戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
特異災害対策機動部二課の司令室は、かつてないほど重く、凍り付いたような沈黙に包まれていた。
「……未来が、さらわれた……。」
ブリーフィング室の椅子に座った響は、画面の割れたあの通信端末を両手で強く握りしめたまま、うつむいていた。
目には大粒の涙が浮かび、唇を噛み締めすぎて血が滲んでいる。
クリスは壁にもたれかかり、悔しそうに歯を軋ませながら拳で壁を殴りつけた。
そして、部屋の中央に突っ立っている海斗は、一言も発せずに自分の右手を見つめていた。
(俺が調たちに気を取られていなければ……! あの時、未来の心の闇や孤独に気づいてやれていれば……っ!)
海斗の胸を抉るのは、どうしようもない後悔と、自分との約束に対する怒りだった。
「安全は俺が保証する」と言い放ったその口で、未来を「守られるだけの存在」として遠ざけ、追い詰めてしまっていたのは自分自身なのだから。
「……っ、全部、私のせいだ……。私が、未来を守るって言ったのに……っ」
響が震える声で泣きじゃくる。
その隣で、海斗も歯を食いしばり、床に視線を落とした。
だが、その凍りついた空気を凛と切り裂いたのは、二人の先輩奏者の声だった。
「顔を上げろ、響、海斗。」
すっと歩み寄ってきたのは、風鳴翼だった。
彼女は静かに響の前に歩み寄り、その濡れた瞳をまっすぐに見据える。
「悔しいのは、咎めたいのは、我らとて同じだ。だが……今、最も怯え、救いを求めているのは小日向だ。ここで立ち止まり、自責に溺れてどうする」
「翼さん……」
「そうだ」
続いて、天羽奏が海斗の肩にそっと手を置いた。
その瞳には、かつて死線をくぐり抜け、数々の絶望を乗り越えてきた者だけが持つ、温かくも強い光が宿っている。
「海斗、響、お前らが一人で背負い込むことじゃない。」
「奏……」
奏はかつての自分の愚かさや、海斗に救われた時のことを思い出すかのように、フッと力強く微笑んだ。
「一人で悩むな。お前には私たちがいる。響だって、クリスだって、二課の全員がついているんだからさ」
翼もまた、響の背中に毅然とした眼差しを向けたまま告げる。
「行き場のない後悔は、すべてあの輩を打ち砕く力に変えろ。我らが必ず、未来くんを取り戻す」
先輩たちの温かくも力強い言葉に、響の瞳から迷いが消え、代わりに強い光が戻ってきた。響は涙を拭い、ギュッと拳を握りしめる。
海斗もまた、自分の胸に渦巻いていた自責の念をぐっと飲み込み、顔を上げた。
「……ああ、そうだ。泣いてる暇なんてない……未来を連れ戻すぞ!」
重い沈黙を切り裂いたのは、弦十郎の低く、しかし確固たる意志を宿した声だった。
「二課の全力を挙げて、F.I.S.の居場所を特定する。未来くんを取り戻し、奴らの企みを叩き潰すぞ。……これが我々の最優先任務だ」
「「「了解!!」」」
全員の心が一つに結ばれ、戦いの準備が整った。
―――
―その頃、F.I.S.の深層アジト。
冷たい無機質な研究室の中で、小日向未来は台座の前にポツンと立たされていた。
その目の前には、禍々しくも美しい紫色の光を放つ鏡——**「シェンショウジン」**が鎮座している。
少し離れた場所では、ウェル博士が狂喜の表情を浮かべながら、注射器型のシリンジを複数手に持って歩み寄ってきた。
「素晴らしい……実に素晴らしい! 彼女の精神に渦巻く『強い渇望と自己否定』は、聖遺物とシンクロするための最高の触媒だ。だが――」
ウェル博士の目が冷たく光る。
「君は本来、聖遺物に適合する因子を持たない『一般人』だ。その肉体で神鏡の絶対的な波動を受け止めれば、一瞬で細胞が崩壊する。……それを無理やりねじ伏せるための『劇薬』が必要です。」
「っ……!」
未来が息を呑んだ瞬間、その細い両腕に次々と特殊な**リンカー因子(Linker)**の注射器が打ち込まれた。
「あ……がっ……!?」
全身を駆け巡る、焼けるような激痛。
本来、適合者ですら体に大きな負荷をかけるリンカーの過剰投与。
それを適合者ではない素質の肉体に、しかも致死量に近い濃度で流し込まれたのだ。
未来の血管が浮き上がり、細胞レベルで拒絶反応を起こした肉体が激しく痙攣する。
「ぐっ……ぁぁああっ……!」
立っていることもできず、未来はその場に崩れ落ちた。
口から微量の血が滲み、意識が白濁していくほどの耐えがたい苦痛が、彼女の脳髄を焼き尽くしていく。
「未来ちゃん……っ!」
部屋の隅で見ていた切歌が思わず駆け出そうとしたが、調がその腕をガシッと掴んで制止した。
調の顔も青ざめ、唇を噛みしめて震えている。
「……やめて、これ以上あの子を……!」
「ダメだ切歌……。私たちが止めれば、博士に何をされるか分からない……それに、彼女自身が……!」
調の言う通り、意識が朦朧とする地獄のような苦痛の中でも、未来の瞳の奥には強い光が灯り続けていた。
(痛い……苦しい……っ。でも……!)
脳裏によぎるのは、戦場での海斗の背中。そして、周りに支えられて遠くから見てるだけしか出来ない自分の姿。
「守られるだけの自分」に戻るくらいなら、ここで壊れたっていい。
海斗くん達と同じ世界で、同じ痛みを分かち合える場所へ行きたい。
歪んだ渇望と、折れない意志が、リンカーの拒絶反応を強引にねじ伏せていく。
「見事です……! これほどの負荷に耐えながら、精神の波形が同調していく……! さあ、神鏡の御霊よ、この少女を喰らうのです!!」
ウェル博士の絶叫と共に、神鏡・シェンショウジンが眩い紫の光を爆発させた。
「あぁぁぁああっ……!!」
未来の絶叫が研究室に響き渡る。
全身を包み込んだ紫色の光が装甲へと変化し、禍々しくも気高い神鏡のシンフォギアが、ついに小日向未来の身体を完全に覆い尽くしたのだった。