ここまでにAクラス、Bクラス、Dクラスと知る事が出来たので、今日は残るCクラスを知るべくオレは行動を開始した。やや順序はズレてしまったけど、別にそこは問題じゃない。
なら何が問題かというと、一つは何かあった時の助っ人を用意出来なかった事だ。
「——
「うん、よろしくね鬼頭くん。それでなんだけど——」
最初に橋本の勧めの通りに腕っぷし担当こと鬼頭とは話したが、今回のCクラス調べには賛同してくれなかったのだ。
「殴り込みならともかく、見に行くだけなら俺が付いて行く必要はないだろう。むしろBクラスの時のように悪目立ちするだけだと思うが」
「一理あるなぁ」
「万が一の時に呼ぶ位なら構わないが……そもそもお前は俺の助けがなくともどうにか出来るんじゃないのか?」
「いや、戦えるなら相談なんてしないと思うんだけど」
何処からそんな判断をしたのかは不明だが、加えてオレと鬼頭の二人では噂の龍園を刺激しかねないと言われたら引き下がる他なかった。
そんなわけで今回もオレ一人でCクラスの教室の前にやって来たのだが、三回目ともなるとそれだけで目立ってしまっていたらしい。結局変装もしてなかったから当然なのだが。
「アンタ、昨日もいたわよね。一体何のつもり?」
教室の中を遠巻きに覗こうとしたオレに声をかけてきたのは、数人の取り巻きを従えた強気な女子生徒だ。坂柳や一之瀬、櫛田レベルではないにしても、その容姿は整っている方だと思う。
Cクラスにどんな女子がいるかを調べるのが主な目的だったので、これはこれで手間が省けたと言えなくもない。
「気になったから来たんだけど、やっぱり駄目だった?」
「駄目と言うか、アンタみたいな奴が何回も来たら気になるに決まってるじゃない。もしかして、お目当てでもいるわけ?」
「お目当て……まぁ、間違ってはないかも」
何やらツンツンした態度で問い詰めて来るが、オレの事を恐れて警戒している事は明白だ。しかしこの人数差で強気にいけば優位を取れると思っているのだろう。
まさかこの子がCクラス女子のリーダー格じゃないよな……?
「私はAクラスの冬野氷華。Cクラスにはどんな人がいるのかなと思って見てたのだけど、あなたがリーダーだったりする?」
「……別にそういうのじゃないし、そもそもウチのクラスはそういうのないから。ていうか、そんな事が気になって来てたわけ?」
「ワタシはそういう性分だからね。Dクラスの櫛田さんと違って話しかけようとまでは思ってないから、ここで見てたんだけなんだけど」
「いやそこはあの子みたいに来なさいよ。突っ立ってる方が不気味っていうか、なんでそこで奥手になってんのよ。訳わかんないんだけど」
そのまま尋ねてみたら、そのまま普通に正論で返されてしまった。
色々と考えた事はあるが、彼女の言った事が間違っている訳ではない。ここは大人しく引き下がろう。
「それならCクラスに少し目立つ女の子とかいる? それだけ聞けたらもうここで観察する事もなくなると思うんだけど」
「変な事訊くね……まぁ、強いて言うならあの子じゃない? ずっと本読んでる
「あー、確かにちょっと目立ってるかもね。朝も昼休みもずっと読んでるし」
「そう? 別によくいる大人しめな奴じゃない?」
最後に一つだけという体で質問すると、意外にも新たな名前を聞く事が出来た。
後ろの様子や彼女たちの視線的に件の椎名とやらはもういないみたいだが、聞く限りでは真っ先に思い当たっただけで問題児という印象は感じられない。
ならCクラスの女子はそこまで警戒しなくてもいいかもなと、緩く結論づける事にした。
「分かった。ならこれで見るのは最後にしておくね。話してくれてありがとうなんだけど、あなたの名前も訊いてもいい?」
「……
「そっか。ならじゃあね」
最後まで不機嫌な様子を崩さず、追い払うように手を外側に振った真鍋。そんな彼女の顔と名前を覚えながらにオレはCクラスの前から立ち去った。
他のクラスと比べると情報が不足しているが、オレのやり方ではこの辺りが限度だろう。ひとまずは一之瀬、櫛田レベルはいなさそうと分かっただけ良しとする事にした。
「……ホント、なんだったのアイツ」
「よく分かんないけど、お目当てって言ってたから、やっぱり噂は本当だったんじゃない? 他クラスの女子に手を出そうとしてる子がいるって話」
「それ私も聞いたー。アレでしょ、Bクラスの一之瀬に言い寄ってたとか、Dクラスの櫛田さんともう遊んでたとかいう奴」
「ならCクラスは真鍋さんって事? 目付けられちゃった感じかな?」
「いや、そんな訳ないでしょ……」
背中越しに捉えたそんな会話は、聞かなかった事にした。
◇◆◇◆◇
Cクラス調べが早めに終わってしまったので、オレは別の調べ物の続きに取り掛かっていた。
具体的に言うと、監視カメラがどう設置されているかの追加調査だ。
敷地内の至る所に監視カメラがあるのは見られている気配からして分かっていたが、では一分の隙もないかと言われたら話は別だ。
軽く校内を見て回っただけでも死角はあったし、そもそも監視カメラがないエリアすら存在した。それが設計ミスなのか意図的なのかは定かじゃないが、自衛する上でその所在を知る事は大きな意味を持つ筈だ。
そう考えて今日やってきたのは、実習などで使われる特別棟の裏手だ。以前通りかかった時にアタリをつけていたのだが、やはりここには監視カメラがない。
「というか、ここ寒くないなぁ……」
キョロキョロと見渡しながらに感じた事を、オレは何気なく呟いた。
まだ春先だとは思えない程に、この空間は気温が高い。恐らく空気が流れない構造になっているからだろうが、夏場に来るとやや危険かもしれない。
オレとしてはコレくらいのが居心地良いけど、なんて思っていたのが悪かったのかもしれない。
「——あ? なんだお前」
「えっ」
柱の陰から出てきた声と姿に、オレも思わず驚いてしまった。
そこにいたのは紺色のシャツの上から制服を着崩した、ロン毛で目つきの鋭い男子生徒だ。
初めて見る顔と目が合ったが、オレの中ではこの不良っぽい彼の名前の候補がすぐに上がってきていた。
——もしや、コイツが
「確かお前は、Aクラスのデカ女だったか。こんな所に一人で何の用だ?」
「……大した用じゃないよ、気になって来ただけだから。そう言うあなたは、Cクラスの人なのかな」
即座に回れ右するべきだとも思ったが、彼とオレの間の距離は現在約八メートル。それ以上詰められなければ逃げられると判断して、グッと胸元に手を当ててから少しお話してみる事を選んだ。
恐らくは、コイツもオレが気付いている事に気付いているだろうからな。念の為にとポケットにも手を入れた。
「クク、俺の事も知ってる上にこの場所が気になったと来たか。いいぜ、お前に少し興味が湧いた。名前はなんだ?」
「…………Aクラス、冬野氷華。それで、あなたの名前は?」
「なんだ、俺の事はもう知ってんだろ? ならわざわざ名乗る必要はねぇ筈だが?」
何故か上から目線なのに加えて自己紹介すらしないんだが、何なんだコイツは。
けどオレの『保険』にも気付いたというよりは、元々その想定くらいはしてたって線の方があり得るか。面倒だっただけなら悪運の強い奴としておこう。
「ならワタシはもう帰るよ。用は済んだし、あなたのする事を邪魔するつもりもないから、それじゃあね」
「おいおい、俺の用はまだ済んでないぜ? もう少し付き合えよ」
「いや、名前すら教えてくれない人の用に付き合わなくちゃいけない理由はないと思うけど」
「なら一つ質問に答えてくれや。その後なら名乗ってやってもいいぜ?」
コレ以上話す必要はないと思ったが、何故かコイツは引き下がってきた。けど相変わらず上から目線だし、無視しようかとも思ったが、質問というのが気になってしまって立ち止まる。
「分かった。けどコレが最後だからね」
「じゃあ訊くが、来月貰えるポイントは幾らだと思う?」
「……ポイント?」
しかし訊かれたのは意外にもポイントについてだったので、年相応の驚き方をしてしまった。
けれど此方を値踏みするような彼の視線で、これが『踏み絵』だと分かった。ならどう答えるのが穏便か、瞬時に考えを纏める。
「——ワタシにもよくわからないけど、もしかすると10万ポイントじゃないかもしれないらしいよ?」
「ほう?」
軽く首を傾げながらに答えたのは、そんな人づてに聞いた体での回答だ。
恐らくだがコイツはオレ達と同じくSシステムの裏に気付いている。その事に半ば確信を持っているからこそ、他クラスの生徒であるオレがどんな認識をしているか、どこまで頭が回るのかを確かめたかったという所だろう。
ならばオレはそれに自力で気付いた人間としてではなく、そんな話をクラスで聞いただけの人間として振る舞う事にした。
先ほどの発言から、オレがココに来たのは監視カメラがない事に気付いたからだという事にはこの龍園(推定)も気付いているだろう。でもそれ以上の情報をコイツに与える必要はない。
本当ならSシステムについても口を噤みたかったが、これに関しては開示しないと解放してくれないと判断したのだ。まぁ櫛田と違ってコイツは気付いてる側の人間だろうから勘弁してほしい。
「Aクラスでそんな話をしてる人がいたの。毎月ポイントが貰える事とは言ってたけど、それが10万ポイントだとは誰も言ってないって。だからワタシもそうなんだろうなって思ってるだけだよ」
「なるほどな。因みにそれはAクラスの誰が言ってたんだ?」
「……坂柳さんと葛城くんのどっちもかな。悪いけど、これ以上は言わないからね」
「クク、いや十分だ。どうやら噂通りの秀才がAクラスには集まってるらしいなぁ」
あの会合での話は他クラスにはちゃんと広まっていなかったらしく、龍園(推定)は感心したように笑みを零していた。
結果としてウチのクラスのリーダー格が誰かを漏らしたような形になったが、どうせすぐに知れ渡るだろう情報だと思うから、そこまで背信行為じゃないと思いたい。
「で、結局あなたの名前は教えてくれるの?」
「そうだな、オレとしては別に名乗ってやってもよかったんだが……お前、
「……やっぱり気付いてたんだ」
最後に駄目元で訊いてみたら、逆にこちらの肝が冷えるような指摘をしてきた。
降参してポケットから手を出すと、そこにはあったのは●RECと表示された携帯端末だ。
勿論オレが保険として起動していたものだが、ちゃんと彼にはバレていたらしい。
「ほら、ちゃんと消したよ。だから今度こそ帰っていい?」
「その舐めた態度を矯正してやってもいいが……こっちにも優先順位があるからな、特別に見逃してやるよ。だがお前を使ってる奴には伝えておけ。いずれ会いに行くってな」
「分かった。そのまま伝えておくよ」
彼に分かる様に端末を操作すると、ようやく解放の許可が出た。
なんで同級生からそんなモノを貰わなければいけないのかは分からないが、オレだって別に意味なく敵対したい訳じゃない。見逃してくれると言うなら、遠慮なく乗っかるべきだろう。
というか今回ので面倒な事は分かったから、この先はもう関わらない様にしよう、うん。
幸いにもオレの事は使いっぱしりか何かだと思っているようだし、このままフェードアウトしていけば多分大丈夫だと思うしな。
そんな決意をしながら、オレは特別棟を後にした。
「……あのデカ女、冬野とか言ったか。一応覚えておくか、クク……」
◇◆◇◆◇
「さてと、最後にこれだけチェックしておこうかな」
そうして特別棟を出たオレは、少し離れた場所の女子トイレの個室でそう呟いた。
別にお花を摘みに来たわけではなく、ここか自室でしか出来ない事をする為だ。
「結果的にいい実験にはなったかな」
今日も着ている緩いベストの下、ワイシャツの一番上のボタンだけを外すと、そこに指を二本差し入れた。そうしてお目当てのモノを摘まんでスルリと引き出すと、その熱にやや辟易した。
「やっぱ蒸れるよね……。まぁ、色々と仕方ないんだけど」
それなりに温まってはいるが、動作は問題ないと判断して次に取り出したのは有線のイヤホンだ。
スピーカーまで付けるとサイズが大きくなりすぎたし、そもそも大音声で聞く事もそんなにないと思ってこれにしたんだけど、どれどれ……。
『——ク、俺の事も知ってる——この場所が気になったと——か。いいぜ、お前——し興味が湧いた。——はなんだ?』
「ちょっとノイズも多くて飛びがちだけど、内容は大体わかる感じだね」
イヤホンジャックに差して聞いた音声は、つい先ほど彼と話したばかりの内容だ。
もしあの場で暴力を振るわれたり脅されたりしたらこの録音音声を使おうと思っていたのだけど、幸運にもそんな事は起こらなかった。そもそも録音されていた事にも気付かれていたから名乗ってくれなかった位だし、杞憂ではあったかもだが、今回の収穫はそこではない。
「やっぱりここなら気付かれなさそう。最終手段として備えるには悪くないね」
オレが使っている録音機材は携帯端末以外にもう一つあった。
それは胸元に忍ばせていたモノだが、龍園ほどの用心深い生徒であってもそう簡単にはバレない。
むしろ今回のように併用すれば安全にデータを持ち帰れるとわかったので、オレはホクホクだった。
「でも普段から仕込んでおくには違和感が凄いからなぁ。あの店員はちょっとヤバそうだけどまた探してみるかな」
あの手の輩に対しては幾ら対策があっても足りないからな。
今後もアップデートはしておこうと思いながら、オレはまたレコーダーを戻した上でボタンを留めた。