことはできなかった。
「ヘイズ。それでも…、お前は戦うか?」
この時だけ、コールはヘイズの目を真っ直ぐに見据えた。その言葉を聞いて、ヘイズはゆっくりと、首を横に振った。コールは、鼻から抜けるような声でフッと苦笑した。
「そう、それでいい。ただ一つ、俺たちの隊長を信じる。お前も、俺も、そして他の奴らも」
「だから、ハンター小隊は誰一人欠けない」
「わかりゃあ良いのさ」
もはやヘイズの目には一点の迷いもなかった。先程まで肩を振るわせていた若き兵士の姿は、もはやどこにもなく、活気に満ちていた。
「それでこそヘイズです」
「…うちの元気印はこうでなくてはな」
先程まで静かにしていたリード、そして普段はいまいち表情の読み取れないベネットも、この時ばかりはどこか安堵の表情を浮かべているようだった。