戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
秋桜祭の後夜祭を告げる花火が、夜空に色鮮やかな大輪を咲かせていた。
しかし、リディアン音楽院の片隅では、全く別の意味で火花が散っていた。
「……海斗くんの、大バカーーーッ!!」
「いっ!? 痛い痛い! 響、引っ張るなって!」
片付けを終えた海斗を待ち受けていたのは、般若のような形相の響と、腕を組んで冷たい視線を送るクリスだった。
「監視だぁ? 笑わせんじゃねぇよ。アタシたちの目には、敵のガキ共と腕組んで鼻の下伸ばしてる間抜けにしか見えなかったぞ!」
「監視だ! あれは立派な監視任務だったんだって! あいつらが妙な動きをしないように密着して……!」
「その『密着』の仕方が問題だって言ってるんですー! クレープあーんって何ですか! あーんって!」
ポカポカと海斗の胸を叩く響。
海斗も必死に弁明するが、女子二人の嫉妬と怒りの炎はなかなか消えそうにない。
「……はぁ。で、未来は? ずっと姿が見えないけど」
海斗が周囲を見渡しながら尋ねると、響はピタリと動きを止め、少し心配そうな顔になった。
「未来なら、少し前に『体調が悪いから、先に帰るね』って……。私が送るって言ったんだけど、一人で大丈夫だからって」
「先に帰った……?」
その瞬間、海斗の胸に得体の知れない嫌な予感が過った。
(未来が、一人で……? あの時、俺たちが調たちといるのを見ていたのか……?)
海斗は慌ててポケットから自分の通信端末を取り出した。
未来に渡した「安全を保証する」端末とリンクしている親機だ。GPSの反応は、学校から少し離れた人気のない公園の近くを示している。
「……嫌な予感がする。響、クリス、未来を迎えに行くぞ」
海斗の真剣な声色に、響たちも事態の異常さを察し、駆け出した。
―――同じ頃。
夕闇から完全に夜へと沈んだ街の片隅で、小日向未来は一人、重い足取りで歩いていた。
遠くから聞こえる秋桜祭の喧騒が、今の彼女には酷く遠い世界のものに感じられる。
ポケットの中で、海斗から渡された通信端末を握りしめる。
『何があっても、君の安全は俺が保証する』
あの日、海斗がくれた優しい言葉。
しかし、その言葉の裏にある「君は戦えない一般人だから」という残酷な事実が、今の未来の心を黒く塗り潰していた。
「……私だって、海斗くんや響と……同じ場所に立ちたいのに……」
ポツリとこぼした呟き。
その時、未来の周囲に不自然な霧が立ち込め、街灯の光が次々と明滅を始めた。
空間が歪み、ノイズの気配が周囲を包み込む。
「……っ!」
未来が息を呑んで立ち止まると、霧の中から二つの影が現れた。
先ほどまで海斗の隣で笑っていた、月読調と暁切歌だった。
「……見つけたデス」
「小日向、未来……」
二人はギアを纏ってはいなかったが、その目は明らかに未来を「標的」として捉えていた。
しかし、その表情には強い躊躇いが浮かんでいる。
「私たちと一緒に来るデス。……抵抗しなければ、乱暴はしないノーデス」
「……」
未来は逃げなかった。
通信端末の緊急ボタンに指をかければ、すぐに海斗たちが駆けつけてくれる。
けれど、彼女の指は動かなかった。
(ここで助けを呼べば……私はまた、守られるだけ。海斗くんたちを危険な目に遭わせてしまう)
そんな未来の心の隙間を縫うように、周囲のスピーカーからノイズ混じりの不気味な声が響き渡った。
『素晴らしい! なんて美しい絶望と孤独の表情だ!』
「この声……」
『初めまして、小日向未来くん。私はF.I.S.のウェル博士だ。君の心の中にある渇望……痛いほどよく分かるよ』
狂気を孕んだ声が、未来の耳元に甘く囁きかける。
『君はいつまで「守られる側」でいるつもりだい? 蚊帳の外から、彼らが傷つき、笑い合うのをただ見つめるだけの人生で満足なのかね?』
「……!」
『我々と来たまえ。君が望むなら……彼らと同じ舞台に立てるだけの、圧倒的な“力”を与えてあげよう』
――力。
海斗の隣に立てる力。
調と切歌が、悲しげな目で未来を見つめている。
彼女たちも分かっていた。
自分たちが今、一人の少女の心を壊し、修羅の道へと引きずり込もうとしていることを。
「……本当に、私にも……力が手に入るの?」
未来の虚ろな問いに、ウェル博士が歓喜の声を上げる。
『あぁ! もちろんだとも! さぁ、その手にあるつまらない「鎖」を捨てて、こちらへ来なさい!』
未来は、ゆっくりとポケットから通信端末を取り出した。
海斗との繋がり。
安全の保証。
自分を一般人という安全圏に縛り付ける、優しくて残酷な鎖。
「海斗くん……響ちゃん……ごめんね」
未来の手から、端末が滑り落ちる。
——カチャンッ。
硬いアスファルトに打ち付けられ、画面にヒビが入る音が、夜の静寂に冷たく響いた。
未来は抵抗することなく、調と切歌と共に、姿を消した。
―――
「未来ッ!!!」
海斗と響、クリスが公園の入り口に辿り着いたのは、未来達が完全に消え去った後だった。
海斗の持つ親機からは、リンクの強制切断を告げる無機質なエラー音が鳴り響いている。
周囲にノイズの残滓と、転送の痕跡。
そして、冷たい地面にポツンと落ちている、画面の割れた通信端末。
「そんな……嘘……未来……?」
響がへたり込み、震える手でその端末を拾い上げる。
海斗は言葉を失い、自分の手からすり抜けてしまったものの大きさに愕然としていた。
『ハハハハハハッ! 感謝するよ、二課の諸君!』
突如、周囲のスピーカーからウェル博士の嘲笑う声が響いた。
『君たちの守るべきお姫様は、自らの意思で我々の手を取った! 彼女が次に君たちの前に現れる時が楽しみだねぇ!』
「ウェルゥゥゥッ!! 貴様ァッ!!」
海斗がアロンダイトを顕現させ、周囲の空間ごとスピーカーを一刀両断に斬り捨てる。
しかし、虚空を斬った剣先には何の感触もなく、ただ怒りと絶望だけが夜風に虚しく溶けていった。
「未来……未来……ッ!」
割れた端末を胸に抱きしめ、大粒の涙を流して泣き崩れる響。
自らの甘さが招いた最悪の事態。F.I.S.の真の狙いは、物理的な破壊ではなく、彼らの「心」を根元からへし折ることだったのだ。
手放された約束と、すれ違った想い。
事態は、後戻りのきかない最悪のシナリオへと向けて、無情にも転がり始めていた。