DEAF:PROLOGUE −THE EARLESS GHOST−   作:Str4y_Sh3ep

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8.狩人達

「…さて、ヘイズ」

 

「はい」

 

「お前が今、やるべきことを言ってみろ」

 

「僕がやるべきこと…。それは、休むことです」

 

「よろしい。…そろそろ時間だ。コールは引き続き、ヘイズの面倒を見てやってくれ。無論、お前も休息を摂ることを忘れるな」

 

「へへっ、ウィルコ」

 

「そんな…!まるで僕を子供みたいに!」

 

「仕方ねぇ、世話焼いてやるぜヘイズ!」

 

 再び悪戯っぽい笑みを浮かべて調子付くコール、。また面倒になる前にマーサーは部下二人を連れて早々に退散しようと試みた。

 

「あまりうるさくするなよコール…。リード、ベネット、行くぞ。作戦を伝達する」

 

「わかりました。行きましょうベネット」

 

「…無論だな」

 

 思いの外喋り込んでしまったが、予定には間に合うので問題ない。二人が丸椅子を片付けるのを待ち、すぐに収容区画を出発したマーサー、リード、ベネット。いよいよ次なる作戦が始まるのだ。マーサーの後ろを着いてくるリード、ベネットは胸を張り、再び気を引き締めるのだった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 時はすでに夕刻となっていた。日は西に傾き、空を黄金色に染める。しかし、今回ばかりはその夕焼けは、決して一日の終わり告げ、家路につく人々を抱きしめたあの暖かな光ではなかった。

 

 風が吹いている。わずかに、極めてわずかに。揺れ動く木々はまるで生きているかのようで、しかしそこに生気に満ち溢れた鮮緑はない。あるのは、黄金の光を貪る黒い影のみ。黒い魔物の住まう森だった。

 

 その中に数人の人影。隙間から差し込む木漏れ日が、細い光の筋となって闇に沈んでいた彼らの輪郭を縁取る。頭にヘルメット、胸元を覆うアーマー、腰にポーチやハンドガン、背にはバッグパックのようなものを背負っている。そして、胸元には肩幅二つ程度の短いライフル銃。いわゆるカービン銃だ。

 

 森の中を進みゆく彼らの歩は、極めて遅かった。一歩…、そしてまた一歩…。下ろす足は遅く、草を踏み潰す音も、軍服の擦れる音も、腰に下がるポーチ類の揺れる音さえそよ風に攫われた。

 

 もはや彼らの耳にはそよ風に煽られる木々のざわめきだけだった。彼らは相変わらず、ゆっくり…、ゆっくりと歩を進める。まるで止まりかけのぜんまい人形のようにゆっくりと、しかし決して止まることなく、遅くなることも、速くなることもなく歩いていく。

 

 一人の男の頬、そこを一筋の汗が伝う。耳を澄ましてみて、聞こえるのは森の鳴く音だけではなかった。早鐘を打つ心臓の鼓動、口から吐き出される荒い吐息がうるさい。それでも前へ歩む。

 

 右往左往するその眼は、そこで見えるあらゆる全てを見つめようとしていた。更に言えば、「動かされているものの中で、動いているもの」を見定めようとした。

 

 彼は頭の中である言葉を反芻していた。「怖さを捨ててはならない。だが、ただ怖がるのはやめろ」とは、彼の信じる言葉。…怖い、それでも、下がるわけにはいかない。なぜなら彼の、いや彼らの肩には、作戦の成功がかかっているからだ。

 

 なぜ、狩らずとも彼らは「狩人」と呼ばれるのか。答えは、彼らが狩るものは獲物ではなく、「不安」であるからだ。

 

 森を歩みゆく者、ハンター小隊の前には一人の男が立っていた。それは彼らが信じる者、狩人の象徴。彼らを束ね、しかし自らは誰よりも危険の中にあり、そして何があろうと帰る者。

 

 ハンター6は顔の斜め前へ右手を上げた。それを確認した後続の隊員が制止し、同じく右手を挙げて手信号を伝達する。するとハンター6は森の中のある一点をひたすらに凝視した。その間、他の隊員は別の場所に視線を向ける。彼が感じた違和感は、表面化した脅威の一端に過ぎないのかもしれないのだから。

 

 ハンター6が見つめていた箇所とはややズレた一点、彼は違和感を認めた。自身の位置からは20m以上先、そよ風に踊る草木が幾重にも重なるその箇所だけ、わずかに草が静止していたように見えた。

 

 ハンター6は顔を横に向け、右手の人差し指と中指を立てて、両目の前で指差す。彼の横顔と共にそのハンドサインを見た隊員たちは、胸に抱えていたカービンの銃口を自身の視線の先に向けた。利き手はグリップを握り、もう片方の手でハンドガードを持ち上げる。

 

 ハンター小隊全員が制止する中、ハンター6のみが前進する。火のないところに煙は立たない。違和感がある以上、その正体を見定めなければならない。

 

 一歩、また一歩と近づいていく。目的の位置まで残り5m。緊張を高め、グリップを握る手に力を入れる。すると、ガサりと草むらが揺れた。

 

 反射的に銃床を肩に置き、引き金に指をかけた。直後草むらから白茶けた小さな影が、勢いよく飛び出した。

 

(なんだ、敵かと思いきや)

 

 マーサーが銃口を少しずつ下げるにつれて、制止していたハンター隊員達も少しずつ前進していたのだが、マーサーの向こうで動く影を認めて、彼らも反射的に引き金に指をかけた時、マーサーがグリップから手を離して右腕を横に伸ばし、手のひらを後ろへ向けたのを見て歩みを止めて銃を下ろした。

 

 草むらから現れたのは野ウサギだった。その姿を確認した隊員も安堵のため息を吐きつつ、改めて銃を胸に抱えた。それを確認したマーサーは続いて右手を前へ突き出す。

 

 野ウサギが森の奥へその姿を消すのを尻目に、彼らは再び森の奥深くへとゆっくりと歩み出すのだった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 作戦を開始し、ハンター小隊が拠点を出発してからしばらく。作業班と警戒班は隊列を組んで待機しており、それぞれの班で自身の役割、持ち場を確認している。

 

 この時、中隊本部テント内は独特の静けさに満ちていた。ジリジリと咽び泣く無線機の前に座る通信役、パソコンを前に作戦資料を繰り返し確認している副官。ヘイル少佐は机に片手をついている。タブレットと地図、そして時計で視線を頻繁に往復させていた。

 

「…ハンター隊の出発から何分だ」

 

「10分です」

 

「定時連絡は」

 

「ありません、現在無線封鎖中です」

 

「…そうだったな」

 

 机に置かれたヘイルの手が硬く握り締められた。この10分間が途方もなく長いものに感じられた。それもそうだ。この作戦ではハンター小隊のクリアリングが要、奇襲を成立させるためには、やはり敵にこちらの動きを知られることなく先手を打つ必要がある。

 

 そのためにも、先刻の各小隊による複数地点での偵察を逆探知されていた事実を踏まえ、敵が森林内を潜行している、あるいは森になんらかの細工を仕掛けた可能性を視野に入れなければならない。作戦遂行の妨げになるものは、少ない方がいい。

 

 何より、この作戦においては、一つたりとも残らない方がいいだろう。西の見張り台たるアムレトを取り戻すことができなければ、世界に混沌が満ちる可能性さえあるのだから。故に狩人は沈黙している。無線での連絡も、確実な作戦遂行のためならばない方がいい。声色は風に流れ、獣を怒らせる。

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