戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
佐々木海斗には、前世の記憶があった。
……とはいっても、すべてを鮮明に覚えているわけではない。
自分がどんな人生を歩んでいたのか。
家族は誰だったのか。
どんな夢を持っていたのか。
そのほとんどは、霧の向こうに隠れてしまっている。
ただ一つだけ。
どうしても忘れられないものがあった。
歌。
少女たちの叫び。
絶望の中でも諦めない姿。
そして――世界を救うために戦う、少女たちの物語。
その記憶が、後に自分をどれほど苦しめることになるのか。
五歳の海斗は、まだ知らなかった。
◇
佐々木海斗の二度目の人生は、平凡だった。
朝起きて。
ご飯を食べて。
幼稚園へ行って。
友達と遊ぶ。
そんな当たり前の日々。
ただ、周囲の子どもたちと少し違うところがあるとすれば、海斗は妙に落ち着いた性格だったことだ。
同年代の子どもたちが走り回る中で、一人静かに本を読む。
喧嘩が起きれば、どちらかが悪いと決めつける前に理由を考える。
先生からは、
「海斗くんは大人しいけど、よく周りを見ているね」
と言われることが多かった。
本人としては、ただ前世の名残で少し考え方が大人びているだけだった。
それでも。
海斗は思っていた。
(普通に生きたい。)
特別なことなんていらない。
二度目の人生くらい、穏やかに過ごしたい。
そう願っていた。
あの日までは。
◇
春。
近所の公園。
桜が舞う中、海斗は砂場で一人遊んでいた。
別に友達がいないわけではない。
ただ、今日はなんとなく一人でいたかった。
砂を掘りながら、ぼんやり空を見る。
その時だった。
「ねえ!」
突然、声をかけられた。
振り向く。
そこにいたのは、一人の少女だった。
短い髪。
太陽みたいな笑顔。
手には泥だらけのスコップ。
そして――。
「あっ!」
少女は勢いよく走ってきたと思ったら、何もない場所で盛大につまずいた。
「いたた……」
海斗は思わず立ち上がる。
「大丈夫?」
すると少女は、膝についた砂を払いながら笑った。
「うん! 大丈夫!」
泣かない。
怒らない。
むしろ楽しそうだった。
そして。
泥だらけの手を海斗へ差し出す。
「わたし、立花響!」
「いっしょに遊ぼう!」
海斗は少し戸惑った。
初対面の相手に、ここまで自然に近づける人間がいることに驚いたのだ。
「……僕は、佐々木海斗。」
「かいと!」
響は嬉しそうに名前を呼ぶ。
「じゃあ、かいとね!」
その瞬間。
なぜか胸の奥が温かくなった。
それが、すべての始まりだった。
◇
それから響は、毎日のように海斗の前へ現れた。
「かいとー!」
朝になると迎えに来る。
「今日は何する?」
「昨日は鬼ごっこだったから……」
「じゃあ今日も鬼ごっこ!」
「同じじゃない?」
「楽しいからいいの!」
そんな会話を何度繰り返しただろう。
響は本当に太陽のような子だった。
転んでも笑う。
失敗しても諦めない。
誰かが泣いていれば、自分が遊んでいる途中でも駆け寄る。
海斗はそんな響を見て、何度も思った。
(この子は、すごいな。)
自分にはないものを持っている。
真っ直ぐで。
優しくて。
眩しい。
だからこそ。
海斗は知らなかった。
彼女が数年後。
世界を救うために戦うことを。
そして。
その未来が、決して優しいものではないことを。
◇
夏。
響の家。
二人でテレビを見ていた。
「かいと、これ食べる?」
響がポテトチップスを差し出す。
「ありがとう。」
「えへへ。」
何でもない日常。
海斗はこの時間が好きだった。
テレビではニュース番組が流れている。
最近人気になっている歌手。
『ツヴァイウィング』
二人の少女が歌う映像。
海斗は何気なく眺めていた。
その時。
『続いて、認定特異災害ノイズについて――』
その言葉を聞いた瞬間。
世界が止まった。
「……え?」
頭の奥が痛む。
知らないはずの記憶が。
忘れていたはずの記憶が。
一気に蘇る。
黒い怪物。
崩壊する街。
歌いながら戦う少女たち。
風鳴翼。
天羽奏。
そして――。
立花響。
「……嘘だろ。」
声が震える。
理解してしまった。
ここは。
この世界は。
「戦姫絶唱シンフォギア」の世界だ。
◇
海斗は隣を見る。
そこには。
何も知らずにポテトチップスを食べている少女。
立花響。
未来では。
胸にガングニールの破片を宿し。
命を狙われ。
傷つき。
それでも誰かを救うために戦う少女。
「かいと?」
響が首を傾げる。
「どうしたの?」
心配そうに近づいてくる。
その小さな手が、海斗の手に触れた。
温かかった。
生きている。
今はまだ。
ただの普通の女の子だ。
海斗は震える手で、その手を握り返した。
「……なんでもない。」
嘘だった。
全然、なんでもない。
「響。」
「ん?」
海斗は言葉を探す。
未来を知っているなんて言えない。
怖い運命が待っているなんて言えない。
だけど。
一つだけ決めた。
「……絶対に守る。」
「え?」
「なんでもない。」
響は不思議そうに笑った。
その笑顔を見ながら、海斗は拳を握る。
未来は変えられないかもしれない。
自分には力なんてないかもしれない。
それでも。
諦める理由にはならない。
その夜。
誰にも知られず。
海斗の決意に呼応するように。
遠い場所で眠っていた一つの聖遺物が、かすかに光を放った。
白銀の剣。
守護の聖遺物。
後に海斗の運命を変える存在。
――アロンダイト。
その目覚めは、まだ小さな始まりに過ぎなかった。