戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
私立リディアン音楽院の文化祭、『秋桜祭(しゅうおうさい)』が盛大に幕を開けていた。
校内は多くの一般客や生徒たちでごった返し、出店やの熱気で活気に満ち溢れている。
響や未来のクラスはお好み焼きの屋台を出しており、海斗も二課からの「警備」という名目で、実質的には響たちの手伝いとして荷物運びなどの雑用を任されていた。
「ふぅ……段ボール箱の運搬、とりあえずこんなもんか」
裏門近くで額の汗を拭った海斗は、ふと視線を感じて振り返った。
そこには、見慣れないリディアンの制服に身を包んだ、しかし見間違えるはずのない二人の少女——月読調と暁切歌が立っていた。
「お前ら……なんでここに!?」
海斗は咄嗟に周囲を警戒する。
彼女たちの今回の真の目的は、ウェル博士の指示による「二課の奏者たち(響やクリス)の聖遺物のペンダントの奪取」だった。
祭りの喧騒に紛れ、無防備になっている隙を突いてギアを盗み出すという卑劣な任務を帯びている。
しかし、当の二人は海斗に見つかり、ビクッと肩を揺らした。
「ち、ちちち、違うデース! 私たちはただの一般生徒として秋桜祭を楽しみに来ただけで……!」
「切歌、目が泳いでる。……お兄さん、騒がないで。私たち、今は戦うつもりはないから」
調が冷静に誤魔化そうとするが、海斗がそれを信じるはずもない。
(……こんな人が多い場所で戦闘になったら、大惨事になる。それに響たちのペンダントを狙っている可能性もあるな)
海斗は小さくため息をつき、二人の前に立った。
「……分かった。騒ぎは起こさない。だけど、お前たちから目を離すわけにはいかない」
「「え?」」
「俺が『監視』として、お前らと一緒に回る。妙な真似をしたら即座に止めるからな」
厳しい言葉とは裏腹に、海斗の提案は実質「一緒に秋桜祭を回る」というものだった。
任務の機会を窺うためにも、二人は海斗の提案を受け入れるしかなかった。
こうして始まった奇妙な3人組の秋桜祭巡りだったが——事態は海斗の予想を大きく超える方向へと転がっていった。
「お兄さん! あっちでクレープ売ってるデス! 早く行くデース!」
「おい、引っ張るな切歌!」
警戒心を解かせようという作戦なのか、それとも素で楽しんでいるのか。切歌は海斗の右腕にギュッと胸を押し付けるように抱きつき、強引に引っ張っていく。
負けじと、調も無言で海斗の左腕に腕を絡ませ、ぴったりと身を寄せた。
「……お兄さん、腕貸して。はぐれちゃうから」
「お、おい調まで……!」
両腕に美少女二人をぶら下げた状態の海斗。
周囲の男子からは、殺意にも似た嫉妬の視線が突き刺さる。
クレープ屋台の前では、さらにそのイチャイチャが加速した。
「はい、お兄さん! アーンするデス!」
「いや、自分で食える——んぐっ」
「美味しいデスか? えへへ、間接キスなのデス!」
「……切歌はずるい」
調は海斗が持っていたクレープの端をパクリと齧り、口元についたクリームを指で拭うと、そのまま海斗の口元にすっと差し出した。
「お兄さんも、アーン」
「お前らなぁ……敵対組織の人間をからかうなよ……」
赤面しながらも、生来の面倒見の良さから無碍に振り払うことができない海斗。
その後もお化け屋敷で二人に両側から泣きつかれたり、射的で後ろから手を添えて教えたりと、その光景はどう見ても**「仲睦まじすぎる兄妹」あるいは「ハーレム状態の恋人同士」**にしか見えなかった。
——しかし、その様子を遠くから見つめている少女たちがいた。
「か、海斗ォォォォ……!? 何してるのぉおおおッ!?」
買い出しの途中でその光景を目撃した響は、顔を真っ赤にしてワナワナと震えていた。
「あのバカ! 敵を監視するって言って、なんであんなデレデレしてんだよッ! アタシたちより密着してんじゃねぇか!」
クリスも屋台の陰からギリィッと歯を軋ませる。
二人の目には、海斗が敵の美少女二人と信じられないほどイチャイチャしているようにしか見えず、猛烈な嫉妬の炎を燃やしていた。
だが、響たちの隣でその光景を見つめていた**小日向未来**の瞳だけは、全く別の暗い色を宿していた。
(海斗くんは、私がいなくても……あんな風に、他の子を笑顔にできる。ううん、相手が『戦う力』を持っている奏者なら、敵であっても同じ世界で笑い合えるんだ……)
自分のポケットの中にある、海斗から渡された「安全を保証する」通信端末。
それは、自分を「守られるだけの無力な一般人」という枠に閉じ込める鎖のように感じられた。
(……いつも……私だけが、置いてけぼり)
未来の心の中で、何かが決定的に壊れる音がした。
―――
夕暮れ時。
秋桜祭も終盤に差し掛かり、校庭では後夜祭の準備が進み始めていた。
人目につかない校舎の裏手。
結局、海斗の徹底した「密着ガード」のせいで響たちのペンダントに近づく隙を一切見つけられなかった調と切歌は、ついに任務を諦め、離脱を決意した。
「……そろそろ、時間デスね」
切歌の表情から、先ほどまでの無邪気な笑顔が消えた。
調もまた、冷たい戦士の瞳へと戻る。
「お兄さん。今日は……楽しかった。本当に」
「調、切歌……」
海斗がアロンダイトを握りしめる。
二人は寂しげに微笑みながら、胸のペンダントを握りしめた。
「任務は失敗デスけど……お兄さんとのデート、悪くなかったデスよ」
「次は、戦場で」
調と切歌が合図を送ると、空間が歪み、数体のノイズが目眩しとして出現した。
「待てッ!!」
海斗がアロンダイトを顕現させ、立ち塞がるノイズを一閃で斬り伏せる。
だが、その一瞬の隙を突き、二人の姿はすでに夕闇の中へと消え去っていた。
「くそッ……逃がしたか」
海斗は剣を収め、静まり返った校舎裏で息を吐く。
敵同士でありながら、あんなにも楽しそうに笑っていた二人の温もりが、まだ両腕に微かに残っていた。
——しかし。
このつかの間の平和とイチャイチャが、未来の心に修復不可能な決定的な亀裂を入れてしまったことに、海斗はまだ気づいていなかった。
忍び寄るF.I.S.の真の魔の手は、すでに孤独な少女へと伸びようとしていた。