戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
板場弓美によって送られた一枚の「写真」——路地裏で年下の青髪美少女(ガリィ)と密着し、唇を重ねている海斗の姿——は、特務二課の待機室に一瞬にして絶対零度の静寂をもたらした。
「……ねえ、海斗くん?」
部屋の中央。
パイプ椅子に腰掛けた海斗の目の前で、小日向未来が静かにスマホを握りしめて立っていた。
その顔には、いつもの温和で優しい笑みが浮かんでいる。
……目元だけが一切笑っていないことを除けば。
「ひっ、未来……さん……あのね、これには本当に深ぁい訳があってだな……!」
冷や汗を滝のように流しながら後退る海斗。
背後には、傍観を決め込む響、クリス、切歌、調、そして奏が壁際に一列で並んでいた。
「海斗くん、私ね? 弓美ちゃんから『すごい写真が撮れた』ってメッセージが来た時、何かの見間違いだと思ったの」
未来が静歩で一歩、距離を詰める。
「でも……画質、すっごく綺麗なんだよね。海斗くんの顔も、相手の女の子の顔も、バッチリ写ってるの。……路地裏で、二人きりで、とっても気持ち良さそうに……ね?」
「誤解だァァァッ!! 相手はキャロルの手下のオートスコアラーで、記憶(思い出)を奪うための攻撃だったんだよッ! 俺は被害者なんだッ!!」
「ふ〜ん……攻撃、ねぇ……?」
未来はスッと屈み込むと、海斗の顔を至近距離で覗き込んだ。
その瞳には、黒々とした深い嫉妬と独占欲の炎が揺らめいている。
「じゃあ……なんで拒否しなかったの? 海斗くんなら、いくらでも振り解けたはずなのに……本当は、若い可愛い女の子にキスされて……嬉しかったんじゃないの……?」
「そんなわけないだろぉぉぉッ!? 相手は水を操る力で全身ガチガチに拘束してきて、物理的に動けなかったんだってッ!」
「……本当かなぁ……?」
「本当です!! 神に誓って本当です!!」
命の危機を感じて必死に叫ぶ海斗。
見かねた響が「み、未来……海斗、本当に困ってるし、敵の攻撃だったのは本当だと思うよ……?」と恐る恐る助け船を出そうとするが、未来がスーッと視線だけを向けると、響は「ヒッ……!」と悲鳴を上げて影を潜めた。
「……分かったわ」
未来はふっと溜め息をつき、いつもの柔らかい表情に戻った。
「海斗くんがそこまで言うなら、今回は信じてあげる。……でもね?」
未来は海斗の頬にそっと手を添えると、耳元で優しく、しかしどこまでも冷ややかに囁いた。
「……次、もし他の女の子とそんなことしたら……私、何するかわからないからね……?」
ヒエッ……!!
海斗の背筋を激しい悪寒が駆け抜けた。
---
——深夜、S.O.N.G.本部からの帰り道。
未来の詰問(という名の尋問)から命からがら解放された海斗は、夜風に当たりながら重い足取りで住宅街の路地裏を歩いていた。
「はぁ……生きた心地がしなかった……。敵の攻撃だって言ってるのに、なんであんなに命の危険を感じなきゃいけないんだ……」
口元を拭いながら深いため息をつく。
だが——。
——ぬるり。
「……ッ!? この気配……まさか!?」
足元から這い上がってきた高圧の『水』の束が、寸分の狂いもなく海斗の首から下を完璧に拘束した!
「またかよぉぉぉぉぉ!!?」
『…いい加減学んだらどうだ我が主。』
叫ぶ海斗に呆れるアロンダイト。
「捕〜まえた。ふふ、また一人で歩いてるなんて防犯意識が足りないんじゃない?お兄さん」
暗闇から姿を現したのは、薄青い髪を揺らすオートスコアラー『ガリィ・トゥーマ』。
そして——その隣には、先ほど目覚めたばかりの黄色い瞳をギラつかせた、巨大な爪を持つオートスコアラー『ミカ・ジャヴカーン』が立っていた。
「くそっ……ガリィ! また来やがったのか!拘束を解けッ!」
「解くわけないじゃない。今日はね、私の素敵なお友達を連れてきたの。」
ガリィはお腹を少しさすりながら、ニヤニヤと不敵に笑った。
「さっきは私のお腹(ストレージ)が一杯になっちゃったけど……ミカなら、あなたのその底なしの『思い出』をいくらでも受け止められるわ! さあミカ、思う存分吸い尽くしちゃいなさい!」
「へっ……! 本当にそんな美味ぇエネルギーが詰まってんだろうな! いただきますだゾッ!!」
ミカが豪快に笑いながら海斗の胸ぐら(拘束された状態)を掴み、その顔を至近距離まで寄せてきた。
「ま、待てッ! やめろお前ら! これ以上の浮気(?)は本当に命が——ッ!!」
海斗の制止も虚しく、ミカは強引に海斗の唇を塞ぎ、強力な記憶吸出術式を全開で叩き込んだ!
**——んむちゅっ……!!**
「……んッ!?!?!?」
ガリィの濡れたような唇とは異なる、情熱的で強烈な圧迫感。
再び奪われた唇に海斗の思考が真っ白に染まる。
「っ……ハハッ! なんだこの圧倒的なエネルギーはッ!? 記憶のデータが溢れてきやがる……吸っても吸っても、次から次へ湧き出て来るゾッ!!」
ミカは歓喜の声を上げ、海斗の脳内から「思い出」を力任せに強奪しようとする。
しかし——。
『——身の程を知れ、人形め。我が主の記憶は不滅なり』
脳裏でアロンダイトの冷徹な声が響き渡る。
海斗の記憶領域が削られた瞬間、アロンダイトが放つ白銀の波長が、削られた記憶のデータを完全な状態で即座に『複製・再構築』される。
「な……ッ!? 減らないんだゾ……!? 湧き出る速度が速すぎて……ぐあぁぁぁぁッ!?」
吸えば吸うほど、その何倍もの膨大な高密度のエネルギーがミカの体内へ逆流していく!
「なっ……何これぇぇぇッ!? 体が熱い……! 動力炉が破裂するッ! パンパンになっちゃうゾぉぉぉッ!!」
「ミカ!?」
ミカは叫び声を上げ、顔を真っ赤に加熱させながら堪らず海斗から唇を離した。
ドサリと膝をつき、胸を押さえて激しく肩で息をするミカ。
その赤い瞳には、驚愕と恐怖が入り混じっていた。
「ハァ……ハァ……っ! なんだアイツの右腕……! 記憶を吸い取ろうとしたら、逆にアタシのストレージが焼き切れそうになったぞ……ッ!?」
◇
---
——路地裏を見下ろすビルの屋上。
暗闇の中で、黒い魔女帽子を被った少女——キャロル・マルス・ディーンハイムが、その一部始終を冷酷な瞳で観察していた。
「……やはりな」
キャロルは静かに呟いた。
「人間の『思い出』とは本来、有限の精神エネルギーだ。術式によって抽出されればエネルギーへと変換され、記憶そのものは消滅する……それが世界の絶対的な法則。」
だが、眼下で起きている事象は、その法則を完全に無視していた。
分解対象の組成に合わせて破砕する『アルカ・ノイズ』を無効化する絶対の防壁。
そして、どれほど吸い上げようとも決して損なわれず、一瞬で完全な状態へと自己復元を果たす『記憶の不滅と無限生成』。
「物質の崩壊を拒絶し、精神の磨耗すら許さず、無から無限のエネルギーを生み出し続ける完全なる循環……」
キャロルの双眸に、狂おしいほどの歓喜と確信の光が宿る。
「……間違いない。あれは単なる聖遺物(シンフォギア)などではない」
キャロルは自らの胸元に手を当て、不敵な笑みを深く刻んだ。
「太古の錬金術師たちが夢見ながらも、誰一人として到達し得なかった至高の奇跡……『完全なる賢者の石(ラピス・フィロソフォラム)』。……いや、それ以上の存在だ。」
「マスター……?」
お腹を押さえて逃げ戻ってきたガリィとミカが不審そうに見上げる中、キャロルはロングコートの裾を優雅に翻した。
「素晴らしい、佐々木海斗。まさかこのような場所で、我が宿願を遥かに凌駕する『絶対の理』に出会えるとは。」
キャロルは暗闇の底で立ち尽くす海斗を見下ろし、冷ややかに、しかし狂気を含んだ声で宣言した。
「世界の破壊の前に……そのアロンダイト、いや、賢者の石を。我が練金術の全てを賭けて、この手で暴き開かせてやろう……!」