戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
風鳴弦十郎による雷のような怒号によって、医務室の大混乱が収拾してから数時間後。
海斗はベッドの上で身体を起こし、深く息を吐いていた。
部屋には、特務二課最高責任者である弦十郎をはじめ、二課の面々、そして病み上がりの海斗が集まっていた。
「——以上の経緯から、今後の運用方針を決定する。」
弦十郎が重々しく腕を組み、海斗を見据えた。
「アロンダイトが保持する『聖域治癒』……その有用性は計り知れんが、代償として海斗自身の生命力を削るというリスクがあまりにも大きすぎる。よって今後、海斗の『聖域治癒』の使用は、特務二課司令である俺の直接の許可がない限り、原則厳禁とする。良いな、海斗」
「はい。了解しました、司令」
海斗は素直に首を縦に振った。
自分の命を軽んじるつもりはないし、周囲にこれ以上無用な心配をかけたくないのも本心だった。
話が一段落したところで、海斗は右腕の聖遺物へ視線を落とす。
「……ところでアロンダイト。お前、なんであの場してみんなに『代償』の事とか『10年の寿命』の事とか、ペラペラ話しちゃったんだよ? おかげで大騒ぎになったろ……」
アロンダイトから、蒼い光とともに少し申し訳なさそうなトーンの機械音声が漏れた。
『……弁明の余地もない。当時は契約者の生命波形の復元および細胞修復処理に全演算リソースの98.2%を割いていた。そのため、外部からの問診に対し、感情的フィルターや情報の選別処理を介さず、事実のみを突発的に回答してしまった次第。……すまない。』
「あー……全リソースを俺の治療に使ってたから余裕がなかったのか。なら、責められないな……」
海斗が苦笑いしていると、ずっと隣で沈黙を守っていた奏が、意を決したように海斗の前へ歩み出た。
そして、そのまま深く頭を下げた。
「……海斗。本当に、すまなかった」
「か、奏さん!? 急に頭なんて下げないでくださいよ!」
「下げずにいられるかよ……ッ!」
奏は歯を喰いしばり、拳を固く握りしめた。
「俺が無茶して絶唱なんて使ったせいで……お前の命を、寿命を10年も奪っちまった。俺がもっと強ければ、お前にそんな代償を背負わせずに済んだのに……っ!」
「奏さん……」
悔しさと罪悪感に苛まれる奏の表情を見て、海斗は優しく目を細めた。
「気にしないでください、奏さん。俺、自分が10年寿命を縮めたって聞いた時ね……『ああ、奏さんを助けられたなら、10年なんて安いもんだな』って、本気でそう思いましたから」
「海斗……お前……っ」
「もしあの時に戻れたとしても、俺は絶対に同じことをします。だから、自分を責めないでください。それに……俺が削った10年分、奏さんが100年元気に生きてくれなきゃ、俺の頑張りが浮かばれないですよ」
海斗が朗らかに笑ってみせると、奏は一瞬呆気にとられたような顔をし、やがて目元を乱暴に拭った。そして、海斗の肩をポンと強く叩いた。
「……バカ野郎。どこまでも甘いお人好しだな、お前は。……分かったよ。お前からもらったこの命、絶対に無駄にはしねえ。死んでも死にきれねえからな……ッ!」
二人が固い絆を確かめ合うように頷き合うと、弦十郎が満足そうに頷き、咳払いを一つ挟んだ。
「よし。これで海斗とアロンダイトの件の整理はついたな。……次に、マリア、調、切歌の三人についての扱いだ」
「マリアたちの……?」
「ああ。上層部や諸外国との政治的調整にはまだ時間がかかるが……当面の間、彼女たち三人は特務二課の保護および管理下に置くことが正式に決定した。要するに、しばらくは響たちや海斗、お前たちと一緒に二課の施設で生活することになる」
「本当ですか! 切歌たちも、ここで一緒に過ごせるんですね!」
「ああ。戦いの中で傷ついた少女たちだ。二課として、全力で受け入れる。……だがな、海斗」
弦十郎はふっと呆れたような、どこか生温かい視線を海斗に向けた。
「生活環境が賑やかになるのは良いが……"あいつら"の『仲の良さ』には、お前も少し気を配っておけよ?」
「え? 仲が良いなら別に問題ないんじゃ……?」
「……フッ、行けば分かる」
言葉の意味を理解できず首を傾げる海斗だったが、その疑問はすぐに、最悪かつ最高に騒がしい形で氷解することになるのだった。
◇
**——ガチャンッ!!**
「……えっと。なんで俺、パイプ椅子に縛り付けられてるの……?」
場面は変わり、二課の地下にある厳重な防音査問室。
そこには、全身を頑丈なロープでぐるぐる巻きにされ、パイプ椅子に固定された海斗の姿があった。
その正面には、裁判官のように木槌(ガベル)を構えた風鳴翼が腰掛けている。
そして被告人席には、なぜか堂々とした佇まいで椅子に座る小日向未来。
傍聴席には、響、クリス、切歌、調、そして奏が並び、険しい表情で未来を睨みつけていた。
「静粛に! これより、第1回『小日向未来・独走キス事件』緊急査問会議を執り行う!」
翼がカンカンと木槌を鳴らす。
「待って翼さん!? なんで俺まで縛られてるんですか!?」
「海斗、お前は被害者であり重要証人だ。動くと危険(主に周りの感情的暴走により)なのでそのまま静聴していろ」
「理由になってないですよ!?」
海斗のツッコミをシカトし、翼はキリッとした表情で被告人席の未来を指差し、傍聴席へ向き直った。
「では、告発者諸君。被告人・小日向未来の罪状について述べるが良い!」
真っ先に立ち上がったのは響だった。
「はいっ! 裁判長! 未来はずるいです! 私だって海斗が起きた時、誰よりも心配してたのに! どさくさに紛れてほっぺにキスするなんて、いくら未来でも許されませんっ!」
「そうだそうだ!」とクリスが身を乗り出して叫ぶ。
「あたしなんて『バカヤロー』って胸ぐら掴むのが精一杯だったってのに! お前いつからそんな肉食系になったんだよ小日向ぁッ! 乙女の慎みってモンがないのか!」
「私からも異議ありデス!」
切歌が拳を突き上げる。
「未来さんだけフライングゲットなんてずるいデス!ズルいのは万死に値するデス!海斗お兄さんを襲うネフィリムの再来デス!!」
「……許されない暴走。独占欲の過剰行使につき、有罪を要求します」
調も静かに、しかしメラメラと対抗心を燃やして付け加えた。
最後に奏が腕を組んでフンと鼻を鳴らす。
「まあ、俺はキスとかはどうでもいいんだがな……俺の命の恩人を勝手に独占しようとした罪は重いぞ、未来!」
「「「「「有罪! 有罪! 有罪!!」」」」」
査問室に響き渡るコール。もはや裁判というよりただの嫉妬の嵐である。
海斗は引きつった顔で「みんな落ち着いて……」と呟くが、誰の耳にも届かない。
翼は木槌を構え、厳格な声で未来に問いかけた。
「……被告人、小日向未来。告発者たちの主張は以上の通りだ。何か弁明はあるか?」
全員の視線が集中する中、未来はゆっくりと立ち上がった。
その表情には照れも動揺もなく、ただ澄み切った、圧倒的な覚悟が満ち満ちていた。
「——弁明はありません」
「なにっ!?」
「ですが、一つだけ言わせてください」
未来はスッと胸を張り、傍聴席の全員を堂々と見つめ返した。
「海斗くんにキスをしたのは、私だけです。そして……海斗くんを危険から守り、誰よりも幸せにするのは、この私です! 何と言われようと、私の気持ちは絶対に揺らぎませんっ!!」
**ドォォォォン……!!**
未来から放たれた圧倒的なヒロイン力と覚悟の波動に、響たちが「くっ……!?」と気圧されて後ずさる。
「なんという……なんという揺るぎなき覚悟と愛の重さ……ッ!」
翼は感動のあまり目を潤ませ、大きく頷くと、勢いよく木槌を叩きつけた。
「被告人の言い分、実に天晴れなり! 己の愛に一切の偽りなし! ——よって、**無罪**とする!!」
「「「「ええぇぇぇぇぇぇッ!!???」」」」
響たちの絶叫が轟いた。
「なんで無罪になるんだよバカ裁判長ッ! 交代だ交代! 俺が判決を下す!」
奏が速攻で翼を裁判長席から引きずり下ろし、自分が木槌を奪い取った。
「無罪なんて認めるか! なら、実績を作ったもん勝ちってことだろ!?」
クリスが赤い顔をしてガタッと立ち上がり、ロープで縛られている海斗へ猛ダッシュで詰め寄った。
「な、なら……あたしも今ここで海斗にキスして、実績作ってやるんだからなッ///」
「ちょっとクリスちゃん何どさくさに紛れて抜け駆けしようとしてるの!? 私が先だよっ!」
「待て響! 引っ張るな! あたしが先だっ!」
「スキありデス! 隙だらけで縛られてる海斗さんにダイレクトアタックデス!」
切歌が目を輝かせて海斗の逆側の頬へ突撃しようとし、その後ろから調も「……切ちゃんだけズルい。私も行く。」と便乗しようとする。
「待ちなさいっ!!」
そこへ、無罪を勝ち取ったはずの未来が超絶的なスピードで割り込み、切歌と調の前に立ちはだかった。
「海斗くんは私のものです! 誰も渡しませんっ!」
「未来さん顔がヤンデレに戻ってるデス〜!?」
「ネフィリムより強そう。」
「クリスちゃん離して! 海斗っ、私が守るからねー!」
「押すなバカ! 倒れる……倒れるってぇぇぇッ!」
未来、響、クリス、切歌、調の5人が海斗の周りで揉み合いになり、椅子ごと海斗がガタガタと揺れ動く。
「待って! みんな落ち着いて! 俺、縄でガチガチに縛られてるから倒れたら頭打つ! 誰かこの縄解いてぇぇぇぇぇッ!!」
海斗の悲鳴が査問室に虚しく響き渡る中、奏は頭を抱えて深々とため息をついた。
「…………まあ、賑やかになって何よりだけどな」
月を巡る壮絶な危機を乗り越え、傷を抱えながらも、少女たちの絆と騒がしくも愛おしい日常は続いていく。