戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
特異災害対策機動部二課のブリーフィング室。
モニターには、山間部に位置する旧・聖遺物研究施設の廃棄プラントが映し出されていた。
「F.I.S.の潜伏先を特定しました。先日の戦闘で採取した波形から逆算し、ここに行き着きました」
緒川の報告に、弦十郎が鋭い眼光を向ける。
「ソロモンの杖を奪った連中だ、何か厄介なものを隠し持っている可能性が高い。翼、奏、響、クリス、そして海斗。直ちに出撃し、奴らの企みを阻止しろ!」
「「「了解!!」」」
ーーーー
廃棄プラントの深部。
入り組んだ通路を抜け、広大な地下空間に踏み込んだ海斗たちを待ち受けていたのは、マリア、調、切歌の3人だった。
「やはり来たわね、二課の犬共!」
マリアが黒いガングニールを構え、翼と奏に向かって一直線に突撃する。
同時に、調と切歌も武器を展開し、海斗たちの前に立ち塞がった。
「そこを通すわけにはいかないデス!」
「……お兄さんたちには、ここで倒れてもらう」
しかし、言葉とは裏腹に、二人の動きには明らかな迷いが生じていた。
海斗に向かって放たれる切歌のイガリマも、調のシュルシャガナも、あの日ケーキを奢ってくれた青年に致命傷を与えることを無意識に躊躇ってしまっている。
「くっ……二人とも、どうしてこんな戦いをするんだ!」
海斗はアロンダイトの装甲で巧みに攻撃を受け流しながら必死に呼びかけるが、二人は唇を噛み締めて首を横に振る。
その膠着状態に、後方のコントロールルームからウェル博士の苛立った声が響いた。
『ええい、手ぬるい! 手ぬるいぞ君たち! ええい、こうなったら私の可愛い最高傑作の初陣といこうじゃないか!!』
「やめなさいウェル! まだアレは制御が——!」
マリアの制止も虚しく、ウェル博士がコンソールを叩き割る勢いでエンターキーを押し込んだ。
——ズガァァァァンッ!!
プラントの奥の巨大な隔壁が吹き飛び、凄まじい咆哮とともに「それ」が姿を現した。
異形の肉体、不気味に脈打つ赤いコア。
あらゆるエネルギーや聖遺物すら喰らい尽くす、完全なる自律型兵器。
「……あれは、ノイズじゃない!? 一体なんだ、あの化け物は!」
「アレこそが我らF.I.S.の切り札! あらゆるものを捕食し成長する聖遺物……**『ネフィリム』**だァ!!」
狂喜するウェル博士の声に応えるように、ネフィリムが巨大な腕を振り上げ、一番近くにいた響とクリスに向かって襲いかかった。
「響! クリスッ!」
海斗は反射的に地面を蹴り、二人の前に立ち塞がった。
(くそっ、あの時の力……! どうすれば出せる!?)
海斗はアロンダイトを強く握り締め、あの時ノイズを沈黙させた「異常な波形」を意図的に引き出そうと試みる。しかし、焦れば焦るほどギアは沈黙したままで、特別な力は一向に湧き上がってこない。
(ダメだ、出し方が分からない……なら、この身で防ぐまでだッ!!)
海斗は覚悟を決め、アロンダイトの盾を正面に構えてネフィリムの巨大な顎を受け止めようとした。
——ガキィィィィィィンッ!!!
ネフィリムの牙がアロンダイトの装甲に触れ、そのまま「聖遺物ごと」海斗を喰らおうとした——その瞬間だった。
『——対象ヲ確認。』
海斗の意思とは全く無関係に、アロンダイトの中核から機械的な音声とともに、目に見えない概念波形が爆発的に放射された。
「……ッ!?」
それは、海斗の「仲間を護りたい」という強い防衛本能に、ギアのシステムが自動で反応した結果だった。
放たれた波形がネフィリムを包み込んだ瞬間、聖遺物すら喰らうはずの絶対的捕食者が、まるで「恐怖を感じている」かのように、悲鳴のような咆哮を上げて激しく後ずさったのだ。
「ギ……ギギギィィィッ!!」
ネフィリムの巨体が怯え、アロンダイトから距離を取ろうと暴れ回る。
その信じられない光景に、モニター越しのウェル博士が目を剥いた。
「ば、馬鹿な!? ネフィリムの『喰害』が弾かれただと!? 万物を喰らうはずのネフィリムが恐れている!? なんだ、なんなのだあのギアはァァッ!!」
パニックに陥ったネフィリムが暴れ回り、プラントの支柱を次々と破壊し始める。
天井から巨大な瓦礫が降り注ぎ、施設は一気に崩壊を始めた。
「チィッ……ここまでね! 全員、撤退よ!!」
マリアは舌打ちをし、ソロモンの杖で強引にネフィリムを空間の歪みへと回収すると、調と切歌を連れて崩れゆくプラントから離脱していった。
『追うのは危険だ! 海斗、お前たちも早く脱出を!』
弦十郎の通信を受け、二課の面々も間一髪のところで施設から脱出した。
土煙を上げる廃墟を前に、海斗は己の右手に視線を落とす。
意識して力を引き出すことはできない。
だが、このアロンダイトには、明らかに「何か」が隠されている。
その得体の知れない力への戸惑いが、海斗の心を薄暗く覆っていた。
一方、プラントを脱出し、新たな潜伏先へと逃げ延びたF.I.S.の一同。
ウェル博士は苛立ちに任せて、仮設モニターを蹴り飛ばした。
「忌々しい! あの青年のギアは、明らかに異常だ! ソロモンの杖だけでなく、ネフィリムの捕食すら拒絶するなど……!!」
ブツブツと狂ったように呟きながら、ウェル博士は端末を操作し、二課の奏者たちの周辺データを片っ端から洗い出し始めた。
力でねじ伏せられないなら、精神(こころ)を壊すしかない。
――彼の『弱点』はどこか。
やがて、画面に一人の少女のプロフィール写真が浮かび上がった。
「……ほう? これは面白い。立花響の親友であり、あの青年に『守られている』だけの、ただの一般人……。」
ウェル博士の口角が、三日月のようにおぞましく釣り上がる。
「ククク……そうだ。アロンダイトの『護る力』が本物かどうか、試してやればいい。この少女を我々の手中に収めれば、奴らは必ず動揺し、隙を見せるはずだ……!」
―――
その頃。
未来は自室のベッドの上で膝を抱えていた。
部屋の明かりはつけず、手の中にある海斗から渡された通信端末だけが、暗闇の中で小さな光を放っている。
(海斗くん……響……。今頃、また危険な戦場にいるんだよね)
あの日、海斗が「安全は保証する」と言って渡してくれたこの端末。
大切で、温かいはずのその言葉が、今の未来には「君は守られるだけの存在だ」と線を引かれているように思えてならなかった。
(……私は、二人に守られてるだけの自分は……もう、嫌だ)
嫉妬と憧れ。そして、無力な自分への苛立ち。
未来の胸の奥で渦巻く暗い感情は、少しずつ彼女の心を蝕んでいく。
その静かな孤独な夜に、悪意を持ったF.I.S.の影がすぐそこまで忍び寄っていることに、彼女はまだ気づいていなかった。