戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
ライブまで、あと一週間。
その知らせは、海斗にとってあまりにも突然だった。
「かいと!」
休日の昼下がり。
響はいつものように海斗の家へ遊びに来ると、満面の笑みで一枚のチケットを取り出した。
「見て見て!ツヴァイウィングのライブチケット!」
海斗の心臓が、一瞬止まる。
(……来た。)
見覚えのあるデザイン。
前世でも何度も見た、あの日のライブチケット。
「未来ちゃんのお父さんが抽選で当てたんだって!」
「それで、一緒に行こうって誘ってくれたの!」
嬉しそうに話す響。
その笑顔を見ているだけで胸が痛む。
「楽しみだなぁ!」
海斗は無理やり笑顔を作った。
「……そうか。よかったな。」
「うん!」
響は本当に嬉しそうだった。
その姿を見ていると、とても「行くな」とは言えない。
◇
その日の夜。
海斗は自室で机に向かっていた。
ノートを何冊も広げる。
前世の記憶を書き留めようとしたものだ。
しかし、そのページは空白ばかりだった。
「思い出せ……。」
シャーペンを握る手に力が入る。
「ライブの後、何があった?」
「ノイズはどこから現れた?」
「奏さんは、どうして……。」
思い出せない。
断片的な映像しか浮かばない。
ライブ。
悲鳴。
崩れるステージ。
—翼。
—奏。
—響。
そして――。
思い出せない。
「くそっ!」
思わず机を叩く。
もっと覚えていれば。
もっと詳しく知っていれば。
救える命があったかもしれない。
「なんで……。」
「なんで一番大事なところだけ思い出せないんだ……!」
静かな部屋に、自分の声だけが空しく響く。
◇
その夜。
ペンダントが淡く光る。
『…焦りは判断を鈍らせる。』
アロンダイトだった。
海斗は苦笑する。
「分かってる。」
「でも……。」
『汝は未来を知っている。』
『故に未来を変えようとする。』
『しかし。』
『未来を知ることと、未来を支配することは違う。』
海斗は黙って聞いていた。
『今のお前に必要なのは後悔ではない。』
『選択だ。』
「選択……。」
『運命の日は近い。』
『お前は何を選ぶ。』
光が消える。
海斗は一人、窓の外を見つめた。
◇
ライブ前日。
学校帰り。
響は楽しそうに話していた。
「未来ちゃん、お弁当も作るんだって!」
「ライブ終わったら写真も撮りたいなぁ!」
「翼さんも奏さんも近くで見られるかな!」
海斗は何度も口を開いた。
「響。」
「ん?」
「明日のライブだけど……。」
「うん!」
「その……。」
言え。
今なら間に合う。
「行くな。」
その一言だけでいい。
そうすれば。
運命は変わるかもしれない。
でも。
もし何も起きなかったら。
未来を奪うのは自分になる。
響は一生楽しみにしていたライブへ行けなくなる。
未来との思い出も消えてしまう。
「……いや。」
結局。
言えなかった。
「楽しんでこい。」
響は笑顔になる。
「うん!」
その笑顔が、海斗の胸を締め付ける。
◇
そして――。
ライブ当日。
朝から空は快晴だった。
海斗は制服ではなく私服に着替える。
机の引き出しを開ける。
そこにはアロンダイトの欠片。
「行くぞ。」
静かに握り締める。
『覚悟は決まったか。』
「……ああ。」
『守るべき者は。』
「響だ。」
『ならば迷うな。』
海斗は静かに家を出た。
◇
ライブ会場。
数え切れないほどの観客。
グッズを抱えたファン。
笑顔。
歓声。
期待。
その中に海斗はいない。
チケットは持っていない。
だから会場の外。
人目につかない場所で、じっと建物を見つめていた。
(ここでいい。)
中へ入れなくてもいい。
事件が起きれば分かる。
その瞬間だけを待つ。
時間だけが過ぎていく。
午後一時。
午後二時。
午後三時。
ライブ開始。
会場の中から、歓声が聞こえてくる。
(頼む。)
(何も起きないでくれ。)
そう願う自分と。
(もし何も起きなければ、未来は変わった証拠だ。)
そう期待する自分がいた。
矛盾した感情。
願いと恐怖。
どちらが本心なのか、自分でも分からない。
その時だった。
――キィィィィィィン!!
突然、耳をつんざくような警報音が街に鳴り響く。
周囲の人々がざわめく。
「なんだ?」
「事故か?」
空気が変わる。
海斗はゆっくりと顔を上げた。
見上げた空が、黒く歪んでいく。
「……始まった。」
喜ぶべきなのか。
それとも絶望すべきなのか。
その答えは、自分でも分からない。
ただ一つだけ確かなことがある。
立花響の運命は、今この瞬間から動き始めた。
海斗は胸元のアロンダイトを強く握り締め、ライブ会場へ向かって駆け出した。