戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
──S.O.N.G.本部・指令室。
「なんだ……あれ……」
誰かが呟いた。
しかし、その声に答える者はいない。いや、答える余裕など、誰にもなかった。
巨大モニターいっぱいに映し出されているのは、ヨーロッパの大地を引き裂きながら浮上する巨大建造物だった。
城。
そう表現するには、あまりにも巨大すぎる。
雲を貫く無数の尖塔に、複雑に絡み合う巨大な錬金術式。そして、大地から吸い上げられるように集まっていく光。
その全てが、一つの異様な構造体を形成していた。
「チフォージュ……シャトー……」
エルフナインが震える声で、その名を口にする。
「知っているのかッ!?エルフナインッ‼」
弦十郎の問いに、エルフナインは息を呑みながら頷いた。
「はい……。あれは……万象黙示録を実行するための巨大錬金装置です。。。」
「確か、世界を分解する……とか言ってやがったヤツか」
クリスが忌々しげにモニターを睨みつけた。
「その通りです」
エルフナインの顔から、血の気が引いていく。
「あれが完全に起動すれば……キャロルは世界そのものを『分解』できます」
「世界そのものを……?」
響が息を呑む。
「そんなこと……」
「させるわけないデスッ!」
切歌が拳を握る。
「世界がなくなったら、ご飯も食べられなくなるデス!」
「そこ?」
調が小さくツッコむ。
「いや、重要だろ」
海斗は真顔で頷いた。
「世界が滅びたらハンバーグも食えなくなる」
「海斗……」
響の眉がピクリと動く。
「なんで今ハンバーグなのかなぁ……?」
「……しまった」
海斗の顔が引きつった。
「わざわざその単語を選ぶとは、いい度胸だな海斗」
奏も笑っていた。とても良い笑顔で。
ただし、目だけは一切笑っていない。
「いや違う! 今のは世界の食文化全体を守るという崇高な──」
「佐々木」
「はいッ!」
弦十郎の低い声が響いた。
「痴話喧嘩は後にしろ」
「痴話喧嘩じゃないです!」
「「痴話喧嘩じゃないッ!」」
響と奏まで同時に反論する。
「息ぴったりじゃねぇか……」
クリスが呆れたように肩を落とした。
だが、そんな短いやり取りもすぐに終わった。
モニターにノイズが走る。
──ザザッ。
「通信が……?」
友里が操作卓へ身を乗り出す。
「違います! 外部から映像が強制的に割り込んできます!」
次の瞬間、指令室の巨大モニターが黒一色に染まった。
そして。
『──聞こえているか、愚かな人類ども』
「……ッ!」
海斗の目が鋭くなる。
現れたのは、一人の少女だった。
だが、先ほど倒したキャロルとは明らかに違う。
幼い姿ではない。
長い金髪に、成熟した体つき。
全身を包む膨大な錬金エネルギー。
そして何より、画面越しですら伝わってくる圧倒的な威圧感。
「これが……本当のキャロルちゃん……」
響が呟く。
『ようやく準備が整った』
キャロルは両腕を広げた。
『オレは全てを思い出した。父のことも、世界のことも……そして、この世界を分解する理由も』
「キャロルちゃん……」
響が一歩前へ出る。
「どうして……そこまで……」
『立花響』
まるで響の声が聞こえているかのように、キャロルは冷たい笑みを浮かべた。
『貴様たちには理解できない。理解する必要もない』
その瞳に、迷いはない。
『世界は今日、終わるのだから』
──ブツン。
通信が途切れる。
一瞬、指令室を静寂が支配した。
そして。
「──全員、出撃準備ッ!!」
弦十郎の怒号が指令室を震わせる。
「チフォージュ・シャトーの完全起動を何としてでも阻止する!」
「了解ッ!」
「了解デスッ!」
「了解」
奏者たちが一斉に走り出す。
海斗もその後に続こうとした──その時。
『主よ』
「……なんだ?」
アロンダイトの声が、いつもより低い。
『警告』
「警告?」
『チフォージュ・シャトーより検出されるエネルギー値──測定限界を超過』
海斗の足が止まる。
『現在の主および奏者全員の戦力を総合した場合においても、正面突破による勝率──』
わずかな沈黙。
『二・七%』
「…………」
「…………」
「…………」
その場にいた全員が固まった。
「ひっくッ!?」
響が変な声を出した。
「に、二・七パーセントって……。ほとんど勝ち目ねぇじゃねぇかッ!」
クリスが叫ぶ。
「それは……困ったデス……」
「困ったで済ませる数値じゃない」
調が冷静に訂正した。
「アロンダイト」
海斗は真剣な目で胸元を見る。
「別の方法は?」
『検索中』
淡い光が点滅する。
『──存在する』
「本当か!?」
『ただし』
「……ただし?」
『主の生存率が大幅に低下する可能性あり』
──ピシッ。
空気が凍った。
「却下」
奏が即答した。
「まだ何も説明してないだろ!?」
「聞く必要ない」
「早いよ!」
「却下です!」
響まで即答する。
「響まで!?」
「海斗はすぐ自分を犠牲にするから!」
「今回はまだ何も言ってないだろ!」
「前科がありすぎるんだよッ!」
奏の叫びに、誰も反論できなかった。
「……海斗くん」
未来が静かに笑う。
「絶対にダメだからね?」
「はい」
海斗は反射的に背筋を伸ばした。
「……なんで未来が一番怖いんだろう」
『主よ』
「なんだ」
『女性関係における生存率も低下中』
「お前は黙ってろ!」
◇
──数十分後。
S.O.N.G.格納庫。
「装者各員、転送準備完了!」
「座標固定!」
「チフォージュ・シャトー周辺、高密度の錬金障壁を確認!」
慌ただしく職員たちが走り回る中、その中央には奏者たちが並んでいた。
翼。
クリス。
マリア。
切歌。
調。
響。
奏。
そして──海斗。
全員が、それぞれのギアを手にしている。
「とうとう全員揃ったな」
海斗がぽつりと呟いた。
壊されたギア。
奪われた力。
傷ついた仲間。
いくつもの戦いを経て、ようやく本当の意味で全員が並び立つことができた。
「何を感慨に耽っている」
翼が隣へ立つ。
「いや……ちょっとな」
「怖いのか?」
「……少し」
海斗は素直に答えた。
翼がわずかに目を見開く。
「意外だな」
「そりゃあ、俺だって怖いよ」
海斗は苦笑した。
「死ぬのも怖い。仲間が傷つくのも怖い。みんなが傷つくのは……もっと怖い。」
「海斗……」
響が振り返る。
その視線を受けながら、海斗はアロンダイトを握りしめた。
「だから、全員で帰る」
「……ああ」
奏が笑った。
「それでいい。誰か一人が犠牲になるなんて、あたしは認めない」
「もちろん私も!」
響が海斗の右腕を掴む。
そして奏が、当然のように左腕を掴んだ。
「……なあ」
「何?」
「なんだ?」
「これ、戦場に行く前の光景として合ってる?」
海斗が真顔で尋ねる。
「問題ない」
「ないよ?」
「そうですか……」
「羨ましい悩みだなァ、オイ」
クリスの額に青筋が浮かぶ。
「ほら、行くぞバカップルどもッ!」
「「「バカップルじゃないッ!」」」
三人の声が綺麗に重なった。
「だから息ピッタリなんだよッ!」
◇
──ヨーロッパ上空。
チフォージュ・シャトー。
巨大な錬金要塞が、大地を見下ろしている。
実際に目の前まで来てみれば、その規模は映像で見ていた時とは比較にならなかった。
「でっか……」
響が呆然と見上げる。
「こんなのどうやって壊すデス……?」
「全部斬れば問題ありません」
「翼さんが脳筋になってるデス!?」
「もとから」
「月読ィ!」
翼の声が響く。
「冗談」
調が小さく目を逸らした。
「……来るぞ!」
海斗が叫ぶ。
城壁に刻まれた無数の術式が一斉に輝き始めた。
──ギュォォォォォンッ!!
「散れぇぇぇッ!」
直後、空を埋め尽くすほどの錬金光線が放たれた。
「うわぁぁぁッ!?」
響たちは四方へ散開する。
次々と放たれる光線が空を焼き、山を抉り、大地を爆砕していく。
「冗談だろッ!? 一発一発がデカすぎる!」
クリスが空中で反転しながらミサイルを連射した。
『MEGA DETH PARTY!』
無数の爆炎がチフォージュ・シャトーを包み込む。
しかし。
──キィィン。
「効いてねぇッ!?」
要塞を覆う巨大な障壁が、その全てを弾き返した。
『障壁出力、計測します!』
エルフナインの声が通信機から響く。
『そんな……通常のシンフォギアの攻撃では突破できません!』
「だったら!」
響が拳を握る。
「もっと強く殴るッ!」
「響らしいな!」
海斗が笑った。
「奏さん!」
「分かってる!」
二人のガングニールが黒い燐光を放つ。
『──イグナイトモジュール抜剣!──』
──ドンッ!!
黒き炎が爆ぜ、二人を包む装甲が禍々しい漆黒へと染まっていく。
「ハァァァァァァッ!!」
「穿てぇぇぇぇッ!!」
響の拳と奏の槍。
二つの一撃が、同時に障壁へ叩き込まれた。
──バギィィィィィンッ!!
「ひびが……!」
「入ったッ!」
「海斗ォッ!」
「任せろ!」
海斗がアロンダイトを掲げる。
『聖域展開』
白銀の光が広がり、巨大な盾が空中に出現した。
だが今回は、守るためではない。
「盾を……ぶつけるッ!」
『理解不能』
「たまには攻撃に使ってもいいだろ!」
『我は守護の聖剣』
「細かいこと言うなァァァッ!!」
海斗は巨大な光盾を、そのまま障壁へ叩き込んだ。
──ドゴォォォォォォンッ!!
「それ盾の使い方じゃねぇだろッ!」
クリスのツッコミが飛ぶ。
「壊れればいいんだよ!」
「お前も脳筋かッ!」
だが、効果は確かだった。
響と奏が穿った一点を中心に、巨大障壁へ亀裂が一気に広がっていく。
「全員、一斉攻撃ッ!」
弦十郎が叫ぶ。
『風輪火斬!』
『MEGA DETH QUARTET!』
『HORIZON † SPEAR!』
「非常識なまでにぶっ飛ばすデスッ!」
「切ちゃん、それ技名じゃない」
「細かいことはいいデスッ!」
七色の攻撃が一点へ集中する。
そして──。
「響!」
「うん!」
響が大きく拳を引いた。
「せぇぇぇぇぇのぉぉぉッ!!」
──バッキィィィィィィィン!!
巨大な破砕音。
チフォージュ・シャトーを覆っていた障壁の一角が、ついに粉々に砕け散った。
「開いたッ!」
「突入するぞッ!」
一同が一斉に城内へ飛び込んでいく。
しかし海斗だけは、その直前に一瞬だけ背後を振り返った。
「……アロンダイト」
『何か』
「さっき言ってた方法」
『…………』
「俺の生存率が下がる方法って、なんだ?」
『回答を拒否』
「おい」
『周囲の女性奏者から破壊される危険性を確認』
海斗は一瞬黙り込み、それから呆れたように笑った。
「お前……学習したな」
『肯定』
「まあいい」
少なくとも今は、そんなものに頼るつもりはない。
全員で帰ると決めた。
なら、その約束を守るだけだ。
「全員で帰るって決めたからな」
『了解』
その瞬間。
──ゾクリ。
「……ッ!?」
異様な悪寒が海斗の全身を駆け抜けた。
『警告』
アロンダイトの声が変わる。
『強大な反応を検知』
「どこだ!?」
『前方』
城の最奥。
巨大な扉の向こうから、圧倒的な魔力が溢れ出していた。
ギギギギギ──。
まるで海斗たちを歓迎するかのように、扉がゆっくりと開いていく。
「ようこそ」
少女の声。
否。
世界を滅ぼそうとする錬金術師の声。
「待っていたぞ、奏者ども」
巨大な錬金陣の中心。
玉座に腰掛ける少女。
キャロル・マルス・ディーンハイム。
その左右には、二人のオートスコアラー。
レイア。
そして──ファラ。
「ようやく会えたな」
キャロルは笑う。
「佐々木海斗」
「……俺を知ってるのか」
「ああ」
キャロルの視線が、ゆっくりと海斗の胸元へ向けられる。
その先にあるのは、アロンダイト。
「むしろ、ずっとお前を待っていた」
「……は?」
その言葉に、響も奏も、そして海斗自身も表情を変えた。
「どういう意味だ」
海斗が剣を構える。
キャロルは楽しそうに口元を吊り上げた。
「知らないのか?」
そこで一度、言葉を切る。
「その聖剣が──この世界に存在してはならない聖遺物だということを」
「──ッ!?」
海斗の目が見開かれる。
『…………』
そして。
今までどんな問いにも淡々と答えてきたアロンダイトが、初めて何も答えなかった。
「アロンダイト……?」
白銀の聖剣は沈黙したまま、微かに震えていた。
まるで。
何かを恐れているかのように──。