戦姫絶唱シンフォギア ~守護の剣は幼馴染を救いたい~ 作:きりやんやん
翠緑の刃が、海斗の頭上へ振り下ろされる。
「──ッ!!」
避けるには遅い。
盾を展開する時間もない。
ほんの数秒とはいえ、意識を奪われた代償はあまりにも大きかった。
「海斗ォッ!!」
響の叫びが聞こえる。
それでも海斗の身体は、考えるより先に動いていた。
「アロンダイトッ!」
『応』
白銀の剣を頭上へ掲げる。
次の瞬間。
──ギィィィィィィンッ!!
「ぐぅぅぅッ!!」
翠緑と白銀。
二振りの剣が激突し、凄まじい衝撃が海斗の両腕を駆け抜ける。
足元の床が砕け、膝が沈んだ。
そして。
──ピシッ。
「……ッ!」
嫌な音がした。
『損傷率十二%……十八%……』
「一気に……!?」
アロンダイトの刀身に走った亀裂が、目に見える速度で広がっていく。
先ほどまでとは違う。
ファラも理解しているのだ。
中途半端に傷付けるだけでは、アロンダイトは復元してしまう。
ならば。
一度に。
復元が追いつかないほど。
完全に破壊する。
「もう理解しましたわ!」
ファラの顔から、いつもの優雅な笑みは消えていた。
「貴方の聖剣は確かに厄介! ですが、復元に必要な時間も力も無限ではありません!」
「くっ……!」
「ならば!」
ファラがさらに剣へ力を込める。
「再生する暇など与えず──砕き尽くすまでですわッ!!」
『損傷率二十七%』
「アロンダイト!」
『構造維持を優先』
白銀の光が亀裂を覆う。
だが、修復したそばから新たな亀裂が走る。
復元と破壊。
二つの力が、海斗の目の前で文字通り食い合っていた。
(まずい……!)
このまま受け続ければ押し切られる。
かといって、今ここで剣を外せばファラの一撃をまともに受ける。
「海斗ッ!」
響が助けに来ようとする。
「行かせないヨ!」
その進路に、レイアが立ちはだかった。
「退いてぇぇぇッ!!」
「嫌だって言ってるだろッ!」
響とレイアの拳が激突する。
衝撃波が広間を駆け抜け、二人の足元が大きく陥没した。
援護は期待できない。
いや。
(最初から……期待するな)
海斗は歯を食いしばる。
響には響の戦いがある。
奏たちには、キャロルを止めるという役目がある。
なら。
自分の相手くらい。
「自分で……なんとかするッ!」
「何を──」
海斗は突然、力を抜いた。
「なっ!?」
押し合っていた抵抗が消えたことで、ファラの身体が前へ傾く。
当然。
刃も。
そのまま海斗へ向かう。
「海斗!?」
『主よ』
「信じろ!」
『──了解』
アロンダイトを横へ流す。
ファラの剣が海斗の肩口へ迫る。
紙一重。
白銀の装甲を掠め。
鮮血が宙へ舞った。
「ぐッ……!」
「貴方……!」
ファラが目を見開く。
海斗は。
あえて。
受けることをやめた。
完全に防ぐのではない。
致命傷だけを避ける。
その代わり。
「捕まえた」
「──ッ!?」
海斗の左手が。
ファラの剣を握る手首を掴んでいた。
「離しなさい!」
「嫌だね!」
肩から血が流れる。
だが、この距離なら。
ファラの剣は振れない。
「アロンダイト!」
『復元開始』
傷付いた刀身が白銀に輝く。
ファラがそれを見て、初めて焦燥を露わにした。
「させませんわ!」
「もう遅い!」
海斗はファラの手首を掴んだまま身体を捻る。
「おおおおおおッ!!」
「きゃっ!?」
そのまま。
投げた。
ファラの身体が宙を舞い、石造りの床へ背中から叩きつけられる。
──ズガァァァンッ!!
「がっ……!」
「まだだ!」
海斗は逃がさない。
ファラが起き上がるより早く、その腕を踏みつけた。
翠緑の剣が床へ転がる。
「あっ……!」
「ようやく剣を離したな」
「くっ……!」
海斗はアロンダイトを振り上げる。
だが。
ファラの首へは振り下ろさない。
「聖域展開!」
──キィィィィンッ!!
白銀の光がファラを包み込む。
四方から障壁が展開され、今度こそ完全に逃げ道を塞いだ。
「また、この牢獄を……!」
「違う」
「何が違うというのです!」
「今度は」
海斗が息を吐く。
「お前に壊させない」
「……!」
ファラの視線が床へ向く。
剣は。
障壁の外。
自らの手元にはない。
「剣を壊す能力がどれだけ強くても」
海斗がアロンダイトを構えた。
「その剣がなきゃ使えないんだろ?」
「……卑怯ですわ」
「褒め言葉として受け取っとく」
「騎士の風上にも置けませんわね!」
「さっきも言っただろ!」
海斗は笑う。
「俺は剣士として勝ちたいんじゃない」
踏み込む。
「守りたい奴らのところへ──」
白銀の光が刀身へ集中する。
「帰りたいんだよッ!!」
「──ッ!」
海斗の剣が。
障壁をすり抜け。
ファラの胸へ突き刺さった。
◇
──キィィィィィィン……。
「……あ」
ファラの身体から、力が抜ける。
白銀の剣は彼女の身体を貫いている。
だが。
血は流れていなかった。
「……これは……?」
ファラが呆然と胸元を見る。
白銀の光。
痛みは。
ない。
『対象構造解析』
「何を……したのです……?」
「壊してない」
海斗は静かに答えた。
「お前たちは自動人形なんだろ」
「……ええ」
「だったら、お前を動かしてる錬金術式だけ止められないかって思ってさ」
『解析完了』
アロンダイトの声が響く。
『敵性戦闘機構を異常状態として認識』
「できるか?」
『可能』
「やれ」
『復元対象を戦闘開始以前の休眠状態へ設定』
「まさか……」
ファラの目が見開かれる。
『──聖域復元』
白銀の光が爆発した。
「くっ……あぁぁぁぁぁッ!!」
ファラの身体を走っていた錬金術式が、一つずつ消えていく。
腕から。
脚から。
胸元から。
戦うために組み込まれた機構が、まるで時間を巻き戻すように停止していった。
「そんな……私の……力が……」
膝から崩れ落ちる。
海斗は慌てて剣を抜き、その身体を受け止めた。
「っと!」
「……何故……」
「ん?」
ファラは海斗の腕の中で、小さく問いかける。
「何故……破壊しなかったのです?」
「…………」
「私は……貴方を殺そうとしました」
「知ってる」
「貴方の剣を壊そうともしました」
「それも知ってる」
「なら……何故」
海斗は少しだけ考えた。
そして。
「別に殺す必要ないから」
「……は?」
「戦えなくすれば、それで俺の勝ちだろ?」
「…………」
「それに」
海斗は苦笑する。
「女の子斬り殺して勝ちましたーって、後味悪すぎるし」
「……貴方は」
ファラの表情が引きつった。
「……本当に……馬鹿ですわね」
「最近よく言われる」
『肯定』
「お前は肯定すんな」
ファラの口元が。
ほんの少しだけ。
緩んだ。
「……マスターが……貴方を警戒する理由が……少し分かった気がしますわ」
「ん?」
だが。
それ以上。
ファラが言葉を続けることはなかった。
瞳から光が失われ。
静かに目を閉じる。
『敵性反応消失』
「……死んでないよな?」
『生命機能に相当する疑似回路は正常。休眠状態へ移行』
「そっか」
海斗は小さく安堵した。
「なら良かった」
ファラを床へ静かに寝かせる。
その瞬間。
──ドゴォォォォォンッ!!
「うわッ!?」
少し離れた場所で、巨大な爆発が起きた。
◇
「だぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「ぐぅぅぅぅッ!!」
響とレイア。
二人の拳が。
再び正面から激突していた。
「まだまだぁッ!」
響が一歩踏み込む。
「地味にしつこい!」
レイアも退かない。
拳。
肘。
蹴り。
互いに一撃も譲らない。
殴る。
殴られる。
それでも。
響は。
笑っていた。
「なんで……」
レイアが息を切らしながら尋ねる。
「おかしなこと。なぜワタシの前で、そのような顔をするのですか」
「え?」
「殴られて」
拳。
「ボロボロになって」
蹴り。
「なぜ笑える」
響はレイアの蹴りを腕で受け止める。
そのまま。
笑った。
「だって!」
一歩。
「海斗がいる!」
二歩。
「みんながいる!」
三歩。
「絶対に負けたくない理由がある!」
「何だヨそれッ!」
「だから!」
レイアの拳を。
響が掴んだ。
「何度でも、何度でも立てるんですッ!!」
「──ッ!?」
引く。
レイアの体勢が崩れる。
そして。
響は大きく拳を引いた。
「ハァァァァァッ!!」
「立花ァァァァッ!!」
二人が。
同時に。
拳を放つ。
──ドッッッゴォォォォォン!!
衝撃で。
広間全体が揺れた。
煙が立ち込める。
「響!」
海斗が目を凝らす。
しばらくして。
煙の中から。
一人の人影が現れた。
「……ふぅ」
「響!」
立っていたのは。
響だった。
「勝った……」
拳を突き出したまま。
フラフラと。
「勝ったよ、海斗……」
そして。
「って、うわっ!?」
足元がふらつく。
海斗が慌てて駆け寄った。
「響!」
「へぶっ」
「危ねぇ!」
倒れかけた響を、海斗が抱き止める。
「大丈夫か!?」
「えへへ……」
「笑ってる場合じゃないだろ!」
「だって」
響が。
海斗の胸元へ身体を預けたまま。
ニッと笑う。
「勝ったもん」
「……そうだな」
海斗も。
つられて笑った。
「よくやった」
「えへへ」
「……で?」
「ん?」
海斗は響の背後を見る。
少し離れた場所。
レイアが大の字になって倒れていた。
「生きてる?」
「たぶん!」
「たぶんってお前!」
『敵性反応微弱。活動停止状態』
「アロンダイト、ありがとう!」
『礼には及ばない』
「ならいいか」
「いいのかなぁ?」
二人が揃って首を傾げる。
「──海斗」
その時。
低い声が聞こえた。
「ん?」
振り返る。
そこには。
ガングニールを肩に担いだ奏がいた。
服のあちこちは破れ。
頬にも傷がある。
明らかにキャロルとの戦闘途中だ。
「奏さん!? なんでこっちに──」
「……随分と仲がいいじゃないか」
「え?」
奏の視線が。
海斗の腕へ向く。
正確には。
その腕の中。
海斗へ身体を預けている響。
「…………」
「…………」
「…………」
「いや待って奏さん」
「何も言ってないぞ?」
「顔が全部言ってるんですよ!」
響もようやく状況を理解する。
「ち、違います奏さん! 私、戦った後で足が──」
「ああ、そうか」
奏が笑う。
「なら仕方ないな」
「よかった……」
「帰ったら続きを話そうか」
「「ひえっ」」
二人の声が重なった。
『主よ』
「なんだ」
『女性関係における生存率、再度低下』
「今それ言うな!」
「ったく……」
奏が呆れたように息を吐く。
しかし、その表情はすぐ真剣なものへ変わった。
「ふざけてる場合じゃない」
背後。
広間中央。
そこでは。
翼。
クリス。
マリア。
切歌。
調。
そして奏。
六人がかりでも。
未だキャロルを倒せていなかった。
「アイツ……強すぎる」
奏の声に。
悔しさが滲む。
「イグナイトを使っても、まともに決定打が入らない」
「そんなに……」
「ああ」
響が立ち上がる。
「だったら私も──」
「待て」
海斗が響の肩を掴む。
「海斗?」
「俺たちが加われば、少しは変わるかもしれない」
視線を。
キャロルへ向ける。
「でも……」
また。
聞こえた。
──キィィィィン……。
城の奥。
先ほどよりも。
明確に。
自分を呼ぶ声。
『主よ』
「ああ」
『同系統反応増大』
「……最後の欠片」
「え?」
響と奏が海斗を見る。
「たぶん」
海斗は城の奥を指差す。
「アロンダイトの欠片が、この先にある」
「確かなのか?」
「確証はない。でも」
海斗は胸元へ手を当てる。
「分かるんだ」
アロンダイトが反応している。
それだけではない。
海斗自身も。
何故か。
感じている。
そこへ行かなければならない。
「……行ってこい」
奏が言った。
「奏さん?」
「キャロルはあたしたちが抑える」
「でも!」
「海斗」
奏が。
海斗の額を。
軽く小突いた。
「一人で全部守ろうとするなって、何回言わせるんだ?」
「……」
「お前にはお前のやることがある」
そして。
響を見る。
「響」
「はい!」
「海斗と行け」
「え?」
「いいんですか!?」
「ああ」
奏は槍を肩へ担ぐ。
「こいつを一人で行かせたら、また何するか分からないからな」
「それは確かに!」
「響!?」
「冗談だよ!」
『過去データ上、妥当な判断』
「アロンダイトまで!?」
奏が笑った。
「行ってこい」
「……分かりました」
海斗は一度だけ。
キャロルと戦う仲間たちを見る。
翼が斬り込む。
クリスが砲撃する。
マリアが援護し。
切歌と調が両側から迫る。
誰一人。
諦めていない。
「絶対戻る」
「ああ」
「それまで──」
「任せろ」
奏が笑う。
「あたしたちを誰だと思ってる?」
「……そうですね」
海斗も笑った。
「行こう、響」
「うん!」
二人は。
城の奥へ向かって走り出した。
◇
「……行ったか」
キャロルが。
海斗たちの背中を見ながら呟く。
「余所見とは余裕だなッ!」
翼が斬り込む。
──ギィィィンッ!!
キャロルは片手で障壁を展開し、その一撃を受け止めた。
「余裕?」
口元に。
笑みが浮かぶ。
「違うな」
「何?」
「予定通りなのだよ」
「……ッ!?」
キャロルの瞳が。
怪しく光った。
「佐々木海斗には」
遠ざかっていく背中を見る。
「そこへ行ってもらわねば困る」
翼の背筋に。
嫌な予感が走った。
「どういう意味だ!」
「さあな」
キャロルが両腕を広げる。
「知りたければ──」
巨大な錬金陣。
「オレを倒してみせろッ!!」
──ズガァァァァァァァンッ!!
◇
チフォージュ・シャトー深部。
「こっち!」
「分かるの?」
「なんとなく!」
「俺より先に走るな!」
海斗と響が、長い回廊を駆け抜けていく。
周囲の壁には。
いつの間にか。
錬金術とは異なる紋様が現れ始めていた。
「これ……」
響が壁を見る。
「アロンダイトと同じ?」
「ああ」
剣の紋章。
盾の紋章。
そして。
幾何学的な文字。
『先史文明記述形式と一致』
「やっぱり」
海斗は足を速める。
近い。
何故か。
分かる。
やがて。
二人の前に。
巨大な扉が現れた。
「ここ……」
「みたいだな」
扉の中央。
刻まれているのは。
一振りの白銀の剣。
海斗が手を伸ばす。
「待って」
響がその手を掴んだ。
「響?」
「……なんか」
響の表情が。
珍しく険しい。
「嫌な感じがする」
「…………」
「海斗」
「うん」
「一人で無茶しないでね」
「しないよ」
「本当に?」
「本当」
「生命力使うのも?」
「しない」
「勝手に犠牲になるのも?」
「ならない」
「知らない女の子とキスするのも?」
「それ今関係ある!?」
「大事!」
「事故だっただろあれ!」
響はしばらく海斗を睨む。
そして。
「……よし」
「何がよしなんだよ」
「約束したから」
響が笑った。
「絶対守ってよ?」
「……ああ」
海斗も。
笑う。
「約束する」
二人で。
扉へ手を触れる。
──キィィィィィン……。
白銀の光が溢れた。
重い扉が。
ゆっくりと。
開いていく。
その先。
暗い石室。
中央の台座。
そして。
「……あれが」
響が息を呑む。
小さな白銀の結晶。
剣の欠片。
海斗のアロンダイトが。
これまでにないほど強く震え始めた。
『確認』
『我が欠損構造と完全一致』
「やっぱり……」
海斗が。
一歩。
足を踏み入れる。
『主よ』
「なんだ?」
アロンダイトの声に。
僅かな迷いがあった。
『警告』
「……何?」
『この欠片を統合した場合』
沈黙。
『我に何が起きるか』
『予測不能』
「…………」
『そして』
さらに。
『主に何が起きるかも』
『予測不能』
白銀の欠片が。
呼応するように。
強く。
輝いた──。