これは、とあるいかれた世界の、さらに先の話

1 / 1
  

「黒糖さん、遅いですね⋯⋯」

「そうですね。気長に待っていましょう」

そう言ってから、金子は空気からトランプケースを生み出した。

「何度見ても、頭がおかしくなったかと思いますよ⋯⋯それ」

「じきに慣れますよ。私は慣れました」

 

そう、ここは───である。

───では、──とは違い、どんな常識も通用しない。

青井と金子、そして黒糖は───を知らぬままたどり着き、今もそこらを放浪する毎日であった。

 

「青井さん、暇つぶしにいかがですか?」

そう言ってから、金子はトランプケースからカードを放り出し、青井に目を向けた。

 

「ま、まあ⋯⋯暇ですしね」

 

下を見る。

さっきまでなかったものが、そこにあった。

一般的な家庭にありそうな、丸いタイプの座卓である。

この───では、当然のことだと受け入れ、青井は座卓を前に正座する。

 

「では、始めましょうか」

金子はカードを混ぜるとともに、座した。

 

それからときは流れ、青井は足を崩し、金子は正座を維持していた。二人はにらめっこをしていた。

 

本当ににらめっこで遊んでいるわけではない。青井の手元には一枚のカード、ハートのキングがある。

 

そして、目の前の金子が持つカードは二枚、青井には絵柄が見えないカタチになっている。

 

しかし、残りのカードは消去法的にわかってしまう。このハートのキングの相方、キングのカード。そして、ジョーカーである。そう、これはババ抜きだ。

 

青井はその顔にシワを寄せ、必死に考えた。金子はカードを二枚、扇のようにつまんでいた。もし、右のカードを手に取るようしたら、彼女はどう反応するだろうか? 行動には移せないものの、そんな思考が頭によぎった。

 

青井と金子の耳には、足音など届かない。

 

黒糖は来た道を戻っていた。

案の定、なにもなかったのだ。

───で彷徨う毎日に、黒糖は嫌気がさしていた。ただ───だけで、──にも──でもない、───に送られて、それならまだ──で───のほうがマシだ。

自身の後頭部をかりかり搔いても、その現実は変わりはしない。もう諦めていた黒糖は、遠目から青いものと金色のものを発見した。青井と金子だ。

 

よくやく戻ってこれたか、とほっとひと息が出た黒糖は、足早に歩みを進めた。

 

「ヒーローのご帰還でごぜえやす。なにをやってらしゃるんです?」

 

二人は、にらめっこで遊んでいる、わけではなさそうだった。

金子と青井の手に、トランプのカードがそれぞれ握られていた。

おそらく、今はババ抜きをしているのだろう。

 

「早く、どっちか引きませんか?」

 

青井に向いて言った。「す、すみません⋯⋯」と小さな声で返ってきた。

途中から来た黒糖であるが、カードの枚数が少ないからして、青井が引く側なのは明確であった。

 

「い、いきます」

 

その震える手で、引いた。

カードを二枚、その場に落とした。

 

「⋯⋯次、黒糖さんもやりますか?」

 

黒糖も参加し、今度は三人で始めた。

金子がカードを丁寧に集め、混ぜ、配る。

まず、三人は被ったカードを引き抜く作業があったので、それをしていた。

 

「今日の探索、どうでしたか?」

 

「まあ、ぼちぼちですかね。つっても、なんの成果も得られませんでしたが」

 

「それはそうでしょう。私たちもかなりの時間を過ごしていますし、この───がどういう場所かなんて、わかるはずありません」

 

「もう諦めるしかないんですかね」

 

「そのほうが楽だと思いますよ」

 

「そうですな」

 

「⋯⋯⋯」

 

会話に混ざれない青井である。

コミュニケーション能力が高くない青井にとって、会話が三人になった場合、彼女は空気となってしまう。

 

ほかの二人が会話をし、あうあう言う口をつむぎ、後ろから二人の会話をただ黙って聞いてるような、それが青井なのである。そう、だから、人間関係など無縁だと思ったゲームに参加して、それで、それで⋯⋯

 

「青井さん?」

 

青井はびくんと体を直した。

 

「疲れているんでしょうか?」

 

「私のほうがもっと疲れてますがね」

 

「黒糖さん⋯⋯」

 

だというのに、青井は、会話に混じれていた。人間関係なんて、と忌み嫌っていた青井だった。なのに、なのにである。

 

「⋯⋯⋯」

 

「⋯⋯青井さん?」

 

「お腹でも壊しましたかね?」

 

息を吐いて、心のなかの気持ちを吐き出すように、口を開いた。

 

青井は二人に向かって「まず、じゃんけん、しましょう」と言った。

 

青井の顔は、眩しいほどほころんでいた。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。