戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~   作:きりやんやん

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第七十九話 守護の聖剣、その罪と願い

 

 

「アロンダイト……?」

 

 海斗の問いに、白銀の聖剣は答えない。

 

 微かに震える刀身を見つめながら、海斗は胸の奥に言い知れない不安が広がっていくのを感じていた。

 

 アロンダイトが沈黙すること自体が珍しい。

 

 ましてや、怯えているように見えることなど、今まで一度もなかった。

 

「何を知っている、キャロル」

 

 海斗は剣を構えたまま、玉座に座る少女を睨みつける。

 

「この世界に存在してはならない……どういう意味だ」

 

「そのまま受け取るな。別世界から紛れ込んだなどという安っぽい話ではない」

 

 キャロルは鼻で笑うと、頬杖をついた。

 

「それを存在させてはならないと決めたのは、この世界に生きていた人間自身だ」

 

「人間が……?」

 

「ああ」

 

 キャロルの視線が、再びアロンダイトへ向けられる。

 

「ノイズを生み出した古き人類。己が生み出した災厄によって、自らの未来すら脅かされることになった愚か者どもだ」

 

「……ッ」

 

 その言葉に、海斗の表情が変わった。

 

 既に知っている。

 

 アロンダイトは、ノイズを生み出してしまった先史時代の人類が、己の罪を悔いて作り上げた聖遺物。

 

 未来へ救いと希望を残すために造られた、疑似的生態聖遺物。

 

 フィーネから聞かされ、そしてアロンダイト自身からも語られた真実だ。

 

「それなら知ってる」

 

 海斗は低く答えた。

 

「アロンダイトは、ノイズを作った人間たちが贖罪のために生み出した。未来を守るための兵器だ」

 

「その程度までしか知らんのか」

 

「……何?」

 

 キャロルの口元が吊り上がる。

 

「ならば教えてやろう。その兵器が何故、完成することを許されなかったのかを」

 

『キャロル・マルス・ディーンハイム』

 

 ようやく。

 

 アロンダイトが声を発した。

 

 いつもの無機質な声。

 

 だが海斗には分かった。

 

 僅かに。

 

 本当に僅かにだが、そこには明確な警戒が混ざっている。

 

「やっと口を開いたか、アロンダイト」

 

『それ以上の発言を推奨しない』

 

「なぜだ?」

 

『我が主には不要な情報だ』

 

「勝手に決めんな」

 

『主よ』

 

「俺はお前の契約者だろ」

 

 海斗は刀身へ視線を落とす。

 

「今更何を聞いたって、お前を捨てたりしねぇよ」

 

『…………』

 

「だから教えろ」

 

 僅かな沈黙。

 

 白銀の光が静かに揺れた。

 

 だが、答えたのはアロンダイトではなかった。

 

「ククッ……良いだろう」

 

 キャロルが立ち上がる。

 

「ならばオレが代わりに教えてやる」

 

 玉座の背後。

 

 巨大な錬金陣がゆっくりと回転を始めた。

 

「アロンダイトが与えられた役割は、単純な破壊ではない」

 

「……」

 

「傷付いた生命を癒やす。失われた構造を復元する。破壊された聖遺物すら、本来あるべき姿へ戻す」

 

 海斗の脳裏に、これまでの戦いが蘇る。

 

 傷を治した。

 

 失われたギアを再構成した。

 

 フィーネの魂を媒介にして肉体すら生み出した。

 

 バビロニアの宝物庫から生還できたのも、アロンダイトの力があったからだ。

 

「それが……聖域治癒」

 

「違う」

 

 即座に否定された。

 

「聖域治癒など、その力の一端に過ぎん」

 

「……一端?」

 

「海斗」

 

 響が不安そうに彼を見る。

 

 奏も、翼も。

 

 誰一人として口を挟まない。

 

 ただキャロルの言葉を聞いていた。

 

「その聖剣が行っているのは、単なる治療ではない」

 

 キャロルは右手を掲げる。

 

 掌に、小さな錬金陣が浮かび上がった。

 

「壊れたものを修理するのでもない」

 

 錬金陣から一つの結晶が生み出される。

 

 そしてキャロルが指を鳴らすと、結晶は粉々に砕け散った。

 

「アロンダイトは対象を記録し──」

 

 再び指が鳴る。

 

 散らばった欠片が宙へ浮かび、時間を巻き戻すかのように元の結晶へ戻っていく。

 

「そこから外れた状態を『異常』と判断し、本来あるべき姿へ引き戻す」

 

「……本来あるべき姿」

 

「そうだ」

 

 キャロルが笑う。

 

「治癒ではない。再生でもない」

 

「復元だ」

 

 その一言に。

 

 海斗の背筋を冷たいものが走った。

 

「……待てよ」

 

 海斗の頭の中で、いくつもの出来事が繋がっていく。

 

 治療。

 

 再構成。

 

 身体の再生。

 

 ギアの修復。

 

 それらが。

 

 もし。

 

 一つの能力から派生していたのだとしたら。

 

「まさか……」

 

「理解したか?」

 

 キャロルが楽しそうに問いかける。

 

「生命だけならば問題はなかった」

 

「物質だけならば、それでもよかった」

 

「だが開発を進めた連中は気付いてしまった」

 

 キャロルの声が、静かな広間へ響き渡る。

 

「その『復元』は、物質である必要すらないとな」

 

「……!」

 

 エルフナインの息を呑む音が通信越しに聞こえた。

 

『まさか……現象そのものにまで干渉できるということですか!?』

 

「正解だ」

 

 キャロルが笑う。

 

「炎によって焼かれた生命を治すのではなく──炎による損傷そのものを異常と定義する」

 

「毒を治療するのではなく──毒という害そのものを排除する」

 

「そして極論すれば」

 

 キャロルの瞳が細められる。

 

「世界を破壊する現象すら、その聖剣にとっては『修復すべき異常』となり得る」

 

「……そんな」

 

 響が呟いた。

 

「それって……」

 

「ああ」

 

 海斗は理解した。

 

 キャロルが何を警戒しているのか。

 

 万象黙示録。

 

 世界を分解する錬金術。

 

 もしアロンダイトの力が、キャロルの言うところまで到達するのなら。

 

「お前の万象黙示録を……止められる」

 

「可能性はある」

 

 キャロルの笑みが消えた。

 

「だからこそ邪魔なのだ」

 

 その言葉と同時に。

 

 空気が変わった。

 

「ッ!」

 

 海斗が剣を握り直す。

 

「先史時代の連中も同じ結論に至った。己らはノイズという怪物を生み出した。その贖罪として守護の兵器を生み出し──そして今度は、その守護の兵器すら恐れた」

 

「……だから」

 

「分割した」

 

 キャロルは答えた。

 

「アロンダイトを完全な状態で残してはならない。そう判断した連中は、その力を砕き、分け、各地へ封印した」

 

 海斗は、自分の右手にある剣を見つめる。

 

 研究所で再会した本体。

 

 バビロニアの宝物庫に存在した欠片。

 

 それらが何故、別々の場所に存在していたのか。

 

 今までただ「そういうもの」として受け入れていた事実。

 

 そこに。

 

 明確な理由が生まれた。

 

「アロンダイト」

 

『…………』

 

「本当なのか?」

 

 長い沈黙の末。

 

『肯定』

 

 それだけだった。

 

「……そっか」

 

 海斗はゆっくり息を吐いた。

 

「随分と簡単に受け入れるのだな」

 

 キャロルが意外そうに眉を上げる。

 

「もっと恐れろ。貴様が持っているのは、完成すれば世界の理すら歪めかねない代物だぞ?」

 

「だから?」

 

「何?」

 

「別にアロンダイトが何者だろうと、今まで俺を守ってくれた事実は変わらない」

 

 海斗は白銀の刀身を軽く叩く。

 

「響を助けてくれた」

 

「奏さんも助けた」

 

「仲間も何度も助けてくれた」

 

「俺が馬鹿なことしようとした時も、何だかんだ付き合ってくれた」

 

『否定。主の無謀に付き合わされた回数の方が多い』

 

「今いいところなんだから黙ってろ」

 

『了解』

 

「……フッ」

 

 思わず。

 

 奏が吹き出した。

 

「相変わらずだな、お前ら」

 

「海斗らしいよ」

 

 響も小さく笑った。

 

「だから」

 

 海斗は再びキャロルを見る。

 

「俺にとっては、それで十分だ」

 

「……くだらん」

 

 キャロルの表情が冷たくなる。

 

「力の本質を知らず、感情だけで信頼を語るか」

 

「悪いかよ」

 

「実にくだらん」

 

 キャロルの周囲に、巨大な錬金陣が次々と出現する。

 

「ならばそのくだらぬ信頼ごと──」

 

「ここで砕いてやる」

 

 ──ドンッ!!

 

 凄まじいフォニックゲインが広間を吹き荒れた。

 

「構えろッ!」

 

 翼の声と同時に。

 

 全員がギアを展開する。

 

「ファラ」

 

「はい、マスター」

 

「レイア」

 

「任せなヨ」

 

 キャロルの左右に控えていた二人のオートスコアラーが前へ出た。

 

 優雅に一礼するファラ。

 

 拳を打ち合わせ、不敵に笑うレイア。

 

「そこの聖剣を優先しろ」

 

 キャロルは海斗を指差した。

 

「完全に目覚める前に破壊する」

 

「承知いたしました」

 

 ファラの視線が海斗を射抜く。

 

「では──」

 

 次の瞬間。

 

 姿が消えた。

 

「海斗ッ!」

 

「ッ!」

 

 響の声に反応し、海斗は咄嗟にアロンダイトを横へ構える。

 

 ──ギィィィィィンッ!!

 

「ぐッ……!」

 

 白銀の剣とファラの刃が真正面から激突する。

 

 衝撃が床を走り、二人を中心として石畳が蜘蛛の巣状に砕けた。

 

「良い反応ですわ」

 

 至近距離でファラが微笑む。

 

「なるほど。これがマスターの仰る、存在してはならない剣」

 

「随分な言われようだな……!」

 

 海斗は力任せに剣を振り抜き、ファラを押し返した。

 

「海斗!」

 

 響が駆け寄ろうとする。

 

 しかし、その進路へ巨大な拳が叩き込まれた。

 

 ──ドゴォォォンッ!!

 

「わわッ!?」

 

 響が寸前で飛び退く。

 

「悪いネ」

 

 粉塵の向こうからレイアが姿を現す。

 

「ここから先は通行止めだヨ」

 

「退いて!」

 

「嫌だネ」

 

「じゃあ──」

 

 響が拳を握る。

 

「退いてもらうッ!」

 

 床を蹴った。

 

 響とレイアの拳が真正面からぶつかり合い、爆発にも似た衝撃が広間を駆け抜ける。

 

「響ッ!」

 

「海斗は自分の相手に集中して!」

 

 押し合いながら響が叫ぶ。

 

「絶対そっち行くからッ!」

 

「……分かった!」

 

「随分と余裕ですのね」

 

 ファラの声。

 

「ッ!」

 

 海斗は振り返るより先に剣を掲げた。

 

 ──ガギィィンッ!!

 

 二撃。

 

 三撃。

 

 四撃。

 

 流れるように放たれるファラの斬撃を、海斗はアロンダイトで次々と受け止める。

 

「速い……ッ!」

 

「防御だけでは、いずれ終わりますわ」

 

「分かってる!」

 

 剣を弾き。

 

 踏み込む。

 

「ハァァァッ!」

 

 白銀の刃がファラへ迫る。

 

 だが。

 

「甘いですわ」

 

 ファラが刃へ自らの剣を滑らせた。

 

 嫌な感覚。

 

 ──パキッ。

 

「……え?」

 

 小さな音。

 

 海斗は目を見開く。

 

 アロンダイトの刀身に。

 

 一本の亀裂が走っていた。

 

「アロンダイト!?」

 

『損傷確認。三・二%』

 

「おいおい……マジかよ」

 

 海斗の額を冷たい汗が伝う。

 

 アロンダイトはこれまで何度も苛烈な戦闘を潜り抜けてきた。

 

 それでも。

 

 刀身そのものが、これほど簡単に傷付いたことはほとんどない。

 

「私の剣は、剣を破壊するための剣」

 

 ファラが優雅に構え直す。

 

「聖剣であろうと、疑似的生態聖遺物であろうと」

 

「剣である以上、私の前では等しく壊れるだけですわ」

 

「……なるほどな」

 

 海斗は亀裂の入った刀身へ視線を落とし、困ったように笑った。

 

「何がおかしいのです?」

 

「いや」

 

 一度。

 

 深く息を吸う。

 

「相性最悪だなって思ってさ」

 

『肯定』

 

「お前も認めるのかよ!」

 

 思わずツッコんだ。

 

 だが、そのやり取りだけで少し肩の力が抜ける。

 

 ファラは怪訝そうに二人を見る。

 

「壊されようとしているというのに、随分と楽しそうですわね」

 

「楽しかねぇよ」

 

 海斗は剣を構え直す。

 

「ただ……怖がってても仕方ねぇだろ」

 

 先ほどキャロルから聞かされた真実。

 

 世界の理すら変えかねない力。

 

 製作者自身から恐れられ、砕かれ、封印された聖遺物。

 

 普通なら。

 

 恐れて当然なのかもしれない。

 

 けれど海斗が知っているアロンダイトは。

 

 そんな大層な存在ではない。

 

 真面目で。

 

 融通が利かなくて。

 

 妙なところで律儀で。

 

 それでも自分が誰かを守ろうとする時、必ず隣にいてくれた相棒だ。

 

「アロンダイト」

 

『何か』

 

「お前は世界を変えたいか?」

 

『否定』

 

「世界を支配したいか?」

 

『否定』

 

「全部自分の都合のいいように直したいとか?」

 

『理解不能』

 

「だよな」

 

 海斗は笑った。

 

「じゃあ十分だ」

 

 ファラへ剣先を向ける。

 

「俺もそんなこと望んでない」

 

『主よ』

 

「俺たちがやることは昔から同じだろ」

 

 守りたい。

 

 最初は。

 

 たった一人だった。

 

 響。

 

 幼馴染の少女を、悲しい未来から守りたかった。

 

 それだけだったはずなのに。

 

 奏が増えた。

 

 未来が増えた。

 

 翼が。

 

 クリスが。

 

 マリアが。

 

 切歌が。

 

 調が。

 

 そして今では。

 

 失いたくないものが。

 

 あまりにも増えすぎてしまった。

 

「俺は、みんなを守りたい」

 

 アロンダイトの亀裂から。

 

 白銀の光が漏れ始める。

 

「だから力を貸してくれ」

 

『──承知』

 

 ──キィィィィン……!!

 

「なっ……?」

 

 ファラの目が見開かれた。

 

 先ほど刻まれた亀裂が、光に包まれていく。

 

 欠けた結晶が補われ。

 

 歪んだ構造が元へ戻り。

 

 ほんの数秒で。

 

 アロンダイトの刀身は、傷一つない姿へ戻っていた。

 

『構造復元完了』

 

「……自分まで直せるのかよ」

 

『我も守護対象に含まれる』

 

「便利すぎるだろ、お前」

 

『ただし連続破壊への対応には限界あり。慢心を推奨しない』

 

「分かってるよ」

 

 海斗は笑いながら、再び構えた。

 

 その姿を見つめていたファラの表情から。

 

 初めて。

 

 余裕が消える。

 

「復元……」

 

 ファラが呟く。

 

「破壊された自らの刀身すら……」

 

「これで分かったろ?」

 

「……何をです?」

 

「お前と俺」

 

 海斗は一歩前へ出る。

 

「本当に相性最悪みたいだぜ」

 

 破壊する剣。

 

 復元する剣。

 

 二つの正反対の力が、互いを見据える。

 

「面白いですわ」

 

 ファラの口元に再び笑みが戻った。

 

「ならば、復元できなくなるまで破壊して差し上げましょう」

 

「やれるもんならやってみろ」

 

 白銀の光が。

 

 海斗の全身を包み込む。

 

 そして。

 

 そのさらに奥。

 

 チフォージュ・シャトーの中心部で。

 

 誰にも気付かれることなく。

 

 一つの反応が目覚めていた。

 

 ──キィン。

 

『……照合』

 

『守護機構……確認』

 

『欠損率……依然高』

 

『最終接続……未達』

 

 暗闇の中。

 

 小さな白銀の光が灯る。

 

 アロンダイトと。

 

 よく似た光。

 

 そしてその光は、遠く離れた海斗の存在を確認するかのように。

 

 静かに。

 

 脈打ち始めた──。

 

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