アンタッチャブルと呼ばれ恐れられている四葉にも平和な時間はあったのだ。
「六花、六花どこにいるの。」
「早く来て頂戴。」
広い屋敷に二人の少女たちの可愛らしい声が響く。
一人目は四葉真夜。
将来「極東の魔王」・「夜の女王」などたいそうな名前で呼ばれるが、今は姉とお世話係にべったりな甘えん坊である。
二人目は四葉深夜。
成長して禁忌とされる精神構造干渉を唯一扱う魔法師になるが、今はただの妹思いの優しい子である。
「はい、お嬢様。どうされましたか。」
長い廊下の奥から小走りでやってきたのはパンツスタイルのスーツを纏った妙齢の女性だった。垂れ目と下がり眉が気弱そうにみえるが序列3位の執事である。真夜と深夜が生まれてからは専属の側付になった。
「おけいこの時間がおわったの。」
「3時だからおやつにしましょう。」
少女たちはおねだりをしながら六花と呼ばれた女性に駆け寄る。
「そうでしたか。ならお茶の準備を致しますね。あと、淑女は何時でも優雅であれですよ。」
六花は足元にまとわりつく二人に優しく微笑み、軽く諭すと部屋に送り届けた。
「この紅茶美味しいわ。」
「クッキーも甘くて美味しいわよ。」
「ふふふ。喜んでいただけて何よりです。」
良い紅茶の香りが充満する部屋に3人の談笑する様子があった。二人の話を六花が聞き、相槌を打つだけであったが和やかな雰囲気に包まれていた。
真夜と深夜はお世話係の六花が好きだったし、六花もまだ幼い主君を臣下として慈しんでいた。もしも、この日常がずっと続いたのなら深雪と達也の物語も少々異なるものになったかもしれない。
しかし、その未来は訪れなかった。
真夜が婚約者の七草弘一と台湾に行った時のことである。
深夜は留守番だったが六花は護衛の一人として付いていった。大人たちの間では真夜と弘一の仲を深める目的もあったため、真夜の側を離れて陰ながら使用人の統括者として振舞っていた。
油断はしていなかった。なんせ、二人は七草の後継ぎとその未来の妻である。六花は四葉の屋敷を出てから一切気を緩めたこともなかった。
しかし、その甲斐もなく一人の少女だけでなく、四葉全体の運命を揺るがす事件が起ってしまった。子ども達は傷つき、姉妹は仲違いし、女性は二度と日本の地を踏むことは無かった。
人知れず、瓦礫の間を蠢くものがある。
「諦めて、やるもんか。」
誰も知らない。
この世には魔法を越えた奇跡があると。
初めまして諸君。私の名前は和田文加。
現在、愉快な生活を送る一高に通う一年である。諸君、と呼び掛けているのは気にしないでくれ。私の持つある魔法の弊害だ。
さて、突然だが私には前世の記憶がある。
驚かないでくれ。
何と、あの四葉に仕えていた執事だ。
3歳の頃に思い出して、人知れず門外不出の御家事情を把握してしまった。
幼いながら厄介なことに巻き込まれたことを自覚した。
保育園児でお昼寝から覚めた時のことだった。天真爛漫に遊びまわっている子どもが急に大人しくなったものだから保母さんたちは大慌てだったよ。両親もしばらく心配していたが背伸びしたいお年頃何だろうと片づけた。
それから私はもう我武者羅に頑張ったさ。
もはやその姿は幼児にはあらず、ただの修羅なり。
冗談だ。
ただ、将来的に第一の関門である魔法科高校に入学できるようにいい子であっただけだ。私には非凡な才能がないからな。実力はともかく外面だけはエリートを装わなくてはならない。
ありがとう、諸君。ずる賢いは誉め言葉だ。
当初は私も内外ともに優秀な魔法師になろうと奮起した。立派に成長されたであろうお嬢様の側に仕えたいと志していた。
しかし、この身体は平凡な魔法技術しか習得できないと気づいてしまった。並みの魔法師では犯罪者でもない限り、四葉の目につくことは無い。ならばと別の方法を模索した。これでも今世での生みの親には感謝しているからね。彼らに迷惑をかけずにすむ方法がないのか考えた。
そして、成り上がるしかないという結論に達した。
たかが知れている魔法の実力を上げるよりも軍に入り、いざというときのために社会的な上の立場を目指すほうがよっぽどいい。運が良ければ工作員としての道も掴める。
間接的でもいいから手足になれる。
無論、役に立てるなら人体実験の被検体になることも厭わない。前世でのせめてもの罪滅ぼしのために肉体も精神も捧げる覚悟だ。
諸君にも分かるだろう?
何もできないことが一番辛いのだ。
だが、そうは思っても無関係の一般人が使われることは無い。
ちなみに技術者としては直感でしか魔法を使ったことがない私ではCADの扱い方さえ分からないため、他の人と差がかなりついてしまうことを理由に早々に諦めた。
私は肉体派だったのだ。
そこ、脳筋と言わない。言い返せないだろう。
そして、念願の一高に入り2年に上がった頃。私とお嬢様たちの止まっていた時間が遂に動き始めた。