諸君の中に横浜でゲリラ戦になると予想できたものはいるか?
いたらとてつもない先見の才があるか黒幕だな。
私には残念ながらそのようなことを思いつくような脳みそが備わっていないようだ。
「落ち着いて、迅速に逃げろ。」
会場で必死に民間人を中心に避難誘導をしているが、生徒会の方々の安否も気になる。特に七草先輩は弘一君の娘だ。あの娘に何かあったら、私は父子ともども守れなかったことになる。
護衛対象をまともに守れない者が貴人の従者を名乗ってよいのだろうか。
そのように頭で想いながら瓦礫で埋め尽くされた市街地を自らの能力を活用しながら走り回った。
そして、迷子になった。
仕方がないだろう。
ただでさえ土地勘がないというのに景観も崩れていたら現在地なんてすぐに見失ってしまうものなのだから。私を貶してもいいのは一度も迷ったことのない者だけだ。そう、人生という迷路にもね。
まだ冗談つけるほど余裕じゃないかって?
おいおい、これでも結構限界なんだぜ。多分、あと30分程度しかこの魔法は持たない。その間に生徒会と達也君たちに合流しないと。
「あれは。」
遠くに会長達の姿が見えた。五体満足な様子に安堵したのもつかの間、市原先輩が人質に取られた。先輩のことだから上手くやると思うが念のため能力は解かずに見守ろう。
予想通り、市原先輩は見事に一人でかたを付けた。
流石です。やっぱり、仕事のできる方は違いますね。私も見習いたいものです。
「おーい。」
今度こそ合流しようと能力を解除しようとした瞬間、深雪さんの背後で不穏な影が揺らいだ。
「文加ちゃん!!」
「文加!」
敵兵の首を掻っ切たのと、私の腹に鉛で穴が開いたのはほぼ同時だった。
相打ちとは私の腕も鈍ったものだ。この程度で四葉の人間になろうとしていたとは片腹痛い。今はどちらかというと臍の上辺りが一番痛いが。
七草先輩に続いて、市原先輩や他の人も駆け寄ってきてくれた。先程突き飛ばした深雪さんのほうを見やれば目を見開いて呆然としている。
「怪我はない?」
「は、はい。ありません。」
ああ、よかった怪我はないようだ。
達也君は別行動だったのか。あの子がいたら危険にさらされる前にどうにかできただろうに、怖がらせて悪かったね。
達也君は恐らく、深雪さんの護衛だろう。足運びや重心の移動が軍人に近いところから推測すると森崎の家よりも高度の訓練を受けているはずだ。なぜ兄妹で、という疑問はあるけれど深雪さんの十師族並みの魔法力から考えるとどこかと繋がっていてもおかしくない。
「市原先輩、今、和田はどこから。」
「文加さんは簡単に言うと人の認識から外れる魔法が得意なんです。本人によるとそのせいで自我を失いそうになるらしく滅多に使いませんが、恐らくそれを使ったのでしょう。」
先輩、人の魔法について勝手に話すなんてマナー違反ですよ。まあ、もうそんなことどうでもいいか。
「文加先輩、どうして。」
「どうしてって。助けるのに理由がいるの?」
か細い声が聞こえたと思ったら頬にこそばゆい感覚がした。魔法を使ったのか赤い腹は薄っすらと氷で覆われ出血は止まっていた。
美少女を泣かせるとは私はなんて罪な女なのだろう。
なんてね。
「先輩、もう少しだけ、もう少しだけでいいですから、意識を保ってください。お兄様が来たらこんな傷。」
おいおい、いくら達也君を慕っているとしても流石にそれは無茶があるぞ。悲しいことに美しい兄弟愛では心の傷は治せても体の傷は治せない。
「文加ちゃん、すぐにヘリで病院に連れていくから、だから。」
七草先輩、貴女は人の上に立つ者なんですから一介の人が撃たれたくらいで取り乱しては示しがつきませんよ。
諸君、そろそろ私は終わりかもしれない。身体がどんどん冷えていくような感じがして腹の痛みがだんだん気にならなくなってきたのだ。
「文加さん。寝ないでください。ほら、私の手が触れているのがわかりますか。」
「そうだ。しっかりしろ。」
でも、今度の死に方は悪くない。
前世と違って人に囲まれて死ねるのだから。
朦朧とした意識の中、最愛の人達とよく似た面影の少女に手を伸ばす。震える手がほっそりとした両手に包まれた。
「先輩。」
(六花)
四葉の人間ではないというのに本当に深雪さんはあの方々によく似ている。思い返せば、司波兄弟と親しくなったのもこの少女に懐かしさを覚えてしまったからだ。
理知的な顔、
淑女の影から時折のぞく年相応の幼さ、
そして、何よりも似ていると思ったのは夜空を切り取ったかのような艶やかな黒髪だった。
「お嬢様。」
深夜様、不肖の従者文加、いえ六花が貴女の側へ参ります。別れの挨拶なしに側を離れた大馬鹿者ですが、またお仕えさせてください。
真夜様、申し訳ございません。
今世では貴女のお役に立てませんでした。
お叱りはあちらで受けますから、だからどうか、どうかゆっくり来てくださいね。
先輩、同輩、後輩。二度の生を送った少女は親しい人に囲まれ、二度目の死を迎えようとした。それは一回目とは違い、未練のない安らかな最後になる、はずだった。
再び、奇跡が起きる。