戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
最初に感じたのは、白い天井だった。
「……。」
海斗はゆっくりと目を開ける。
鼻を刺激する消毒液の匂い。
静かな機械音。
身体を起こそうとした瞬間。
「無理をするな。」
聞き覚えのある声がした。
「……風鳴さん?」
隣の椅子に座っていた弦十郎ではなかった。
そこにいたのは。
長髪の青い髪の少女。
凛とした表情。
風鳴翼だった。
「まだ身体が回復していない。」
「君は、自分がどれだけ無茶をしたのか理解しているのか?」
海斗は苦笑する。
「……たぶん。」
「たぶんでは困る。」
翼は呆れたように言う。
しかし、その表情には怒りよりも感謝の色があった。
「だが。」
「礼を言わせてほしい。」
海斗は目を瞬く。
「え?」
翼は静かに頭を下げた。
「天羽奏を救ってくれた。」
「本当に……ありがとう。」
その言葉に海斗は戸惑う。
「俺は……。」
「俺は結局、奏さんが絶唱するのを止められませんでした。」
翼の瞳が揺れる。
「……それでもだ。」
「君がいなければ、奏はここにはいない。」
その言葉が胸に響いた。
◇
「目が覚めたんだね!」
明るい声が病室へ響く。
扉の方を見ると。
そこには一人の少女が立っていた。
「奏さん……。」
天羽奏。
本来なら、もう会えなかったはずの人。
「よかった。」
奏は笑う。
「目覚めてくれて。」
「こっちの方が言うことじゃないですか。」
海斗が苦笑すると、奏は肩をすくめた。
「まあね。」
「でも、私が今ここにいるのは君のおかげだから。」
奏は真っ直ぐ海斗を見る。
「ありがとう。」
海斗は視線を逸らした。
「……よかったです。」
それだけしか言えなかった。
◇
しばらくして。
海斗は一番気になっていたことを聞いた。
「……響は。」
その名前を口にした瞬間。
翼と奏の表情が少し変わる。
「立花響か。」
翼が答える。
「現在、治療中だ。」
「命に別状はない。」
「……!」
海斗の肩から力が抜ける。
「よかった……。」
本当に。
その一言しか出なかった。
「胸部に刺さった金属片については、現在調査中だ。」
翼が続ける。
「医療班によれば、奇跡的に急所は外れていたらしい。」
海斗は黙って頷く。
(よかった。)
まだ何も終わっていない。
でも。
響は生きている。
それだけで十分だった。
◇
その日の夜。
病室。
消灯時間を過ぎた頃。
海斗は一人、窓の外を見ていた。
「……アロンダイト。」
胸元の欠片が淡く光る。
『呼んだか。』
「聞きたいことがある。」
『聖域治癒についてか。』
海斗は頷いた。
「代償。改めて教えてくれ。」
しばらく沈黙。
そして。
『聖域治癒は、生命を分け与える力だ。』
『失われるはずだった命を救う代わりに、契約者自身の生命力を消費する。』
「七割。」
『そうだ。』
海斗は息を吐く。
『今回の使用で、汝の生命力は大きく損耗した。』
『短期間で再使用すれば、汝自身の命が危険に晒される。』
「……。」
『そして。』
『この力を使えることを、他者へ伝えるな。』
海斗は顔を上げる。
「奏さんにも?」
『特にだ。』
『彼女は優しい。』
『必ず自分を責める。』
海斗は黙った。
確かにそうだ。
奏なら。
「自分のために、俺が傷ついた」
そう考えるだろう。
「分かった。言わない。」
『誓えるか。』
海斗は胸元のアロンダイトを握る。
「ああ。」
「これは俺とお前だけの秘密だ。」
◇
しかし。
静かになった病室で。
また、あの日の光景が蘇る。
(もっと早く動けていれば。)
(奏さんを絶唱させずに済んだんじゃないか。)
(響をもっと早く助けられたんじゃないか。)
拳を握る。
「俺は……。」
『契約者。』
アロンダイトの声が響く。
『また過去を見ている。』
海斗は言葉を止めた。
『汝は何度同じことを繰り返す。』
「……。」
『あの日の選択を悔やむことは簡単だ。』
『だが、その選択の先で救われた命もある。』
海斗は窓の外を見る。
『守護とは、完璧な未来を作ることではない。』
『その時、その場所で守れるものを守ることだ。』
海斗は静かに目を閉じた。
「……分かってる。」
「でも。」
『後悔するなとは言わぬ。』
『ただし、後悔に囚われるな。』
海斗は小さく笑った。
「厳しいな。」
『守護の剣だからな。』
その言葉に、海斗は少しだけ笑った。
◇
翌朝。
病室の扉が開く。
「調子はどうだ?」
聞き覚えのある声。
振り返ると。
そこには腕を組んだ大柄な男が立っていた。
風鳴弦十郎。
海斗は静かに目を細める。
「……弦十郎さん。」
弦十郎は真剣な表情で海斗を見る。
「少し話をしよう。」
運命の日を越えた少年と。
この世界の裏側を知る男。
二人の本格的な会話が、始まろうとしていた。