戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
特異災害対策機動部二課のラボ。深夜、誰もいない室内に、モニターの冷たい光だけが明々と灯っていた。
画面に映し出されているのは、先日の科学工場での戦闘データ。特に、佐々木海斗の纏う『アロンダイト』が放った、あの純白の光──『聖域治癒(サンクチュアリ・ヒール)』の波形データだった。
「ふふ……、あはははは! 素晴らしい、素晴らしいわ、アロンダイト……!まさかここまでとは思わなかったわ!」
誰もいない室内で、櫻井了子──フィーネは狂気的な歓喜の声を漏らし、狂おしそうに画面を指でなぞった。
データが示していたのは、驚くべき真実。
アロンダイトの放った守護の波動は、天羽奏のフォニックゲインを爆発的に上昇させ、LiNKER(リンカー)による肉体への拒絶反応を完全に無効化していた。
(この力があれば……劇薬(LiNKER)など使わずとも、あらゆる聖遺物の適合率を無制限に引き上げ、都合のいい人形として機能させられる可能性がある。何より、あの気高き『騎士の盾』の特性……私だけのものにしたいわ……!)
フィーネの肉体に刻まれた先史文明の情動が、海斗の持つイレギュラーな力、そして彼そのものへの歪んだ執着へと変貌していく。
了子は即座に通信を開き、潜伏先にいる雪音クリスへ冷徹な、しかしどこか弾んだ声で命じた。
「クリス。次の作戦だけど、ガングニールの出来損ないや風鳴翼は放っておきなさい。……『佐々木海斗』、あの少年を、生かしたまま私の元へ攫ってきなさい。傷一つ、つけてはダメよ?」
「……は? あいつを……?」
通信の向こうで、クリスは呆然とした声を上げた。
画面越しでもわかるほど、海斗のデータを見てお熱になっているフィーネの姿。それを見たクリスの胸の奥に、言葉にできない不快感──そして激しい嫉妬の炎がチリチリと燃え上がった。
(なんなんだよ、あいつばっかり……!フィーネがあんな顔するなんて……。だけど……)
クリスの脳裏に、「お前を一人にしない」と叫び、自分を文字通り命懸けで守ろうとした海斗の必死な眼差しが過る。
(あいつは、あたしを『雪音クリス』として見てくれた。そんなあいつを、本当に攫って、フィーネの実験体にさせなきゃいけないのか……?)
心に生じた小さな疑問の楔が、クリスの引き金を重くさせていた。
◇
翌日の午後。
フィーネの命令に葛藤を抱えたまま、クリスは素顔を隠すようにフードを深く被り、賑わう町中を目的もなく歩いていた。行き交う幸せそうな人々が、孤独な自分の心をさらに締め付ける。
「あ……」
雑踏の向こうから歩いてくる人影を見て、クリスは思わず足を止めた。
白の私服に身を包んだ、佐々木海斗だった。二人の視線が、不意に真っ直ぐ交錯する。
「──ッ!?」
クリスは全身の血が逆流するほどの衝撃に動揺し、咄嗟に魔弓『イチイバル』のペンダントに手をかけようとした。
しかし、海斗は慌てて両手を挙げ、穏やかな苦笑いを浮かべて首を振った。
「待ってくれ、クリス。ここは町中だ。見ての通り、俺は戦うつもりなんてないよ。……少し、話さないか?」
海斗の落ち着いたトーンに、クリスは毒気を抜かれたように腕を下ろした。周囲は一般の買い物客で溢れている。ここでシンフォギアを纏えば、大惨事になるのは目に見えていた。
「……チッ。一時停戦だ。変な真似したら、ぶち殺すからな」
フンと顔を背けるクリスを連れて、海斗は少し開けた広場のベンチへと移動した。
「……何だよ。あたしはテロリストなんだぞ。捕まえるなら今なんじゃないのか?」
並んでベンチに座りながら、クリスは膝の上の拳を握りしめ、突っぱねるように言った。海斗は静かに、彼女の横顔を見つめる。
「俺は、お前を捕まえるために戦ってるんじゃない。……クリス、もうこんなことは止めろ。町中でノイズを呼び出して、罪のない人たちを巻き込むのも、響たちと傷つけ合うのも、もう終わりにするんだ」
「うるさいッ……! あんたに何がわかるんだよ!」
クリスは悲痛な声を絞り出す。
「あたしには……こうするしか、居場所がないんだ! あいつの言う通りに動かなきゃ、あたしは……!」
「居場所なら、俺が作る。お前が一人で泣かなくていい場所を、絶対に。だから──」
海斗の真っ直ぐな言葉が、クリスの頑なな心を激しく揺さぶる。
了子への恐怖と依存、海斗が差し伸べてくれる温かい手。その狭間で、クリスは激しく悩み、どうしても納得の答えを出せずに唇を噛み締めて俯いた。
──その時、二人のいる広場の空間が、不気味に歪んだ。
「──え?」
けたたましい警報音が町中に響き渡るのと同時に、空間の裂け目から、あの赤く禍々しい『認定特異災害ノイズ』の群れが、突如として町中に出現した。悲鳴を上げて逃げ惑う人々。
「ノイズ……!? クソ、どうしてこんなタイミングで……!」
海斗が即座に立ち上がる。
クリスもまた、驚愕に目を見開いていた。このノイズの出現は、彼女の意志ではない。すなわち、櫻井了子が仕組んだ『強制的な強襲』であることを意味していた。