戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
第三十八話 英雄失格
光と音が交錯する、熱狂のドームステージ。
日本が誇るトップボーカルユニット「ツヴァイウィング」の風鳴翼と天羽奏、そして彗星のごとく現れた謎の歌姫、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。
世紀の合同ライブのボルテージは、今まさに最高潮に達していた。
三人の圧倒的な歌唱力が重なり合い、シンフォギアに勝るとも劣らない極限のフォニックゲインが会場を満たしていく。観客は声を枯らし、世界中にリアルタイムで配信されているテレビ中継のインジケーターは、過去最高の視聴率を叩き出していた。
──だが、その至高の空間は、突如として鳴り響いた不気味なアラームによって文字通り叩き割られる。
空間を割って出現したのは、おぞましい炭素の怪物
──ノイズの群れ。
華やかなコンサート会場は一瞬にして恐怖のパニックへと変貌し、数万人の観客が悲鳴を上げて逃げ惑おうとした。
「──狼狽えるな!!!」
その瞬間、ドーム全体に響き渡ったのは、凛とした、しかし圧倒的な威圧感を孕んだマリアの叫び声だった。
ステージの中央、マイクを握る彼女の鋭い一喝に、あまりの気圧され方で観客たちの動きがピタリと止まる。
ステージの袖、緊察した表情で機を伺う翼と奏の二人は、いつでも飛び出せるよう足に力を込めていた。
ノイズの群れを瞬時に壊滅させる算段を立てる彼女たちだったが、マリアの視線は正確にその二人を捉え、冷酷な笑みを浮かべた。
「さすが月を破壊した奏者ね。この状況でも、私を抑える機会を伺っているなんて……。でも、やめておきなさい。今はテレビ中継中よ? 日本政府はシンフォギアについての概要を公開していても、その奏者の個人情報については秘匿したままじゃなかったかしら? ツヴァイウィングのお二人さん?」
「「っ……!」」
翼が息を呑み、奏が忌々しそうに奥歯を噛み締める。
全世界に生中継されているこの状況下で変身すれば、自分たちの正体が白日の下に晒され、二課や政府の秘匿義務がすべて水泡に帰す。
マリアはカメラという名の「盾」を完璧に利用していた。
人々の視線がマリアに集まる中、彼女は静かに胸元へ手を当て、毅然とした態度でその『歌』を紡ぎ始めた。
『──Granzizel bilfen gungnir zizzl──』
黒いフォニックゲインの光が彼女を包み込む。眩い閃光が収まったとき、ステージの上に立っていたのは、漆黒の重装甲と、見覚えのある禍々しい戦槍を携えた装者
──マリア・カデンツァヴナ・イヴだった。
時を同じくして、二課の本部、あるいは会場に待機していた海斗たちの通信端末に、司令室の友里から緊迫した暗号通信が飛び込んでくる。
『ガングニールだとぉ!?』
『──緊急入電! ソロモンの杖を保管していた米軍の厳重研究所から、ソロモンの杖を含め、いくつかの重要な聖遺物が強奪されたとのことです! 犯行声明はまだですが、現場の映像からして──』
「……あいつかッ!」
海斗がステージを睨みつける。
マリアは、世界に向けてその傲慢な宣戦布告を堂々と叩きつけていた。
「我らはフィーネ。私達は各国の代表に要求する! 差し当たり、国土の割譲を求めようか。もし、24時間以内に要求が飲まれない場合は、各国の主要首都機能がノイズにより停止することになるわ!」
その圧倒的な脅迫に、世界中が、そしてドームの観客が恐怖に凍りつく。
マリアは一通り演説を終えると、背後のノイズたちへ命じるように戦槍を掲げた。
「──観客に手出しはさせない。命が惜しければ、速やかにこの場から避難しなさい!」
マリアの合図とともにノイズの進軍が一時的に停止し、蜘蛛の子を散らすように観客たちがドームの出口へと殺到し始める。
「クソッ、観客は非難できても、カメラが邪魔で……ツヴァイウィングの二人が動けない……!」
歯噛みする海斗。
テレビカメラが生きている限り、翼と奏は手を出せない。
だが、このままテロリストを見過ごすわけにはいかない。
「──だったら、中継に映らない死角からぶち抜くのみだッ!」
「行くよ、クリスちゃん、海斗!」
「応よ!ナメた真似してくれやがって!」
海斗の合図に、響とクリスが瞬時に応じる。
三人は観客の避難誘導の混雑に紛れ、巨大な中継用機材やステージの遮蔽物の影、テレビカメラの完全な死角へと滑り込んだ。
カメラのレンズが絶対に届かない闇の中、三人の歌声が重なり合う。
『――Vox mea fit scutum, cor meum fit gladius Arondight――』
『──Balwisyall Nescell gungnir tron──』
『──Killter Ichival tron──』
アロンダイトの起動音とともに、ガングニールとイチイバルの聖詠が響き渡る。
死角から眩い光の奔流が立ち昇り、完全武装を完了した海斗、響、クリスの三人が、マリアの退路を断つようにステージへと躍り出た。
「なっ……いつの間にシンフォギアを……!?」
死角からの急襲にマリアが目を見開いた、その瞬間。
『──こちら緒川! 全テレビ中継の強制切断、およびドーム内のカメラジャミング、完了しました!』
インカムから響く緒川の鋭い声。ドーム内のすべてのテレビカメラの赤いランプが一斉に消灯し、中継映像は完全に遮断された。
「よくやった、緒川さん……! これで、何の憂いもねえなァッ!!」
機材の影から、待機していた翼と奏の二人が、解き放たれた獣のような凄まじいプレッシャーを纏って飛び出してくる。
すでに二人の全身には、天羽々斬とガングニールのギアが完璧に装着されていた。
「これより防人の足枷は無い……! 覚悟せよ、テロリスト!」
「散々言ってくれたねぇ……! たっぷりお返しさせてもらうよ!」
形勢は一瞬にして逆転した。アロンダイト、天羽々斬、二つのガングニール、そしてイチイバル。五人の圧倒的なフォニックゲインがドーム内を満たし、残されたノイズの群れを文字通り「殲滅」すべく、五つの光となって一斉に地を駆けた。
◇
激しい爆音と振動が響くドームの遥か外。
会場外の広場へと避難してきた群衆の中に、小日向未来の姿があった。
「響……海斗くん……」
周囲の人々が怯えながら逃げていく中、未来だけは足を止め、激しい戦闘の光が漏れ出すドームの屋根を、ただ一人、祈るように切なげに見つめ振り返るのだった。