戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
特異災害対策機動部二課の全力を挙げた突入作戦は、あまりにも冷酷な結末を迎えた。
山岳地帯の地下深くに隠されていたF.I.S.の深層アジト。
海斗がアロンダイトを纏い、響、翼、奏、クリスらと共に突入したものの、そこに広がっていたのは完全な「無」だった。
「……嘘……。」
響が呆然と立ち尽くす。
研究室はもぬけの殻であり、データ端末はすべて破壊され、書類一枚残されていない。
それどころか、未来がここにいたという痕跡すらも、敵の徹底した隠滅工作によって綺麗さっぱり消し去られていた。
「くそっ……! 何もねぇ! まるで最初から誰もいなかったみたいだ!」
クリスが壁を蹴り飛ばし、激昂する。
海斗は何も言えず、ただ冷え切ったコンクリートの床に立ち尽くしていた。
未来を救い出すための手がかりが、文字通り「一切」残されていないという現実が、重く鉛のように胸にのしかかる。
その時、海斗たちのインカムに緒川からの緊迫した声が響いた。
『——二課各員へ! 衛星および周辺レーダーの解析で、上空の雲海に巨大な熱源反応を捕捉しました! 敵は超大型航空移動要塞に搭乗し、すでに移動を開始しています!』
「空だと……!?」
翼が鋭く空を見上げる。
手がかりがないと絶望しかけた矢先、敵の居場所が判明したのだ。
しかし、すぐに対処しようとした海斗たちに、司令官である風鳴弦十郎から厳重な通信が入る。
『——待て! 単身で空を追うのは得策ではない。相手は超大型要塞だ、迎撃態勢も万全のはず。一度全員、指定の港湾施設へ引き返し、合流しろ!』
「師匠! でも、未来がそこにいるんですよねっ……!」
響が焦りを滲ませて叫ぶが、弦十郎の声には揺るぎない統率力があった。
「案ずるな。奴らを追うための手は、すでにこちらで用意してある。全員、速やかに撤収せよ!」
―――
―指定された港湾の隠しドック。
二課のメンバーが駆けつけると、そこには巨大な黒い影が静かに海面を揺らしていた。
「……これは、特務潜水艦か」
翼が目を見開く。
弦十郎が腕を組んで、全員を振り返った。
「そうだ。空を飛ぶ要塞に対し、あえて海中から接近する。敵のレーダー網の死角を突き、エアキャリアの直下まで無音で潜行するぞ。これなら奴らに気付かれずに懐へ潜り込める」
「さすが……! それなら、一気に奴らの足元を叩けるわね!」
奏が頼もしく笑い、海斗も強く頷く。
「よし、乗り込むぞ。未来を絶対に連れ戻す!」
海斗、響、翼、奏、クリス、そして弦十郎を乗せた特務潜水艦は、轟音とともに海原を切り裂き、天空をゆく敵の要塞を追うべく、深淵なる海中へと潜っていった。
―――
―時を同じくして。
雲海を切り裂きながら進むエアキャリアの艦内。
禍々しくも気高い紫色の光を放つ神鏡・シェンショウジンを纏った小日向未来は、冷たい金属の床に一人、ぽつんと立っていた。
全身を包む紫の装甲。
かつての温和な面影は消え失せ、その瞳には狂気を孕んだ執着の光が灯っている。
「ふふ……あはは、ははっ……!」
艦内の静寂に、未来の鈴を転がすような、しかしどこか歪んだ笑い声が響く。
彼女の脳裏にこびりついて離れないのは、海斗の顔だった。
あの時、自分を「守るべき一般人」として置き去りにした海斗の姿。
(……私、やっと分かった……)
未来は紫色の装甲に包まれた自らの両手を握りしめ、うっとりと頬を赤らめる。
(私が弱かったから……ただ守られていただけだから、海斗くんは私を見てくれなかったんだわ。皆みたいに、戦う力さえあれば……私を見て、認めてくれる)
精神を焼き尽くすほどのリンカー因子の過剰投与と、シェンショウジンの呪詛のような適合が、彼女の心を完全に「海斗への歪んだ依存と執着」へと染め上げていた。
そこへ、コントロールルームから戻ってきたウェル博士が、面白がるような笑みを浮かべて近づいてくる。
「気分はどうだい? 君が手に入れたその神鏡の力は、世界を穿つほどのものだ。まもなく、君の大切な人たちが、君を奪還しに追いついてくるだろうが——」
ウェル博士の言葉を遮るように、未来は冷たく、それでいて異常に熱を帯びた瞳を向けた。
「……海斗くんが、私を迎えに来る。ふふ。」
「おや、そう恐れることはない。返り討ちにしてやれば——」
「違います。」
未来は首を横に振り、愛おしそうに自らの胸元を抱きしめた。
「追い返したりしない。……私の力を知ったら、海斗くんはもう私から離れられなくなる」
「ふむ?」
「響にも、他の誰にも渡さない。海斗くんは、私だけのものなの。私と同じ痛みを知って、私だけを見て、永遠に一緒に……ううん、私のためにだけに生きてもらうんだから……あは、あははははっ!」
愛憎が入り混じった、ゾッとするような狂気じみた笑い声が艦内に反響する。
彼女の狂気的な変貌に、遠巻きに見守っていたマリアや、身を震わせる調と切歌の背筋に冷たいものが走った。
それは、救済のために聖遺物を纏ったはずの少女が、最も恐ろしい「怪物」へと堕ちていく瞬間だった。
海原の底を、音もなく進む特務潜水艦。
狂気に染まった少女の待つ空の要塞へと、二課の反撃の牙が静かに、しかし確実に迫りつつあった。