「黒糖さん、遅いですね⋯⋯」
「そうですね。気長に待っていましょう」
そう言ってから、金子は空気からトランプケースを生み出した。
「何度見ても、頭がおかしくなったかと思いますよ⋯⋯それ」
「じきに慣れますよ。私は慣れました」
そう、ここは───である。
───では、──とは違い、どんな常識も通用しない。
青井と金子、そして黒糖は───を知らぬままたどり着き、今もそこらを放浪する毎日であった。
「青井さん、暇つぶしにいかがですか?」
そう言ってから、金子はトランプケースからカードを放り出し、青井に目を向けた。
「ま、まあ⋯⋯暇ですしね」
下を見る。
さっきまでなかったものが、そこにあった。
一般的な家庭にありそうな、丸いタイプの座卓である。
この───では、当然のことだと受け入れ、青井は座卓を前に正座する。
「では、始めましょうか」
金子はカードを混ぜるとともに、座した。
それからときは流れ、青井は足を崩し、金子は正座を維持していた。二人はにらめっこをしていた。
本当ににらめっこで遊んでいるわけではない。青井の手元には一枚のカード、ハートのキングがある。
そして、目の前の金子が持つカードは二枚、青井には絵柄が見えないカタチになっている。
しかし、残りのカードは消去法的にわかってしまう。このハートのキングの相方、キングのカード。そして、ジョーカーである。そう、これはババ抜きだ。
青井はその顔にシワを寄せ、必死に考えた。金子はカードを二枚、扇のようにつまんでいた。もし、右のカードを手に取るようしたら、彼女はどう反応するだろうか? 行動には移せないものの、そんな思考が頭によぎった。
青井と金子の耳には、足音など届かない。
黒糖は来た道を戻っていた。
案の定、なにもなかったのだ。
───で彷徨う毎日に、黒糖は嫌気がさしていた。ただ───だけで、──にも──でもない、───に送られて、それならまだ──で───のほうがマシだ。
自身の後頭部をかりかり搔いても、その現実は変わりはしない。もう諦めていた黒糖は、遠目から青いものと金色のものを発見した。青井と金子だ。
よくやく戻ってこれたか、とほっとひと息が出た黒糖は、足早に歩みを進めた。
「ヒーローのご帰還でごぜえやす。なにをやってらしゃるんです?」
二人は、にらめっこで遊んでいる、わけではなさそうだった。
金子と青井の手に、トランプのカードがそれぞれ握られていた。
おそらく、今はババ抜きをしているのだろう。
「早く、どっちか引きませんか?」
青井に向いて言った。「す、すみません⋯⋯」と小さな声で返ってきた。
途中から来た黒糖であるが、カードの枚数が少ないからして、青井が引く側なのは明確であった。
「い、いきます」
その震える手で、引いた。
カードを二枚、その場に落とした。
「⋯⋯次、黒糖さんもやりますか?」
黒糖も参加し、今度は三人で始めた。
金子がカードを丁寧に集め、混ぜ、配る。
まず、三人は被ったカードを引き抜く作業があったので、それをしていた。
「今日の探索、どうでしたか?」
「まあ、ぼちぼちですかね。つっても、なんの成果も得られませんでしたが」
「それはそうでしょう。私たちもかなりの時間を過ごしていますし、この───がどういう場所かなんて、わかるはずありません」
「もう諦めるしかないんですかね」
「そのほうが楽だと思いますよ」
「そうですな」
「⋯⋯⋯」
会話に混ざれない青井である。
コミュニケーション能力が高くない青井にとって、会話が三人になった場合、彼女は空気となってしまう。
ほかの二人が会話をし、あうあう言う口をつむぎ、後ろから二人の会話をただ黙って聞いてるような、それが青井なのである。そう、だから、人間関係など無縁だと思ったゲームに参加して、それで、それで⋯⋯
「青井さん?」
青井はびくんと体を直した。
「疲れているんでしょうか?」
「私のほうがもっと疲れてますがね」
「黒糖さん⋯⋯」
だというのに、青井は、会話に混じれていた。人間関係なんて、と忌み嫌っていた青井だった。なのに、なのにである。
「⋯⋯⋯」
「⋯⋯青井さん?」
「お腹でも壊しましたかね?」
息を吐いて、心のなかの気持ちを吐き出すように、口を開いた。
青井は二人に向かって「まず、じゃんけん、しましょう」と言った。
青井の顔は、眩しいほどほころんでいた。