戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~   作:きりやんやん

80 / 84
第七十八話 世界を解く錬金術師

 

 

 ──S.O.N.G.本部・指令室。

 

「なんだ……あれ……」

 

 誰かが呟いた。

 

 しかし、その声に答える者はいない。いや、答える余裕など、誰にもなかった。

 

 巨大モニターいっぱいに映し出されているのは、ヨーロッパの大地を引き裂きながら浮上する巨大建造物だった。

 

 城。

 

 そう表現するには、あまりにも巨大すぎる。

 

 雲を貫く無数の尖塔に、複雑に絡み合う巨大な錬金術式。そして、大地から吸い上げられるように集まっていく光。

 

 その全てが、一つの異様な構造体を形成していた。

 

「チフォージュ……シャトー……」

 

 エルフナインが震える声で、その名を口にする。

 

「知っているのかッ!?エルフナインッ‼」

 

 弦十郎の問いに、エルフナインは息を呑みながら頷いた。

 

「はい……。あれは……万象黙示録を実行するための巨大錬金装置です。。。」

 

「確か、世界を分解する……とか言ってやがったヤツか」

 

 クリスが忌々しげにモニターを睨みつけた。

 

「その通りです」

 

 エルフナインの顔から、血の気が引いていく。

 

「あれが完全に起動すれば……キャロルは世界そのものを『分解』できます」

 

「世界そのものを……?」

 

 響が息を呑む。

 

「そんなこと……」

 

「させるわけないデスッ!」

 

 切歌が拳を握る。

 

「世界がなくなったら、ご飯も食べられなくなるデス!」

 

「そこ?」

 

 調が小さくツッコむ。

 

「いや、重要だろ」

 

 海斗は真顔で頷いた。

 

「世界が滅びたらハンバーグも食えなくなる」

 

「海斗……」

 

 響の眉がピクリと動く。

 

「なんで今ハンバーグなのかなぁ……?」

 

「……しまった」

 

 海斗の顔が引きつった。

 

「わざわざその単語を選ぶとは、いい度胸だな海斗」

 

 奏も笑っていた。とても良い笑顔で。

 

 ただし、目だけは一切笑っていない。

 

「いや違う! 今のは世界の食文化全体を守るという崇高な──」

 

「佐々木」

 

「はいッ!」

 

 弦十郎の低い声が響いた。

 

「痴話喧嘩は後にしろ」

 

「痴話喧嘩じゃないです!」

 

「「痴話喧嘩じゃないッ!」」

 

 響と奏まで同時に反論する。

 

「息ぴったりじゃねぇか……」

 

 クリスが呆れたように肩を落とした。

 

 だが、そんな短いやり取りもすぐに終わった。

 

 モニターにノイズが走る。

 

 ──ザザッ。

 

「通信が……?」

 

 友里が操作卓へ身を乗り出す。

 

「違います! 外部から映像が強制的に割り込んできます!」

 

 次の瞬間、指令室の巨大モニターが黒一色に染まった。

 

 そして。

 

『──聞こえているか、愚かな人類ども』

 

「……ッ!」

 

 海斗の目が鋭くなる。

 

 現れたのは、一人の少女だった。

 

 だが、先ほど倒したキャロルとは明らかに違う。

 

 幼い姿ではない。

 

 長い金髪に、成熟した体つき。

 

 全身を包む膨大な錬金エネルギー。

 

 そして何より、画面越しですら伝わってくる圧倒的な威圧感。

 

「これが……本当のキャロルちゃん……」

 

 響が呟く。

 

『ようやく準備が整った』

 

 キャロルは両腕を広げた。

 

『オレは全てを思い出した。父のことも、世界のことも……そして、この世界を分解する理由も』

 

「キャロルちゃん……」

 

 響が一歩前へ出る。

 

「どうして……そこまで……」

 

『立花響』

 

 まるで響の声が聞こえているかのように、キャロルは冷たい笑みを浮かべた。

 

『貴様たちには理解できない。理解する必要もない』

 

 その瞳に、迷いはない。

 

『世界は今日、終わるのだから』

 

 ──ブツン。

 

 通信が途切れる。

 

 一瞬、指令室を静寂が支配した。

 

 そして。

 

「──全員、出撃準備ッ!!」

 

 弦十郎の怒号が指令室を震わせる。

 

「チフォージュ・シャトーの完全起動を何としてでも阻止する!」

 

「了解ッ!」

 

「了解デスッ!」

 

「了解」

 

 奏者たちが一斉に走り出す。

 

 海斗もその後に続こうとした──その時。

 

『主よ』

 

「……なんだ?」

 

 アロンダイトの声が、いつもより低い。

 

『警告』

 

「警告?」

 

『チフォージュ・シャトーより検出されるエネルギー値──測定限界を超過』

 

 海斗の足が止まる。

 

『現在の主および奏者全員の戦力を総合した場合においても、正面突破による勝率──』

 

 わずかな沈黙。

 

『二・七%』

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 その場にいた全員が固まった。

 

「ひっくッ!?」

 

 響が変な声を出した。

 

「に、二・七パーセントって……。ほとんど勝ち目ねぇじゃねぇかッ!」

 

 クリスが叫ぶ。

 

「それは……困ったデス……」

 

「困ったで済ませる数値じゃない」

 

 調が冷静に訂正した。

 

「アロンダイト」

 

 海斗は真剣な目で胸元を見る。

 

「別の方法は?」

 

『検索中』

 

 淡い光が点滅する。

 

『──存在する』

 

「本当か!?」

 

『ただし』

 

「……ただし?」

 

『主の生存率が大幅に低下する可能性あり』

 

 ──ピシッ。

 

 空気が凍った。

 

「却下」

 

 奏が即答した。

 

「まだ何も説明してないだろ!?」

 

「聞く必要ない」

 

「早いよ!」

 

「却下です!」

 

 響まで即答する。

 

「響まで!?」

 

「海斗はすぐ自分を犠牲にするから!」

 

「今回はまだ何も言ってないだろ!」

 

「前科がありすぎるんだよッ!」

 

 奏の叫びに、誰も反論できなかった。

 

「……海斗くん」

 

 未来が静かに笑う。

 

「絶対にダメだからね?」

 

「はい」

 

 海斗は反射的に背筋を伸ばした。

 

「……なんで未来が一番怖いんだろう」

 

『主よ』

 

「なんだ」

 

『女性関係における生存率も低下中』

 

「お前は黙ってろ!」

 

 ◇

 

 ──数十分後。

 

 S.O.N.G.格納庫。

 

「装者各員、転送準備完了!」

 

「座標固定!」

 

「チフォージュ・シャトー周辺、高密度の錬金障壁を確認!」

 

 慌ただしく職員たちが走り回る中、その中央には奏者たちが並んでいた。

 

 翼。

 

 クリス。

 

 マリア。

 

 切歌。

 

 調。

 

 響。

 

 奏。

 

 そして──海斗。

 

 全員が、それぞれのギアを手にしている。

 

「とうとう全員揃ったな」

 

 海斗がぽつりと呟いた。

 

 壊されたギア。

 

 奪われた力。

 

 傷ついた仲間。

 

 いくつもの戦いを経て、ようやく本当の意味で全員が並び立つことができた。

 

「何を感慨に耽っている」

 

 翼が隣へ立つ。

 

「いや……ちょっとな」

 

「怖いのか?」

 

「……少し」

 

 海斗は素直に答えた。

 

 翼がわずかに目を見開く。

 

「意外だな」

 

「そりゃあ、俺だって怖いよ」

 

 海斗は苦笑した。

 

「死ぬのも怖い。仲間が傷つくのも怖い。みんなが傷つくのは……もっと怖い。」

 

「海斗……」

 

 響が振り返る。

 

 その視線を受けながら、海斗はアロンダイトを握りしめた。

 

「だから、全員で帰る」

 

「……ああ」

 

 奏が笑った。

 

「それでいい。誰か一人が犠牲になるなんて、あたしは認めない」

 

「もちろん私も!」

 

 響が海斗の右腕を掴む。

 

 そして奏が、当然のように左腕を掴んだ。

 

「……なあ」

 

「何?」

 

「なんだ?」

 

「これ、戦場に行く前の光景として合ってる?」

 

 海斗が真顔で尋ねる。

 

「問題ない」

 

「ないよ?」

 

「そうですか……」

 

「羨ましい悩みだなァ、オイ」

 

クリスの額に青筋が浮かぶ。

 

「ほら、行くぞバカップルどもッ!」

 

「「「バカップルじゃないッ!」」」

 

 三人の声が綺麗に重なった。

 

「だから息ピッタリなんだよッ!」

 

 ◇

 

 ──ヨーロッパ上空。

 

 チフォージュ・シャトー。

 

 巨大な錬金要塞が、大地を見下ろしている。

 

 実際に目の前まで来てみれば、その規模は映像で見ていた時とは比較にならなかった。

 

「でっか……」

 

 響が呆然と見上げる。

 

「こんなのどうやって壊すデス……?」

 

「全部斬れば問題ありません」

 

「翼さんが脳筋になってるデス!?」

 

「もとから」

 

「月読ィ!」

 

 翼の声が響く。

 

「冗談」

 

 調が小さく目を逸らした。

 

「……来るぞ!」

 

 海斗が叫ぶ。

 

 城壁に刻まれた無数の術式が一斉に輝き始めた。

 

 ──ギュォォォォォンッ!!

 

「散れぇぇぇッ!」

 

 直後、空を埋め尽くすほどの錬金光線が放たれた。

 

「うわぁぁぁッ!?」

 

 響たちは四方へ散開する。

 

 次々と放たれる光線が空を焼き、山を抉り、大地を爆砕していく。

 

「冗談だろッ!? 一発一発がデカすぎる!」

 

 クリスが空中で反転しながらミサイルを連射した。

 

『MEGA DETH PARTY!』

 

 無数の爆炎がチフォージュ・シャトーを包み込む。

 

 しかし。

 

 ──キィィン。

 

「効いてねぇッ!?」

 

 要塞を覆う巨大な障壁が、その全てを弾き返した。

 

『障壁出力、計測します!』

 

 エルフナインの声が通信機から響く。

 

『そんな……通常のシンフォギアの攻撃では突破できません!』

 

「だったら!」

 

 響が拳を握る。

 

「もっと強く殴るッ!」

 

「響らしいな!」

 

 海斗が笑った。

 

「奏さん!」

 

「分かってる!」

 

 二人のガングニールが黒い燐光を放つ。

 

『──イグナイトモジュール抜剣!──』

 

 ──ドンッ!!

 

 黒き炎が爆ぜ、二人を包む装甲が禍々しい漆黒へと染まっていく。

 

「ハァァァァァァッ!!」

 

「穿てぇぇぇぇッ!!」

 

 響の拳と奏の槍。

 

 二つの一撃が、同時に障壁へ叩き込まれた。

 

 ──バギィィィィィンッ!!

 

「ひびが……!」

 

「入ったッ!」

 

「海斗ォッ!」

 

「任せろ!」

 

 海斗がアロンダイトを掲げる。

 

『聖域展開』

 

 白銀の光が広がり、巨大な盾が空中に出現した。

 

 だが今回は、守るためではない。

 

「盾を……ぶつけるッ!」

 

『理解不能』

 

「たまには攻撃に使ってもいいだろ!」

 

『我は守護の聖剣』

 

「細かいこと言うなァァァッ!!」

 

 海斗は巨大な光盾を、そのまま障壁へ叩き込んだ。

 

 ──ドゴォォォォォォンッ!!

 

「それ盾の使い方じゃねぇだろッ!」

 

 クリスのツッコミが飛ぶ。

 

「壊れればいいんだよ!」

 

「お前も脳筋かッ!」

 

 だが、効果は確かだった。

 

 響と奏が穿った一点を中心に、巨大障壁へ亀裂が一気に広がっていく。

 

「全員、一斉攻撃ッ!」

 

 弦十郎が叫ぶ。

 

『風輪火斬!』

 

『MEGA DETH QUARTET!』

 

『HORIZON † SPEAR!』

 

「非常識なまでにぶっ飛ばすデスッ!」

 

「切ちゃん、それ技名じゃない」

 

「細かいことはいいデスッ!」

 

 七色の攻撃が一点へ集中する。

 

 そして──。

 

「響!」

 

「うん!」

 

 響が大きく拳を引いた。

 

「せぇぇぇぇぇのぉぉぉッ!!」

 

 ──バッキィィィィィィィン!!

 

 巨大な破砕音。

 

 チフォージュ・シャトーを覆っていた障壁の一角が、ついに粉々に砕け散った。

 

「開いたッ!」

 

「突入するぞッ!」

 

 一同が一斉に城内へ飛び込んでいく。

 

 しかし海斗だけは、その直前に一瞬だけ背後を振り返った。

 

「……アロンダイト」

 

『何か』

 

「さっき言ってた方法」

 

『…………』

 

「俺の生存率が下がる方法って、なんだ?」

 

『回答を拒否』

 

「おい」

 

『周囲の女性奏者から破壊される危険性を確認』

 

 海斗は一瞬黙り込み、それから呆れたように笑った。

 

「お前……学習したな」

 

『肯定』

 

「まあいい」

 

 少なくとも今は、そんなものに頼るつもりはない。

 

 全員で帰ると決めた。

 

 なら、その約束を守るだけだ。

 

「全員で帰るって決めたからな」

 

『了解』

 

 その瞬間。

 

 ──ゾクリ。

 

「……ッ!?」

 

 異様な悪寒が海斗の全身を駆け抜けた。

 

『警告』

 

 アロンダイトの声が変わる。

 

『強大な反応を検知』

 

「どこだ!?」

 

『前方』

 

 城の最奥。

 

 巨大な扉の向こうから、圧倒的な魔力が溢れ出していた。

 

 ギギギギギ──。

 

 まるで海斗たちを歓迎するかのように、扉がゆっくりと開いていく。

 

「ようこそ」

 

 少女の声。

 

 否。

 

 世界を滅ぼそうとする錬金術師の声。

 

「待っていたぞ、奏者ども」

 

 巨大な錬金陣の中心。

 

 玉座に腰掛ける少女。

 

 キャロル・マルス・ディーンハイム。

 

 その左右には、二人のオートスコアラー。

 

 レイア。

 

 そして──ファラ。

 

「ようやく会えたな」

 

 キャロルは笑う。

 

「佐々木海斗」

 

「……俺を知ってるのか」

 

「ああ」

 

 キャロルの視線が、ゆっくりと海斗の胸元へ向けられる。

 

 その先にあるのは、アロンダイト。

 

「むしろ、ずっとお前を待っていた」

 

「……は?」

 

 その言葉に、響も奏も、そして海斗自身も表情を変えた。

 

「どういう意味だ」

 

 海斗が剣を構える。

 

 キャロルは楽しそうに口元を吊り上げた。

 

「知らないのか?」

 

 そこで一度、言葉を切る。

 

「その聖剣が──この世界に存在してはならない聖遺物だということを」

 

「──ッ!?」

 

 海斗の目が見開かれる。

 

『…………』

 

 そして。

 

 今までどんな問いにも淡々と答えてきたアロンダイトが、初めて何も答えなかった。

 

「アロンダイト……?」

 

 白銀の聖剣は沈黙したまま、微かに震えていた。

 

 まるで。

 

 何かを恐れているかのように──。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。