戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
エルフナインがもたらした「イグナイトモジュール」の情報と魔剣の欠片は、絶望に沈んでいたS.O.N.G.指令室に一筋の光明を投げかけた。
「……なるほど。アルカ・ノイズに対抗するため、ギアの出力を強引に引き上げるモジュールか」
弦十郎が顎に手を当てて頷く。
壊滅的な被害を受けた響、クリス、翼のギアを修復し、このモジュールを組み込むための調整作業が、エルフナインと研究スタッフの手によって突貫で始められた。
「海斗さん……! 僕、必ずみなさんのギアを直してみせます! だから……それまで街の警戒をお願いできますか?」
「ああ、任せておけ。お前はギアの調整に集中してくれ」
海斗は力強く頷くと、補給と街の哨戒を兼ねてS.O.N.G.の本部をあとにした。
◇
---
——夕闇が迫る市街地。
人通りがまばらになった路地裏を歩いていた海斗は、ふと背後に拭い去れない「違和感」を覚えた。
(……気配? いや、空気の湿度が急激に上がっている……?)
足を止め、アロンダイトに神経を集中させた瞬間——。
——ぬるり。
「えっ……!?」
影の中から出現した『水』の束が、海斗の全身を拘束した。
蛇のように絡みつく液体は凄まじい水圧を持ち、海斗の身体機能を完全に封じ込める。
「捕〜まえた。案外隙だらけなのね、お兄さん」
背後から掠めるように聞こえた甘く幼い声。
振り向く間もなく、海斗の視界は水流の渦に覆われ、強引に顔を向けさせられた。
目の前には、薄青い髪と透き通るような肌を持つ少女の姿。
段差のない至近距離で、不意に甘い湿り気が唇を塞ぐ。
**——んむっ……。**
「……んッ!?!?!?」
突如として奪われた唇、甘く柔らかい感触に海斗の思考が一瞬でフリーズする。心臓が跳ね上がり、全身の血が逆流したかのように赤面した。
だが、目の前の少女——水のエレメントを司るオートスコアラー『ガリィ・トゥーマ』の狙いは、そんな甘いものではなかった。
「ふふ……我が主のために、あなたの『大切な思い出』……根こそぎ吸い上げてあげる……!」
ガリィの瞳が怪しく光り、接触面から海斗の脳内へ強力な吸引力を流し込む。
人間が持つ「思い出」をエネルギーとして変換するための強奪術式。
海斗の意識の中で、過去の記憶——響たちと笑い合った日常や、命を懸けて戦った激闘の記憶が、濁流のようにガリィへと引き抜かれていく。
「いただくわ、あなたの……って、え……!? ゲホッ……っ!?」
ガリィの不敵な笑みが、突如として苦悶の表情へと変わった。
吸っても、吸っても——減らない。
吸い上げたはずの記憶のデータが、海斗の脳内から消去される直前、右腕のアロンダイトから放たれた白銀の波長によって即座に『コピー&ペースト(複製・補填)』され、完全に元の状態へ復元されていたのだ。
『——浅はかな人形め。我が主の記憶を盗むなど、万死に値する』
脳裏でアロンダイトの冷徹な声が響く。
「な、何なのこれ……!? 吸っても吸っても、記憶が全然減らない……っ!? むしろ……入ってきすぎて……ッ!!」
海斗の記憶領域は減るどころか、無限に湧き出す泉のように膨大なエネルギーとなってガリィへと流れ込んでいく。
ガリィの体内(ストレージ)は一瞬で海斗の熱い思い出とフォニックゲインで満たされ、お腹がパンパンにはち切れんばかりの限界に達してしまった。
「くっ……苦しい……っ! お腹……お腹いっぱいになっちゃう……! 処理容量(ストレージ)が……破裂するぅぅぅッ!?」
ガリィは悲鳴を上げ、顔を真っ赤にして弾かれたように海斗から唇を離した。
胸を押さえ、苦しそうに膝をついて荒い息を吐くガリィ。
その瞳には、未だかつて味わったことのない「未知の恐怖」が浮かんでいた。
「ハァ……ハァ……っ! びっくりした……死ぬかと思った……!」
海斗は口元を手で覆いながら、激しい動揺を必死に抑え込んだ。
唇に残る濡れた感触に胸をバクバクと高鳴らせつつも、眼前の敵の異常性と雰囲気を察知し、瞬時にアロンダイトを全開で起動する。
(この水の操作術……そして思い出を吸い取ろうとする能力……間違いない。キャロル配下の自動人形(オートスコアラー)……ガリィ・トゥーマ……!)
「お前……何するんだよっ……!」
「化け物……! あなたの記憶……何で消えないのよ!?一体何なの……ッ!」
お腹を押さえて苦しむガリィは悔しそうに歯を食いしばると、水流の残像を残して即座に影の中へと逃走した。
「あっ、待てッ!」
追いかけようとする海斗だったが、水流は街の排水路へと溶け込み、完全に気配を消していた。
取り残された海斗は、赤くなった顔を覆いながら溜め息をついた。
「くそっ……油断した……。けど、奴らの目的が『思い出の強奪』だってことは確かだ……!」
——カシャリッ!!
静まり返った路地裏に、高らかな機械音が鳴り響いた。
「……へ?」
海斗が跳ね起きるように振り返ると、電柱の陰からスマホを構えた人物が姿を現した。
響と未来の同級生——板場弓美だった。
「み、見ちゃった……! 見ちゃったよ海斗くんッ!! 年下の青髪美少女と路地裏で濃厚な不意打ちキス……ッ! 超大物特ダネだよコレはーーーッ!!」
「い、板場さん!? 違ッ……違うんです!! 今のは敵の攻撃で、俺は被害者で——ッ!!」
「ふふふ……言い訳は未来ちゃんに直接言ってもらおうかな!」
弓美はニヤニヤと悪意のない(しかし致命的な)笑みを浮かべ、スマホの画面を高速タップし始める。
「実はね〜、『海斗くんが変な悪い虫につかないように、何かあったら教えてね』って未来ちゃんから頼まれてたんだよね〜! 見てよこの完璧なアングル! キスの瞬間バッチリ撮れちゃった☆ ……はい、送信っと!」
「待って板場さんお願いだから送信ボタンだけは押さないで文字通り命がかかって——ッ!!」
**ピコン♪ 『送信が完了しました』**
「あ。」
弓美が無邪気に画面を見せつけると、海斗の顔から血の気がサーッと引いていった。
(……おしまいだ。小日向未来の、あの笑顔が脳裏に浮かぶ……『海斗くん……?』って静かに笑う未来の姿が……ッ!)
「いたばさぁぁぁぁぁぁん!! 何してくれてるんですかぁぁぁぁぁッ!!」
絶叫する海斗の悲鳴が、夕暮れの街に虚しくこだました。
◇
---
——キャロルの隠れ家。
「……で?お腹いっぱいで帰ってきたというわけかい? ガリィ」
静かな地下室で、キャロル・マルス・ディーンハイムがハープシコードの手を止め、冷ややかな視線をガリィに向けた。
ガリィは苦しそうにお腹を押さえ、肩をすくめながら悔しそうに口を開く。
「ごめんね。マスター……。だけど、あの『アロンダイト』を持つ男……海斗は異常だよ。私の『思い出の吸引術式』を直接叩き込んだってのに、彼の記憶は一つも消えなかったんだから」
「何……?」
キャロルの眉がピクリと跳ね上がる。
「記憶が消えない……? 人間の脳が持つ記憶領域は有限だ。術式で吸引されれば、フォニックゲインとして変換・消失するのが世界の理のはず」
「そうなのよ……! まるで……消えた瞬間に、あの右腕のギアが記憶を全く同じ形で『コピーして貼り付けている』みたいだった。どれだけ吸い上げても一瞬で元通りに修復されちゃって……私、彼のエネルギーを吸いすぎてお腹いっぱいになっちゃったんだから……っ」
「……記憶の複製と無限の完全復元、だと……?」
キャロルが思考を巡らせる横で、ガリィはお腹を押さえながら、部屋の奥で静かに横たわる未起動の自動人形へ歩み寄った。
「ふぅ……もう私のお腹(ストレージ)に入りきらないから……ミカに分けてあげるね」
ガリィが指先を差し出すと、吸い過ぎて許容量を超えていた海斗の強大な「思い出のエネルギー」が、濁流となって眠れるオートスコアラー——『ミカ・ジャウカーン』へと注入された。
——ドクン……ッ!!
「……んッ!?」
莫大な密度のフォニックゲインが流し込まれた瞬間、ミカの身体が大きく跳ね起きた。
全身の駆動系が一気に熱を帯び、固く閉じられていた瞳が怪しい黄色い光を放って見開かれる。
「……おはよう、ミカ」
「……んあ? アタシ……目覚めたのか……? すげぇ……お腹いっぱいだゾ……!」
力強く拳を握りしめるミカの姿を見つめ、キャロルは黒い帽子のつばに手をやり、不敵な笑みを浮かべた。
「ほう……眠っていたミカを一瞬で完全に目覚めさせるほどの高密度なエネルギー……。あらゆる物体やギアを『赤い塵』に変えるアルカ・ノイズを無効化し、精神や記憶の消失すら許さぬ『絶対的な再生と不変の力』……」
キャロルの脳裏に、太古の錬金術師たちが追い求め、歴史の闇に葬られたとされる『ある概念』が不吉に思い浮かぶ。
「面白い……実に面白いじゃないか、海斗」
キャロルの唇が、歪んだ冷酷な微笑みを刻む。
「お前のその聖遺物……アロンダイト。世界の解体の前に、この俺が直々に解剖して確かめさせてもらう……!」