戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
「アロンダイト……?」
海斗の問いに、白銀の聖剣は答えない。
微かに震える刀身を見つめながら、海斗は胸の奥に言い知れない不安が広がっていくのを感じていた。
アロンダイトが沈黙すること自体が珍しい。
ましてや、怯えているように見えることなど、今まで一度もなかった。
「何を知っている、キャロル」
海斗は剣を構えたまま、玉座に座る少女を睨みつける。
「この世界に存在してはならない……どういう意味だ」
「そのまま受け取るな。別世界から紛れ込んだなどという安っぽい話ではない」
キャロルは鼻で笑うと、頬杖をついた。
「それを存在させてはならないと決めたのは、この世界に生きていた人間自身だ」
「人間が……?」
「ああ」
キャロルの視線が、再びアロンダイトへ向けられる。
「ノイズを生み出した古き人類。己が生み出した災厄によって、自らの未来すら脅かされることになった愚か者どもだ」
「……ッ」
その言葉に、海斗の表情が変わった。
既に知っている。
アロンダイトは、ノイズを生み出してしまった先史時代の人類が、己の罪を悔いて作り上げた聖遺物。
未来へ救いと希望を残すために造られた、疑似的生態聖遺物。
フィーネから聞かされ、そしてアロンダイト自身からも語られた真実だ。
「それなら知ってる」
海斗は低く答えた。
「アロンダイトは、ノイズを作った人間たちが贖罪のために生み出した。未来を守るための兵器だ」
「その程度までしか知らんのか」
「……何?」
キャロルの口元が吊り上がる。
「ならば教えてやろう。その兵器が何故、完成することを許されなかったのかを」
『キャロル・マルス・ディーンハイム』
ようやく。
アロンダイトが声を発した。
いつもの無機質な声。
だが海斗には分かった。
僅かに。
本当に僅かにだが、そこには明確な警戒が混ざっている。
「やっと口を開いたか、アロンダイト」
『それ以上の発言を推奨しない』
「なぜだ?」
『我が主には不要な情報だ』
「勝手に決めんな」
『主よ』
「俺はお前の契約者だろ」
海斗は刀身へ視線を落とす。
「今更何を聞いたって、お前を捨てたりしねぇよ」
『…………』
「だから教えろ」
僅かな沈黙。
白銀の光が静かに揺れた。
だが、答えたのはアロンダイトではなかった。
「ククッ……良いだろう」
キャロルが立ち上がる。
「ならばオレが代わりに教えてやる」
玉座の背後。
巨大な錬金陣がゆっくりと回転を始めた。
「アロンダイトが与えられた役割は、単純な破壊ではない」
「……」
「傷付いた生命を癒やす。失われた構造を復元する。破壊された聖遺物すら、本来あるべき姿へ戻す」
海斗の脳裏に、これまでの戦いが蘇る。
傷を治した。
失われたギアを再構成した。
フィーネの魂を媒介にして肉体すら生み出した。
バビロニアの宝物庫から生還できたのも、アロンダイトの力があったからだ。
「それが……聖域治癒」
「違う」
即座に否定された。
「聖域治癒など、その力の一端に過ぎん」
「……一端?」
「海斗」
響が不安そうに彼を見る。
奏も、翼も。
誰一人として口を挟まない。
ただキャロルの言葉を聞いていた。
「その聖剣が行っているのは、単なる治療ではない」
キャロルは右手を掲げる。
掌に、小さな錬金陣が浮かび上がった。
「壊れたものを修理するのでもない」
錬金陣から一つの結晶が生み出される。
そしてキャロルが指を鳴らすと、結晶は粉々に砕け散った。
「アロンダイトは対象を記録し──」
再び指が鳴る。
散らばった欠片が宙へ浮かび、時間を巻き戻すかのように元の結晶へ戻っていく。
「そこから外れた状態を『異常』と判断し、本来あるべき姿へ引き戻す」
「……本来あるべき姿」
「そうだ」
キャロルが笑う。
「治癒ではない。再生でもない」
「復元だ」
その一言に。
海斗の背筋を冷たいものが走った。
「……待てよ」
海斗の頭の中で、いくつもの出来事が繋がっていく。
治療。
再構成。
身体の再生。
ギアの修復。
それらが。
もし。
一つの能力から派生していたのだとしたら。
「まさか……」
「理解したか?」
キャロルが楽しそうに問いかける。
「生命だけならば問題はなかった」
「物質だけならば、それでもよかった」
「だが開発を進めた連中は気付いてしまった」
キャロルの声が、静かな広間へ響き渡る。
「その『復元』は、物質である必要すらないとな」
「……!」
エルフナインの息を呑む音が通信越しに聞こえた。
『まさか……現象そのものにまで干渉できるということですか!?』
「正解だ」
キャロルが笑う。
「炎によって焼かれた生命を治すのではなく──炎による損傷そのものを異常と定義する」
「毒を治療するのではなく──毒という害そのものを排除する」
「そして極論すれば」
キャロルの瞳が細められる。
「世界を破壊する現象すら、その聖剣にとっては『修復すべき異常』となり得る」
「……そんな」
響が呟いた。
「それって……」
「ああ」
海斗は理解した。
キャロルが何を警戒しているのか。
万象黙示録。
世界を分解する錬金術。
もしアロンダイトの力が、キャロルの言うところまで到達するのなら。
「お前の万象黙示録を……止められる」
「可能性はある」
キャロルの笑みが消えた。
「だからこそ邪魔なのだ」
その言葉と同時に。
空気が変わった。
「ッ!」
海斗が剣を握り直す。
「先史時代の連中も同じ結論に至った。己らはノイズという怪物を生み出した。その贖罪として守護の兵器を生み出し──そして今度は、その守護の兵器すら恐れた」
「……だから」
「分割した」
キャロルは答えた。
「アロンダイトを完全な状態で残してはならない。そう判断した連中は、その力を砕き、分け、各地へ封印した」
海斗は、自分の右手にある剣を見つめる。
研究所で再会した本体。
バビロニアの宝物庫に存在した欠片。
それらが何故、別々の場所に存在していたのか。
今までただ「そういうもの」として受け入れていた事実。
そこに。
明確な理由が生まれた。
「アロンダイト」
『…………』
「本当なのか?」
長い沈黙の末。
『肯定』
それだけだった。
「……そっか」
海斗はゆっくり息を吐いた。
「随分と簡単に受け入れるのだな」
キャロルが意外そうに眉を上げる。
「もっと恐れろ。貴様が持っているのは、完成すれば世界の理すら歪めかねない代物だぞ?」
「だから?」
「何?」
「別にアロンダイトが何者だろうと、今まで俺を守ってくれた事実は変わらない」
海斗は白銀の刀身を軽く叩く。
「響を助けてくれた」
「奏さんも助けた」
「仲間も何度も助けてくれた」
「俺が馬鹿なことしようとした時も、何だかんだ付き合ってくれた」
『否定。主の無謀に付き合わされた回数の方が多い』
「今いいところなんだから黙ってろ」
『了解』
「……フッ」
思わず。
奏が吹き出した。
「相変わらずだな、お前ら」
「海斗らしいよ」
響も小さく笑った。
「だから」
海斗は再びキャロルを見る。
「俺にとっては、それで十分だ」
「……くだらん」
キャロルの表情が冷たくなる。
「力の本質を知らず、感情だけで信頼を語るか」
「悪いかよ」
「実にくだらん」
キャロルの周囲に、巨大な錬金陣が次々と出現する。
「ならばそのくだらぬ信頼ごと──」
「ここで砕いてやる」
──ドンッ!!
凄まじいフォニックゲインが広間を吹き荒れた。
「構えろッ!」
翼の声と同時に。
全員がギアを展開する。
「ファラ」
「はい、マスター」
「レイア」
「任せなヨ」
キャロルの左右に控えていた二人のオートスコアラーが前へ出た。
優雅に一礼するファラ。
拳を打ち合わせ、不敵に笑うレイア。
「そこの聖剣を優先しろ」
キャロルは海斗を指差した。
「完全に目覚める前に破壊する」
「承知いたしました」
ファラの視線が海斗を射抜く。
「では──」
次の瞬間。
姿が消えた。
「海斗ッ!」
「ッ!」
響の声に反応し、海斗は咄嗟にアロンダイトを横へ構える。
──ギィィィィィンッ!!
「ぐッ……!」
白銀の剣とファラの刃が真正面から激突する。
衝撃が床を走り、二人を中心として石畳が蜘蛛の巣状に砕けた。
「良い反応ですわ」
至近距離でファラが微笑む。
「なるほど。これがマスターの仰る、存在してはならない剣」
「随分な言われようだな……!」
海斗は力任せに剣を振り抜き、ファラを押し返した。
「海斗!」
響が駆け寄ろうとする。
しかし、その進路へ巨大な拳が叩き込まれた。
──ドゴォォォンッ!!
「わわッ!?」
響が寸前で飛び退く。
「悪いネ」
粉塵の向こうからレイアが姿を現す。
「ここから先は通行止めだヨ」
「退いて!」
「嫌だネ」
「じゃあ──」
響が拳を握る。
「退いてもらうッ!」
床を蹴った。
響とレイアの拳が真正面からぶつかり合い、爆発にも似た衝撃が広間を駆け抜ける。
「響ッ!」
「海斗は自分の相手に集中して!」
押し合いながら響が叫ぶ。
「絶対そっち行くからッ!」
「……分かった!」
「随分と余裕ですのね」
ファラの声。
「ッ!」
海斗は振り返るより先に剣を掲げた。
──ガギィィンッ!!
二撃。
三撃。
四撃。
流れるように放たれるファラの斬撃を、海斗はアロンダイトで次々と受け止める。
「速い……ッ!」
「防御だけでは、いずれ終わりますわ」
「分かってる!」
剣を弾き。
踏み込む。
「ハァァァッ!」
白銀の刃がファラへ迫る。
だが。
「甘いですわ」
ファラが刃へ自らの剣を滑らせた。
嫌な感覚。
──パキッ。
「……え?」
小さな音。
海斗は目を見開く。
アロンダイトの刀身に。
一本の亀裂が走っていた。
「アロンダイト!?」
『損傷確認。三・二%』
「おいおい……マジかよ」
海斗の額を冷たい汗が伝う。
アロンダイトはこれまで何度も苛烈な戦闘を潜り抜けてきた。
それでも。
刀身そのものが、これほど簡単に傷付いたことはほとんどない。
「私の剣は、剣を破壊するための剣」
ファラが優雅に構え直す。
「聖剣であろうと、疑似的生態聖遺物であろうと」
「剣である以上、私の前では等しく壊れるだけですわ」
「……なるほどな」
海斗は亀裂の入った刀身へ視線を落とし、困ったように笑った。
「何がおかしいのです?」
「いや」
一度。
深く息を吸う。
「相性最悪だなって思ってさ」
『肯定』
「お前も認めるのかよ!」
思わずツッコんだ。
だが、そのやり取りだけで少し肩の力が抜ける。
ファラは怪訝そうに二人を見る。
「壊されようとしているというのに、随分と楽しそうですわね」
「楽しかねぇよ」
海斗は剣を構え直す。
「ただ……怖がってても仕方ねぇだろ」
先ほどキャロルから聞かされた真実。
世界の理すら変えかねない力。
製作者自身から恐れられ、砕かれ、封印された聖遺物。
普通なら。
恐れて当然なのかもしれない。
けれど海斗が知っているアロンダイトは。
そんな大層な存在ではない。
真面目で。
融通が利かなくて。
妙なところで律儀で。
それでも自分が誰かを守ろうとする時、必ず隣にいてくれた相棒だ。
「アロンダイト」
『何か』
「お前は世界を変えたいか?」
『否定』
「世界を支配したいか?」
『否定』
「全部自分の都合のいいように直したいとか?」
『理解不能』
「だよな」
海斗は笑った。
「じゃあ十分だ」
ファラへ剣先を向ける。
「俺もそんなこと望んでない」
『主よ』
「俺たちがやることは昔から同じだろ」
守りたい。
最初は。
たった一人だった。
響。
幼馴染の少女を、悲しい未来から守りたかった。
それだけだったはずなのに。
奏が増えた。
未来が増えた。
翼が。
クリスが。
マリアが。
切歌が。
調が。
そして今では。
失いたくないものが。
あまりにも増えすぎてしまった。
「俺は、みんなを守りたい」
アロンダイトの亀裂から。
白銀の光が漏れ始める。
「だから力を貸してくれ」
『──承知』
──キィィィィン……!!
「なっ……?」
ファラの目が見開かれた。
先ほど刻まれた亀裂が、光に包まれていく。
欠けた結晶が補われ。
歪んだ構造が元へ戻り。
ほんの数秒で。
アロンダイトの刀身は、傷一つない姿へ戻っていた。
『構造復元完了』
「……自分まで直せるのかよ」
『我も守護対象に含まれる』
「便利すぎるだろ、お前」
『ただし連続破壊への対応には限界あり。慢心を推奨しない』
「分かってるよ」
海斗は笑いながら、再び構えた。
その姿を見つめていたファラの表情から。
初めて。
余裕が消える。
「復元……」
ファラが呟く。
「破壊された自らの刀身すら……」
「これで分かったろ?」
「……何をです?」
「お前と俺」
海斗は一歩前へ出る。
「本当に相性最悪みたいだぜ」
破壊する剣。
復元する剣。
二つの正反対の力が、互いを見据える。
「面白いですわ」
ファラの口元に再び笑みが戻った。
「ならば、復元できなくなるまで破壊して差し上げましょう」
「やれるもんならやってみろ」
白銀の光が。
海斗の全身を包み込む。
そして。
そのさらに奥。
チフォージュ・シャトーの中心部で。
誰にも気付かれることなく。
一つの反応が目覚めていた。
──キィン。
『……照合』
『守護機構……確認』
『欠損率……依然高』
『最終接続……未達』
暗闇の中。
小さな白銀の光が灯る。
アロンダイトと。
よく似た光。
そしてその光は、遠く離れた海斗の存在を確認するかのように。
静かに。
脈打ち始めた──。