三度目の正直   作:八田里

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三度目の正直

 息災かね。諸君。

 私は自分で思っているよりも案外しぶといようだ。黒い虫を想像した者は手を挙げなさい。殺虫剤をプレゼントしてやろう。

 次の夏はそれと新聞紙でやつらと戦え。

 

 「失礼します、文加先輩。今日はご両親が来られないと聞いたので何かやって欲しいことがあったら俺か深雪に言ってください。」

 「文加先輩、お加減はどうですか。花瓶の水を取り替えてきますね。」

 

 おっと、可愛い後輩達が今日もお見舞いに来てくれたようだ。ありがたいことに他の先輩方や同級生も週に1回顔を出してくれるのだが司波兄弟は交互に訪ねてくるため、両親ともすっかり顔見知りになってしまったようだ。

 

 意識のないときも様子を見に来てくれていたらしい。

 家族との涙と鼻水まみれの色々酷いの対面の場に、何故司波兄弟がいても気にしないのか驚いたがそれを聞いて合点がいった。

 

 父母が達也君、深雪ちゃん呼びしているのを目の当たりにして事実を受け入れざるを得なかったのだ。

 

 ここの病院も司波家の紹介らしい。治療後は七草先輩が実家と繋がりがある病院を世話してくださろうとしていたらしいのだが、恩人を他所にできないと司波兄弟の実家が動いたそうだ。十師族と同規模の病院と繋がりがあるとはやはり大きい家なんだな。

 

 諸君は個室の病室に入ったことはあるか?私は初めてだよ。下手なビジネスホテルよりも綺麗で調度品もしっかりしたものが備え付けられている。

 

 「ありがとう、司波兄弟。でも、そう連日来なくてもいいんだよ。学校があるでしょうに。」

 「ご心配には及びません。もしかしてご迷惑でしたか。」

 「いや、何もすることがないから迷惑ってことはないよ。」

 学校からの課題もないから、入院してからというもの手持ちぶたさである。

 

 深雪さんが花瓶を持って水道に行ってしまった。達也君は持っていた紙袋を近くのテーブルに置くと椅子を引っ張って腰を掛けた。

 

 「文加先輩。」

 「どうしたんだい、達也君。そんな改まって。」

 「妹の命を救ってくださって本当にありがとうございました。深雪は俺の全てですから。先輩がいなかったら深雪は。」

 「それ以上は言っちゃだめだよ。」

 達也君はつむじが見えるくらい深く頭を下げた。

 

 意識を取り戻してからずっと、司波兄弟は過保護と言ってもいいほど甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。同性である深雪さんが主に動いてくれるが達也君もなかなかの看護だ。父親が思わず変な邪推をしてしまうくらいに。

 

 チラッとだが深雪さんから彼は親御さんと上手くいってないと耳にしたことがある。そんな彼が心配だと。心許せる家族が自分の知らないところでいなくなるかもしれなかったのだ、それは残される側にも残す側にとっても怖いことなのだろう。

 

 渡辺先輩からとくに心配していたのが彼らだと聞いた。心配をかけた先輩として後輩にいたせりつくせりな現状はむず痒いが甘んじて受けなければならない。

 

 この子達の前では死にぞこなったとは口が裂けても言えないな。深夜様、貴女の元へ参上するには少々時間がいるようです。

 

 「お兄様、文加先輩を困らせては駄目ですよ。」

 「しかし、深雪。」

 「お兄様。」

 諸君、珍しいものを見たぞ。達也君と深雪さんの立場が入れ替わったようだ。

 

 「私だって文加先輩には深く感謝しておりますし、お気持ちは分かります。ですが何事にも限度というものがあります。あの話は既に伝えたのですか。」

 「いや、お前が戻ってからしようと思っていた。」

 

 達也君は帰ってきた深雪さんの言葉を受けて、彼女のための椅子をもう一脚持ってくると紙袋の中からA4サイズの書類を数枚出した。

 

 「これは生徒会から預かってきたものです。内容は先輩の転校できる学校のリストとなっています。」

 

 腹を銃で撃たれた後、魔法が使えなくなった。原因は不明だ。だから、実技で身を立てようとしていた私はリタイアしなければならなくなった。

 

 「データでも良かったのに。わざわざありがとうね。」

 「いえ、これも生徒会の仕事なのでお気になさらないでください。文加先輩は座学の成績もよいので希望した学校にまず落ちることはないだろうと中条会長が仰っていました。」

 「中条がまとめてくれたのか。」

 「はい、受験でお時間が取れないようですが七草先輩や渡辺先輩、市原先輩も気にかけておられましたよ。」

 過保護なんだから。いや、過保護にさせたのは私か。

 

 気づけば窓の外は真っ暗になっていた。高校生が外を出歩くにはよろしくない時間が迫ってきている。冬は日の入りが早いのだ。

 

 「今日もありがとう。もう遅いから早く帰りな。」

 「え、しかし。」

 「いいから。」

 

 少しでも病室に残ろうと渋る後輩達をなだめて、半ば追い出すように廊下に締め出した。薄味の夕飯を腹におさめて、何となくカーテンを開くと赤みがかった満月が浮かんでいた。あんまりにも綺麗だったからつい魔が差したのだ。

 

 こっそり病室を抜け出して外へ出た。

 日中は患者とその家族の声が響く中庭も夜はどことなく物悲しさが漂っている。病院から見えないように奥の東屋のほうに草に紛れながら進んでいった。

 

 ベンチに腰掛けると冷えた木の板が布越しにお尻伝わり、上着を着ているとはいえ寒い。外に出たことにすこしだけ後悔しているときだった。

 

 「今晩は。病室を抜け出すなんて医者泣かせの患者さんね。」

 夜を冠する貴婦人が目の前に現れた。

 

 「貴女は。四葉の。」

 「あら、私のことを知っているのかしら。真面目な学生さんね。」

 写真で見るよりも実際に見るとよく分かる。お嬢様は美しい女性に成長された。

 

 「四葉真夜様。」

 「隣に座ってもよろしいかしら。」

 「ええ、どうぞ。お掛けになってください。」

 

 諸君、私の隣に花も霞むような美女がいるぞ。羨ましいだろ。実は私も夢なのではないかと密かに手をつねっている。

 

 痛い。

 

 馬鹿なことをやりつつも右隣のお嬢様のことを横目で見る。幼い頃もどことなく気品のある風貌をしていたが、今のお嬢様は四葉をまとめるのに相応しい貫録も兼ね備えているように感じる。「司波」という分家を耳にしたことはないがこの病院も四葉の系列なのだろう。

 

 あの甘えん坊達がが大人になって、子どもがいてもおかしくない年齢になられた。いや、四葉のことだからもしかしたら世間に隠しているだけで既にいるのかもしれない。

 私が死んでから、お二人はどんな人生を歩まれたのだろうか。

 

 なんて思いを馳せているとお嬢様が口を開かれた。

 皆のもの静粛に。

 

 「貴女、後輩をかばって相打ちになったそうね。立派な先輩ですこと。」

 「いえ、体が咄嗟に動いただけのことです。敵の攻撃をもらってしまうとは格好つきませんね。」

 

 四葉にいた頃は対人訓練も真面目に取り組んでいたというのに、あんな最期を遂げても進歩できなかった。いや、命があるだけマシなのか。

 

 「怪我の具合はどうなのかしら。」

 「もう、すっかり良くなりましたよ。ただ、場所が場所なだけにこうして入院が長引いていますが。」

 

 実は抜糸も終わっている。しかし、銃弾が命の代わりに私のあるものを奪ったせいで色々面倒なことになっている。

 

 「初めての戦いで命を落としかけたというのに冷静ね。」

 「無我夢中でしたから。今一つ、実感がないのです。」

 「でも、子どもを産めなくなったのでしょう?」

 いつの間にか真夜様は隙間がなくなるほど横に詰めていて、手を私のお腹に添えた。

 

 「それは。」

 鉛は厄介なところに穴をあけた。両親しか知らないことだが私はこの先新しい命を生むことが出来なくなったらしい。

 

 「それに魔法も使えなくなったと聞いたわ。貴女はこれからどうするつもりなの。」

 「そうですね。自衛隊でも目指しましょうか。一人でも親の老後を見るくらい稼げるとおもうので。」

 「学生らしくないのね。つまらないわ。小学校の将来の夢に公務員と書くような子どもだったのかしら。」

 「そこまで真面目な子どもではありませんでしたよ。夢もちゃんとありました。」

 

 私にも叶えたい夢があった。真夜様の手をそっと外す。できればこの手に傅きたかったと言ったら困らせてしまうのでしょうか。

 

 「それは何?」

 「え、えっと、それは別にいいじゃないですか。四葉の当主ともあろう者が一介の学生に随分立ち入るのですね。」 

 

 「私も女を奪われたから。」

 「え。」

 「貴方ぐらいの年の子はもう知らないのかしらね。台湾で闘争に巻き込まれたときに女としての幸せも将来も奪われたのよ。」

 

 そういいながら己の臍の辺りを軽くさするお嬢様。弘一君が別の人と結婚していることから何かあったのだと予想していましたが、まさかそんなことになっていたとは。

 

 「真夜様。」

 「魔法の有無を除けば私と貴女は同じなの。」

 「そんな。」

 私はお嬢様を守れたと思っていましたが、本当は守れていなかったのですね。

 

 「申し訳ございません。」

 「なぜ謝るの。」

 

 真夜様が訝し気な顔をしているのがぼやけた視界でも分かる。謝罪の真意が伝わらないのは理解している。だけど、この不忠者は自分の不甲斐なさが情けなくて仕方がないのです。

 

 「ほら、涙を拭きなさい。私もつい立ち入った話をして悪かったわ。」

 「いえ、真夜様は悪くありません。」

 「怪我人に無理をさせるのは悪いことなのよ。同じ境遇だと聞いたからつい声をかけてしまったわ。早く、病室へお帰りなさい。」

 

 お嬢様は変わらずお優しい方だ。赤の他人の身も案じておられる。これが主従の最後の逢瀬なら、今だけは六花として伝えなくてはならない。

 

 「私の夢は単純な願いから始まりました。会いたい人たちがいたのです。以前、ある人達を残して遠くにいってしまったことがありました。年下の可愛らしい姉妹で無邪気に甘えてくれましたのに、私はその子達の大変な時期に側を離れてしまったのです。うだうだとしている間に片方は亡くなってしまいました。もう片方の子も最早こんな薄情者のことは忘れていることでしょう。それでも、私は少しでもその方に近づきたくて。優秀な魔法師になれたらまた側に置いてくださるかもしれないと思って今日まで研鑽を積んできました。」

 

 既に東屋から出た真夜様がゆっくりと振り返る。

 お嬢様、これが私の忠義です。

 

 「不肖、六花。只今、戻りました。」

 

 黄泉から舞い戻った従者と極東の魔王と恐れられる貴婦人。満月の下見つめあう二つの影は、まるでお伽話のようだった。永遠のように感じられた静寂はしかし実際のところ一瞬だった。

 

 「貴女、今何か言ったかしら。」

 「え。」

 「もう、遅いわ。危ないから戻りなさい。」

 

 そう言って美しい人は闇夜に紛れてしまった。

 あとに残るのは阿呆だけ。

 

 ハハ、諸君、振られてしまったよ。一世一代の告白だったのに。

 夜はこんなに冷えるものだっただろうか。

 時の流れをこれほど恨めしく思ったことはない。 

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