戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
——イギリス・ロンドン、巨大スタジアム。
吹き荒れる冷たい風の中、からくり人形(オートスコアラー)ファラ・スユーフは、優雅な仕草でその身の丈ほどもある一振りの剣を引き抜いた。
「——逃がすかッ!!」
風鳴翼が足場を蹴り、青い残光を引きながら死角へと距離を詰める。
その手に握られた『天羽々斬』が鋭い一閃を放つ!
同時に、横合いから緋色の疾風が躍り出た。
「ハッ! 翼と一緒なら負けねえよッ!」
ガングニールを纏った天羽奏が、鋭い槍撃を寸分の狂いもなくファラの首元へと繰り出す。
翼の天羽々斬と、奏のガングニール。
長年培われた呼吸は完全に合致していた。
だが——。
ファラは不敵な笑みを浮かべ、手に持った剣を軽く振り払った。
——ガキィィィィィィンッ……!!
「な……ッ!?」
凄まじい衝撃音が響き渡ると同時に、翼の瞳が驚愕に見開かれた。
ファラの剣が接触した瞬間——翼の手にあった天羽々斬の刃が、まるで薄いガラスのように『脆く、木っ端微塵に砕け散った』のだ。
「天羽々斬が……一撃で……!?」
「翼っ!?」
衝撃で体制を崩した翼を庇うように、奏がガングニールをしならせてファラを突き放す。
後方へ着地した翼の右手には、柄を残して刀身が完全に失われた天羽々斬の残骸だけが握られていた。
ファラは手に持った剣の刃を優雅になぞりながら、嘲笑うように言った。
「おどろく事はありません、シンフォギア奏者。我が手に宿るはこの世の理を切り裂く哲学兵装『ソードブレイカー』……。『剣』と定義されたあらゆる概念、あらゆる存在を問答無用で破壊する絶対の剣にございます」
「哲学兵装……!『剣』と定義されたものを無条件で打ち砕くというのか……ッ!」
マリアが息をのむ。剣を象徴とし、剣とともに生きてきた翼にとって、それはあまりにも酷悪な天敵であった。
「さあ……絶望の時間はまだ始まったばかりですわ」
ファラがソードブレイカーを掲げると、背後の空気に禍々しい亀裂が走り、赤く蠢く災厄の群れ——『アルカ・ノイズ』が解体された領域から溢れ出してきた。
◇
---
——日本の街中。
「ハァァァァッ!!」
縦横無尽に旋回する緑の斬撃。
切歌が振るうイガリマの大鎌と、調が展開するシュルシャガナの鋸刃が、息の合ったコンビネーションでレイアを追い詰めていく。
「……出力上昇。予測数値を大きく上回っています」
無表情なレイアの瞳に、かすかな計算誤差の光が宿る。
かつて、切歌と調はギアの適合係数を補うために「LiNKER」という投与薬を不可欠としていた。
しかし——以前、海斗がアロンダイトの『聖域治癒』を用いて二人の聖遺物を再生した際、その神聖なる再生の波長は彼女たちの体ではなく「シンフォギア」そのものの構造に直接干渉し、最適化と圧倒的な出力向上を引き起こしていた。
今や二人のギアは、LiNKERの助けなど一切借りずとも、以前とは比べ物にならないほど高次元の出力を安定して叩き出すことができるのだ。
「調! 一気に決めるデス!」
「……ん。合わせる、切ちゃん!」
「無駄な抗いです」
レイアが感情のない声で呟くと同時に、空中に怪しいコインが弾けた。
現れたのは、赤く輝く不気味な異形の群れ——『アルカ・ノイズ』。
「ノイズ……!? 切歌、気をつけて!」
クリスがイチイバルのガトリングを構えて掃射する。
だが、その弾丸がアルカ・ノイズに接触した瞬間——。
——シュアァァァァァッ……!!
「なっ……何ィ!? ガトリングの弾が……消えた!?」
通常、シンフォギアが発するフォニックゲインの威圧の前には、ノイズの「相殺・炭化機能」は無効化されるはずだった。
しかし、アルカ・ノイズは違った。
このノイズは、分解対象の組成物質(シンフォギア)に完全に合わせたチューニングと、専用の干渉破砕効果を備えているのだ。
本来ならノイズの攻撃を防ぐはずの「シンフォギアの減衰機能」が強制的に無効化され、接触したギアの装甲が、有機物・無機物を問わず『赤い塵』となって瞬く間に崩壊していく!
「きゃあぁぁぁぁッ!?」
「ギアが……削られていくデス!?」
「……ッ、切ちゃん……逃げて……っ!」
干渉破砕効果の前に、クリスたちの強力なギアがまるで濡れた紙くずのように解体され、赤い塵となって風に舞った。
◇
---
——火災現場。
燃えさかる炎の中で、響はガングニールを握りしめ、キャロルに向かって突進した。
「みんなの平和を奪うなんて……許さないッ!!」
渾身の踏み込みから繰り出される右ストレート。
だが——。
——ズガァァァァンッ!!
「……なっ!?」
響の拳は、キャロルの数メートル手前で完全に停止した。
キャロルは指一本動かしていない。
ただそこに立ち、冷徹な瞳で響を見下ろしているだけだ。
キャロルの周囲には、極小の粒子が高速回転する完璧な錬金術の防壁が展開されていた。
それは物理的な質量だけでなく、運動エネルギー、熱、音波の全てを力学的に完全に打ち消す絶対の障壁。
響のガングニールの打撃をもってしても、近づくことすら叶わない。
「身程知らずだな、シンフォギア奏者」
キャロルが黒い魔女帽子をわずかに傾け、羽織ったロングコートの裾を揺らす。
彼女の足元から、無数のアルカ・ノイズが湧き出した。
「しまっ……響、下がれッ!!」
海斗の叫びも虚しく、アルカ・ノイズが響の腕に飛びついた。
——パリィィィンッ……!!
「うあぁぁぁぁぁッ!?」
専用の干渉破砕効果が発動する。
減衰機能を突破された響のガングニールは、接触面から瞬く間に「赤い塵」へと変えられ、装甲が粉々に砕け散っていった。
「響っ!!」
海斗は咄嗟に響を背後に引き寄せると、右腕のアロンダイトを前に掲げ、自らを盾とした。
アルカ・ノイズの群れが一斉に海斗へと襲いかかる。
あらゆる聖遺物、あらゆる物質を「チューニングされた干渉破砕」によって赤い塵へと変える死の奔流。
——ドガガガガガガッ!!
だが——。
——キィィィィィン……ッ!!
異変が起きた。
アルカ・ノイズが海斗に触れた瞬間、アロンダイトから溢れ出た蒼白き神聖な光芒が、その干渉破砕効果を完全に無効化し、力任せに弾き返したのだ。
「……なに……?」
キャロルの冷徹な瞳が、初めて不審そうに細められた。
ファラの『ソードブレイカー』による概念破壊も、アルカ・ノイズによる「対象の組成に合わせたチューニング破砕」も、世界中のいかなる聖遺物・兵器であっても例外なく赤い塵と化す。
それが錬金術師たちの持つ絶対的な法則だった。
にもかかわらず——海斗のアロンダイトだけは、傷一つつかない。
分解されるどころか、その干渉破砕の波動すら寄せ付けず、絶対の異物としてそこに鎮座していた。
(アロンダイトだけが……アルカ・ノイズに分解されない……!? なぜだ……!?)
海斗自身も驚愕に目を見開いていた。
だが、キャロルは息を吐き出すと、手に持った杖を地面に突いた。
「フン……珍奇な玩具を混ぜているようだが、フォニックゲインの回収、奏者の排除は完了した。長居する理由もない」
アルカ・ノイズたちが一斉に影の中へと消えていく。
キャロルは黒い帽子のつばに手をかけ、海斗と傷ついた響を冷ややかに見下ろした。
「世界を破壊する……その始まりを、精々絶望の中で眺めているがいい」
空間が歪み、キャロルはその姿を消した。
◇
---
燃え残る火災現場には、ギアを破砕されて倒れ込む響と、右腕のアロンダイトを握りしめて立ち尽くす海斗だけが残された。
(アロンダイトの『聖域治癒』を使えば……響の破壊されたギアも元通りに直せるかもしれない……!)
海斗の脳裏に一瞬、その選択肢が浮かぶ。
だが、頭の中で弦十郎司令の厳格な声が響いた。
『聖域治癒の使用は、司令である俺の許可がない限り絶対厳禁だ』
寿命を10年削り、仲間たちにどれほどの絶望と悲しみを与えたか。
そして何より——なぜ自分のアロンダイトだけが、あのアルカ・ノイズの絶対的な分解効果すら無効化できたのか。
「くそっ……! なんなんだよ……どうしたら正解なんだよ……ッ!?」
悔しさと、底知れぬ恐怖。
抱えきれない謎と葛藤を胸に抱いたまま、海斗は打ち砕かれた響を抱きかかえ、暗雲立ち込める空を見上げるのだった。