戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
カ・ディンギル崩壊の決戦から数ヶ月。
過剰なフォニックゲインの摂取と、暴走エネルギーを肩代わりしたことによる超重傷からようやく回復した海斗は、特異災害対策機動部二課の医療エリアで最終検査を受けていた。
すべての数値が正常であることを確認し、最後に残されたのは司令──風鳴弦十郎による直接の問診(という名の雑談)だった。
「よし、身体の調子は万全、ギアの適合係数も安定しているな。いやあ、本当によく戻ってきてくれた、海斗くん」
「お気遣いありがとうございます、司令。皆さんのおかげで、すっかり元通りです」
パイプ椅子に深く腰掛け、海斗はホッとした表情を浮かべる。これでようやく、長かった闘病(リハビリ)生活ともおさらばだ。
だが、弦十郎は手元の資料を閉じると、ふっと悪戯っぽい笑みを浮かべて身を乗り出してきた。
「時に海斗。肉体の健康は確認できたが……精神の健康、ひいては健全な男子高校生としての『活力』を測るために、一つプライベートな質問をしてもいいかね?」
「はあ、メンタルチェックですか?何でもどうぞ?」
「うむ。ズバリ……**君の好きな女の子のタイプはどんな娘だ?**」
「……はい?」
あまりに想定外の質問に、海斗は素で固まった。
◇
その頃、査問室へと続く分厚い鉄扉のすぐ外では──。
「(……あ、あれ? まだお話、終わらないのかな……?)」
今日こそは退院する海斗と一緒に帰ろうと、お見舞いのフルーツ籠を持った響が、廊下でそわそわと聞き耳を立てていた。
防音性の高い扉ではあるが、内蔵されたマイクの音声が、廊下の管理パネルからうっすらと漏れ聞こえていたのだ。
「何してんだ、お前?」
「あ、クリスちゃん!奏さんも!」
「ふふ、響。海斗の様子を見に来たら、随分と不審な体勢で固まってるじゃないか」
怪訝な顔のクリスと、面白がる奏。
その後ろでは、翼と緒川が「やれやれ」といった様子で呆れ顔を浮かべている。
『……ズバリ、君の好きな女の子のタイプは──』
スピーカーから漏れ出た弦十郎のデカい声に、その場の空気が一瞬で凍りついた。
「「「「「ッ!?」」」」」
次の瞬間、響の目が獣のように見開かれ、クリスは持っていたカバンを落とし、奏は「ほう?」と口元を釣り上げる。
三人は吸い寄せられるように、管理パネルのスピーカーへと限界まで耳を近づけた。
「お、お前たち、盗み聞きなど防人の風上にも──」
「静かにして翼さん!今、人生で一番大事なとこだから!!」
「た、立花……!?」
響の見たこともない形相の圧に、翼が思わず気圧される。
緒川は額を押さえて天を仰いだ。
◇
室内の海斗は、もちろん外の修羅場など知る由もない。
(好きなタイプ、か……。こっちの世界に来てからは戦ってばかりで、そんなこと考える余裕もなかったな。そもそも、特に意識してる娘もいないし……)
困った海斗は、仕方がなく"前世(オタクだった頃)に二次元のキャラクターやリアルで可愛いと思っていた女の子の特徴"を、記憶の底から適当に引っ張り出して答えることにした。
前世の彼は生粋の日本人である。
当然、その好みは極めてオーソドックスな「和風の美少女」に偏るわけで──。
「そうですね……。やっぱり、髪は染めていない、艶のある綺麗な黒髪のミディアムボブが良いですね。肩にかかるかかからないかくらいの絶妙な長さで、前髪が綺麗に揃っているのが一番落ち着きます」
『──ッ!!!』
スピーカーの向こうで、誰かが息を呑む音が聞こえた気がしたが、海斗は気にせず話を続けた。
「あとは、性格ですかね。いつも一生懸命で、ちょっとおっちょこちょいな誰かのことを、一歩引いて優しく、でもすごく一途に支えてくれるような……健気で、包容力のある娘が理想です。……あ、あと、料理が上手だったりすると最高ですね」
「ほうほう、なるほど! 黒髪のミディアムボブで、家庭的で、一途な包容力、さらに胃袋まで掴んでくるタイプか! 実に素晴らしいじゃないか!」
◇
──その瞬間、廊下のスピーカーの前は、
文字通り**『阿鼻叫喚の地獄絵図』**と化した。
「黒髪……ミディアムボブ……前髪がきれいに揃った絶妙な長さ……誰かを一途に支える包容力……料理上手……っ!」
響が、ガチガチと歯の根を鳴らしながらブツブツと呟く。
その脳裏には、今日この場にいない、幼馴染の少女の姿が200%の精度で具現化していた。
「……ッ、未来(みく)だああああ絶対未来だよおおおおお!!髪型の指定まで完全に未来そのものだよおおおおおッッ!!!???」
「な、なんだってええええええええええっッ!!???」
響の絶叫に、クリスが頭を抱えて飛び上がった。
「黒髪ミディアムボブだとぉぉ!? クソッ、あたしは白髪でめちゃくちゃボサッとしてるし、ツンデレだし、料理なんてまともに作ったことねぇよ!なんだよ包容力って!あたしにそんな母性あるわけねぇだろちくしょうめえええええ!!」
「ちょ、ちょっと待ちなお前ら! 落ち着きな──」
奏が二人をなだめようとするが、自身の鮮やかな赤いロングヘアと、戦闘的なスタイルを想起し、すぐに笑顔が引きつる。
「……待てよ? あたし、黒髪でもなけりゃボブでもない。一歩引いて支えるどころか最前線で槍振り回して、家庭的とは程遠いサバイバル生活だよ!包容力(胸)なら自信あるけど……海斗、あんた、あんなお淑やかで料理の得意な大人しい娘(※未来のこと)が好きなの……っ!?」
「な、何が起きているんだ一体……!」
一人だけ文脈に置いていかれた翼が混乱する。
「黒髪……!髪型なら私もこの中なら黒髪に近い髪だが、ボブではなくロングだ……!いや、私は防人、誰かを一歩引いて支える家庭的な要素など──というか、なぜ私は今、海斗の好みに自分を照らし合わせているんだッ!? 不覚……不覚だぞ風鳴翼ッ!!」
勝手に自爆して顔を真っ赤にする翼。
「わ、わあああああ! 未来! 未来のバカああん! 今日はお留守番のくせに、なんで海斗くんの心を完璧にキャッチしてるのズルいよおおお!今日から毎日髪の毛黒く染めて、ボブに切り揃えて、大人しく一歩引いて歩く練習するよおおおお!!」
「おい、待て!あたしもやる!まずはこのボサ髪をなんとかして髪を切るところからだ!!」
「お前たち、落ち着きなさい!緒川さん、ハサミと黒染めスプレーの手配を……って、違うわよ!私も何を焦っているのサッ!!」
廊下で繰り広げられる、少女たちの強烈な嫉妬とアイデンティティ崩壊の嵐。
もはや緒川一人では止められないレベルのカオス空間が形成されていた。
そして、緒川は考えるのを辞めた。
◇
「……ん? 司令、なんか外、めちゃくちゃ騒がしくないですか?」
防音扉越しにもかすかに響いてくる「未来」だの「料理上手」だのという絶叫に、海斗は不審そうに首を傾げた。
弦十郎は、すべてを察したように冷や汗を流しながら、苦笑いを浮かべて立ち上がる。
「いやあ……健康そのもののようで何よりだ、海斗くん。どうやら、外に君の退院を首を長くして待っている『強敵(とも)』たちがいるようだぞ。……命の保証はせんが、しっかりな!」
「え? 司令? 何ですかその、決戦前みたいな目は──」
ガチャン、と重々しい鉄扉が開く。
そこには、なぜか全員が般若のような形相(翼は茹でダコのように真っ赤)で、じっと自分を睨みつけている装者たちの姿があった。
「あ、みんな、お待たせ。……って、どうしたのその顔? 響、なんでフルーツ籠を武器みたいに構えて──」
「海斗くん……お話、詳しく聞かせてもらおうかな……!!」
一歩、また一歩と迫り来る響たちの凄まじいプレッシャーに、海斗は本気で冷や汗を流すのだった。