戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
第六十四話 奇跡のその先へ、錬金術の黒き影
フロンティアでの決戦と、あの不条理極まりない査問裁判(?)から数ヶ月——。
季節は巡り、世界は一見して平穏を取り戻したかに見えた。
ネフィリムの脅威は去り、特務二課の保護下に置かれたマリア、切歌、調の3人も、最初は緊張していたものの、今では響や未来たちと賑やかな日常にすっかり馴染んでいる。
そして、海斗も、徹底的な精密検査とリハビリを経て、無事に戦場への復帰を果たしていた。
◇
「——よし、体の動きにズレはないな」
二課のトレーニングルーム。
海斗は汗を拭いながら、右腕に光るアロンダイトの装甲を見つめた。
弦十郎司令との約束通り、『聖域治癒』は「司令の直接の許可がない限り絶対に使用禁止」という厳格なルールの下で管理されているが、通常の戦闘機能やアンプ(増幅)機能は以前と変わらず正常に稼働している。
「あまり無茶するんじゃないぞ、海斗」
声をかけてきたのは、汗ばんだ長い赤髪を拭いながら歩み寄ってきた奏だった。
自分の命を救うために海斗に10年もの寿命を支払わせてしまったことへの強い負い目を胸に抱えつつも、彼女の瞳には海斗と共に生き抜くための澄み切った決意が宿っている。
「分かってますよ、奏さん。司令の許可なしには『聖域治癒』は使いませんから」
「ふん、分かってりゃいいさ。お前に何かあったら、今度こそ小日向に俺たちが何されるか分かったもんじゃねえからな……」
奏が引きつった顔で呟き、海斗も苦笑いを浮かべた。
あの日のヤンデレ化した未来の恐怖は、二課の全員のトラウマとして深く刻まれていた。
その時、トレーニングルームのスピーカーからサイレンとともに弦十郎の重々しい声が響き渡った。
『——海斗、至急指令室へ出動だ! 響、翼、クリスにも緊急召集をかけている!』
海斗と奏の表情が一瞬で引き締まる。
「司令、何か起きたんですか!?」
『大気圏外から地球へ帰還中のスペースシャトルに重大なトラブルが発生した! あのシャトルには、月で我々のために命を散らしたナスターシャ教授のカプセルが載せられている……! だが推進器が暴走し、このままでは大気圏で分解、もしくは市街地へ突入する危険がある!』
ナスターシャの想いを、最後の遺品を無事に地球へ届ける——。
「了解です、すぐ行きます!」
海斗は奏と力強く頷き合い、響たちが待つ出撃口へと駆け出した。
---
**——上空数万メートル、大気圏突入領域。**
真っ赤な火炎の尾を引いて大気圏へ突入するスペースシャトル。
制御を完全に失い、超高速で落下していく巨大な機体の前に、蒼穹の空を切り裂いて4つの光が飛来した。
ガングニールを纏う立花響、天羽々斬を纏う風鳴翼、イチイバルの雪音クリス。
自由を掴み取った白銀の光彩とアロンダイトを輝かせる海斗。
「みんな、配置につけ! シャトルを減速させ、落下衝撃を殺しながら不時着させるぞ!」
翼の喝声が無線に響く。
「海斗! 私と一緒に機体の先端を押さえて減速を!クリスちゃんは後方の制動を!」
「へっ、無茶苦茶なレスキュー作戦だが……やってやろうじゃねえか!」
「行きます……! アロンダイト、推進力・防御障壁ともに展開!」
海斗が右腕を掲げると、アロンダイトから解き放たれた白銀の波長がシャトルの機体全体を包み込み、大気との凄まじい摩擦熱から機体を死守する。
「うおぉぉぉぉぉッ! 歌いながら押し返すんだよぉぉぉぉッ!!」
響と海斗がシャトルの先端に足と腕を叩きつけ、超高速で落下する巨体を身一つで強引に押し殺していく!
ババババババババッ!!
――
―S.O.N.G.司令部
『ダメです!シャトルの減速間に合いません!』
「…せめて、シャトル内部に飛び込んで操縦士だけでも!」
間に合わないと心配する緒川が叫ぶ。
「それじゃあ、マムが。」
「帰れないじゃないデスか…。」
「くっ…。」
絶望するマリア達。
『そいつぁは聞けない相談だ。』
クリスの声が司令部に響く。
『人の尊厳は守られなければならない。』
翼が続き。
『ナスターシャ教授が世界を守ってくれたんですよ。なのに帰ってこれないなんておかしいです。』
響がつぶやく。
その言葉に感謝するマリア達。
「どこまでも、欲張りデス。」
「ふっ…。かなわないわけだ・・・。」
――
減速はしたものの、依然として猛烈な慣性のまま地表へ迫るシャトル。
正面に見えるのは——立ち並ぶ山々と、その先に広がる市街地!
「滑走路なんてどこにもねえぞ! どうすんだよ!?」
「滑走路がないなら……作ればいい!」
翼が一閃のもとに山頂を平らに削り落とし、シャトルの底面を山肌へ滑らせる!
激しい火花と土砂の奔流が巻き上がる。
「まだまだ止まらん! 街に入るぞ!」
『南無三!!』
「クリスちゃん、川へ誘導して! 街を……街を削りながらでも、絶対に止めるッ!!」
響の叫びとともに、4人はビル群の狭間を縫う河川敷へとシャトルを滑り込ませた。
橋脚を打ち砕き、コンクリートの水路を豪快に削り崩しながら、シャトルは凄まじい質量と速度の衝撃を水と砕けた瓦礫の中に逃がしていく。
——ズガガガガガガガガァァァァンッ!!
ついに——市街地の手前で、スペースシャトルは完全にその足を止めた。
ナスターシャのカプセルは、傷一つなく無事に護り抜かれたのだ。
「ふぅ……ふぅ……や、やりきった……!」
響と海斗が膝をつき、荒い息を吐きながら健闘をたたえ合う。
◇
シャトル救出作戦から数日——。
「……デスッ! これが『リディアン音楽院』の制服デスか! 着心地最高デス!」
「……切ちゃん、少し襟元が乱れてる。……はい、直した」
「ありがとデス、調〜!」
私立リディアン音楽院の校門前。
新しい制服に身を包んだ月読調と暁切歌が、目を輝かせて校舎を見上げていた。
特務二課の配慮と未来たちの手助けにより、二人は晴れて響や未来と同じ学校に通うことになったのだ。
「ふふ、よく似合ってるよ、調ちゃん、切歌ちゃん!」
朝の登校風景の中、未来が優しく微笑みかけ、隣で響が「いっしょに学校に通えるなんて夢みたいだよ〜!」と二人を抱きしめる。
「まったく、騒がしくなりそうだな」
少し離れたところで、海斗が鞄を肩にかけながら苦笑いを浮かべていた。
「海斗くん! ほら、二人ともすっごく可愛いよね!」
「ああ、すごく似合ってるよ。……でも響、あんまり抱きしめすぎると登校早々遅刻するぞ」
「あ、いっけないデス! 早く教室に行くデス!」
眩しい日差しの中で弾ける少女たちの笑顔。
争いのない世界で、当たり前の学生生活を送る——それこそが、命を懸けて掴み取った『奇跡』の証だった。
だが、その平和の裏側で、世界はすでに密かに蝕まれ始めていた。
◇
——イギリス・ロンドン。
満員のオーディエンスが大歓声をあげる巨大ドームスタジアム。
ステージ上に立つのは、風鳴翼、マリア・カデンツァヴナ・イヴ、そして天羽々斬の奏者として復活を遂げた風鳴奏の三人だった。
世界平和と復興を祈念した特別チャリティライブ。
国境を越えた歌声が会場を熱狂の渦に巻き込み、フィナーレを迎える。
「——ありがとう! みんなの想い、しっかりと受け取ったわ!」
ステージ裏の控え室へ戻り、汗を拭うマリアと翼。
奏は腕を組み、満足そうにフンと鼻を鳴らしていた。
「ふぅ……久しぶりの大舞台だったが、悪くない心地よさだったな」
「ああ。私たちの歌が、少しでも誰かの力になれば……」
翼が言葉を紡ぎかけた、その時。
——ヒュォォォォォ……ッ!!
密閉されたはずの控え室に、突如として不気味な『風』が吹き荒れた。
室内を満たす空気が一瞬で凍りつき、奏たちの肌を粟立たせる。
「なっ……誰だ!?」
翼と奏が瞬時に間合いを詰め、マリアを背中に庇う。
風の渦の中からゆっくりと姿を現したのは、優雅なドレスを身に纏い、薄笑いを浮かべたからくり人形(オートスコアラー)——『ファラ・スユーフ』だった。
「初めまして。我が主の仰せに従い、あなた方の『思い出』を頂戴しに上がりました」
「思い出……だと!?」
奏の瞳に鋭い殺気が宿る。
未知の異形の存在に、翼と奏は静かにギアを纏う構えを取った。
◇
——時を同じくして、日本の某所。
「火事だー! 誰か、逃げ遅れた人を助けてくれー!」
突如として市街地で発生した大規模火災。
激しい炎と黒煙が建物を包み込む中、駆けつけたのは立花響と海斗だった。
「海斗くん、上の階に人が取り残されてる!」
「よし、俺がアロンダイトで崩落を防ぐ! 響は救出に集中してくれ!」
海斗のアロンダイトから放たれた白銀の盾が燃え盛る梁を支え、響が素早く逃げ遅れた住民を抱え出して避難させる。
人命救助が完了し、燃えさかる建物の前で二人が息を整えた、その時——。
炎の壁を割って、一人の少女が静かに歩み出てきた。
つばが広く、てっぺんがツンと尖った大きな黒い魔女帽子。
首元と裾に繊細な白フリルがあしらわれたボルドーのノースリーブミニワンピースの上に、肘上まで伸びるシックな白のロンググローブ。
そして肩には、外側が深い紺青、フチにはモコモコとした白いファーが贅沢にあしらわれたオーバーサイズのロングコートをマントのようにバサリと羽織っている。
その装いは、まるで物語から抜け出した錬金術師の正装そのものだった。
サラリと揺れるきれいな金髪と、幼い見た目。
だが、その双眸には世界を絶望の淵へ叩き落とすほどの、深く冷徹な意志が宿っていた。
「……君は……?」
響が息をのむ。
海斗は即座に響の前へ躍り出ると、アロンダイトを構えて警戒を最大に引き上げた。
(錬金術師……キャロル・マルス・ディーンハイム……!)
少女——キャロルは、燃え盛る火の粉の中で冷酷な笑みを浮かべた。
「世界の解体……その前奏曲(プレリュード)をはじめようか、シンフォギア奏者」
◇
——さらに別の場所。
二課の警戒ルートを巡回していた雪音クリスと、付き添っていた切歌・調の前に、空から無数の「コイン」が降り注いだ。
シャリン、と涼やかな音を立ててアスファルトに突き刺さる金属片。
その中心に降臨したのは、黄色とのドレスを纏い、無表情にコインを弄ぶもう一人の自動人形——『レイア・ダラーヒム』。
「なっ……なんだアイツは!?」
クリスがイチイバルを構え、切歌と調も瞬時にギアを纏って身構える。
「目的は何デスか!?」
「……敵意。容赦は……しない」
レイアは感情の籠もらない機械的な瞳で、三人を冷たく見下ろした。
「標的を確認。これより……回収を開始します」
◇
ロンドンでファラと対峙する翼、奏、マリア。
火災現場で圧倒的な存在感を放つキャロルと対峙する響と海斗。
そして街中でレイアと対峙するクリス、切歌、調。
平和な日常の裏で蠢いていた錬金術師たちの復讐劇。
世界を焼く「思い出」の奪い合いが、今まさに同時多発的に幕を開けようとしていた——!