戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
激しい振動と凄まじい重力が、制御ブロックの機体を軋ませる。
モニターの向こう側――地上で絶望に顔を歪めるマリアの姿を見つめながら、ナスターシャは血を吐き、それでも力強く通信機を握りしめた。
「――聞きなさい、マリア。絶望に膝をつくのはまだ早い……あなたには、歌うべき歌があるはずです」
「マム……っ!? そんな、どうして……っ! 私にはもう、歌えない……! 私がみんなを傷つけて、すべてを壊してしまったんだから……!」
震えるマリアの声に、制御ブロックの冷たい空気が歪む。
その時――マリアの背後に、温かな光の粒子が舞い散った。
「マリア姉さん。泣かないで。」
振り返ったマリアの瞳に映ったのは、失われたはずの妹――セレナの姿だった。
微笑みをたたえたセレナは、迷うマリアの手をそっと包み込む。
「セレナ……嘘だ、あなたは……っ!」
「ううん、ずっと一緒だよ。お姉ちゃんの歌声は、みんなを救うためにあるんだから」
セレナに背中を押されるように、マリアは胸元に手を当て、震えながらも顔を上げた。
歌うことは、マムとセレナが遺してくれた、本当の優しさと強さ。
マリアの瞳に、再び強い光が灯る。
「全世界へ繋ぎなさい……! 私たちの歌を、世界に届けるのです……!」
ナスターシャの命がけの操作により、制御ブロックからの映像と音声が地球全土のあらゆるモニター、通信網へと一斉に配信される。
絶望に震えていた世界中の人々が、モニターに映し出されたマリアの姿を見上げた。
マリアと、そして幻影のセレナが重なり合い、デュエットの旋律が紡ぎ出される。
歌うのは、すべてのはじまりの歌――『Apple』。
その純粋な歌声は、世界の壁を越え、人々の心に眠る光を呼び覚していく。
地上にいる響たち、そして世界中から湧き上がった無数の祈りとフォニックゲインが、一筋の光の奔流となって月へ向かう制御ブロックへと集約されていく。
「届いて……私たちの歌が、みんなの未来を護る力になって……ッ!」
まばゆい黄金の光が爆発し、マリアの身体を包み込む。
砕け散ったはずの装者としての資格が、誇りが、奇跡を呼び起こし、マリアの身に再び"シンフォギア"『アガートラーム』が纏い直された。
集まった莫大なフォニックゲインと、命を削るナスターシャの凄まじいハッキング能力が連動する。
「――軌道修正、完了します……! あなたの思い通りになど、させはしない……ウェル!!」
「なっ……!? ばかな、馬鹿な馬鹿な馬鹿なァァァッ!!」
制御ブロックの一角で、ウェル博士は頭を抱え、文字通り発狂していた。
眼下のモニターで、落下し続けていたはずの月が、神々しい光を放ちながら本来の安全な軌道へと押し戻されていく。
自らの手で世界を塗り替え、歴史の主役になるはずだった狂気の科学者のシナリオは、完全に粉砕されようとしていた。
「私の……私の完全なる神話が……! 凡愚どもが、私の邪魔をするなァッ!!」
理性のタガが完全に外れ、狂気に満ちた笑い声を上げながら、ウェルは制御室の奥へと駆け出す。
もはや引き返すことなど考えていない。
彼は禁忌のスイッチに手をかけた。
ウェル博士は、フロンティアの最奥部。
――いまや暴走の果てにうずくまる異形の巨獣、ネフィリムの許へと辿り着いていた。
「こうなったら……すべてを終わらせてやる! 私とネフィリムが一体となり、新たな神となるのだ……!」
ウェルは自らの肉体をネフィリムの生体組織へと突き刺し、強引に融合を開始する。
肉体が変異し、凄まじい苦痛と快楽に歪む中、彼は狂ったように笑い続けた。
さらに、彼はポケットから取り出した――かつてマリアから回収していた「ガングニールの欠片」を掴み取る。
「さあ、食らえ……! 神の欠片を我が身に宿し、真の絶唱を見せてみろ、ネフィリムぅっ!!」
ウェルはガングニールの欠片を、狂気に満ちたネフィリムの口へと投げ入えた。
瞬間――。
世界が凍り付くような、禍々しい紫黒の閃光がフロンティアの内外を包み込む。
ネフィリムの巨体が激しく痙攣し、その背中、そして全身から、禍々しく歪んだガングニールの装甲が突き出し、絡みついていく。
聖遺物の力を取り込み、さらに進化を遂げた「ガングニールを纏ったネフィリム」が、轟音と共に再びその巨体を顕現させた。
「ハハハハハ……! 見ろ、これが新たな神の降臨だぁッ!!」
月をめぐる人類の危機を退けたその直後、地上にはさらに絶望的な、新たな厄災の牙が剥き出しになっていた――。