戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
──ギィィィィィンッ!!
白銀の剣と翠緑の刃が、再び激しく衝突した。
「ハァァァッ!」
「甘いですわ!」
海斗が踏み込むより早く、ファラの剣がアロンダイトの側面へ滑り込む。
真正面から力をぶつけるための斬撃ではない。
触れる。
擦る。
受け流す。
ただそれだけの動作で、聖剣の表面を構成する結晶に細かな亀裂が走っていく。
『損傷率四・一%……五・三%』
「またかよッ!」
海斗は舌打ちすると、自ら後方へ跳んで距離を取った。
先ほどアロンダイトが自らの損傷を復元できることは分かった。
だが、それは無敵になったという意味ではない。
むしろ戦ってみればみるほど、ファラとの相性の悪さがよく分かる。
相手は剣そのものを破壊する能力を持ち、こちらは壊れたものを復元する。
破壊されれば直せる。
しかし当然、復元にも力を使う。
(直せるからって、無限に壊されていいわけじゃない……!)
『肯定。現在のフォニックゲイン消費量、通常戦闘時より三十七%増加』
「やっぱりか!」
『加えて、敵個体の破壊特性は我の自動復元速度を上回る可能性あり』
「つまり?」
『長期戦は不利』
「簡潔で大変よろしい!」
そんな会話をしている最中にも、ファラは待ってくれない。
優雅な笑みを浮かべたまま一歩踏み込み、次の瞬間には海斗の眼前まで迫っていた。
「戦場で随分と楽しそうですこと!」
「この状況が楽しそうに見えるなら眼科を紹介するぞ!」
──ガキィィンッ!!
斜め上から振り下ろされた剣を受け止める。
だが、海斗は先ほどまでのように力を込めて押し返そうとはしなかった。
接触した瞬間。
「アロンダイト!」
『聖域展開』
剣と剣の間へ白銀の障壁が瞬間的に形成される。
「なっ……!?」
ファラの刃が障壁に食い込み、ほんの一瞬だけ動きを止めた。
その隙を、海斗は逃さない。
「そこだッ!」
「くっ!」
振り抜いた蹴りがファラの脇腹へ直撃する。
ファラは咄嗟に腕で受け止めたものの、その小柄な身体は勢いを殺し切れず、床を削りながら十数メートルも後退した。
「……剣を使わないとは、騎士らしからぬ戦い方ですわね」
「誰が剣だけで戦うなんて言った」
海斗はアロンダイトを肩に担ぎながら笑う。
「俺の目的は剣士としてお前に勝つことじゃない。仲間を守って、キャロルを止めて、全員で帰ることだ」
「……気に入りませんわ」
「そりゃどうも」
海斗は軽口を叩きながらも、その目だけはファラから外さなかった。
ファラの能力は厄介だ。
真正面から剣技だけで競えば、時間が経つほどこちらが削られる。
ならば、剣であることにこだわる必要はない。
アロンダイトには盾がある。
障壁がある。
そして何より。
守るために培ってきた、海斗自身の戦い方がある。
「アロンダイト。方針変更だ」
『指示を』
「斬り合わない」
海斗は腰を落とした。
「守って、受けて、隙を作る。剣を壊されるなら、剣をぶつけなきゃいい」
『合理的判断』
「だろ?」
『ただし先ほど主は盾を敵要塞へ叩きつけていた』
「今それ言う必要ある!?」
『事実確認』
「ほんっと変なところで融通利かねぇな、お前!」
◇
「だぁぁぁぁぁッ!!」
「オラァッ!!」
──ドゴォォォォンッ!!
少し離れた戦場では、響とレイアが一歩も退かぬ殴り合いを続けていた。
拳と拳がぶつかる度に床が揺れ、衝撃波が広間の壁を軋ませる。
「やるじゃん!」
「そっちこそッ!」
レイアの巨大な籠手が振り抜かれる。
響はそれを紙一重でかわし、懐へ潜り込んだ。
「せぇぇぇッ!」
拳がレイアの腹部へ直撃する。
「ぐッ……!」
だが、レイアも止まらない。
「捕まえた」
「えっ!?」
響の右腕を掴み、そのまま力任せに放り投げる。
「わぁぁぁぁぁッ!?」
「響ッ!」
海斗が反射的に振り返る。
空中で何度も回転した響は壁へ激突する寸前、ガングニールの脚部を展開して壁面へ着地した。
「大丈夫ッ!」
壁を蹴って、そのままレイアへ飛び戻る。
「だから海斗は自分の相手に集中してぇぇぇッ!」
「お前それさっきも言ったな!」
海斗が叫び返した、その瞬間。
「余所見とは余裕ですわね」
「やべっ──」
ファラの剣が迫る。
『自動防御』
──キィィンッ!!
白銀の盾が海斗の首元を守り、刃を受け止めた。
「助かった!」
『主よ』
「何だ!」
『女性奏者への過剰な意識配分を確認』
「今は響が壁に投げられたからだろ!」
『過去の行動履歴を参照すると──』
「戦闘中に余計なデータ分析すんなァァァッ!」
ファラが思わず眉をひそめた。
「……貴方たち、本当に緊張感というものがありませんね?」
「あるよ!」
海斗は盾を押し返しながら叫ぶ。
「これが俺たちの通常運転なんだよ!」
◇
一方。
広間中央では、その二つとは比べ物にならないほど激しい戦闘が繰り広げられていた。
「ハァァァァッ!」
翼の天羽々斬が閃く。
高速で放たれた斬撃が幾重にも重なり、キャロルへ殺到する。
「温い」
キャロルが片手を掲げた。
ただそれだけで錬金障壁が出現し、翼の斬撃を全て弾き返す。
「まだだッ!」
「撃ち抜けぇぇぇッ!」
直後、左右からマリアとクリスの攻撃が襲い掛かる。
無数の砲弾と銀色の刃。
さらに。
「切ちゃん!」
「合わせるデスよ、調ッ!」
二人の連携攻撃が足元から迫る。
上。
左右。
下。
逃げ場などない。
「面白い」
それでもキャロルは笑った。
「ならばまとめて消し飛べ!」
──ゴォォォォォォォッ!!
キャロルを中心として、巨大な錬金術式が炸裂した。
「ッ!」
「防御ッ!」
翼たちは咄嗟に腕を交差する。
だが。
威力が違いすぎる。
「ぐぁッ!」
「きゃああッ!」
五人が同時に吹き飛ばされ、広間の各所へ叩きつけられた。
「くっ……!」
マリアが床へ手をつきながら顔を上げる。
「これほどまでに……」
「さっき戦ったキャロルとは出力が桁違いだぞ……!」
クリスが口元の血を拭う。
「当然だ」
キャロルがゆっくりと歩き出した。
「貴様らが倒した傀儡とは違う。今ここにいるオレは、数百年に渡って蓄積してきた記憶をそのまま力へ変換している」
「記憶を……力に……」
翼が刀を杖代わりに立ち上がる。
「ああ」
キャロルの周囲で、幾重もの錬金陣が回転する。
「怒りも」
一つ。
「悲しみも」
二つ。
「絶望も」
三つ。
「父と過ごした時間すら」
無数。
「全てを燃やせば、世界一つを分解する程度の力にはなる」
「……そんなの」
切歌が苦しそうに立ち上がる。
「そんなの、悲しすぎるデス……」
その瞬間。
キャロルの表情から笑みが消えた。
「……何?」
「大切な人との思い出なんデスよね?」
「黙れ」
「だったら、それまで燃やしちゃったら──」
「黙れと言っているッ!!」
──ズガァァァァァァンッ!!
怒りに呼応するように、巨大な魔力が爆発した。
「切歌ッ!」
調が切歌へ飛びつき、二人で床を転がりながら攻撃を回避する。
さきほどまで余裕を見せていたキャロル。
その瞳には。
一瞬だけ。
明確な動揺が浮かんでいた。
そして、それを見逃す翼ではない。
「……なるほど」
天羽々斬を握り直す。
「そこが貴様の傷か」
「何?」
「どれほど強大な力を得ようとも、忘れようとも、捨てようとも」
翼が立ち上がった。
「父への想いだけは消せていない」
「知ったような口を……!」
「知らぬさ」
翼は静かに答える。
「だからこそ聞いている」
「貴様が本当に望んでいるのは、世界を壊すことなのか?」
「──ッ」
キャロルの顔が歪む。
「戯言をッ!!」
◇
『警告』
「今度は何だ!?」
ファラの攻撃を盾で逸らしていた海斗の耳へ、突然アロンダイトの声が響いた。
『未知の同系統反応を検出』
「同系統……?」
剣を振り抜いてファラを牽制し、海斗は一度距離を取った。
『我と極めて近似する波長を確認』
「……お前と?」
その言葉を聞いた瞬間。
海斗の脳裏に、海斗自身はまだ知らないその存在へ繋がるかのような感覚が走った。
胸の奥。
いや。
もっと深い場所。
アロンダイトと繋がっている部分が。
何かに呼ばれている。
「……なんだ、これ」
キィィィィン……。
微かな共鳴音。
海斗の持つアロンダイトが、自ら発光を始める。
「アロンダイト?」
『解析中』
「お前にも分からないのか?」
『該当記録……破損』
アロンダイトの声が僅かに乱れる。
『ただし』
一拍。
『懐かしい』
「……は?」
海斗は思わず目を見開いた。
今まで。
アロンダイトがそんな言葉を使ったことがあっただろうか。
「今、お前……懐かしいって……」
『訂正』
「いや絶対言った!」
『解析不能な感覚情報を言語化した結果』
「それを普通、懐かしいって言うんじゃねぇのか?」
『…………』
「黙るなよ!」
「随分と楽しそうですわね」
ファラの声で。
海斗は現実へ引き戻された。
「ッ!」
「戦闘中に私から意識を外すなど──」
姿が消える。
「死にたいのですか?」
背後。
「海斗ッ!」
響の声。
だが今度は。
「分かってる!」
海斗は振り返らなかった。
右手のアロンダイトではなく。
左腕を突き出す。
「聖域展開ッ!」
──キィィィィィン!!
巨大な白銀の盾が形成される。
ファラの剣が真正面から食い込んだ。
「また盾……!」
「剣を壊す剣なんだろ?」
海斗が振り返る。
「だったら──剣じゃないもので受ければいい!」
「浅知恵を!」
ファラが力を込める。
盾の表面へ、細かな亀裂が広がった。
『聖域障壁損傷率十二%』
「盾まで壊せるのかよ!」
「当然ですわ!」
バギィィンッ!!
白銀の盾が砕け散る。
だが。
海斗は、それを待っていた。
「──今だ!」
「何を……!?」
砕けた白銀の粒子が消えない。
本来なら霧散するはずの聖域障壁。
その破片全てがファラの周囲に留まり、眩い光を放ち始めた。
『再構成』
「まさか……!」
「さっきキャロルが教えてくれただろ」
海斗が笑う。
「アロンダイトの本質は、壊れたものを元に戻すことだってな!」
砕け散った盾の破片が。
ファラを中心として。
逆方向へ再構成されていく。
「これは……!」
白銀の壁。
右。
左。
前。
後ろ。
上。
逃げ道を塞ぐように、六方向から聖域障壁が形成された。
「聖域牢ッ!」
『該当技名の登録なし』
「今作った!」
『了解。仮登録』
「そこは素直なんだな!」
「こんなものでッ!」
ファラが剣を振り回す。
一枚を破壊。
二枚目も破壊。
だが。
壊した直後から、その壁が再び復元を始める。
「な……!」
「お前は壊せる」
海斗は息を整えながら、アロンダイトを構えた。
「俺は直せる」
破壊。
復元。
再び破壊。
再び復元。
二つの力が、狭い空間の中で拮抗する。
「だったら」
海斗が床を蹴った。
「直してる間に殴ればいいッ!」
「なっ──」
ファラが振り返る。
遅い。
「ハァァァァァァッ!!」
今度は剣ではない。
アロンダイトの柄を握ったまま。
海斗の拳が。
ファラの顔面へ。
一直線に迫った。
──ドゴォォォンッ!!
「ぐぁッ!?」
白銀の牢獄ごと吹き飛ばす勢いで、ファラの身体が宙を舞う。
壁を一枚。
二枚。
三枚と突き破り。
ようやく。
崩れ落ちた瓦礫の中へ消えた。
「……」
海斗は拳を突き出したまま固まる。
「……やった?」
『敵反応継続』
「ですよね!」
──ズガァァァンッ!!
瓦礫が吹き飛ぶ。
「よくも……」
ファラが立ち上がる。
頬には。
海斗の拳の跡。
髪は乱れ。
これまでの優雅な笑顔は完全に消えていた。
「この私の顔を……」
「……あ」
海斗の表情が引きつく。
「これは」
「許しませんわァァァァァァッ!!」
「やっぱ怒るよなァァァッ!?」
先ほどまでとは比較にならない速度で、ファラが突進してくる。
「海斗ーッ!」
響が笑いながら叫ぶ。
「頑張ってー!」
「お前ちょっと楽しんでない!?」
「そんなことないよー!」
「顔が笑ってんだよ!」
◇
その騒がしい戦場から。
さらに深く。
チフォージュ・シャトー最深部。
白銀の光が。
ゆっくりと輝きを増していた。
『契約者……確認』
『適合率……再計算』
『守護意思……基準値超過』
『不足因子……一』
古びた石室。
そこには。
錬金術とは明らかに異なる様式の台座が存在していた。
そしてその中央に。
小さな。
本当に小さな。
剣の欠片が突き刺さっている。
白銀の結晶。
アロンダイト。
その最後の欠片。
だが。
それが光を放った瞬間。
──ドクンッ。
「ぐッ……!?」
遠く離れた海斗が突然胸を押さえた。
「海斗!?」
響が振り返る。
ファラも。
攻撃を止めた。
「……何ですの?」
海斗にも分からない。
痛いわけではない。
苦しいわけでもない。
なのに。
胸の奥に。
何かが直接流れ込んでくる。
映像。
知らない場所。
知らない人々。
そして。
無数のノイズ。
「これは……」
海斗の視界が。
一瞬だけ。
現在から切り離された。
◇
燃えている。
世界が。
燃えている。
無数の人間たちが逃げている。
その後ろから。
彼ら自身が生み出した怪物──ノイズが迫っていた。
『我々は間違えた』
知らない声。
『生命を作る資格など、我々にはなかった』
白い研究室。
無数の人間。
中央に浮かぶ。
一振りの白銀の剣。
『だからせめて』
『我々の過ちによって苦しむ未来へ』
『一つだけ』
『希望を残そう』
誰かが。
剣へ手を伸ばした。
『この剣に』
『我々が奪ったものを』
『取り戻す力を──』
そこで。
映像が途切れた。
◇
「──海斗ッ!!」
「ッ!?」
響の声で、意識が戻る。
「はっ……!」
ほんの数秒。
だったはずだ。
だが海斗の額には、大量の汗が浮かんでいた。
「今の……何だ……?」
『…………』
「アロンダイト?」
白銀の聖剣は。
答えない。
ただ。
震えている。
キャロルに真実を告げられた時とは違う。
恐怖ではない。
まるで。
ずっと忘れていた何かを。
少しずつ。
思い出し始めているかのように。
『主よ』
「……なんだ?」
『我は』
一瞬。
アロンダイトの声にノイズが混じった。
『まだ……完全ではない』
「知ってる」
『否』
即座に否定される。
『主が認識している欠損とは意味が異なる』
「……どういうことだ?」
返事はない。
代わりに。
城のさらに奥から。
キィィィィン──。
今度は海斗にも。
はっきり聞こえた。
呼んでいる。
何かが。
自分を。
いや。
アロンダイトを。
「……あっちか」
海斗が城の奥を見る。
『肯定』
その瞬間。
「余所見は終わりまして?」
──ゾクッ。
「しまっ──」
振り返る。
ファラが。
すぐ目の前にいた。
「まずは」
剣が振り上げられる。
「貴方を壊してから」
「その先へ進みなさいませッ!!」
翠緑の刃が。
一直線に。
海斗へ振り下ろされた──。