戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
まぶしい光が、瞼の裏を刺していた。
(……ん……ここ、は……?)
ゆっくりと目を開けると、視界に飛び込んできたのは見慣れた無機質な白い天井だった。
身体を動かそうとするが、鉛のように重い。
右腕に伝わる冷たい金属の感触——アロンダイトは静かに沈黙しているようだった。
(俺……バビロニアの宝物庫から出られたんだよな……)
そう胸を撫で下ろした瞬間、左手に尋常ではない強度の圧迫感と、じっとりと湿った熱気を感じた。
視線を落とすと、ベッドの脇で椅子に座り、海斗の左手を両手で骨が軋むほどの力で握りしめている少女の姿があった。
「……み、未来……?」
「……あ」
海斗の声に、未来がゆっくりと顔を上げた。
だが、その瞳にはいつもの温かい光はなく、どこかハイライトが消え落ちた深みのある暗い影が宿っていた。
「……起きたんだね、海斗くん。……ふふ、よかった……本当に、よかった……」
「み、未来? なんか顔色が……って、手、痛い痛い痛いっ! 力強くない!?」
未来は海斗の痛がる声すら耳に入っていない様子で、ゆらりと立ち上がると、ベッドの上へ覆いかぶさるように顔を近づけてきた。
息がかかるほどの至近距離。
「ねえ……海斗くん。アロンダイトさんから全部聞いたよ? 奏さんを助けるために自分の寿命を10年も削って……また死にそうになるまで無茶して……」
「あ、いや……それは……」
「どうして私に教えてくれなかったの? どうして自分だけで傷つくの? ……ねえ、海斗くんは私たちが、私がいなくても平気だって言いたいの……?」
未来の影を帯びた笑顔に、海斗の背筋へ冷たい汗が噴き出した。
「ち、違う! みんなを心配させたくなかっただけで——」
「ううん、もういいの。分かったの私……海斗くんがこんなに危なっかしいのは、外の世界(みんな)が海斗くんを惑わすからなんだよね」
「……はい?」
未来の瞳に、爛々と怪しい光が灯る。
「だからね、もうどこにも行かせないよ。二課の地下施設にね、私と海斗くんだけで暮らせる鍵付きの部屋を作ってもらうの。ベッドと、美味しいご飯と、私がいれば……海斗くんは誰も助けなくていいし、寿命も削らなくて済むでしょ……?」
「未来さんッ!? 思考が物凄く危険な方に跳んでないッ!?」
海斗が引きつった声を上げた、その瞬間——。
——チュッ……ッ!!
未来は海斗の顎を強く固定すると、逃げる隙すら与えず、頬へ吸い付くような濃密で重いキスを叩きつけた。
「は……っ!?」
「ふふ……海斗くんの味……。もう離さない……絶対に……」
頬から離れた未来の唇は怪しく濡れており、その瞳は完全に狂気と執着に染まりきっていた。
「「「「な、なにやってんだ(デス)ぁぁぁぁぁぁッ!!??」」」」
部屋の隅で寝ていた響、クリス、切歌、調が一斉に飛び起き、あまりの光景に目を剥いた。
「み、未来!? 今何したの!? 頬に……というか、今キスしたよね!?」
「テメェどさくさに紛れて何監禁計画立ててんだぁぁぁッ! 目が! 未来の目が完全にヤバいヤツの目になってるぞ!!」
クリスと響が慌てて未来を海斗から引き剥がそうと抱きつく。だが——。
「邪魔しないで、みんな……」
「「「ひっ……!?」」」
未来が冷徹な視線で振り返った瞬間、部屋の温度が数度下がったかのような錯覚を覚えた。
「海斗くんをこんな目にあわせたのは、響たちが頼りないからでしょ……? もう海斗くんは誰にも渡さない……私が一生、車椅子を押して、ご飯を食べさせて、お風呂に入れてあげるんだから……っ!!」
「未来さんのおしとやか属性が完全に消滅してヤンデレモンスターと化してるデス!!」
「切ちゃん、危ないよ! 今の未来さんに近付いたら消される……!」
切歌と調が抱き合ってガタガタと震える。
「未来、落ち着け! 俺はまだ生きてるし、車椅子もいらない! 監禁も嫌だ!!」
海斗がベッドの上で必死に叫ぶが、未来はうっとりとした表情で海斗の胸元を力任せに抱きしめ返した。
「大丈夫だよ海斗くん……何も怖くないよ……。私だけを見て……私だけを頼って……? ね? ずっとずっと、一緒にいようね……ふふ、ふふふふ……」
「たす……けて……響……クリス……! 息が……胸が圧迫されて息が……っ!」
「待ってて海斗ッ! 今未来から助けるからッ!! ……って、力強っ!? 未来!?力強すぎるよぉぉぉっ!?」
「正気に戻れ小日向ぁぁぁッ! 乙女の暴走にも程があるだろーがッ!!」
響とクリスが未来を剥がそうと必死に引っ張り、未来は「離さない……海斗くんは私の……!」と怪力で海斗にしがみつき、切歌と調は「マム、助けてデス〜!」と悲鳴を上げる。
医務室はまさに、愛と狂気が乱れ飛ぶカオスな修羅場と化していた。
——ドガァァァァァンッ!!
その時、医務室の頑丈な扉が、まるで戦車でも突っ込んできたかのような凄まじい音を立てて豪快に砕け散った。
「コラァァァお前たちッ!!朝っぱらから病室でドロドロの修羅場劇を繰り広げてるっ場合じゃないッ!!海斗が起きたらまずは医者を呼べッ!!!」
仁王立ちで扉の残骸の前に立っていたのは、額に極太の青筋を浮かべ、全身から凄まじい威圧感を放つ風鳴弦十郎司令だった。
「「「「「し、司令ーーッ!?」」」」」
一瞬で全員の動きがピタッと止まり、海斗に蛇のように巻き付いていた未来も、ハッと正気に戻ったようにパチパチと瞬きをした。
「……あ、あれ? 私……何を……っ///」
真っ赤になって海斗から飛び退く未来と、胸を押さえて荒い息を吐く海斗。
司令は腕を組み、地獄の底から響くような声で静かに言い放った。
「……海斗。起きた早々災難だったな。だが……お前への説教は、この大騒ぎの分も上乗せして後でじっくりやってやるから覚悟しておけ」
海斗の災難はまだ続く。