戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
フロンティアでの激闘と、月落下阻止の危機が去ってから数日。
特務二課の本部医務室は、重苦しい静寂に包まれていた。
白いベッドの上に横たわっているのは、依然として意識の戻らない海斗の姿だった。
そのベッドを取り囲むように、響、翼、クリス、奏、未来、切歌、調、マリア、そして弦十郎が険しい表情で立ち尽くしている。
海斗の右腕に置いてあるアロンダイトの結晶は、静かで神聖な蒼白い光の脈動を繰り返していた。
『——意識の浮上を確認。周囲の生命波形、すべて正常です』
突如、医務室の静寂を破って響いたのは、重厚でありながら透き通るような、機械的で厳かな声だった。
アロンダイトから発せられたその「言葉」に、その場にいた全員が息を呑む。
「今のはアロンダイトか……!? 話せるのか……!?」
奏が目を見開いて叫ぶ。アロンダイトの光が静かに揺れた。
『肯定。バビロニアの宝物庫内に残されていた我が『欠片』を回収したことにより、記憶回路および言語対話機能の復元が少し完了しました。我が名はアロンダイト。かつて先史時代において、ノイズという生態兵器を生み出してしまった人類が、己の犯した過ちを反省し、未来の世界へ救いと希望を託すために生み出した、疑似的生態聖遺物です』
「ノイズを作った人たちが……遺した聖遺物……」
響が息を呑み、アロンダイトの輝きを見つめる。
アロンダイトは淡々と、バビロニアの宝物庫で起きた「真実」を語り始めた。
『マスター(海斗)を地球へ送り返す際、フィーネと呼ばれた魂は、解体されたノイズのエネルギーと我が能力を媒介にし、一時の肉体を得ました。彼女は自らの意志で宝物庫内部に留まり、ネフィリムの一兆度の爆発とともに消滅。……最期までマスターを保護する盾として機能しました』
「フィーネが……海斗くんを助けてくれたんだね……」
調と切歌が胸の前で手を握りしめ、溢れる涙をぬぐう。
だが、アロンダイトの報告はそれだけでは終わらなかった。
『しかし、今回の事象において、マスターは限界を超えて『聖域治癒』の概念を行使しました。聖域治癒とは、あらゆる損壊を完全再生させる絶対の力……ですが、それにはマスター自身の生命力を直接変換し、膨大に消費するという極めて高いリスクが伴います』
「生命力を……消費……!?」
アロンダイトの無機質な宣告に、医務室の空気が凍りついた。
その瞬間、奏の顔からサーッと血の気が引いていった。
喉をひくつかせ、恐る恐る、震える声でアロンダイトへ問いかける。
「……なあ。アロンダイト……。教えてくれ……」
「奏……?」
翼が心配そうに身を乗り出す。
「ずっと……聞きたかったんだ……。あいつが……海斗が、絶唱を使って消えかけてた俺を助けてくれた時……。あの時使ったのも……その『聖域治癒』だったのか……!?」
爪が肉に食い込むほど拳を強く握りしめる奏。アロンダイトは遮ることもなく、事実だけを淡々と告げた。
―『肯定。あの時、マスターは命の灯火が潰えかけていたあなたを完全治療するため、自身の『寿命』を代償として直接捧げました』
「じゅ、寿命……!? どれくらい……海斗の寿命は削られたの!?」
響が叫ぶように問い詰める。
アロンダイトの蒼い光が静かに明滅した。
『概ね、10年分の生命寿命です』
「っ…………!!」
医務室に、落雷が落ちたかのような衝撃が走った。
『補足します。今回のフィーネの受肉に関しては、ソロモンの杖を介して周囲のノイズをエネルギーに変換したため、マスターの寿命消費はありません。また、日常における軽度な治癒でも直接的な寿命の消費は発生していません。……寿命を直接引き換えたのは、天羽奏、あなたを救出させたあの一度のみです』
「10年……っ……私を……助けるために……10年も……ッ!!」
奏はその場に崩れ落ち、床に膝と拳を叩きつけた。
全身が激しく震え、目から大粒の涙が床を濡らしていく。
「なんで……なんで言わねえんだよあいつは……! 私が……私が無茶して絶唱なんて使ったせいで……海斗の命を10年も奪っといて……私は何も知らずに……ヘラヘラ笑って……ッ!!」
己の無知と不甲斐なさ、そして海斗が背負ってくれたあまりにも重すぎる代償に、奏は声をつまらせて号哭した。
翼が寄り添い、悲痛な表情で奏の肩を抱きしめる。
「寿命を10年とは……そんな……なんということだ……ッ!!」
クリスが怒りと悲しみの混ざった声を上げ、寝ている海斗の胸元を力任せに掴んだ。
「なんで一人で抱え込んでんだよバカヤローッ!! 命を何だと思ってやがるんだ! 助けてもらった奴がどんな気持ちになるか……考えなかったのかよッ!!」
「海斗……どうして……どうして何も教えてくれなかったの……っ! 私たち……友達でしょ……っ!?」
響もベッドに突っ伏し、涙で濡れた顔を海斗の服に埋めて声を詰まらせる。
未来はあまりの衝撃に言葉を失い、口元を両手で覆ったまま立ち尽くしていた。
切歌と調もまた、海斗の優しさに込められた酷すぎる代償を知り、互いの体を寄せ合って静かに涙を流す。
全員が激しいショックと感情の渦に打ちひしがれる中——。
腕を組み、深く帽子の庇(ひさし)を下げていた弦十郎司令が、重々しく息を吐き出した。
その握りしめられた拳には、血が滲むほど力が入っている。
「……ったく、どこまでも愚直で、お人好しな奴だ……。自分ひとりで全てを背負えばいいと、そう思っていたのか」
弦十郎は険しい、そして静かに眠る海斗の顔を見つめた。
「……おい、アロンダイト。海斗はいつ起きる。」
『マスターの生命力は、現在アロンダイトの自動循環システムにより急速回復プロセスへ移行しています。概ねあと48時間——2日もすれば意識は正常に覚醒すると推測されます。過度な心配は不要です』
アロンダイトはどこまでも機械的なトーンでそう告げると、言葉を結んだ。
『これよりマスターの生体組織の修復および補給に専念します。対話機能を一時停止します』
そう言い残すと、右腕の光は緩やかな脈動を残して静まり返った。
「そうか……あと2日か」
弦十郎はぐっと拳を固め、眠る海斗に向かって力強く言い放った。
「聞いただろ、全員。こいつはあと2日で起きる。……起きたら、覚悟させておけ。自分の命を軽んじたこと、仲間を頼らなかったこと……特務二課最高責任者として、みっちり怒鳴り散らして説教してやる。」
奏が目元を拭い、激しい後悔と強い決意を込めた瞳で海斗を見つめた。
静まり返った医務室。
海斗が背負った傷の深さを知り、少女たちの絆と覚悟は、来るべき新たな戦いに向けて、より一層深く、強く結びついていくのだった。